第27話 Fランクは門から入れ
王都アークレストは巨大だった。
高い城壁に囲まれた街並みは、地方都市とは比べものにならない。広い石畳の道路には馬車が行き交い、商人たちの声が響き、遠くには王城まで見えている。
零司は周囲を見回しながら感心していた。
「人が多いですね」
「王都だからな」
グラッドが答える。
「薬草屋もあります」
「お前、本当に薬草しか見てないな」
街道沿いに並ぶ店の中から、なぜか真っ先に薬草店を発見していた。
護衛騎士たちから苦笑が漏れる。
そんな和やかな空気だったが、王都の正門へ近付くにつれて様子が変わり始めた。
門の前には長い列ができている。
商人。
冒険者。
旅人。
全員が身分確認を受けていた。
王都では当然の手続きだ。
使節団は優先的に通されるため、そのまま専用レーンへ向かう。
ところが。
門番の一人が書類を見て眉をひそめた。
「待て」
一行が足を止める。
門番は書類と零司を交互に見た。
そして露骨に顔をしかめる。
「Fランク冒険者だと?」
周囲の門番たちが笑った。
「本当だ」
「珍しいな」
「まだ生き残ってたのか」
王都らしい反応だった。
地方よりも競争が激しい。
Fランクなど、まともな冒険者扱いされない。
グラッドが不機嫌そうに前へ出る。
「問題あるのか?」
門番は肩をすくめた。
「いや? ただ使節団にFランクが混じってるのが面白くてな」
その視線には明確な見下しがあった。
零司本人は気付いていない。
だが護衛騎士たちは少しイラついていた。
ブラックワイバーン。
魔物二百体。
それを見てきた彼らからすれば、あまりにも滑稽だからだ。
「通行証は本物だ。通せ」
グラッドが言う。
しかし門番はニヤニヤ笑ったままだった。
「いやいや、規則だからな」
そう言って零司を指差す。
「Fランクは一般列に並べ」
空気が止まる。
使節団の面々が顔を見合わせた。
門番は何も知らない。
だから言えたのだ。
「規則だ」
得意げに続ける。
「王都は実力社会だからな。最底辺は最底辺らしく順番を守れ」
零司は列を見た。
かなり長い。
たぶん二時間くらいかかる。
「そうなんですね」
あっさり納得した。
グラッドが頭を抱える。
「納得するな!」
護衛騎士たちも頷いた。
問題はそこではない。
だが零司は本当に気にしていなかった。
二時間あれば薬草でも見られる。
そんなことを考えていた。
⸻
その時だった。
後方から豪華な馬車が現れる。
人々が慌てて道を空けた。
馬車には貴族の紋章が刻まれている。
昨日報告書を読んでいた青年だった。
名をレオハルト・フォン・バルディア。
伯爵家嫡男。
王都でも有名なエリート貴族である。
馬車が止まる。
レオハルトは外へ出ると、使節団へ視線を向けた。
そして零司を見て眉をひそめる。
「誰だ?」
門番が慌てて説明する。
「地方から来たFランク冒険者です」
レオハルトは鼻で笑った。
「なるほど」
その一言だけで十分だった。
見下している。
誰の目にも分かった。
「最近噂になっているのはコイツか?」
「そのようです」
「くだらんな」
レオハルトは興味を失ったように言う。
「Fランクの噂など聞く価値もない」
グラッドの眉がぴくりと動いた。
護衛騎士たちも同じだった。
だがレオハルトは気付かない。
自分が何を言っているのか。
誰に言っているのか。
何も知らないからだ。
「地方は平和で羨ましいな」
レオハルトは笑う。
「二、三匹の魔物を倒しただけで英雄扱いか」
使節団の面々が一斉に顔を逸らした。
笑いそうになったからだ。
二、三匹。
その数字が面白すぎた。
ブラックワイバーン一匹。
魔物二百体。
もはや計算が合わない。
⸻
レオハルトは続ける。
「王都では通用しないぞ」
その言葉に零司は首を傾げた。
「そうなんですか?」
「当然だ」
自信満々だった。
「王都には本物の強者がいる」
グラッドが遠い目をする。
(いや、お前の目の前にもいるんだが……)
誰も口には出さない。
面白くなりそうだからだ。
⸻
そんな時だった。
城壁の上から突然鐘の音が鳴り響く。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
緊急警報だった。
門番たちの顔色が変わる。
「何事だ!?」
城壁の上から兵士の叫び声が聞こえた。
「東地区で暴走魔獣だ!」
「避難警報発令!」
空気が一変する。
人々が騒ぎ始める。
レオハルトも顔をしかめた。
「暴走魔獣だと?」
東地区。
王都でも有数の高級住宅街。
貴族街がある場所だった。
そして。
レオハルトの屋敷もそこにある。
彼の顔色が変わった。
「まさか……!」
慌てて馬車へ向かう。
だがその時。
城壁の上の兵士が叫んだ。
「Sランク危険指定!」
「巨大魔獣ベヒモス出現!」
王都全体が凍り付いた。
Sランク。
その言葉の意味を知らない者はいない。
都市一つを壊滅させる災害級魔物。
普通なら王国軍総動員案件だった。
そしてレオハルトの屋敷は、ちょうどベヒモスの進行方向にあった。
彼の顔から血の気が消える。
数秒前までの余裕は完全に消え去っていた。
一方。
零司は首を傾げる。
「ベヒモスですか」
少し考える。
そして呟いた。
「大きそうですね」
グラッドは思った。
たぶん、今から王都の常識が壊れる。
間違いなく。




