第26話 王都へ向かう馬車の中で
翌朝。
宿場町は昨日の騒ぎが嘘のように穏やかだった。
もっとも、住民たちの会話の中心は相変わらず零司だった。
二百体を超える魔物の群れを一撃で消し飛ばした冒険者。
ブラックワイバーンを瞬殺した謎の青年。
噂はすでに町中へ広がっている。
だが不思議なことに、話を聞けば聞くほど信じられなくなるのだった。
「盛り過ぎだろ」
「俺もそう思う」
「でも見た奴が大勢いるぞ」
「じゃあ本当なのか?」
そんなやり取りがあちこちで繰り返されている。
一方、当の本人は宿の裏で薬草を眺めていた。
「この辺りは土が良いですね」
宿の主人が苦笑する。
普通の冒険者なら英雄扱いされて浮かれるところだろう。
しかし零司は本気で薬草に興味を示していた。
もはや誰も驚かない。
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やがて出発の時間が訪れる。
王都まで残り一日。
使節団は予定を再開し、再び街道を進み始めた。
馬車の周囲には護衛騎士たちが配置されている。
そして、その最後尾にはグラッドの姿もあった。
「本当に来るんですか?」
零司が聞く。
「気になったからな」
グラッドは苦笑した。
正直なところ、自分でも半分は呆れている。
だが零司という存在を放置して王都へ帰る気にはなれなかった。
興味もある。
不安もある。
何より、王都の連中がどう反応するか見てみたかった。
「面倒なことになりそうだ」
そう呟くグラッドに、護衛騎士たちも深く頷いた。
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馬車の中ではオルフェンが静かにノートへ何かを書き込んでいた。
研究者らしく、昨夜からずっと考え込んでいる。
零司の力について。
ブラックワイバーンについて。
魔物の群れについて。
そして、あの幻覚について。
あれは何だったのか。
自分ほど精神力を鍛えた魔術師が幻覚を見るとは考えにくい。
だが現実に見えた。
黄金の玉座。
星々を見下ろす存在。
あまりにも異質だった。
オルフェンはそっと窓の外を見る。
馬車の後方。
そこには薬草図鑑を読みながら歩く零司がいた。
どう見ても普通の青年である。
しかし、だからこそ不気味だった。
「零司君」
オルフェンが声を掛ける。
「はい」
「魔力は本当にゼロなのですか?」
零司は頷く。
「昔からありません」
オルフェンの眉が僅かに動く。
王国の常識ではあり得ない。
人は誰でも魔力を持つ。
量の差こそあれ、完全なゼロなど聞いたことがない。
だが昨日確認した限り、零司からは本当に魔力を感じなかった。
「不思議ですね」
オルフェンは呟く。
「私もそう思います」
零司も素直に同意した。
その反応にオルフェンは少しだけ笑う。
この青年は嘘をついていない。
本気で分からないのだ。
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昼過ぎ。
一行は小高い丘へ差しかかった。
そして、その先に見えてきた。
巨大な城壁。
どこまでも続く白い外壁。
無数の建物。
空へ伸びる尖塔。
王国最大の都市。
王都アークレストだった。
「おお……」
護衛騎士の一人が思わず声を漏らす。
地方出身者にとって王都は特別な場所だ。
政治の中心。
文化の中心。
そして強者たちの集う場所。
だがグラッドは違う意味でため息を吐いていた。
「始まるな……」
王都にはプライドの高い連中が多い。
貴族。
宮廷魔導師。
上級冒険者。
騎士団。
どいつもこいつも自分の力に自信を持っている。
そんな場所へ零司が行く。
嫌な予感しかしなかった。
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一方で零司は感心したように城壁を見上げていた。
「大きいですね」
「王都だからな」
グラッドが答える。
「人も多そうです」
「当然だ」
「薬草屋も多いでしょうか」
「そこかよ」
思わずツッコミが飛んだ。
護衛騎士たちが吹き出す。
緊張感が少しだけ和らいだ。
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しかし、その頃。
王都のある屋敷では別の会話が行われていた。
豪華な応接室。
高価な調度品。
壁には名画が飾られている。
その部屋で、一人の青年が報告書を読んでいた。
年齢は二十代前半。
整った顔立ち。
高級そうな衣服。
典型的な上級貴族だった。
「Fランク冒険者?」
青年は鼻で笑う。
「はい」
執事が頭を下げる。
「地方で話題になっている人物だとか」
青年は報告書を机へ投げた。
興味がない。
Fランクなど最底辺だ。
そんな人間の噂など聞く価値もない。
「くだらん」
そう言って席を立つ。
だが彼は知らない。
その報告書の名前を。
机の上には一枚の紙が残されていた。
そこに記されていた名前。
――零司。
数日後。
彼は人生で最も後悔する出会いを迎えることになる。




