第24話 たくさんいますね
宿の裏庭に緊張が走った。
つい先ほどまでグラッドの降参に騒然としていた見物人たちだったが、それどころではなくなった。
町の北門に魔物の群れが現れた。
しかも二百体規模。
小さな宿場町が相手にする数ではない。
報告に来た男は肩で息をしながら続けた。
「見張りが確認した! ゴブリンにオーク、それにウルフ系も混じってる! このままじゃ門が破られる!」
町の住民たちの顔から血の気が引いていく。
普段なら冒険者ギルドへ緊急依頼が出される案件だ。しかしこの町に常駐している冒険者は多くない。宿泊している者をかき集めても、二百体を相手にするのは厳しいだろう。
グラッドは即座に状況を整理していた。
「冒険者を集めろ。戦える奴は全員北門へ向かう。避難誘導も始めろ」
さすがはベテランだ。
先ほどまでの模擬戦とは打って変わり、指示は的確だった。
周囲も自然と従う。
だが、その中で一人だけ首を傾げている男がいた。
零司である。
「二百ですか」
彼は少し考えた。
そして率直な感想を述べた。
「多いですね」
グラッドは思わず振り返った。
「そこじゃない!」
珍しく大声だった。
周囲からも同意の声が上がる。
だが零司は本当に不思議そうだった。
二百体。
確かに多い。
薬草なら一日かけても採りきれない数だ。
「急いだ方がいいですよ」
グラッドが言う。
「はい」
零司は素直に頷いた。
その反応だけ見ると、とても世界最強候補には見えない。
⸻
北門へ向かうと、町はすでに混乱状態になっていた。
住民たちは荷物を抱えて避難している。
門の上では兵士たちが必死に状況を確認していた。
そして門の外。
そこには黒い波のような魔物の群れが広がっていた。
ゴブリン。
オーク。
ダイアウルフ。
普段ならそれぞれ別の群れとして行動する魔物たちだ。
それが今は同じ方向へ進軍している。
明らかに異常だった。
「なんだあれ……」
グラッドの表情が険しくなる。
魔物同士は基本的に仲が悪い。
群れを作るなどあり得ない。
なのに今は統率が取れていた。
まるで誰かが指揮しているように。
「またか」
王都の使者が呟く。
ブラックワイバーンの件が頭をよぎったのだろう。
あの金色の刻印。
魔物を操る禁術。
もし同じものが関係しているなら、今回も偶然ではない。
誰かが意図的に魔物を集めていることになる。
「面倒ですね」
零司が呟いた。
使者たちは深く頷いた。
珍しく意見が一致した。
⸻
やがて門の上から悲鳴が上がる。
「来るぞ!」
魔物の群れが速度を上げた。
地面が揺れる。
二百体を超える魔物が一斉に突撃してくる光景は圧巻だった。
兵士たちの顔が青ざめる。
住民たちは震えている。
正直なところ、守り切れるか怪しかった。
グラッドは大剣を抜く。
「俺が先頭に出る!」
その声に冒険者たちも武器を構えた。
死闘になる。
誰もがそう覚悟した。
しかし。
零司だけは違った。
「グラッドさん」
「なんだ?」
「少し下がってください」
グラッドは眉をひそめた。
嫌な予感がする。
ものすごくする。
「お前、まさか……」
「はい」
零司は頷いた。
「まとめて終わらせます」
兵士たちが固まる。
冒険者たちも固まる。
二百体だぞ。
ゴブリン二匹ではない。
二十匹でもない。
二百体である。
それをまとめて終わらせると言ったのだ。
だが。
グラッドだけは笑わなかった。
なぜなら知っているからだ。
この男は冗談を言わない。
そして嫌なことに。
できる可能性が高い。
「全員下がれ!」
グラッドが叫んだ。
「門から離れろ!」
兵士たちは戸惑った。
だがBランク冒険者の迫力に押されて従う。
町の人々も後退した。
零司はそれを確認してから前へ出る。
そして群れを見渡した。
本当に多い。
薬草畑みたいだな、と少し思った。
もちろん口には出さない。
⸻
ゴブリンの先頭集団が射程圏内へ入る。
オークたちも続く。
群れの勢いは止まらない。
あと数十秒で門へ到達するだろう。
誰もが息を呑んだ。
零司は右手を上げる。
人差し指を前へ向ける。
その動作を見た瞬間、グラッドの背筋に再び悪寒が走った。
一瞬だけ。
あの幻覚が蘇る。
黄金の玉座。
宇宙を見下ろすような支配者の影。
そして退屈そうな視線。
『まだやるのですか?』
そんな声が聞こえた気がした。
グラッドは慌てて頭を振る。
幻覚だ。
そうに決まっている。
だが冷や汗は止まらなかった。
⸻
零司の指先に黒い光が集まる。
魔物たちは何も知らず突撃を続ける。
そして。
零司は静かに告げた。
「デスビーム」
黒い閃光が放たれた。
次の瞬間。
魔物の群れが消えた。
爆発ではない。
吹き飛んだわけでもない。
ただ消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
ゴブリンも。
オークも。
ダイアウルフも。
二百体すべてが。
跡形もなく。
⸻
静寂が訪れる。
風の音だけが聞こえた。
町を覆っていた恐怖も。
迫り来る魔物の群れも。
何もかも消えていた。
残されたのは呆然と立ち尽くす人々だけだった。
零司は指先を見て首を傾げる。
「少し強かったでしょうか」
誰も答えられない。
グラッドは空を見上げた。
そして心の中で呟く。
(少しじゃないだろう……)
その時だった。
魔物たちがいた場所のさらに奥。
森の中で何かが光った気がした。
一瞬だけ。
金色の光が。
まるで誰かがこちらを観察しているかのように。




