第22話 力試しらしいです
宿の食堂に集まっていた客たちは、興味津々の視線を零司へ向けていた。
ブラックワイバーン討伐の噂。
その中心にいるらしい青年。
見た目はどこにでもいる冒険者だ。
細身で、武器も持たず、どこかのんびりしている。
とても危険な魔物を瞬殺するようには見えなかった。
だからこそ、皆が気になっていた。
そして、その噂を確かめようとしている男がいる。
Bランク冒険者――グラッド。
「少し付き合え」
そう言ったグラッドの声には、自信が満ちていた。
当然だろう。
彼は長年第一線で戦ってきた実力者だ。
若手冒険者の憧れであり、地方では英雄扱いされる存在でもある。
零司は薬草茶を飲みながら首を傾げた。
「何にですか?」
「力試しだ」
「なるほど」
あっさり納得した。
その反応にグラッドは少し拍子抜けする。
もっと警戒されると思っていたのだ。
「分かりました」
零司は立ち上がった。
使者たちが同時に頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
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場所は宿の裏庭になった。
夜にもかかわらず人が集まっている。
旅人。
商人。
冒険者。
宿の従業員。
誰もが興味津々だった。
Bランク冒険者の模擬戦など滅多に見られない。
見届け役は護衛騎士隊長が務めることになった。
「怪我をさせるなよ」
隊長が言う。
グラッドは笑った。
「安心しろ」
そう言いながら木剣を肩に担ぐ。
「手加減くらいはできる」
完全に格上として扱っていた。
零司は特に気にしていない。
「武器は使わないのか?」
グラッドが聞く。
「持ってません」
「魔法は?」
「使えません」
「そうか」
周囲がざわつく。
ますます普通の冒険者にしか見えない。
グラッドも内心では同じだった。
噂は誇張されているのかもしれない。
そんな考えすら浮かんでいた。
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「始め!」
隊長の合図と同時に、グラッドが踏み込む。
速い。
巨体からは想像できない速度だった。
周囲から歓声が上がる。
さすがはBランク。
一歩踏み込んだだけで実力が分かる。
木剣が振り下ろされる。
しかし。
零司は動かなかった。
避けない。
構えない。
ただ立っている。
グラッドの眉が動いた。
舐めているのか。
そう思った。
だが次の瞬間だった。
ぞわり、と。
全身に悪寒が走る。
木剣を振り下ろそうとしていた腕が止まった。
本能だった。
理屈ではない。
危険だ。
それ以上近付くな。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
「……?」
零司が不思議そうな顔をする。
グラッドは無意識に距離を取っていた。
観客たちが首を傾げる。
何が起きたのか分からない。
だがグラッドだけは理解できなかった。
なぜ自分は後退ったのか。
目の前にいるのは青年一人。
それなのに。
飛竜と対峙した時より恐ろしい。
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「どうしました?」
零司が聞く。
グラッドは答えない。
答えられない。
自分でも理由が分からないからだ。
深呼吸をする。
落ち着け。
相手は人間だ。
そう言い聞かせる。
そして再び構える。
その時だった。
零司が右手を上げた。
人差し指を向ける。
ただそれだけの動作。
だが。
グラッドの視界が揺らいだ。
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一瞬だった。
本当に一瞬。
零司の背後に何かが見えた。
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巨大な玉座。
黄金の輝き。
闇よりも深い静寂。
その中心に座る小柄な人影。
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人間に似ている。
だが人間ではない。
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まるで世界そのものを支配する王。
大陸どころではない。
国ですらない。
もっと遥か上。
星々を見下ろす絶対者。
そんな存在だった。
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その人影は肘をつき。
頬杖をつきながら。
退屈そうにこちらを見ていた。
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『まだ戦うのですか?』
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そんな声が聞こえた気がした。
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グラッドの全身から汗が噴き出す。
呼吸が止まりそうになる。
心臓が嫌な音を立てた。
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瞬きをする。
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何もない。
当然だ。
零司の背後には宿の壁しかない。
幻覚だった。
そうでなければ説明がつかない。
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「どうしました?」
零司が再び聞く。
本当に不思議そうだった。
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グラッドは答えられない。
言えるはずがない。
お前の後ろに宇宙規模の化け物が見えた、などと。
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見物人たちは異変に気付き始めていた。
「おい」
「グラッドの様子がおかしくないか?」
「顔色が……」
「青いぞ」
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グラッドは奥歯を噛み締める。
情けない。
自分はBランク冒険者だ。
こんなことで怯えるはずがない。
だが。
本能だけは正直だった。
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零司が穏やかに微笑む。
そして言った。
「さあ行きますよ」
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なぜか周囲を見回す。
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「……誰もいませんね」
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少し残念そうだった。
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グラッドには意味が分からない。
だが理解してしまったことが一つだけある。
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目の前の青年は。
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絶対に相手にしてはいけない類の存在だ。
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それでも。
Bランク冒険者として。
退くわけにはいかなかった。
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グラッドは震える手で木剣を握り直す。
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「まだだ」
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そして一歩踏み出した。
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その瞬間。
零司の指先に黒い光が集まり始める。
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グラッドの顔色がさらに青ざめた。
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