第19話 話し合いは大切です
「逃げろぉぉぉ!!」
盗賊の頭領の叫びと共に、三十人以上の盗賊たちが一斉に逃げ出した。
つい先ほどまで威勢よく笑っていた連中とは思えない。
武器を捨てる者。
仲間を押しのける者。
転びながら走る者。
完全なパニックだった。
零司はその様子を見送りながら満足そうに頷いた。
「良かったです」
護衛騎士の隊長が思わず聞く。
「何がです?」
「話し合いで解決しました」
「してません」
即答だった。
周囲も全員頷く。
誰がどう見ても脅迫である。
話し合いではない。
零司だけが違う認識をしていた。
「そうでしょうか」
「そうです」
再び即答だった。
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逃げた盗賊たちを護衛騎士たちが追いかける。
だが数人はすぐに捕まった。
腰が抜けて動けなくなっていたのだ。
「ば、化け物……」
「山が消えた……」
「死ぬ……」
護衛騎士たちは複雑な顔になる。
盗賊が可哀想に見える日が来るとは思わなかった。
⸻
一方。
王都の使者たちはまだ固まっていた。
目の前で起きた光景が信じられない。
山道が消えている。
文字通り。
消えている。
しかも犯人は薬草図鑑を読んでいた青年だ。
理解が追い付かない。
「……本当だったのか」
年長の使者が呟く。
「はい?」
「山を消した話だ」
「そうですね」
「そうですねじゃない!」
思わず叫んでしまった。
零司は少し驚いた顔をする。
「何か問題がありましたか?」
「ありすぎる!」
その場にいた全員が頷いた。
その時だった。
森の奥から怒号が聞こえた。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
捕まらなかった盗賊の頭領である。
顔を真っ赤にして戻ってきた。
手には巨大な斧。
全身から怒りを撒き散らしている。
「俺を舐めるな!」
どうやら逃げた後で冷静になったらしい。
仲間の前で逃げたのが恥ずかしくなったのだろう。
よくある話だった。
そして大体そういう奴は長生きしない。
「頭領!」
「やめろ!」
残った盗賊たちが叫ぶ。
だが頭領は止まらない。
一直線に零司へ突撃する。
「死ねぇぇぇぇ!!」
大斧が振り下ろされる。
空気を裂く一撃。
普通の冒険者なら即死だった。
しかし。
零司は動かなかった。
避ける必要がないからだ。
「困りましたね」
小さく呟く。
そして。
指を一本立てた。
次の瞬間。
頭領の斧だけが消えた。
シュッ。
本当にそれだけだった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「え?」
頭領が固まる。
自分の手を見る。
何もない。
握っていたはずの斧がない。
零司は少し考えた後、穏やかに言った。
「武器は危ないので」
「……」
「没収です」
沈黙。
頭領は震え始めた。
恐怖で。
怒りではない。
恐怖だった。
そして。
膝をつく。
ドサリ。
「降参します」
護衛騎士たちが呆然とする。
先ほどまで命を懸けて戦おうとしていた男が、三秒で降伏した。
零司は満足そうに頷いた。
「最初からそうしていただけると助かります」
頭領は泣きそうだった。
その時。
後ろから使者が近づいてくる。
先ほどまでの高圧的な態度は消えていた。
完全に。
「零司殿」
「はい」
「先日は失礼した」
零司は首を傾げる。
何の話だろう。
「我々はあなたを疑っていた」
「そうでしたか」
「だが認識を改める」
使者は真剣な顔だった。
「王都には、あなたの力を快く思わない者もいる」
「そうなんですか」
「間違いなくいる」
貴族社会。
権力闘争。
嫉妬。
面子。
地方で活躍した冒険者など面白くない者は大勢いる。
使者は続けた。
「だから気を付けてほしい」
「ありがとうございます」
零司は素直に頭を下げた。
その様子を見て使者は少し安心する。
噂ほど危険人物ではない。
少し変わっているだけだ。
そう思った。
その瞬間。
森の奥から巨大な咆哮が響いた。
グォォォォォォ!!
地面が震える。
木々が揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立った。
護衛騎士の顔色が変わる。
「まさか……」
「どうしました?」
零司が聞く。
隊長は青ざめながら答えた。
「この辺りに出るはずがない……」
再び咆哮。
グォォォォォォ!!
そして森の奥から現れた。
全長十メートルを超える巨大な魔物。
黒い鱗。
赤い目。
鋭い牙。
護衛騎士たちが絶望する。
「ブラックワイバーンだ……!」
本来ならBランク冒険者が複数必要な強敵。
こんな街道に出る存在ではない。
その姿を見た零司は少し考えた。
そして後ろを振り返る。
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「さあ行きますよ」
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周囲が見る。
誰に言ったのか。
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零司は続けた。
「ミリアさん……はいませんね」
「ガンズさんもいません」
「レオルドさんもいませんでした」
護衛騎士たちがズッコケた。
零司は首を傾げる。
「言ってみたかったんですが」
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ブラックワイバーンが咆哮する。
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零司は指を向けた。
穏やかな笑顔のまま。
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「では、仕事の時間です」




