第2話 神様とデスビーム
「……どうしましょう」
霧島零司は大きくため息を吐いた。
目の前には、綺麗に消えた森がある。
いや、森だけではない。
岩も崖も、ついでに山まで消えていた。
異世界に来て一時間。
普通なら剣を手に入れたり、町を目指したりする時間だろう。
しかし零司は現在、自分が消したらしい山を眺めながら現実逃避していた。
「いや、本当にどうしましょう……」
もちろん答える者はいない。
風だけが吹いていた。
その風に乗って、焦げ臭さすらない。
焼けたわけではないのだ。
消えた。
本当に消えた。
跡形もなく。
「夢だったりしませんかね」
頬をつねる。
痛い。
現実だった。
「ですよね……」
零司は再びため息を吐いた。
すると自然と、少し前の出来事を思い出す。
全ての始まり。
神様との会話を。
◇◇◇
「ようこそ」
目を開けた時、そこは真っ白な空間だった。
雲もない。
空もない。
地面があるのかどうかも分からない。
ただ白い。
どこまでも白かった。
そして目の前には老人がいた。
長い髭。
白いローブ。
いかにも神様ですと言わんばかりの格好である。
「おや、落ち着いていますね」
老人は感心したように言った。
「そうですか?」
「普通はもっと混乱します」
「まあ、なんとなく状況は察しましたので」
零司は周囲を見回した。
ここが病院には見えない。
夢にも見えない。
そして最後の記憶は事故だ。
なら答えは一つだった。
「死んだんですよね?」
「はい」
老人はあっさり認めた。
「やっぱりですか」
「驚かないのですか?」
「驚いてますよ」
驚いている。
ただ、取り乱しても仕方ない。
死んでしまったものはどうしようもない。
すると老人は少し笑った。
「面白い人ですね」
「よく言われます」
言われた記憶はなかった。
なんとなく言ってみただけである。
「さて、本題です」
老人は咳払いした。
「あなたには異世界へ転生していただきます」
「異世界ですか」
「嫌ですか?」
「いえ」
むしろ少し興味があった。
剣と魔法。
冒険者。
ドラゴン。
男なら一度は憧れる世界である。
「転生特典も用意しています」
神様は指を鳴らした。
目の前に光の板が現れる。
「好きな能力を一つ差し上げましょう」
「好きな能力ですか」
「ええ」
神様は頷いた。
「剣術の才能でも良いでしょう」
板に文字が浮かぶ。
剣聖。
「強力な魔法の才能でも構いません」
大賢者。
「生産系スキルも人気ですね」
錬金術。
鍛冶。
付与術。
どれも魅力的だった。
零司は腕を組む。
せっかくなら強い能力がいい。
死にたくない。
異世界は危険そうだ。
だったら。
敵を倒せる能力がいい。
そう考えた瞬間だった。
なぜか。
本当に何故か。
頭の中に一つの言葉が浮かんだ。
「デスビームでお願いします」
空気が止まった。
神様も止まった。
数秒。
本当に数秒。
完全に固まった。
「……はい?」
「デスビームです」
「何ですかそれ」
「指から出るやつです」
「知りません」
神様は即答した。
「え?」
今度は零司が驚く。
「知らないんですか?」
「知らないですよ」
「そうなんですか」
二人とも困惑した。
話が噛み合わない。
神様は眉間を押さえる。
「どんな能力です?」
「たぶん強いです」
「たぶん?」
「はい」
「分からないんですか?」
「なんとなく言ってみました」
神様は天を仰いだ。
しばらく沈黙。
そして。
「……まあ、いいでしょう」
「いいんですか?」
「転生特典ですからね」
神様は深いため息を吐いた。
「では、《デスビーム》を授けます」
光が集まる。
何かが身体に入り込んだ感覚がした。
「これで終わりですか?」
「終わりです」
「説明とかは」
「ありません」
「雑ですね」
「あなたが言いますか?」
神様は少しだけ疲れた顔をしていた。
◇◇◇
「……なるほど」
森の中で零司は呟く。
思い返してみる。
今なら分かる。
神様も絶対に能力を理解していなかった。
「説明書くらい欲しかったですね」
遠くの消えた山を見る。
あんな威力だと知っていたら選ばなかった。
たぶん。
いや、もしかすると選んだかもしれない。
少し格好いいので。
「でも威力高すぎませんか」
その時だった。
ガサガサッ!
再び茂みが揺れた。
零司は身構える。
またゴブリンかと思った。
しかし現れたのは違う。
人だった。
革鎧を着た若い男。
腰には剣。
いかにも冒険者という格好である。
男は零司を見る。
そして背後を見る。
消えた森を見る。
消えた山を見る。
もう一度零司を見る。
最後に。
零司の指を見る。
「…………」
「こんにちは」
零司は会釈した。
男の顔色が真っ青になった。
「ひっ」
「え?」
「く、来るな!」
「いや、何もしませんが」
「その指を下ろせぇぇぇぇ!!」
男は叫びながら全力で逃げ出した。
森の奥へ。
ものすごい速度だった。
零司は呆然と見送る。
数秒後。
ぽつりと呟いた。
「感じの悪い人でしたね」
本人だけは気付いていなかった。
消えた山を背に立つ男に向かって。
そんな感想を抱くこと自体が、既に普通ではないことを。




