第16話 私は温厚なんですが
盗賊団討伐から三日後。
町は未だにその話題で持ち切りだった。
酒場へ行っても。
市場へ行っても。
ギルドへ行っても。
話題は一つ。
霧島零司。
新人冒険者にして盗賊団壊滅の立役者。
そして――山を消した男。
尾ひれもかなり付いていた。
「聞いたか?」
「ああ」
「指を鳴らしただけで盗賊団が消えたらしい」
「いや、睨んだだけだぞ」
「ドラゴンも倒したとか」
「もう何が本当なんだ」
誰も分からない。
本人すら分からない。
◇◇◇
「薬草採取ですね」
「はい」
「本当に薬草採取ですね?」
「はい」
「山は消しませんね?」
「消しません」
受付のミリアはじっと零司を見る。
最近は依頼を受理するだけで疲れるようになった。
信用していないわけではない。
むしろ逆だ。
信用しすぎている。
悪い意味で。
◇◇◇
零司が依頼書を受け取ろうとした時だった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
バンッ!
中にいた冒険者たちが一斉に振り返る。
現れたのは二人の男だった。
豪華な服。
胸には王国の紋章。
腰には装飾剣。
どう見ても地方の人間ではない。
◇◇◇
空気が変わる。
ガンズが眉をひそめた。
「王都の役人か」
レオルドも表情を引き締める。
ただならぬ雰囲気だった。
◇◇◇
男たちは真っ直ぐ受付へ向かう。
そして。
大きな声で言った。
「霧島零司はいるか!」
ギルド内が静まり返る。
零司は薬草採取の依頼書を持ったまま手を挙げた。
「私です」
◇◇◇
男たちの視線が集まる。
そして。
露骨に眉をひそめた。
「お前が?」
「はい」
「……本当に?」
失礼だった。
かなり。
◇◇◇
零司は普通の青年にしか見えない。
高価な装備もない。
威圧感もない。
伝説の英雄には見えなかった。
◇◇◇
男の一人が鼻で笑う。
「冗談だろう」
「何がです?」
「盗賊団を倒した英雄と聞いていた」
「そうなんですか」
「もっと強そうな男かと思った」
ギルド内の空気が冷える。
ガンズがため息を吐いた。
始まった。
◇◇◇
男はさらに続ける。
「山を消したとも聞いた」
「らしいですね」
「そんな嘘を王都が信じると思うな」
零司は首を傾げた。
別に信じてもらいたいわけではない。
◇◇◇
しかし。
周囲の冒険者たちは違った。
レオルドの額に青筋が浮かぶ。
ミリアも不機嫌そうだった。
盗賊団討伐で命を救われた騎士たちまで睨んでいる。
◇◇◇
男は気付かない。
完全に。
◇◇◇
「まあいい」
書類を取り出す。
「王都からの召喚状だ」
ギルド内がざわつく。
王都からの正式な召喚。
地方冒険者では滅多にない。
◇◇◇
「王都へ来い」
男は言った。
「断ったら?」
零司が聞く。
男は笑った。
「断れると思うか?」
嫌な笑みだった。
権力に慣れた顔。
◇◇◇
ガンズが舌打ちする。
レオルドも顔をしかめる。
だが相手は王都。
簡単には口を出せない。
◇◇◇
男はさらに言った。
「地方の冒険者風情が選べる立場ではない」
静まり返るギルド。
その言葉は。
ギルド全体を馬鹿にしていた。
◇◇◇
零司は少し考えた。
そして。
穏やかに答えた。
「そうですか」
男は勝ち誇ったように笑う。
「理解したか」
「いえ」
「何?」
◇◇◇
零司は不思議そうな顔をした。
本当に不思議そうに。
◇◇◇
「私は温厚なんですが」
◇◇◇
ガンズが顔を覆う。
レオルドも天井を見上げた。
ミリアが小さく呟く。
「出ましたね……」
◇◇◇
男は意味が分からない。
当然だ。
知らないのだから。
その言葉の意味を。
◇◇◇
「温厚?」
「はい」
零司は頷く。
そして。
いつもの穏やかな笑顔のまま続けた。
◇◇◇
「初対面の方には、なるべく親切にしたいと思っています」
◇◇◇
ガンズ
(終わったな)
レオルド
(終わったな)
ミリア
(終わりましたね)
◇◇◇
しかし男は気付かない。
まだ笑っている。
◇◇◇
「だったら大人しく従え」
「なるほど」
「分かったな?」
◇◇◇
零司は少しだけ微笑んだ。
◇◇◇
「今のは少し危なかったですよ」
◇◇◇
沈黙。
◇◇◇
男の背中を冷たい汗が流れる。
なぜだろう。
何もされていない。
脅されたわけでもない。
それなのに。
本能が警鐘を鳴らしていた。
◇◇◇
その時だった。
奥の部屋からバルドが出てくる。
状況を見て一言。
◇◇◇
「お前ら」
◇◇◇
全員が振り返る。
◇◇◇
「零司を怒らせるな」
◇◇◇
王都の使者たちは固まった。
ギルドマスターが。
真顔だったからだ。
◇◇◇
そして零司本人は。
薬草採取の依頼書を持ったまま聞いた。
◇◇◇
「王都にも薬草はありますか?」
◇◇◇
バルドは深いため息を吐いた。




