第15話 英雄と呼ばれても
盗賊団の捕縛は予想以上に時間がかかった。
百人以上もいるのだ。
縄で縛るだけでも一苦労だった。
「おい、動くな!」
「大人しくしろ!」
騎士たちが怒鳴る。
しかし盗賊たちは妙に素直だった。
抵抗する者がいない。
それもそのはずである。
目の前には零司が立っていた。
ただそれだけ。
ただ立っているだけなのに、誰一人として逃げようとしなかった。
◇◇◇
「逃げないんですね」
零司が不思議そうに言う。
グラドは乾いた笑みを浮かべた。
「逃げる?」
「はい」
「どこへだ」
真顔だった。
「追い掛けて来るだろ」
「追い掛けませんよ」
「嘘つけ」
即答だった。
周囲の盗賊たちも一斉に頷く。
零司は少し傷付いた。
◇◇◇
結局。
盗賊団は全員捕縛された。
騎士団も被害は出たが死者はいない。
これは奇跡に近かった。
本来なら壊滅していたはずなのだから。
副官は盗賊たちを見ながら深く息を吐いた。
「助かった……」
心の底からそう思う。
そして視線は自然と零司へ向く。
あの青年がいなければ全員死んでいた。
間違いなく。
◇◇◇
その頃。
カイルは一人で落ち込んでいた。
馬車の横。
誰も近寄らない場所。
完全に魂が抜けている。
「……」
無言。
◇◇◇
数時間前。
「見ておけ」
「これが本物の強さだ」
「勉強しておけ」
散々言った。
全部自分だった。
◇◇◇
そして結果。
盗賊団百人を相手に何もできなかった。
対して零司。
武器を消した。
盗賊を降伏させた。
終わりだった。
比較するまでもない。
◇◇◇
「カイル様」
副官が声を掛ける。
「何だ」
元気がない。
副官は少し言いにくそうだった。
「今回の報告ですが」
嫌な予感がする。
「盗賊団討伐の功労者は」
「……」
「霧島零司殿になります」
沈黙。
◇◇◇
カイルは空を見上げた。
青空だった。
非常に綺麗だった。
だから余計に悲しかった。
◇◇◇
◇◇◇
夕方。
討伐隊は町へ帰還した。
門が見える。
住民たちが集まっている。
討伐成功の報告が先に届いていたのだ。
歓声が上がる。
「帰ってきた!」
「盗賊団を倒したんだ!」
「凄い!」
騎士たちも少し誇らしそうだった。
◇◇◇
しかし。
状況は少しおかしかった。
住民たちの視線。
騎士団ではない。
カイルでもない。
全員が。
零司を見ていた。
◇◇◇
「あの人だ!」
誰かが叫ぶ。
「山を消した新人!」
「盗賊団を倒した人!」
「英雄だ!」
歓声が広がる。
零司は困惑した。
「英雄?」
自分を指差す。
周囲が頷く。
「そうだ!」
「零司さん!」
「助かった!」
◇◇◇
零司は困った。
本当に困った。
「私は何もしていませんが」
静まり返る。
そして。
ガンズが言った。
「しただろ」
「そうでしょうか」
「した」
レオルドも頷く。
「したな」
副官も頷く。
「しました」
盗賊団まで頷いた。
「した」
「した」
「したな」
なぜか全員一致だった。
◇◇◇
その様子を見ていた住民たちが笑い始める。
緊張が解けたのだろう。
明るい空気が広がる。
◇◇◇
そんな中。
ギルドマスターのバルドが現れた。
大股で歩いてくる。
そして。
零司の前で止まった。
◇◇◇
「ご苦労だった」
珍しく真面目な顔だった。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
バルドは続ける。
「お前がいなければ大惨事だった」
事実だった。
誰も否定できない。
◇◇◇
そして。
バルドは懐から一枚の書類を取り出した。
「そこでだ」
嫌な予感がした。
ミリアが。
ガンズが。
レオルドが。
全員同じ顔をしている。
◇◇◇
「ギルド規則により」
バルドが読み上げる。
「特別昇格を提案する」
ざわり。
周囲が騒ぐ。
◇◇◇
Fランクからの特別昇格。
普通ならあり得ない。
何年も掛かる。
それを。
登録から数日でやろうとしている。
◇◇◇
零司は首を傾げた。
「昇格ですか?」
「ああ」
「何か変わるんですか?」
バルドは答える。
「受けられる依頼が増える」
「なるほど」
少し考える。
そして。
目を輝かせた。
◇◇◇
「薬草採取の報酬も上がりますか?」
沈黙。
◇◇◇
ミリアが吹き出した。
ガンズも笑う。
レオルドも耐えられなかった。
◇◇◇
盗賊団を壊滅させた男。
町の英雄。
特別昇格目前。
なのに気にしているのは薬草採取。
◇◇◇
バルドは頭を抱えた。
「上がる」
「本当ですか」
零司は嬉しそうに笑った。
◇◇◇
その笑顔を見ながら。
カイルは遠くで項垂れていた。
もう誰も自分を見ていない。
話題の中心は完全に零司だった。
◇◇◇
そしてこの日。
霧島零司は正式に町の英雄として知られるようになる。
一方で。
カイル・フォン・レグナードは。
「本物の強さを勉強した男」
という新たなあだ名を付けられることになるのだった。




