閑話
空が紫に染まっていた。
雲は不気味に渦を巻き、光は濁り、まるで世界そのものが息を潜めているかのように静まり返っている。
その中心。
上空に浮かぶ球体から、ゆっくりと一人の男が降りてきた。
白く滑らかな装甲のような体。
無駄のない肢体。
そして、場違いなほど穏やかな微笑み。
「さて……この星の“代表者”はどなたですか?」
静かな問い。
だが、その一言で全員が悟る。
――これは、対話ではない。
震えながら、村長が前に出た。
「わ、私が……この村の長です……」
「ほう」
男――フレージは、ゆっくりと地面に降り立つ。
その瞬間。
ドン、と音もなく、大地が沈んだ。
家屋が軋み、地面に亀裂が走る。
しかし本人は、わずかに首を傾げるだけだった。
「おや……少し力が強すぎましたか」
まるで、踏み加減を誤っただけのような口調。
村長はその場に崩れ落ちた。
「どうか……どうかお許しを……!」
「許す?」
フレージは小さく笑う。
「勘違いしないでください。私は最初から、あなた方に興味はありません」
安堵が、ほんの一瞬だけ広がる。
だが、その直後。
「ただ、この星の価値を測りに来ただけですので」
指先が、わずかに上がる。
それだけで――
遠くの山が、音もなく消えた。
削り取られるように。
存在ごと、消失する。
「……なるほど」
フレージは軽く息をつく。
そして、思い出したように言った。
「参考までにお伝えしておきますが」
ゆっくりと、指を一本立てる。
「私の戦闘力は五十三万です」
意味の分からない言葉。
だが――なぜか、理解してしまう。
自分たちとは、存在の“桁”が違うのだと。
誰かが膝をつき、誰かがその場に崩れ落ちた。
「そ……そんな……」
フレージは小さく首をかしげる。
「おや?そんなに驚くほどの数字ではないと思うのですが」
悪意はない。
本当にそう思っているだけだ。
だからこそ、救いがない。
「で、ですが……我々は何も――」
「ええ、分かっていますよ」
穏やかな声で、言葉を遮る。
「あなた方が、取るに足らない存在だということくらい」
優しげな声音。
それが、何より残酷だった。
村人の一人が、震えながら叫ぶ。
「な、なぜだ……なぜこんなことを……!」
その問いに、フレージは少しだけ考え――
「気分ですよ」
あまりにも軽く、答えた。
「それと……」
指先が、ゆっくりと村人たちへ向けられる。
「私に向かってその口の利き方……少々、無礼ではありませんか?」
空気が凍る。
全員の呼吸が止まる。
フレージは、にこりと微笑んだ。
「殺しますよ」
次の瞬間。
世界が、弾けた。
光も、音も、存在も。
すべてが一瞬で消し飛ぶ。
村も、人も、大地も、空も。
何もかもが“なかったこと”になる。
静寂。
完全な無。
フレージはその中心で、ゆっくりと周囲を見渡す。
何も残っていない。
本当に、何も。
「ふむ……」
わずかに肩をすくめる。
「やはり、この程度ですか」
期待外れ、とでも言いたげな声音。
そして、軽く息をつく。
「もう少し楽しませてくれると思ったのですが……」
その言葉に応えるものは、もう存在しない。
フレージはくるりと踵を返す。
「では、次へ行きましょう」
球体へと戻りながら、ぽつりと呟く。
「次はもう少し、“骨のある星”だといいのですがね」
紫の空が、静かに閉じる。
光が消え、気配が消え、すべてが闇に沈む。
――そして。
その星は、最初から存在しなかったことになる。
・・・・・・・・・・夢か。。
目を覚ました零司は、なぜか妙に気分がよかった




