第13話 では、片付けます
東街道。
森の中。
騎士団は完全に包囲されていた。
前方には盗賊団。
後方にも盗賊団。
左右の森にも盗賊団。
数は百人以上。
しかも全員が武装している。
普通なら絶望的な状況だった。
実際。
騎士たちの顔からは血の気が失せていた。
「終わった……」
誰かが呟く。
副官も歯を食いしばる。
カイルは剣を握り締めていた。
だが。
手は震えている。
先ほどまでの自信はどこにもなかった。
◇◇◇
盗賊団頭領グラドは笑っていた。
「貴族様よ」
巨大な斧を肩に担ぐ。
余裕そのものだった。
「楽に死ねると思うなよ」
周囲の盗賊たちも笑う。
完全な勝者の顔だった。
「鎧も馬も全部いただく」
「女がいれば売る」
「金貨も山分けだ」
好き勝手な声が飛ぶ。
騎士たちの表情が歪む。
◇◇◇
そんな中。
零司だけが首を傾げていた。
「なるほど」
ぽつりと呟く。
グラドが笑う。
「何がなるほどだ」
零司は答えた。
「皆さん悪人なんですね」
静まり返る。
盗賊たちは顔を見合わせる。
何を当たり前のことを言っているのか。
そんな表情だった。
グラドは鼻で笑う。
「そうだ」
胸を張る。
「だからどうした」
零司は少し安心したように頷いた。
「それなら良かったです」
「は?」
意味が分からない。
◇◇◇
カイルも分かっていなかった。
いや。
誰も分かっていなかった。
ガンズたちを除いて。
彼らだけは知っている。
零司がこういう時に何をするのか。
「おい」
ガンズが小声で言う。
「どうした」
レオルドが答える。
「盗賊団」
「うん」
「可哀想だな」
レオルドは頷いた。
心から同意した。
◇◇◇
グラドが前へ出る。
巨大な身体。
圧倒的な威圧感。
「まずは貴族からだ」
カイルを見る。
「身代金は高そうだからな」
盗賊たちが笑う。
カイルは顔面蒼白だった。
逃げられない。
戦っても勝てない。
死ぬ。
初めてそう思った。
◇◇◇
その時だった。
零司が一歩前へ出る。
「?」
グラドが眉をひそめる。
「坊主」
「何でしょう」
「死にたいのか?」
零司は少し考えた。
そして首を横に振る。
「いいえ」
「なら下がってろ」
グラドが吐き捨てる。
しかし。
零司は動かなかった。
◇◇◇
「困りましたね」
静かな声だった。
「何がだ」
「薬草採取に行く予定だったのですが」
沈黙。
誰も意味が分からない。
今その話をするのか。
「予定が狂いました」
零司は本当に残念そうだった。
グラドは額に青筋を浮かべる。
「舐めてるのか?」
「いえ」
「なら何だ」
零司は答えた。
「邪魔なんです」
静まり返る。
◇◇◇
盗賊たちが笑い始める。
最初は一人。
次に二人。
やがて全員。
腹を抱えて笑っていた。
「聞いたか?」
「邪魔だってよ」
「はははは!」
グラドも笑う。
豪快に。
心の底から。
「面白い坊主だ」
涙まで浮かべていた。
◇◇◇
だから。
誰も気付かなかった。
零司の右手がゆっくり上がったことに。
人差し指。
真っ直ぐ前へ向く。
いつもの動作。
ガンズが顔を覆う。
レオルドも空を見上げた。
副官が首を傾げる。
カイルはまだ理解していない。
◇◇◇
「では」
零司が言う。
その声は穏やかだった。
怒ってもいない。
興奮もしていない。
ただ。
本当に片付け物をするような口調だった。
「片付けます」
次の瞬間。
黒い光が走った。
◇◇◇
誰も見えなかった。
速すぎた。
音もない。
ただ。
グラドの持っていた巨大な斧が消えた。
完全に。
跡形もなく。
◇◇◇
沈黙。
風が吹く。
誰も動けない。
グラドは自分の手を見る。
斧がない。
さっきまであった。
確かにあった。
だが今はない。
「……は?」
間抜けな声だった。
◇◇◇
零司は首を傾げる。
「続けますか?」
静かな問いだった。
しかし。
グラドの背中を冷たい汗が流れる。
本能だった。
理屈ではない。
目の前の男に逆らってはいけない。
そんな警告が全身を駆け巡る。
◇◇◇
だが。
盗賊団の一人が叫んだ。
「びびるな頭領!」
弓を構える。
「たまたまだ!」
他の盗賊たちも我に返る。
そうだ。
偶然だ。
何かの魔法だ。
そうに違いない。
百人いるのだ。
一人に負けるはずがない。
◇◇◇
そして。
百人以上の盗賊が一斉に突撃した。
怒号が響く。
地面が揺れる。
剣。
槍。
斧。
弓。
全てが零司へ向かう。
騎士たちは息を呑んだ。
カイルも目を見開く。
◇◇◇
零司はため息を吐いた。
「おやおや」
聞き覚えのある言葉。
ガンズが思う。
終わった。
完全に終わった。
◇◇◇
零司は指を向ける。
ただそれだけ。
そして。
黒い光が一直線に走った。
その瞬間。
突撃していた盗賊たちの武器が。
剣が。
槍が。
斧が。
弓が。
まとめて消滅した。
◇◇◇
全員が固まる。
何が起きたのか分からない。
武器がない。
手を見る。
ない。
どこにもない。
◇◇◇
零司は微笑んだ。
穏やかに。
本当に穏やかに。
そして。
こう言った。
「今のは少し危なかったですよ」
盗賊団百名。
全員が同じことを思った。
――化け物だ。
その瞬間。
盗賊団の士気は完全に崩壊した。
そして。
カイルの価値観もまた。
音を立てて崩れ始めていた。




