第12話 これが貴族の戦いだ
朝。
レグナード男爵家の私兵団が東門前に集結していた。
磨き上げられた鎧。
立派な軍馬。
風にはためく家紋入りの旗。
町の住民たちも集まり、その様子を遠巻きに見ている。
確かに見栄えは良かった。
それだけなら。
「ふふん」
カイル・フォン・レグナードは満足そうに頷く。
「見ろ」
隣の騎士へ言う。
「これが貴族だ」
騎士は慣れた様子で頷いた。
おそらく毎回言っている。
◇◇◇
そんな中。
最後尾には一人だけ場違いな人物がいた。
霧島零司である。
革鎧。
荷物袋。
初心者冒険者。
どう見ても新人だった。
「なぜ歩きなんですか?」
零司が尋ねる。
護衛騎士が鼻で笑った。
「当然だ」
「?」
「平民に馬は勿体ない」
なるほど。
そういうものなのか。
零司は納得した。
前世でも馬に乗ったことはない。
特に不満はなかった。
◇◇◇
しかし。
周囲の冒険者たちは不満そうだった。
ガンズ。
レオルド。
そして数名の討伐参加者。
全員が険しい顔をしている。
「気にするな」
ガンズが小声で言う。
「別に気にしてません」
零司は本当に気にしていなかった。
ガンズは少し笑う。
この男の良いところでもあり悪いところでもある。
◇◇◇
出発から二時間。
街道を進み続ける。
先頭ではカイルが演説していた。
誰も聞いていない。
だが本人は気付かない。
「盗賊など敵ではない」
堂々と言う。
「所詮はならず者の集団だ」
騎士たちが頷く。
「我ら貴族の軍勢が負けるはずもない」
さらに頷く。
士気だけは高かった。
◇◇◇
そして。
カイルは不意に振り返った。
視線の先には零司。
「魔力3」
名前では呼ばない。
魔力3である。
「何でしょう」
「よく見ておけ」
胸を張る。
「これが本物の強さだ」
零司は素直に頷いた。
「勉強になります」
「そうだろう」
満足そうだった。
ガンズは頭を抱えた。
◇◇◇
昼頃。
森へ到着する。
報告通りだった。
木造の砦。
見張り台。
武装した男たち。
盗賊団である。
「いました!」
騎士が叫ぶ。
カイルが笑った。
「見つけたぞ!」
勝利を確信した声だった。
◇◇◇
「包囲しろ!」
命令が飛ぶ。
騎士たちが動く。
森を回り込み砦を囲む。
見事な連携だった。
少なくとも見た目は。
盗賊たちは慌てているように見える。
逃げ出す者までいた。
「見たか」
カイルが零司へ言う。
「敵は恐れている」
「そうなんですか」
「当然だ」
自信満々だった。
◇◇◇
その時。
零司は少し違和感を覚えた。
森が静かすぎる。
砦の規模に対して人が少ない。
逃げる盗賊も妙だ。
本当に逃げているようには見えない。
「カイルさん」
「何だ」
「少し変では?」
カイルが笑う。
「何がだ」
「盗賊が少ない気が」
「素人が口を出すな」
即答だった。
零司は黙る。
勉強中なので。
◇◇◇
「突撃!」
カイルが剣を抜く。
騎士たちが前進する。
その瞬間だった。
ヒュンッ!
空気を裂く音。
一本の矢が飛ぶ。
騎士の肩へ突き刺さった。
「ぐあっ!」
悲鳴。
続いて。
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
森の四方八方から矢が飛来した。
◇◇◇
「なっ!?」
カイルが固まる。
次々と騎士が落馬する。
悲鳴。
怒号。
混乱。
先ほどまでの余裕は消し飛んでいた。
「伏せろ!」
副官が叫ぶ。
しかし遅い。
完全な奇襲だった。
◇◇◇
そして。
森の奥から男たちが現れる。
一人。
二人。
十人。
二十人。
五十人。
さらに増える。
まだ増える。
あっという間に百人近い武装集団が姿を現した。
騎士たちの顔色が変わる。
「百人……」
「そんな馬鹿な……」
報告では五十人。
倍だった。
完全に情報が間違っている。
◇◇◇
その中央。
巨大な男が現れた。
二メートルを超える大男。
巨大な斧。
顔の傷。
盗賊団頭領グラド。
男は笑った。
「ようこそ」
低い声が響く。
「貴族様」
周囲の盗賊たちも笑う。
完全に獲物を見る目だった。
◇◇◇
カイルは剣を握る。
しかし手が震えていた。
「罠だと……」
「その通りだ」
グラドが笑う。
「砦は囮だ」
周囲から盗賊が現れる。
包囲。
完全包囲。
逃げ場はない。
◇◇◇
「さて」
グラドは斧を肩に担いだ。
「身代金はいくらになるかな」
盗賊たちが大笑いする。
騎士たちは青ざめる。
士気は崩壊寸前だった。
◇◇◇
そんな中。
零司だけが周囲を見回していた。
そして。
小さく呟く。
「おやおや」
聞き覚えのある言葉。
ガンズが顔を引きつらせる。
レオルドも同じだった。
知っている。
この言葉が出た時の零司を。
◇◇◇
グラドが零司を見る。
新人冒険者にしか見えない。
革鎧。
安物の装備。
平凡な顔。
脅威には見えなかった。
「なんだ坊主」
笑いながら言う。
「震えて声も出ねぇか?」
零司は首を横に振った。
そして本当に困ったような顔で言った。
「いえ」
「?」
「今のは少し危なかったですよ」
グラドが眉をひそめる。
意味が分からない。
しかし。
ガンズたちは理解していた。
そして全員が同じことを思う。
――終わった。
その瞬間。
東街道に吹く風だけが静かに木々を揺らしていた。




