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悪役王太子に転生した俺、原作通り婚約破棄するため男爵令嬢に近づいたら、婚約者の聖女が静かに壊れ始めた  作者: おなきく


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第4話 男爵令嬢①

 また一週間が過ぎた。

 宮殿内では、俺、いや王太子パトリックが「少し変わったらしい」と囁かれ始めている。

 良い傾向とは言えないが、中身がすり替わっているのだから仕方がない。


「殿下」


 音もなく現れた従者に、背筋がひやりとした。

 だが顔には出さず、平静を装って目を合わせた。


「シモン男爵に関する調査が完了いたしました」

「ご苦労だった」


 従者が差し出した書類を受け取った。


 さすが王家の情報網だ。

 並大抵のものではない。

 簡潔でありながら、押さえるべき核心はひとつも漏らしていない。


(やはり男爵と教会が裏で繋がっているな)


 シモン男爵領は教会の総本山からほど近い場所にある。

 いや、正確に言えば、この王国から総本山へ向かうにはシモン男爵領を通らざるを得ない。

 男爵位とはいえ、王家はおろか教会も大貴族も、迂闊には扱えない相手なのだ。


(一方で、ルロワ公爵家は教会とあまり折り合いが良くない)


 歴史を振り返っても、両者は叙任権や税制、特権を巡って幾度となく衝突してきた。

 今でこそ王家の血は薄いが、元は王家の傍系から分かれた家柄らしい。

 教会からすれば、よりにもよって対立する公爵家の娘であるカトリーヌを、聖女と認めてしまった形になる。


(だから意図的にカトリーヌを失脚させ、シモン男爵を唆す)


 そして、その娘であるシルヴィを聖女に仕立て上げるわけか。

 もちろん、自分たちが神託の解釈を誤っていたと認めることにはなる。

 権威が一時的に揺らぐことも、承知の上だろう。

 だが、外から暴かれるのではなく、教会みずから訂正したことにすれば、いくらでも取り繕える。

『己の過ちを認める度量がある』『絶えず神託の解釈に努めている』『聖女の認定は、治癒魔法の発現をもって最終的に証明される』――そう言い立てればいい。

 何より、王国の要衝を握る男爵を味方に引き込み、意のままに動く聖女を得られる。

 長い目で見れば、そちらの方が遥かに利が大きい。


(俺が政治的に追い詰められないためには、ルロワ公爵家にも教会にも後れを取るわけにはいかない)


 それにしても、原作のパトリックはこんな厄介な立ち回りを、どうやってこなしていたんだ?

 生まれながらに帝王学を叩き込まれた本物の王太子にとっては、これくらい朝飯前だったとでも言うのか?


 一体どうすればいいんだ。

 頭を抱えそうになったとき、従者が再び口を開いた。


「殿下、シルヴィ嬢は本日昼頃、宮殿にご到着の予定です」

「そうか。分かった、丁重にもてなすように」

「畏まりました」


 ともかく、俺がすべきことは一つ。

 断罪イベントを、できるだけ自然に起こすことだ。

 そのための第一歩を、今から踏み出さなければならない。



 ◇



 扉の前に近衛兵が控える一室。

 白いテーブルクロスが掛けられた小さな食卓には、パンと、軽めのエールを満たした銀杯が用意されていた。

 俺が席へ歩み寄ると、向かいに立っていた令嬢がドレスの裾を軽くつまみ上げ、優雅にカーテシーをしてみせた。


「お初にお目にかかります、王太子殿下。シモン男爵の娘、シルヴィ・ド・シモンと申します。本日は、このような食事の席にお招きいただき、身に余る光栄に存じます」


 シルヴィの姿を正面から見て、俺は思わず息を呑んだ。

 月光を思わせる、神秘的な銀髪。

 銀髪の隙間から、宝石のように澄んだ青い瞳が揺れていた。

 華奢な肩を露わにした真紅のドレスが、豊かな胸元とくびれた腰つきを一層際立たせていた。


(これじゃあパトリックがメロメロになるわけだ)


 ただ『可愛い』の一言では、とても片づけられなかった。

 まるで名匠が丹精込めて作り上げた、精巧な人形のよう。

 美少女という概念が、そのまま形になったかのようだった。


(だが、中身はちっとも可愛くないってことだ)


 王国を魔王国との戦争に巻き込ませないためにも、そして俺自身の命を守るためにも、シルヴィは必要不可欠だ。

 とはいえ原作では、シルヴィもパトリックと同じく、ヒロインであるカトリーヌにとっての悪役に過ぎない。

 外見に騙されてはならないと自戒しつつ、俺は笑みを浮かべた。


「そう畏まらずとも構いません。どうぞ楽にしてください。さあ、座りましょう」

「はい、畏まりました」


 向かい合って腰を下ろし、俺がパンを手に取ると、シルヴィもようやくおずおずと手を伸ばした。

 よく見れば、その指先は小刻みに震えている。

 どうやら、ひどく緊張しているようだが……。


(これも演技なのか?)


 正直、俺は相手の腹の内を読むのがかなり苦手だ。

 前世でサラリーマンをしていた頃も、そのせいでずいぶん苦労した。

 今、目の前にいるシルヴィも、ただ緊張しているだけなのかもしれない。

 それでも、どうしても疑いの目で見てしまうのだ。


「シルヴィ嬢も学園に通われるのですか?」

「いいえ、まだです。今年、入学する予定でございます」

「それなら、私の一年後輩になるのですね」

「はい、そうなりますね」


 俺がパンを食べ終えた頃合いを見計らったように、メイドが次の料理を運んできた。

 ハーブを浮かべたポタージュや、アーモンドミルクで煮込んだ白身魚などだ。


 料理を前に、シルヴィはごくりと喉を鳴らした。


「お、美味しそう……」


 身を乗り出し、料理を食い入るように見つめていた。


 なんだ、この反応は?

 普通の貴族令嬢が見せる振る舞いではない。

 男爵とはいえ、要衝を治めるシモン家なら懐事情に困るはずがない。

 日々の食事に困るようなことはないだろう。


(天然アピールか?)


 わざと男の保護欲を刺激しようって魂胆か?

 それとも、場を和ませるための計算?

 まさか、本当にただの食いしん坊というわけでもあるまい。

 だが、ここは悪役パトリックとして、まんまと騙されたふりをしなければな。

 俺は小さく笑ってみせ、努めて優しげな声で言った。


「ははっ、遠慮なく召し上がってください」

「え? あ、し、失礼いたしました! 思わず独り言が……」

「お気になさらず。私は、あまり召し上がらない方より、美味しそうに食べてくださる方が好きですから」

「そ、そうなんですか……?」


 シルヴィはこてんと小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべた。

 この世界の貴族社会では、それほどおかしな物言いだったのだろうか。

 まあ、せっかく料理を用意したのだから、美味しく食べてほしい――それは本心だ。

 ……俺の金じゃないけど。


「で、では遠慮なく……」

「ええ。その代わりと言ってはなんですが、新学期に学園でお会いしたら、ぜひ声をかけてくださいね」

「え? は、はい……?」


 シルヴィが目を丸くした。



 ◇◇



「うええええん――っ!! じいやぁ、私怖かったぁ!!」


 飾り気のない二頭立ての馬車の中。

 シルヴィは背の曲がった老執事の胸にすがりつき、子どものように泣きじゃくっていた。

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