第17話 新生徒会③
もしここでカトリーヌがシルヴィを公然と糾弾し、挙句の果てに平手打ちでもしたら――俺はどうする?
原作のパトリックなら、シルヴィを庇ってカトリーヌを説教するだろう。
もしかすると、そのまま断罪イベントに突入するかもしれない。
(……まだ、準備ができていない)
シルヴィを新たな聖女として担ぎ上げるには、まだ時間が必要だ。
今ここで聖女カトリーヌとの婚約を破棄すれば、俺は政治的に詰む。
だとすれば、今俺がすべきことは――
(よし、ひとまずこの場は強引に乗り切ろう)
何しろ、俺は王太子だ。
多少不自然でも、この場さえやり過ごせればいい。
考えてみれば、そのほうがいかにもチャラ男っぽいし。
コホン、とわざとらしく大きな咳払いをひとつして、口を開いた。
「ではシルヴィ嬢、そろそろ新入生の席へ向かってくれ」
「え?」
シルヴィは目を丸くした。
だがすぐに意図を察したらしく、慌てて頭を下げた。
「そ、それでは、お先に失礼いたします!」
逃げるように走り去る後ろ姿を、俺とカトリーヌは並んで見送った。
今はまだ身分の差に怯えてカトリーヌの顔色を窺っているようだが、いずれ本性を現すだろう。
隣のカトリーヌが、子どものようにぷうっと頬を膨らませた。
「どうしてあのまま行かせてしまいましたの! あの泥棒猫に、言いたいことが山ほどありましたのに!」
やはり、シルヴィを本格的に敵視し始めたか。
まあ、当然と言えば当然だ。
婚約者が他の女にうつつを抜かしているのだから。
「カトリーヌ、前にも言ったが、私は身分だけで人を判断するのは好まない」
「べ、別に身分だけで判断しているわけではありませんわ! 妻がいる殿方と朝から二人きりでいるのが常識外れだと申し上げているのです! きっとあの泥棒猫が殿下をたぶらかしたのでしょう!」
実際のところ、カトリーヌの言う通りだ。
もちろん結婚はまだだが、婚約者を差し置いて他の女と二人きりで登校など、どう考えてもおかしい。
それに、今回の登校イベントは間違いなくシルヴィから仕掛けてきたものだし。
(だが、むしろ都合がいい)
重要なのは、悪女シルヴィに騙される悪役パトリックとして、カトリーヌに印象づけること。
彼女の好意を利用するだけ利用して捨てる。
そんな最低の男にならなければならない。
俺はわざと長いため息をつき、カトリーヌに言った。
「私が誰と過ごそうと、それは私の自由だ」
「で、でも!」
「まさか、カトリーヌ。お前が私の自由を縛るとでも言うつもりか?」
「うっ……」
自分で言っておきながら、虫唾が走るほどのクズ発言だ。
浮気を否定もせず、ただ権威を振りかざして黙らせただけ。
カトリーヌに俺への不信感を抱かせるには、これくらいがちょうどいいだろう。
「それに今日は少し忙しい。またな」
「え……?」
カトリーヌがはっと目を見開いた。
「ま、またお会いしてもよろしいのですか!?」
「ま、まあ……婚約者だからな」
「そうですわね! では、また後ほど!」
ただのありふれた挨拶をしただけなのに、どうしたんだ。
カトリーヌは妙に晴れやかな笑みを浮かべ、その場を立ち去った。
しかも、鼻歌まで歌っていた。
(……原作のパトリックは、こんな挨拶すらまったくしなかったのか?)
いや、まさか。
いくらなんでも、宮中であれほど厳しい礼儀作法の教育を毎日受けている身で、それはないだろう。
きっとカトリーヌの勘違いだろう。
控室へ向かうと、思った以上の人数が集まっていた。
「あ、殿下」
俺に気づいたルチア王女が、黒髪を手櫛で整えながら立ち上がった。
他の面々も、慌てて俺に向かって深々と頭を下げた。
……驚いたことに、その中には教師の姿もあった。
「かしこまるな。ここでは私も一学生だ。気を楽にしろ」
俺の言葉に、ルチア王女以外の生徒も教師陣も、そろって戸惑った顔をした。
そして、とても信じられないとでも言うように、互いに顔を見合わせる。
(なんだ?)
俺、何か変なこと言ったか?
むしろこちらが戸惑うほどだ。
従者からは、学園で王族が取るべき態度はこれだと聞いていたのだが……。
ルチア王女が紙の束を俺に差し出した。
「準備が整いました。どうぞご確認ください」
「ええ」
受け取ってみると、生徒会長の就任挨拶や、入学式の歓迎の辞などの原稿だった。
ざっと目を通すと、無駄がなく要点が的確にまとまっていた。
宮中の書庫で読まされた、やたらと長く技巧にばかり凝った文書よりも、はるかに読みやすかった。
「うむ、さすがは王女殿下。見事な筆致だ」
「ありがとうございます。今後も殿下のご指示を忠実に実行できるよう、努めさせていただきます」
なるほど。俺が忘れていたのではなく、最初から副会長のルチア王女に任せていた形にするつもりか。
俺の顔を立てながら、自分の有能さもアピールする。
だが……。
(今後も——ということは、下手すると俺がただのお飾りになりかねないな)
これは俺がルチア王女に借りを作ったということだ。
それに、今回だけでなく今後も彼女に仕事を委ね続ければ、事実上、ルチア王女が生徒会長として権力を振るうことになるだろう。
正直、生徒会長の座なんてどうでもいい。
面倒なだけだ。
だが問題は、カトリーヌの断罪イベントに向けて生徒会を動かす必要があることだ。
俺がお飾りになってしまえば、何かあるたびにルチア王女を説得しなければならなくなる。
(結局、原作通りに進めるなら、俺が会長としての実権も、きちんと握っていなければならない)
できればこれ以上、借りは作りたくない。
いや、この借りもできるだけ早く返しておかなければ。
その時、ルチア王女が両手を後ろで組み、ぐっと身を乗り出してきた。
「何か問題でもございましたか?」
顎に手を当て、視線を少し伏せて考え込んでいると――彼女の顔が、ふいに俺の視界いっぱいに飛び込んできた。
この学園の女子生徒の制服は、基本的に長いワンピース型だ。
そして暗黙の了解として、身分が高いほど改造の自由度も増す。
カトリーヌとシルヴィの制服を比べてみれば、まるで別の服に見えるほどだ。
ところがルチア王女の制服は、胸元が本来の規定よりもはるかに深く開いていた。
その上、まるでグラビアのようなポーズまで決めてくるものだから――
(お、おっぱい、でかっ)
どうしても視線がそちらへ吸い寄せられてしまう。
いや、見ないほうが無理だ。
一瞬で思考がバカになる。
ごまかすようにもう一度咳払いし、顔をそむけた。
「い、いえ。何でもありません」
「そうですか? でも殿下、もう少し見てくださってもよろしいんですよ?」
「……はい?」
「殿下がおっしゃったではありませんか」
ルチア王女はにやりと笑うと、背伸びをして俺の耳元で囁いた。
「副会長になりたければ、そのデカいおっぱいを毎日自分によく見えるようにしろって」
パトリックのクソ野郎、一体何してやがったんだ。




