第11話 エルフの教授①
数日かけて学園の敷地を歩き回り、ひとまず位置関係は頭に叩き込んだ。
……どこへ行くにも大勢の従者を引き連れなきゃいけないし、行く先々でやたらと畏まられる。
王太子という地位の重さを、嫌というほど思い知らされた。
平民に至っては、その場で跪かれる始末だ。
(問題は一つだけだな)
魔法ってどうやって使うんだ……?
ここは一応、魔法を教えるための学園だ。
原作のパトリックは首席で入学したという設定だったはず。
つまり座学だけじゃなく、魔法の実技も優秀だったということだ。
(最低でも、学園の授業についていくくらいはできないと)
いくら落馬事故があったとはいえ、突然まったく魔法が使えなくなるのは不自然だ。
いや、どうにか誤魔化せたとしても、この学園に居づらくなる。
魔法の使えない魔法学園の生徒なんて、あり得ない。
(そうなれば断罪イベントも起こせない)
俺の命運もそこで尽きてしまう。
おまけに王太子としての地位まで揺らぎかねない。
たとえ実技の成績が落ちたとしても、最低限の魔法くらいは使えるようになっておかないと。
(……理論だけじゃどうにもならないのが問題だけど)
王宮の書庫でも学園の図書室でも、片っ端から魔法書を読み漁った。
例のワタナベ大賢者の著書にまで目を通した。
おかげで大体の理論は頭に入った。
だが手順通りに試しているはずなのに、魔法は一向に発動する気配がない。
まさか中身が入れ替わったせいで、完全に魔法が使えなくなったわけじゃないだろうな。
(とりあえず誰かに助けを求めよう)
ここは魔法学園であると同時に、国立の研究機関でもある。
当然、魔法に関する研究も盛んに行われている。
力になってくれる人は必ずいるはずだ。
「誰かおらぬか」
「はい」
今日も相変わらず、従者はどこからともなく姿を現した。
「この学園で最も魔法に精通している者を推薦してくれ」
「最も魔法に精通している者、でございますか……。差し支えなければ、どのような理由かお伺いしてもよろしいでしょうか」
ここでバカ正直に「魔法が使えないから」と答えるのは得策ではない。
下手をすれば、俺の正体を疑われかねない。
俺はわざと意味ありげな表情を作り、人差し指でこめかみを軽く叩いてみせた。
「この国の未来のためだ」
「……!」
別に嘘はついていない。
魔王国との戦争が本当に起これば、国が丸ごと滅びかねないからな。
「……それでしたら、カールスドッテル教授が適任ではないかと」
「カールスドッテル教授?」
どうやらこの学園には教師とは別に、教授という役職もあるらしい。
教師は生徒の教育が主なのに対して、教授は魔法研究が本分のようだ。
そのため研究者を志す一部の生徒を除き、普通の生徒が教授と顔を合わせることは滅多にないという。
「わかった、お前の推薦を信じよう。なるべく早く会えるように手配してくれ」
「承知いたしました。ただ、カールスドッテル教授は、その……実力は確かなのですが、最近はあまり姿を見た者がいないそうでして」
……それ、死んでるんじゃないか?
◇
二時間後、従者が声をかけてきた。
「カールスドッテル教授が到着されたとのことです」
やはり王太子だからか。
学内でもそれなりの地位にある教授が、わざわざこちらまで足を運んでくるとは。
とはいえ王太子である前に、俺は生徒だ。
ある程度は礼儀を尽くすのが筋だろう。
自室を出て、一階へと降りる。
従者が開けてくれた扉をくぐり、応接室へと足を踏み入れた。
「……え?」
教授と聞けば、当然、白髪まじりの中年男性あたりを想像する。
だが、応接室のソファに腰を下ろしていた人物は、予想とはまるで違う姿をしていた。
高い位置で豊かに結われ、背中まで長く流れ落ちる薄桃色の髪。
肩からずり落ちそうなほどだぶだぶの、見覚えのある濃紺のジャージ。
――そして髪の隙間から覗く、異様に長く尖った耳。
「え、エルフ……?」
「そうだけど? なんだい、ボンボン。初対面でもないのに。せっかくボンボンが呼んだって言うから、わざわざ出てきてやったんだよ」
いや、初対面なんだけど。
それより、この世界にエルフなんていたのか?
まあ、魔族もいるんだからエルフがいてもおかしくはないか。
俺が読んだ原作のネット小説には影も形も出てこなかったから、知るはずもなかった。
(案外この世界観、裏設定も多いのか)
作者にしても、物語に不要な裏設定をわざわざ書く理由はなかったのだろう。
まあ、エルフがいようがいまいが、カトリーヌの断罪イベントには関係ないしな。
それにしても、まさか本物のエルフと対面することになるとは……。
思わず呆気にとられてしまった。
「でも、なんだかあのボンボンとはちょっと違う気もするし……」
エルフの教授――いや、カールスドッテル教授が顎に手を当て、すいっと顔を寄せてきた。
気づけば、視界いっぱいに彼女の顔が迫っていた。
やはりエルフだからか、シルヴィやカトリーヌにも引けを取らない美貌だった。
「あの、大変申し上げにくいのですが、もしかして人違いではないでしょうか……」
もしパトリックとカールスドッテル教授に面識があったなら、従者が知らないはずはない。
先ほどの従者の態度は、明らかに初対面の相手を案内するときのものだった。
カールスドッテル教授が首を傾げた。
「アランのボンボンじゃないのかい?」
「……それは父上の御名です」
「え? あのボンボン、もうこんなに大きな息子ができたの!?」
「念のため申し上げますと、父上は現在の国王でいらっしゃいます」
「ええええ――!?」
彼女が目を丸くした。
「第六王子が国王に即位したって!? ど、どうやって!?」
「……」
なんだか今、とんでもない話を聞かされた気がするんだが。
アラン国王は一体、どれほど壮絶な王位争奪戦を繰り広げたのだろうか。
どうにも血生臭そうで、あえて深掘りする気にはなれなかった。
「と、とにかく、まずは自己紹介をさせていただきます。私はアラン国王の長男、パトリックと申します」
「そ、そうか。これは失礼したね。私を訪ねてくる王族といえばアランのボンボンくらいしかいないと思って、早合点してしまったよ……。やれやれ、いくらなんでも研究室にこもりすぎたかな」
一体、二人はどういう関係だったのだろうか。
それにしても、今の口ぶりからしてずいぶん昔の話らしい。
エルフの時間感覚は、やはり人間とは違うのだろうか。
もしかするとエルフにとっては、人間の王が代わることなど季節の移ろい程度にしか感じられないのかもしれない。
俺としては、ただただ不思議でならなかった。
俺はカールスドッテル教授と向かい合うように腰を下ろした。
ほどなくして、従者が銀の杯とワインを運んできた。
ところが、従者はカールスドッテル教授の姿を見るなり目を丸くした。
「きょ、教授! なんですか、その格好は!? 王太子殿下の御前ですぞ!!」
「この服のどこが悪いっていうんだい? まったく、昔から宮殿の連中はああだこうだとうるさいね!」
「エルフといえば礼儀を重んじる一族ではございませんか!? 人間の作法もお守りいただかなくては――」
「ええい、うるさい! だいたい、この服のどこが悪いって言うんだい!? いいかい、これはなんと、あのワタナベ大賢者様が愛用していたものなんだよ!」
「え、え……? 大賢者様の……?」
「そうだ!」
カールスドッテル教授は得意げに背筋をピンと伸ばし、さらに言葉を続けた。
「擦り切れにくい丈夫な生地、他にはない独特のデザイン、そのうえ軽い! 利便性と機能性を兼ね備えた、大賢者様の傑作なんだよ!!」
いや、胸元に斜めの三本線が山形に並んだロゴが思いっきり見えているんだけど。
これでワタナベ大賢者が現代日本人であることはほぼ確実だろう。
従者が頭を下げた。
「も、申し訳ございません。私の目が節穴でございました。お見それいたしました……」
「まあ、いいさ。あんたみたいに勘違いする奴は一人や二人じゃないからね」
この世界でのワタナベ大賢者のネームバリューは、相当なものらしいな。
一体何者なんだろう、ワタナベ大賢者。
もしかすると、カールスドッテル教授は直接会ったこともあるのかもしれない。
従者は再び応接室の外へ出ると、扉の前に控えた。
俺はコホンと一つ咳払いをして、口を開いた。
「教授、一つお願いしたいことがございます」
「ああ、でもちょっと待って。一つ試してみたいことがあるんだ」
「え? 試す、とは?」
カールスドッテル教授がすっと立ち上がり、俺の座るソファの後ろへと回った。
そして、耳元で囁いた。
「背中に、Gがついているよ」
「はい!? ほ、本当ですか!?」
全身に鳥肌が立った。
俺はガタッと立ち上がり、必死に背中へ腕を回した。
「ど、どこですか!?」
「ふむ、やはりね。あんたが私の格好を見ても平然としていた時点でおかしいと思ったんだよ。王家の文化が変わったのかとも思ったが、さっきの従者の態度を見るにそうでもないみたいだし」
カールスドッテル教授がニヤリと笑って言葉を継いだ。
「パトリック王太子、あんた、日本人だね?」
「……え?」
「『G』と言って通じるのは日本人だけだと、大賢者様が仰っていたよ。ちなみに、この世界にそんな生き物は存在しない」
ワタナベの野郎……。




