EPISODE2-6【最強の刺客】
脱出した久美子、ホワン、リジェ、アルビテトは、廊下の先で待機していた斗愛、与太郎、デューク、カグラ、そしてエピデンドラムと無事合流する。だが周囲を見渡しても、レイトキの姿だけがどこにもない。久美子は青ざめ、唇を噛み締めながら、絞り出すようにはっきりと告げる。
「レイが……レイがいない。おそらく……敵の手に落ちてしまったわ……」
その言葉を聞いた瞬間、一同の空気が一気に凍りつく。
「そんな……!」アルビテトはジャッカルの耳をピンと立て、手にした剣を強く握りしめる。
「あれほど強いレイが、まさか敵に捕らわれるなんて……!」エピデンドラムは顔を曇らせ、状況の悪さを痛感する。
「包括の歯車が敵の手中に落ちたとなれば、これ以上の脅威はない。奴らが彼の力を制御し、こちらに向けてきたら……」その時、背後の空間が不吉に歪み、無数の光コードが這い出てくる音が響く。そして、赤黒い瞳をしたレイトキが、無表情なままゆっくりと姿を現した。
「……来たぞ」カグラが低く声を上げ、全員が一斉に武器を構え直す。
「最強の刺客が、我々の前に現れたのだ……!」歪んだ空間の裂け目から、姿を現したのはまぎれもないレイトキだった。だがその姿は、かつてのものとはあまりにも違っていた。赤黒く濁った瞳には、仲間を見つめる温かさも、自分の意思も一切宿っていない。背中や両腕からは、無数の光コードが触手のように伸び、ゆらりゆらりと周囲をなぞっている。
「レイ……くん……?」久美子は信じられず、一歩足を踏み出しかける。だがレイトキは微動だにせず、コード状の触手を一斉に前方へと突き出し、全員の行く手を塞ぐ。
「侵入者、排除対象。退くか、消滅するか、選べ」彼の声は、まるで録音された音声を再生しているかのように、平坦で冷たく、どこにも心が感じられない。アルビテトは剣を構えながらも、手が震える。
「こんなの……レイじゃない! 誰か、これを止めて! 彼を取り戻さなきゃ!」エピデンドラムは厳しい表情で告げる。
「制御下に置かれ、完全に敵の駒となっている。だが、攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、彼自身も傷つく。最大限に警戒しつつ、絶対に本気で斬り捨てたりはしないでくれ!」変異したレイトキは、コードの先端を鋭く尖らせ、次の瞬間、仲間たちめがけて一斉に襲いかかった。斗愛は素早く身をかがめ、コードの隙間を縫うように懐へ潜り込む。
「恨むなよ!」渾身の拳を彼の胴にぶつけるが、衝撃は吸収されたかのように、レイトキは微動だにしない。
「ナッ!? か、硬い!? まるで装甲ごしに叩いてるみたいだ!」その瞬間、背後から伸びていた複数の機械腕が素早く斗愛を捉え、そのまま天高く持ち上げると、勢いよく地面へと叩きつけた。
「カハッ!」激しい衝撃と共に斗愛は苦しそうに息を吐き、体を動かすこともままならない。レイトキはそのまま無表情に視線を移し、次なる標的を捉えようとコードを蠢かせる。与太郎は駆け寄り、渾身の拳をレイトキの顔面へ叩き込む。
「このっ!」だがレイトキの首が、ありえない角度でぐにゃりと不自然に曲がり、拳は空を切る。
「な、なんだよ、それ! ヒト業じゃないだろ!」驚きと戸惑いで体勢が崩れた隙、レイトキは無造作に蹴りを放ち、与太郎に金的を見舞う。
「ぐあっ!!」与太郎は声も出ずに膝をつき、体を丸めてその場に崩れ落ちた。レイトキは表情一つ変えず、次の動きへと移ろうとコードを蠢かせる。エピデンドラムは拳を握り締め、叫びながら銃を構える。
「やめろ! レイトキ! 目を覚ませ!」連続して銃弾を放つが、レイトキの周囲に瞬く間に展開された薄紫の電子シールドが、一発一発を無効化して弾き返す。
「おいおい、マジかよ! ここまで防御まで強化されてるのか!」その隙に無数のコードが伸び、彼の頭部をがっちりと掴む。そのまま勢いよく地面へと引きずり倒され、顔面を床に擦りつけられる。
「ぐはっ!」痛みと砂埃に咽びながらも、エピデンドラムはレイトキの変わり果てた姿を見て、胸を締め付けられるような思いを感じた。アルビテトは剣を投げ捨て、攻撃を一切せずに真っ直ぐ駆け寄り、レイトキの胸に飛び込むように強く抱きつく。
「やめて! レイ! こんなこと、もうやめて!」声は震え、腕は彼を離すまいと必死に力を込める。
「忘れたの? 海辺で過ごした時間も、君が話してくれた夢も、アタシたちのことも……全部、消えちゃったの?」赤黒い瞳のレイトキは、一瞬だけ動きを止める。だが抱きつかれた体を、コードが無理やり引き剥がそうと蠢き始め、無機質な声が漏れる。
「対象、干渉行動。排除、または拘束……」アルビテトは涙を浮かべながら、さらに強く抱きしめる。
「違う! 排除なんてしない! アタシはお前を、仲間を、絶対に傷つけたりしないって、約束したでしょ! 目を覚まして、レイ! 本当の君に戻って!」レイトキは一瞬のためらいもなく、低く冷たい声で叫ぶ。
「ええーい、邪魔だ!」コード状の触手が一斉に巻きつき、アルビテトの腕を無理やり引き剥がすと、そのまま壁際へと勢いよく投げ飛ばす。
「キャアッ! いたっ!」アルビテトは壁に激しく打ちつけられ、そのまま崩れ落ちる。ジャッカルの耳は力なく垂れ、剣を捨てた手で痛む体を押さえながら、信じられない思いでレイトキを見上げる。レイトキはその場に倒れた彼女を一瞥もせず、赤黒い瞳を他の仲間たちへと向け直す。まるで、さっき抱きしめられた記憶も、彼女の言葉も、何一つ届いていなかったかのように——。デュークとカグラは息を合わせ、同時に突撃を仕掛ける。
「いくぞ!」
「ここで止める!」だがレイトキは動じず、無数の機械腕と光の触手を一斉に展開。二人の攻撃をいなすように弾き返すと、その勢いを逆に利用し、互いのおでこをゴチンと激しくぶつけ合わせた。
「ぐっ!」
「うわっ!」二人は目を回し、その場にへたり込んでしまう。レイトキはなおも無表情に、次の標的へと視線を向ける。リジェは緑の炎を両手に宿し、真っ直ぐにレイトキへと向ける。
「私の炎で、心の奥まで温め直してみせる! 記憶も、想いも、全部蘇らせる!」再生の炎が彼を包み込むかと思いきや、レイトキの体がほんのりと光り、炎はまるで水が砂に吸われるように、一瞬でその身に飲み込まれて消えてしまう。
「そんな……! 私の力まで、彼の一部にされちゃうなんて!」
リジェは力の流れを遮られ、よろめきながら絶望的な思いを噛み締める。制御された包括の歯車の力が、あらゆる干渉をも受け入れてしまうのだと、思い知らされる。レイトキは無表情に手をかざし、吸収した緑の炎を禍々しい紅蓮の塊に変えて放つ。
「お前の力を食らわせてやる! ブラストファイア!」リジェは構え直し、強がって叫ぶ。
「ワタシに炎は効かないよ! 再生の炎の源だから!」だが飛来した炎は、彼女が本来持つ癒しの性質を完全に捻じ曲げられ、灼熱の破壊の力に変質していた。直撃は免れたものの、熱波が肌を焼き、彼女は思わず両腕で顔を覆い、後ずさりながら身を震わせる。
「ひっ……! こ、この熱は……! まるで自分の力で自分を焼かれてるみたい……!」仲間の力さえも我が物とし、それで仲間を傷つける——その非道な術に、リジェは初めて言葉を失った。レイトキはためらいもなく、さらに炎を集中させてリジェめがけて撃ち放つ。
「おらよっ!」歪んだ紅蓮の炎が彼女の体に直撃する。
「イヤア〜!!」リジェは激しい痛みと熱に身を躍らせ、その場に倒れ込む。かつて自分が宿した癒しの力が、今や自分を焼きつくす凶器となって襲いかかる——その残酷な現実に、彼女は涙を浮かべながら体を丸める。レイトキはその姿を見下ろし、赤黒い瞳には何の感情も宿さず、次の一撃を構える。傷つき倒れた仲間たちを背に、最後に立ち塞がったのはホワンと久美子だけ。
ホワンは一歩前に踏み出し、攻撃の意思を完全に消し、真っ直ぐにレイトキのもとへ駆け寄る。伸ばした腕で彼を強く、優しく抱きしめると、耳元で震えながらも懇願する。
「レイトキさん、お願いです、戻ってください。いつも温かく、誰よりも優しかった、あなたに戻ってください……」レイトキの体が一瞬、ぴくりと反応する。無数のコードが抱きつかれた腕の周りで蠢き、制御信号が乱れたかのようにかすかな輝きを見せる。だが赤黒い瞳はすぐに冷たさを取り戻し、コードが力強くホワンの体を締め付け始める。
「干渉……拒否……対象、拘束……」
平坦な声が漏れるものの、その奥には、かすかな戸惑いの色が、わずかに滲んでいた。倒れた仲間たちを前に、残されたアルカ、ゼロ、ホワン、久美子の四人が立ちつくす。その中でホワンが一歩前に踏み出し、武器を捨てて真っ直ぐレイトキへと駆け寄る。彼は力任せに組み伏せようとはせず、そっと腕を回して優しく抱きしめる。
「レイトキさん、お願いです。戻ってください……いつも温かく、誰よりも優しかった、あなたに戻ってください」声は震えながらも、彼の心からの想いが真っ直ぐに届くように、胸を張って告げる。
「あなたが守りたかった人たちが、ここにいます。あなたが描いた未来が、消えてしまう前に……目を覚ましてください!」レイトキの体が一瞬、ぴくりと動く。赤黒い瞳が、わずかに揺らいだかに見えた——だが、それも束の間、無数のコードが再び硬く伸び、ホワンの腕を容赦なく引き剥がそうとする。アルカも駆け寄り、ホワンと共に両側からレイトキを囲むように腕を回し、精一杯の声で訴えかける。
「そうよ、こんなレイちん、見てられないよ! お願い、元のレイちんに戻って!」
彼女は涙を浮かべ、体を寄せる。
「方舟として、あなたの帰る場所は必ず守るって約束したでしょ? だから、こんな冷たいままじゃなくて、ちゃんと戻ってきてよ!」二人の温もりと想いが重なり、レイトキの赤黒い瞳が、かすかに揺らぎ始める。だがコードは依然として硬く、心の奥の扉は、まだ開く気配を見せない。スピーカーから冷徹な指令が再び響き渡る。
「任務を続行せよ。お前は我々の側だ!」
その声を合図に、レイトキの瞳は赤黒さを濃くし、揺らぎは完全に消え去る。コードが一気に力を増し、ホワンの腕を無理やり引き剥がすと、すぐさまアルカの頭をがっちりと掴む。
「きゃああ〜! イタタタ! 離して、レイちん!」レイトキはためらいなくアルカを振り回し、その勢いのままゼロめがけて投げ放つ。二人はまとめて壁に打ちつけられ、動かなくなってしまう。 残されたのは、ホワンと久美子だけ。レイトキはゆっくりと、最後の標的である彼女へと視線を向けた。ホワンは体を起こし、痛む肩を押さえながら、無力に佇むレイトキを見つめる。その瞳には涙が浮かんでいるが、声は不思議と穏やかだ。
「レイトキさん……あなたは、これでもやるのですね」 彼は武器を完全に捨て、両手をゆっくりと大きく広げる。逃げることも、抵抗することもしない——ただ、ありのままの彼を受け止めようとするかのように。
「もう、どんなに呼びかけても、無駄なのですね……」その言葉に絶望はなく、むしろ「これでも私はあなたを傷つけはしない」という、変わらぬ想いだけが宿っていた。レイトキはそんなホワンの姿を赤黒い瞳で捉え、ゆっくりと一歩、また一歩と近づいていく。レイトキは近づき、無表情にホワンの首元に手を伸ばして絞める。
ホワンは声も上げられず、顔が赤く腫れ上がり、足が掻き立てられる。しばらくして、その動きは徐々に弱まり、やがて気絶してしまう。レイトキはそのまま手を緩め、ホワンの体を乱雑に地面に解放する。彼は倒れたホワンを一瞥もせず、最後に残った久美子へと視線を移し、コード状の触手を蠢かせる。久美子は倒れた仲間たちを見渡し、震える足で一歩前に出る。涙が溢れて止まらないのに、それでも目を逸らさず、真っ直ぐ赤黒い瞳を見つめて問いかける。
「レイ、これ……これは全部、自分で選んだことなの?」喉が詰まりそうになりながらも、言葉を絞り出す。
「自由に生きたいって、実験体のみんなに居場所を作りたいって、そう言ってくれたのは、他の誰でもない、あなた自身でしょう? その想いまで、捨てちゃっていいの?」レイトキは一瞬、動きを止める。だが機械的な声が、冷たく響く。
「選択……最適化……余計な感情は、システムの誤差だ」
「違う!」久美子は強く首を振り、胸を張って叫ぶ。
「誤差なんかじゃない! その想いこそが、あなたの全てだったじゃない!」久美子は両手を胸の前で強く握りしめ、声の限りに叫ぶ。涙が頬を伝い落ちるのも構わず、ただ真っ直ぐ彼に届くように、心の底からの願いをぶつける。
「レイ! 本当の君に戻って! お願い、戻ってよ! ねぇーっ!」彼女は一歩ずつ、恐れずに近づいていく。
「君がいなきゃ、始まらないことばっかりだったじゃない! みんな、君と一緒に新しい居場所を作りたいって、そう思ってるの! その温かい心だけは、絶対に捨てないで!」レイトキの赤黒い瞳が、初めて大きく揺らぐ。コードが不規則に蠢き、頭を抱えるように体を震わせる——心の奥底で、彼自身が必死に抵抗し始めたのだ。スピーカーから焦りを含んだ機械の声が響き渡る。
「撤退せよ! 制御が完全には定着していない。これ以上は危険だ!」レイトキは久美子の声に心を揺さぶられ、苦しそうに身を捩りながらも、命令に従い無数の光コードを空間に突き立てる。ひび割れるような歪みが開き、彼はその中へと消えていく。
「待って! レイ! 行かないで!」
久美子が手を伸ばし叫ぶものの、歪みはあっという間に閉じてしまい、廊下には倒れた仲間たちと、彼女の泣き声だけが響き渡った。だがその時、閉じかけた空間の隙間から、かすかな、彼らしい声が漏れ聞こえた気がした——「……クー……ちゃん……」と。調整室の冷たい空気が満ちる中、レイトキは透明なカプセルの内側で肩を大きく上下させ、荒い息を吐き続けている。赤黒く濁っていた瞳は、今は苦しみに歪み、うっすらと元の色が覗き始めていた。その傍らには、青いインナーに黒いロングコートを羽織った男性が、腕を組んで佇んでいる。彼はカプセルのモニターに表示された不安定な数値を一瞥し、冷ややかな声で告げる。
「まだ抵抗が残っているようだな。ならば、ZXファクターをさらに追加投与する。完全に同期が安定するまで、止めるわけにはいかん」男性が制御盤のレバーを下ろすと、カプセル内の管から先ほどよりも濃く濁った紫黒い因子が勢いよく噴き出し、レイトキの体を包み込む。
「ぐああああっ!」レイトキは全身を激しく痙攣させ、壁に背中を打ちつけながら絶叫する。心の奥底で呼びかける声と、自分自身の意思が、否応なく塗りつぶされていくような絶望的な痛みが、再び彼を飲み込もうとしていた。倒れていた面々が次々と目を覚まし、体を起こす。傷つき、疲れ果てた様子で、誰もが先ほどの光景をまだ鮮明に覚えている。アルビテトは膝をついたまま、握り締めた剣を地面に突き、声は震え、涙が溢れそうになりながら呟く。
「レイ……、戻ってこないの……? 一体、どうすれば、あのレイを取り戻せるの……?」その問いに、誰もすぐに答えることができない。沈黙が辺りを包む中、久美子は拳を強く握りしめ、涙を拭いながら前を向く。
「まだ、諦めないで。最後に、彼が『クーちゃん』って、呼びかけてくれた気がしたの……。心の奥底では、まだ戦ってる。絶対に、彼は私たちの声を聞いてる!」エピデンドラムも痛む体を支えながら立ち上がり、頷く。
「そうだ。制御が完全に定着していないからこそ、彼は撤退した。隙間は必ずある。今度は、その隙間を突くんだ。」一同は互いに顔を見合わせ、再び立ち上がる。絶望の中にも、小さな希望の光を見出し、レイトキを救うため、次の一歩を踏み出そうとしていた。




