EPISODE1-16【改造】
施設『ストレンジプレデター』の最深部、金属壁と結界紋様に囲まれた制御室へと、レイトキはゼクス、ズィーベン、アハトと共に足を踏み入れる。冷たい機械音とエネルギーの脈動が絶えず響く空間の中央に、リュウゼツランが背を向けてモニターを見つめていた。彼は一行の気配を感じてゆっくりと振り返り、鋭い視線を向けながら、低くはっきりと問いかける。
「ゼクス、包括の歯車を連れてきたか。ほかの歯車は?」ゼクスは背中に携えた捕獲カプセルを静かに掲げ、表情を崩さずに答える。
「確実性がないため、捕縛はしてません」リュウゼツランは眉をわずかに動かし、カプセルから漏れる虹色の波動を確認すると、さらに追及するように言葉を続ける。
「夢幻の歯車は『起点』に過ぎない。他の時空歯車を集めて初めて、完全な制御と解析が可能になる。なぜ機会を逃した?」
「現地の次元歪みが予測以上に不安定でした。力を暴走させれば、歯車そのものが崩壊する危険があった。無理な捕縛は損失につながると判断したのです」ゼクスは視線を逸らさず、言葉に力を込める。
「それに――今回は『JOKER』ことレイトキも同行を承諾しています。彼の存在があれば、今後の歯車の捜索と管理には、単なる捕縛よりも高い確率が得られるはずです」
リュウゼツランはレイトキへと視線を移し、頭の羊の角と胸元のクロノコードをじっくりと観察する。その瞳には、興味と同時に疑念と計算の色が浮かんでいる。
「なるほど……狭間の因子を持つ未覚醒の存在が、歯車と共鳴する。これは予想外の変数だが、利用できる可能性もある」彼は机の上のデータ端末に指を滑らせ、画面に浮かぶ複数の歯車の紋様を眺めながら告げる。
「暫くはその判断に従おう。だが忘れるな――組織の目的は、これらの力を『安定した秩序』のもとに置くことだ。いかなる例外も長くは認められない」その言葉の裏に潜む冷たい圧力が、部屋全体に静かに漂い始める。レイトキは無言で胸元の力を抑え込み、この施設が「保護」の場であると同時に、新たな束縛の始まりでもあることを、肌で感じ取っていた。リュウゼツランの冷ややかな視線を正面から受け止め、レイトキは頭の羊の角を鋭く輝かせ、胸元のクロノコードを強く脈打たせながら、一歩前に踏み出す。
はっきりと、曖昧さのない口調で言い放つ。
「勘違いするな。俺はお前達を利用できるところまで利用するだけだ。見限りをつけた時点で、すぐにここを抜ける!」
その言葉に制御室の空気が一瞬張り詰め、周囲に備わった警備用の紋様が微かに反応して淡く光り始める。リュウゼツランは眉を上げ、面白いものを見るような冷ややかな笑みを浮かべる。
「なるほど、最初からそのつもりか。だがここは『ストレンジプレデター』だ。入るのは簡単でも、出るとなればそうはいかないぞ」ゼクスもわずかに顔をこわばらせ、レイトキの後ろから低く声をかける。
「レイトキ、約束は交わした。無闇に敵対するのは得策じゃない」だがレイトキは動じることなく、自分の意志をさらに明確に示すように続ける。
「それでもだ。俺はお前達の駒になるためについてきたわけじゃない。自分の力の正体を知り、ホワン達を守る道を探すために、ここにいるだけだ。俺の邪魔をするようなら、組織だろうと何だろうと、力ずくで道を開く覚悟はできている」胸元では饕餮の因子が静かに力を溜め、頭の歯車の紋様が時間の流れを微かに歪めるような脈動を生み出す。彼の宣言は、この施設での生活が「協力」ではなく「互いの思惑のせめぎ合い」であることを、はっきりと告げるものだった。リュウゼツランは長い沈黙の後、ゆっくりと手を上げて周囲の警戒を解くように合図する。
「好きにするがいい。だがその覚悟が、どちらに向くのか――すぐに見極める時が来るだろう」不穏な緊張を残したまま、レイトキの施設での日々が始まっていくのだった。レイトキは口角をわずかに上げ、挑むような鋭い眼差しをリュウゼツランに向けたまま、続けて言葉を重ねる。
「それに『出るのは不可能』だの『難しい』だの言ってるが、俺が何も考えなしについてきたと思ってるのか?」彼は胸元のクロノコードに指をかざし、歯車の紋様が静かに回転するのを見せながら、冷静に推測を告げる。
「お前らのことだ、いずれ俺にも何らかの改造や制御の細工を施そうと考えてるんだろう。位置情報を埋め込んだり、力を封じる刻印を打ったりな」だが次の瞬間、その口調には確信に満ちた余裕が滲み出る。
「だが、そう簡単にはいかないぞ。むしろそんなことを試せば、逆に危険な目に遭うのはお前らの方だ」頭の角が淡く輝き、饕餮の因子が内側から力の流れを読み取るように脈打つ。
「俺の力は時の流れを捉え、あらゆるエネルギーの干渉を吸収し共鳴する性質を持ってる。外部から埋め込まれた信号や紋様は、俺の体内で反転し、逆探知の糸口になるだけだ。お前らの拠点の位置、通信経路、結界の弱点――全部、俺側に筒抜けになる。そんなリスクを冒してまで、俺に手を加えようとするか?」制御室の空気が再び張り詰め、リュウゼツランの指が端末の上でわずかに止まる。彼の計算ずくの表情の奥に、予期せぬ対応を突きつけられた戸惑いが一瞬だけよぎるのを、レイトキは見逃さなかった。
「俺は自分の力を知るためにここにいる。だが、お前らが俺を『駒』として扱おうとするなら、その試みごと、俺の力に喰われる覚悟をしておけ」その宣言は、施設側が思い描いた支配の図式が最初から崩れていることを、はっきりと突きつけるものだった。リュウゼツランは無表情のまま、長い沈黙を経てゆっくりと頷き、低くはっきりとした声で答える。
「歯車がこちら側の手中に完全に収まらない原因が、やっと分かったよ。共鳴、か」彼は机の上に浮かんだ複数の歯車の紋様を指でなぞりながら、冷めた眼差しでレイトキを見据える。
「どんな強固な封鎖装置も、制御プログラムも、歯車そのものの力だけを対象に設計していた。だがお前のような『狭間の因子』が介入すると、その力同士が共鳴し合い、外からの干渉をすべて反転・吸収してしまう……つまり、支配しようとするほど逆に繋がりを強めてしまうわけだ」 彼の声には驚きよりも、長年の疑問が解けたことによる納得と、新たな課題を突きつけられた冷静な判断が混ざっている。
「なるほど、だから夢幻の歯車も単体では捕らえられても、完全に従属させることができなかった。力の本質が『干渉し合い、響き合う』ことにある以上、一方的に抑え込もうとする手法そのものが間違っていたのだ」リュウゼツランは深く息を吐き、端末の表示を切り替えながら続ける。
「お前の言う通り、位置情報を埋め込もうが、力を封じようが、それは歯車と因子の共鳴を刺激するだけで、逆にこちらの情報を奪われるリスクしか生まない。……新しいルールで考え直さなければならないようだ」 その言葉は、組織がレイトキとホワン達に対して「支配」から「共存・監視」へと方針を変えざるを得ないことを示していた。だが同時に、リュウゼツランの瞳の奥には、この未知の共鳴現象を「利用しよう」とする新たな野心の色が、静かに浮かんでいるのだった。リュウゼツランは視線を端末からレイトキへと戻し、計算ずくの冷静な口調ではっきりと告げる。
「ヘリオトロープに頼んで、お前にライブマテリアルで作った機械を埋め込ませよう」
その言葉が響いた瞬間、制御室の空気が再び張り詰める。レイトキは眉をぴくりと動かし、頭の羊の角が警戒の証として淡く青白く輝き始める。胸元のクロノコードも不規則な脈動を見せ、饕餮の因子が内側から反発するように力を溜めていく。
「ライブマテリアル……生体とエネルギーが融合した半生命体素材か。それを埋め込むだと? 先ほど俺が言ったことを忘れたのか?」リュウゼツランは動じることなく、手で制するようにゆっくりと説明を続ける。
「待て、今回のは違う。これは『制御』や『監視』のための細工ではない。ライブマテリアルは力の共鳴に同調する性質を持つ。お前自身の歯車と因子の流れを乱さず、むしろその力を安定させ、暴走を防ぐ調整器として機能するよう設計できる」彼は画面に新たな設計図を呼び出し、紋様と回路の重なりを示しながら補足する。
「お前の言う通り、外部からの干渉は反転する。だがこれは『干渉』ではなく『同調する部品』だ。お前の力の一部として一体化するように作られる。逆探知のリスクもないし、力を抑え込む作用も一切組み込まない。その代わり、お前自身が制御しきれない時に、自動的に流れを整えてくれる」ゼクスとズィーベンも身構えていた体を少し緩め、設計図の内容を確認し合う。ゼクスが低く呟く。
「ヘリオトロープ博士の技術なら、その理論は不可能ではない。素材が共鳴に同調する性質を持つ以上、力の流れを補助する形なら反発も起きにくいはずだ」だがレイトキは疑いの目を緩めず、胸元の力を抑えながら鋭く問い返す。
「保証はどこにある? 一体化した途端に機能が変わり、俺自身が操られるような仕掛けが隠されていないと、誰が証明できる?」
「証明する方法は一つしかない」リュウゼツランは真っ直ぐに応じる。「ヘリオトロープが設計した回路図をすべて開示し、施術中もお前自身の力で素材の反応を確認できるようにする。不自然な流れがあれば、その時点で拒否して取り除くことも可能だ。どうだ、これでリスクは五分五分になっただろう?」提案は危険と機会が隣り合わせのまま、レイトキの前に突きつけられる。この選択が、彼自身の覚醒への道を開くのか、それとも新たな鎖を生み出すのか――判断は彼自身に委ねられるのだった。リュウゼツランはさらに説明を重ね、声に確かな裏付けを込めてはっきりと告げる。
「しかも、今回のライブマテリアルはビヨンダードとクリプトンの生命体物質を融合して生み出したものだ」
その一言に、レイトキは目を細め、胸元のクロノコードが一際強く脈打つのを感じ取る。
「ビヨンダードの成分まで……だと?」
「ああ」リュウゼツランは頷き、設計図の奥に隠された素材データを表示する。「クリプトンの物質はこちらの次元の法則に従い、ビヨンダード由来の成分は狭間の波動や共鳴現象に完全に同調する性質を持つ。この二つを融合させることで、単なる機械でも生体組織でもない、次元をまたいだ力の流れに自然に溶け込む素材ができ上がった」彼は指先で画面上の分子構造図をなぞりながら続ける。
「お前の中にある饕餮の因子も、クロノギアの歯車も、根源的には狭間と現実の境界に存在する力だ。この素材なら、それらの力を『異物』として反発することなく、むしろ同じ波長で響き合いながら、流れを滑らかに整えてくれる。外部からの制御信号を受け付ける隙間も作り出さない――それが今回の最大の特徴だ」ゼクスも資料を確認し、低く補足する。
「理屈としては合っている。ビヨンダードの成分がある以上、通常の結界や探知装置ではその存在すら曖昧になる。お前自身の力で感知する以外に、外部から干渉する手段がない構造になっている」レイトキは黙り込み、自分の内側に流れる力の感触と、これまで遭遇してきたビヨンダードの存在、そしてクリプトンの因子の性質を頭の中で照らし合わせる。
「つまり、俺自身の力の一部になりきる素材、というわけか……」
「そうだ」リュウゼツランは答える。「これを埋め込むことで、お前の未覚醒で不安定な力が、より制御しやすく、かつ本来の規模へと近づく可能性が高まる。覚醒への近道になると言っても過言ではない」提案は依然として未知のリスクを伴っていたが、その目的と仕組みが明確に示されたことで、レイトキの中で「拒否」と「試す」の間で天秤が大きく揺れ始めるのだった。リュウゼツランはさらに核心的な特徴を加え、はっきりとした口調で続ける。
「それに、この部品は細胞のように成長もする」レイトキは眉を上げ、胸元のクロノコードの脈動に耳を澄ませながら問い返す。
「成長する……機械のくせに、だと?」
「ただの機械ではないからだ」
リュウゼツランは画面上の構造図を拡大し、素材の変化過程を示す。
「ライブマテリアルの最大の利点は、埋め込まれた宿主の力に合わせて自らを再構築できることだ。お前の歯車の回転が速まり、饕餮の因子が力を増すたび、部品もそれに追従して回路を増やし、共鳴範囲を広げ、耐えられる力の上限を上げていく」
彼は指を画面に滑らせながら説明を重ねる。
「最初は小さな調整器に過ぎなくても、お前の覚醒が進むにつれて、いずれ力の流れ全体を支える骨格のような役割を担うようになる。外部から部品を交換・改造する必要がなく、お前自身の成長と一体化して進化し続ける――これが他のどんな装置にもない特性だ」ゼクスも頷き、理屈を裏付けるように補足する。
「つまり、お前が未覚醒の今だけに合わせた設計ではなく、将来的に完全な覚醒を迎えた時まで対応できる仕組みということだ。力の伸びに合わせて制御の枠も広がっていくわけだ」レイトキは無言で考え込み、自分の中で定まらない力の不安定さ、そして覚醒への道のりの遠さを思い返す。もしこの部品が本当に「力を抑えるのではなく、成長に寄り添う」のであれば――それは自分が探していた答えの一つになる可能性がある。だが彼は依然として警戒を緩めず、鋭い視線を向けたまま言う。
「成長するということは、制御不能になる可能性も秘めているということだ。お前たちがその成長の方向性を操作しようとする余地はないのか?」
「その点は最初から言っている通りだ」リュウゼツランは冷静に応じる。「素材そのものがお前の力に同調する以上、成長の主導権は完全にお前自身にある。外から信号を送って誘導することは、構造上不可能に設計されている。これ以上の安全策はないと言っていい」レイトキは深く息を吐き、頭の角の輝きを少し弱める。提案のメリットとリスクがはっきりと形を見せ始め、彼の中で決断の時が迫っているのを感じていた。レイトキは迷いを断ち切るように一度強く目を閉じ、頭の羊の角の輝きを落ち着かせ、胸元のクロノコードに手を添えて力の流れを整える。次の瞬間、鋭くも確固たる声が制御室に響き渡る。
「施せ!」一言で決断を示すと、彼は肩の力を抜きながら続けて条件を突きつける。
「だが約束は忘れるな。回路図は全て開示し、施術中も俺自身の力で素材の反応を逐一確認させてもらう。少しでも不自然な干渉の兆しが見えたら、その場で力ごと焼き尽くして取り除く。それでも構わないなら、始めろ」リュウゼツランはわずかに口元を緩め、端末に素早く指示を送る。
「ああ、もちろんだ。ヘリオトロープをこの場に呼ぶ。全ての経過はリアルタイムで共有し、お前自身が監視者となる形で進める」ゼクスとズィーベンも緊張した面持ちながら、道を開けるように一歩下がる。レイトキは静かに深呼吸を繰り返し、体内の饕餮の力とクロノコードの流れを穏やかに整え、自分の一部となるかもしれない新たな存在を受け入れる準備を整えるのだった。レイトキは迷いなく歩み出し、部屋の奥に設置された冷たい金属製の手術台へと向かう。体を横たえると、周囲には淡い光を放つ結界が展開され、外部からの干渉を完全に遮断する。間もなく、ヘリオトロープ博士が複数の浮遊式装置を従えて現れ、静かに作業を開始する。
「意識は保ったままで構わない。痛みは最小限に抑えるが、力の流れの変化はそのまま感じ取れるようにする」まず、ビヨンダードとクリプトンの物質を融合させたゴッズライブマテリアルが、液体のように柔らかく変形しながら胸元へと導かれる。続いて、その中心には微かに脈打つ紋様が刻まれた専用コアが配置され、レイトキ自身のクロノコードと饕餮の因子の間に、滑り込むように収まっていく。埋め込みが進むにつれ、レイトキの体の内側には奇妙な感覚が広がる。
「……熱くもなく、冷たくもない。まるで最初からそこに存在していたかのようだ」不安定に渦巻いていた力の流れが、新たな素材に触れた瞬間、絡まった糸がほどけるように整い始める。コアは自ら回転を始め、歯車のリズムに同調し、ライブマテリアルは細胞同士が結合するように、血管や神経、力の通り道に沿って少しずつ伸び、一体化していく。頭の羊の角は柔らかく安定した輝きを放ち、今まで感じていた「力が漏れ出すような不安定さ」が、明らかに薄れていくのをレイトキ自身もはっきりと認識する。ヘリオトロープが最後の調整を終え、装置を遠ざけながら告げる。
「完了だ。拒絶反応も干渉も見られない。これ以降はお前自身の力の成長に合わせて、この部品も自ずと形を変え、力を増していくだろう」レイトキはゆっくりと体を起こし、胸元に手を当てて深く息を吐く。内側には確かな重みと、それ以上に「制御できる力」が生まれたことを感じていた。これが覚醒への一歩なのか、それとも新たな試練の始まりなのか――その答えは、これからの彼自身の行動が示すことになる。施術が完了し、レイトキが胸元の新たな鼓動を確かめて立ち上がると、リュウゼツランは制御卓からゆっくりと歩み出て、鋭くもどこか認めるような眼差しを真っ直ぐに向け、はっきりと告げる。
「自由を謳歌しろ! JOKER、いや、レイトキよ、包括の歯車としてな」その言葉が響いた瞬間、部屋に張られていた監視と制御の結界がすっと解け、扉の施錠も解除される重い音が響く。レイトキは頭の羊の角を穏やかに輝かせ、胸元ではゴッズライブマテリアルのコアがクロノコードと共に、安定した力強い脈動を刻み続けているのを感じる。彼はリュウゼツランの言葉の真意を噛み締めながら、口元に決意の笑みを浮かべて答える。
「ああ、そうさせてもらう。この自由は、俺自身と、守るべき者たちのために使う。それが『包括の歯車』の役割だというのなら、なおさらだ」ゼクスとズィーベンも、彼の背中に宿る力の変化と、その重みを感じ取り、静かに頷きを返す。こうして、「JOKER」という仮の呼び名を超え、自らの名前と、新たな称号を胸に刻んだレイトキの、本当の旅が幕を開けたのだった。施設『ストレンジプレデター』を後にし、次元の狭間を抜けて現実世界へと戻ると、目の前には見慣れた街並み――マタラシティの夜景が広がっていた。ネオンサインの光が雨上がりの舗装道路に映り、いつもの喧騒と空気のにおいが、レイトキの全身を包み込む。胸元ではゴッズライブマテリアルのコアが静かに脈打ち、クロノコードと饕餮の力が以前よりも滑らかに調和して流れているのを、彼ははっきりと感じ取っていた。歩を進めながら、彼は小さく息を吐き、独り言のように呟く。
「久美子たち、心配してるかもな」任務の発生から屋上での騒動、ストレンジプレデターへの同行、そして施術まで――一連の出来事は、時間の感覚を歪めるほどの速さで進んでいた。外部から見れば数日にも数時間にも感じられる状況の中、残された仲間たちの不安は計り知れない。彼は道を曲がり、路地の奥へと向かう。古い建物の一室に掲げられた小さな看板――何でも屋 クロノギアが、街の明かりの中で静かに佇んでいるのが見えてくる。鍵を取り出して扉を開けると、カラン、と軽いベルの音が店内に響き渡る。埃っぽさと木のにおい、そしていつもの作業の気配が迎えてくれる。
「ただいま、戻ったぜ」レイトキは扉を閉め、背中の荷物を下ろしながら、この拠点で再び始まる日常と、その背後に潜む新たな運命の行方を、静かに受け止めるように深呼吸する。ここが彼の帰る場所であり、そして「包括の歯車」として歩み始めた道の、新たな出発点になるのだった。扉の音を聞きつけると、奥の部屋から慌てた足音が駆けてくる。顔を出した久美子は、レイトキの姿を目にした瞬間、緊張が一気に解けたように瞳に涙が滲み、はっきりとした声で叫ぶように言う。
「レイくん! 心配したのよ、よかった、無事で……!」次の瞬間、彼女は走り寄ると何も言わずに力強くレイトキの体を抱きしめる。少し震える腕が背中に回り、これまでの不安と安堵が一気に込められているのが伝わってくる。レイトキも柔らかく息を吐き、彼女の肩に手をそっと回して応える。
「ああ、戻ったよ。予定よりは長くかかったが、ちゃんと生きて帰ってきた」久美子はしばらくそのまま抱きしめたまま、彼の体に異常がないか確かめるように肩をさすり、やがて顔を上げると少し赤い目元で笑みを浮かべる。
「もう……突然連れて行かれて、何の連絡もないから、悪い想像ばかりしちゃったわ。怪我はない? 体は大丈夫?」
「大丈夫だ。むしろ――」レイトキは胸元に手を当て、内側から安定して流れる力の鼓動を感じながら続ける。
「前よりもっと、自分の力を制御できるようになって帰ってきた」その言葉に久美子はまだ不安そうな表情を残しつつも、彼の雰囲気が確かに落ち着き、以前よりも芯の通ったものに変わっているのを感じ取り、少しだけ安心したように頷くのだった。奥の作業机の方から、冷静で観察眼の鋭い声が割り込む。
「確かに力の出力は安定してるが……何か新しいものが埋め込まれてるね」リジェは手元の解析端末を置き、ゆっくりと立ち上がってレイトキの方へ歩み寄る。細い瞳を細め、彼の全身から滲み出るエネルギーの流れをじっくりと読み取っていく。
「クロノコードと饕餮の因子の回転が、以前とはまるで違うリズムで調和してる。不安定に漏れ出していた余剰な力がすっと収まり、流れ道そのものが太く滑らかになっている」彼女は胸元の中心部を指差すように視線を向け、続ける。
「そこに、元々の構造にはなかった別の波長――ビヨンダードの狭間の性質と、クリプトンの定着性を併せ持つ未知の素材が存在してる。機械とも生体組織とも言えない、まるで歯車の一部になりきったような感じだ」レイトキは少し驚いたように目を見開き、すぐに苦笑いを浮かべる。
「さすがに見逃さないか。ストレンジプレデターでゴッズライブマテリアルのコアなどを埋め込んできたんだ。力の制御を助け、俺自身の成長に合わせて進化する調整器らしい」リジェは眉をわずかに上げ、警戒と興味を交えた口調で応じる。
「へえ……組織が手放すはずのない代物を、よく自分の体に入れる決心をしたものだよ。だけど一つだけ言っておくよ。いくら同調する性質だとしても、外部から取り入れた要素には必ず未知のリスクが伴う。これからは自分の力だけでなく、その新しい部品の動きにも常に注意を払うことだね」レイトキは頷き、胸元に手を添えて確かな感触を確かめる。
「ああ、承知してる。これは俺自身の選択だ。何が起きようと、自分で責任を持って制御していくさ」店内の空気がふわりと和らいだ瞬間、後ろの方から遠慮がちだけれどはっきりとした声が上がる。
ホワンが少し頬を染めながら一歩前に出て、両手を胸元で軽く組み、まっすぐにレイトキを見つめる。
「あの~、レイトキさん。お母さんが依頼したとは言え、こんな私を助けてくれて、本当にありがとう! これはほんのお礼です」言い終わると、彼女は勢いよく小さくつま先立ちになり、レイトキの頬に柔らかく、一瞬だけ唇を触れさせるように軽いキスをする。レイトキは予想外の行動に一瞬体を硬くし、目をまん丸に開いて固まったまま数秒――やがて耳まで赤く染まり、慌てて後ろに身を引きながら手で頬を押さえる。
「お、おいっ!? ホワン、お礼はそんな……!」ホワンは少し照れながらも、心から安心したような笑みを浮かべ、両手を後ろに回してくるりと体を回す。
「これで私の気持ちが伝わったかな? これからは自分の力もちゃんと制御できるように、レイトキさんたちにもっと頼っていくつもりですから!」隣で見ていた久美子はわずかに眉を上げ、にやりと笑いながら肘でレイトキの脇をつつく。リジェも冷静な瞳の奥に微かな笑みを浮かべ、小さく呟く。
「なるほど、これが『お礼』の新しい形ってわけか。まったく、面白くなってきたね」レイトキはまだ赤らんだ頬を押さえたまま、ため息をつきつつも、どこか悪い気がしないような複雑な表情で、これから始まる新しい日常を感じ取っていた。からかいの調子を少し和らげ、久美子は柔らかい笑みを浮かべながら、はっきりとした口調で続ける。
「でも、それがレイくんなんだよね。なんかかっこいいし、可愛いんだよね」突然の素直な一言に、レイトキはますます言葉を詰まらせ、耳まで真っ赤に染まる。
「か、かっこいいのはまだしも……可愛いって何だ! 俺は男だぞ!?」慌てて反論する姿を見て、久美子は楽しそうに肩を震わせる。
「だってそうでしょ? いざという時は誰よりも頼りになって、力強く前に出るくせに、こういう時はすぐに顔を赤らめて慌てちゃうんだから。そのギャップがまた、たまらないのよ」リジェも横で頷きながら、からかい混じりに口を挟む。
「否定できないな。強さだけじゃなく、そういう人間らしさがあるからこそ、周りが自然とついていくんだろう」ホワンも小さく手を口元に当てて笑いながら、こくりと頷く。
「私もそう思います。レイトキさんは、頼もしいのにどこか親しみやすくて……」みんなの言葉に囲まれ、レイトキは反論する気力をなくしたように、ただ頭をかきながら照れくさそうに視線をそらす。だがその表情には、心からの温かさがじんわりと広がっていくのだった。




