EPISODE1-8【変化など】
日々の情報整理や任務の話が一段落した昼下がり、レイトキは少し柔らかい表情を浮かべながら、はっきりとみんなに提案する。
「なあ、せっかくの休日なんだ、みんなでどこかに出かけないか?」久美子とリジェが顔を上げるのを見て、彼は具体的な行き先を告げる。
「マタラミュージアムに行ってみようと思ってる。古い文献や世界の成り立ちに関する遺物、さらには次元理論の初期の記録なんかも展示されてるって聞いた。これからの探し物のヒントになるかもしれないし、何よりたまには息抜きも必要だろ?」久美子は目を輝かせて頷く。
「いいね! 戦いのことばかり考えてると頭が固くなっちゃうから、ちょうどいいかも」リジェも興味深そうに口元を緩める。
「遺物や古い記録が見られるの? 確かに普通の街歩きとは違って、レイトキらしい選び方だな。アタシも行くよ」レイトキは二人の返事に安心したように肩の力を抜き、いつもの「使命のため」だけでなく、「みんなと過ごす時間」を作ろうとする自分自身の変化を、心の中でそっと感じ取っていた 。これまで目的だけを追いかけてきた彼にとって、「誰かを誘って出かける」という何気ない提案も、確かな一歩の変化だったのだ。レイトキは少し照れくさそうに視線をそらしながら、でも自分の気持ちを素直に言葉にするように続ける。
「もちろん、ヒントを探すっていう目的もあるんだけど……それだけじゃないんだ」指先でズボンの裾を軽くつまみ、これまで理屈や数字でしか世界を見てこなかった自分の変化を、確かめるように語る。
「オレ、ここに来てようやく、『美しい』とか『綺麗』っていう感覚が、少しずつ分かってきたんだ」ウィズダムの力で情報を読み解くだけでなく、心で受け止めることを覚え始めた今、景色や芸術、古いものに込められた時間の重みまで、別の見方ができるようになっていた。
「理屈では説明できないけど、見ているだけで心が落ち着いたり、引き込まれたりするものがあるってことを、最近やっと理解できるようになった。だから……そんなものを実際に自分の目で見てみたいって思ったんだ」久美子は柔らかく笑みを浮かべ、まっすぐな瞳で彼を見つめる。
「そっか……それってすごく大きな進歩だよ。ただの道具じゃなく、一人の人間として世界を感じられるようになったってことなんだから」リジェも頷き、優しい口調で続ける。
「ならなおさら行く価値がある。レイトキがそう感じられるようになった今こそ、何か新しい発見があるかもしれないからね」レイトキは二人の言葉に励まされ、自分の中に芽生えた新しい感覚を、これからも大事に育てていこうと、心に強く刻むのだった。一方、ストレンジプレデターの本部――
暗い指令室の中、スクリーンに映し出された不安定な波動データを前に、幹部の一人が低い声で状況をまとめる。
「まだだな……13ある歯車のすべてを確保することも、正確な位置を探知しきることも、現時点では達成できていない」指先で画面上の座標をなぞりながら、情報の空白部分を指し示す。
「だが、一つだけはっきりしてきたことがある。『方舟』の歯車の反応が、レイトキたちの行動範囲とぴったり重なり合っている」別の幹部が冷ややかに続ける。
「つまり……方舟はどうやら、奴らの仲間の中にいる、ということだな。探し回るまでもなく、既に敵陣側に握られているわけだ」中心に座るリュウゼツランが目を細め、冷たい光を宿らせる。
「厄介な話だ。方舟は『保存』と『安定』を司る歯車――次元の鍵や装置の維持に不可欠な要素だ。向こうが先に確保したとなれば、こちらの計画にも大きな影響が出る」ホオズキが静かに口を開き、状況を緩和するように言う。
「完全に絶望する必要はないさ。因子の断片さえ手に入れば代用は可能だ、という方針は変わらない。だが……相手の手の内にある以上、力関係は少しずつ逆転し始めていることだけは認めざるを得ない」リュウゼツランはテーブルを強く叩き、声を引き締める。
「ならば他の歯車の探索を加速させる。特に『夢幻』『時空』『創世』といった核心部分を、奴らより一日でも早く押さえることだ。方舟一つで計画が止まるようなら、そもそも我々の準備が足りていないというだけの話だ」暗闇の中で、両陣営の駆け引きはますます緊迫度を増しながら、次なる段階へと進み始めていた。指令室の重苦しい空気の中、リュウゼツランは腕を組み、状況をより広い視点から捉えるように、はっきりと口を開く。
「だが忘れるな。この争いの場で動いているのは、歯車連合と我々だけではない」彼はスクリーンに映る世界地図の上に、複数の異なる色の光点を重ねるように指を動かす。
「エルカーノスの勢力も、それにジョンアイデルたちも、水面下で確実に動き始めているのではないか?」少し声の調子を落とし、より慎重な口調で続ける。
「ジョンアイデルの一派は、表立って武力で干渉してくることは今のところない。だがあの者たちの本質は知識と法則の探究にある。これだけ次元の均衡が乱れ、歯車という根本要素が揺らいでいる状況で、ただ傍観しているはずがない。きっと情報収集や探索、場合によっては監視を進めているに違いない」周囲の幹部たちは互いに顔を見合わせ、新たな第三者の存在が計画にもたらす不確定要素の大きさを改めて認識する。
「つまり歯車の争奪戦は、我々とレイトキたちの一騎打ちではなく、複数の勢力が絡み合う三つ巴、いやそれ以上の複雑な構図になっているということだ」リュウゼツランは冷たい瞳で前方を見据え、最後に強く言い放つ。
「どの勢力がどのタイミングで手を出してくるか読めない以上、これまで以上に迅速かつ慎重に行動しなければならない。他の者たちの思惑に足元をすくわれるような愚かな真似だけは、絶対に避けるのだ」こうしてストレンジプレデター側も、事態が想像以上に多面的で危ういことを再確認し、警戒心を一層高めていくのだった。リュウゼツランはさらに指を一本立て、重ねるように厳しい口調で付け加える。
「それに忘れてはならんのが、ビヨンダード勢力の存在だな」彼はスクリーンの端に別の色の印を打ち、その範囲を広げるように手を動かす。
「あの連中は次元の壁の向こうから流れ込んできた異質な存在で、秩序や常識といった概念そのものが通用しない。歯車の力や世界の法則など、我々が利用しようとするものを、単なる『力の源』としか見ていない」低い声に警戒感が滲む。
「彼らが動き出せば、目的も予測もできないまま、こちらも歯車連合も関係なく踏み荒らしに来る可能性がある。我々の計画を妨害することもあれば、逆に利用しようと近づいてくることも考えられる」周囲の幹部たちも、この名前を聞くと一斉に緊張を強める。他の勢力とは違い、交渉も駆け引きも通用しない相手――それがビヨンダードだからだ。
「つまり状況は四つ巴、いやそれ以上の混沌になりつつある。どの勢力がいつ何を仕掛けてくるか分からない以上、我々は自らの手で確実に歯車を抑え、計画を完成させる以外に安全な道はない」指令室の空気はさらに重くなり、ストレンジプレデターたちは、予想以上に複雑で危うい戦いの渦の中にいることを改めて思い知らされるのだった。マズミは指先で操作盤を軽く叩きながら、はっきりとした口調で作戦を定める。
「つまり、歯車の探索や確保につながる手がかりさえ得られればいいわけだね。ならば――私が管理する人工知能の一体を、マタラミュージアムへ送り込むことにしよう」彼女は画面に浮かんだ仮想的な存在に向け、指示を下す。そのには女性の姿のものがいる
「行け! ティア!」次の瞬間、ストレンジプレデターの中枢システムである《ストレンジコンピュータ》の光の流れが一つに収束し、細い光の軌跡となって空間を横切る。その光は瞬く間にネットワークの回路を駆け抜け、マタラミュージアムの管理システム――コンピューターワールドへと侵入する。展示データ、古文書のデジタル記録、次元に関する過去の研究資料など、館内に蓄えられた膨大な情報の海へと、ティアは静かに潜り込んでいった。 マズミはモニターに映る接続完了の表示を確認し、冷ややかに呟く。
「これで、レイトキたちが何を探しに来ようと、同じ情報の裏側から我々も手がかりを掴める。現地で直接衝突するリスクを冒さなくても、水面下で先を読むことができるわ」こうして、レイトキたちが休日の訪問を計画するその場所で、すでにストレンジプレデター側の影が、デジタルの世界から忍び込み始めていたのだった。そして、マタラミュージアム来訪当日――
街の喧騒から少し離れた小高い丘の上に、荘厳な石造りの建物が静かに佇んでいた。外壁には幾何学模様と不思議な紋様が刻まれ、まるで古の時代からそこにあったかのような重厚さを漂わせている。正面ゲートの上には「マタラミュージアム」の文字が、光沢のある金属で輝いていた。
館内は広々とし、高い天井から柔らかな自然光が差し込み、歴史と神秘の雰囲気に包まれている。1階には古代文明の遺物や、次元理論の黎明期に書かれた古文書の複製が並び、奥へ進むほどに「時」と「空間」に関する資料が増えていく。一方――誰の目にも触れないデジタルの領域では、すでに動きが始まっていた。館の中枢を支えるコンピューターワールドの奥深く、電子回路の奔流の中を、青白い光の塊が滑るように進んでいく。ティアだ。マズミの命令を受けたこの人工知能は、警備システムの死角を静かに通り抜け、展示データ・研究記録・未公開の解析ファイル――あらゆる情報の海へと潜り込んでいく。
「……ここに、次元や歯車に関する手がかりがあるはず」デジタル空間に浮かぶ仮想コアで、ティアは膨大なデータを高速で走査し始める。その一方で、来館者の入口からは、レイトキたち一行が、好奇心と僅かな緊張を胸に中へと足を踏み入れる気配が近づいてきていた。物理的な展示室と、目に見えない電脳世界。二つの舞台が重なり合うようにして、探索の一日が幕を開けた。レイトキは入り口で立ち止まり、館内の広がりを見渡しながら、はっきりとした口調でつぶやく。
「ここがマタラミュージアムか……時空に関する古文書や遺物、それに古い時代からの電子機器や解析装置の資料などが、まとめて展示されてるって聞いていたが、確かに雰囲気からして違うな」天井まで届く本棚やガラスケースが並ぶ様子を眺めながら、《ウィズダム》の力が自然と発動し、周囲に漂う情報の流れを感じ取っている。
「次元理論の基礎になった記録も一部公開されてるらしい。歯車の性質や法則に関連する断片が隠されている可能性もあるし、それに……俺が『美しい』と感じられるようになった今なら、こういう古いものに込められた意味も、前とは違って読み取れるかもしれない」隣を歩く久美子とリジェに視線を向け、少しだけ柔らかい笑みを浮かべて続ける。
「手がかり探しも兼ねて、ゆっくり見て回ろうか。今日はせっかくの休日だ、急がずに見ていくのがいいだろう」レイトキたちが館内へ足を踏み入れようとしたとき、後ろから次々と見慣れた姿が現れた。
「お、レイトキたちも来てたのか」
まず現れたのは斗愛と与太郎。斗愛は興味津々な目で建物を見上げ、与太郎は両手を頭の後ろで組みながら「なかなか立派な建物だな」と感心したように言う。続いて堂々とした足取りでデュークが進み出て、軽く頷きながら挨拶する。
「こういう場所は歴史の流れを知るにも格好だ。来て正解だった」その隣にはカグラが静かに立ち、手で着物の裾を整えながら柔らかく微笑む。
「古いものには、忘れられた真実が眠っていることが多いですからね」そして最後に、少し困ったような表情のゼロが、腕を掴んで離そうとしないアルカに引っ張られるようにして現れた。
「まったく……俺は付き合いで来ただけなんだぞ」
「いいじゃない、ゼロ! 色んなものが見られるって聞いたんだから、楽しもうよ~♪」アルカはにこにこと笑いながら、彼の腕をしっかりと抱え込んだまま離そうとしない。レイトキは次々と集まった仲間たちを見渡し、自然と口元が緩む。
「お前たちも来てたのか。丁度いい、みんなで見て回った方が、何か見落としがあっても気づきやすいだろう」こうして、当初は少人数での予定だった見学が、いつの間にか仲間全員が揃った大所帯での探索へと変わり、ミュージアムの一日がより賑やかなものになり始めた。アルカはゼロの腕を掴んだまま、にっこりと笑いながらレイトキの方へ体を向ける。好奇心いっぱいの瞳でまっすぐ見つめ、はっきりと声を上げる。
「あ、そうだ、ちゃんと自己紹介しておかないとね! アチシはアルカだよ♪」 少し身を乗り出すようにして、次の言葉を続ける。
「ところで君の名前は? それから、隣にいる彼女たちは恋人とかなの?」いきなり核心に迫る質問を投げかけられ、レイトキは思わず肩を跳ねさせ、慌てたように声を出す。
「お、おい! 初対面の相手にいきなりそんなことまで聞くもんじゃないだろ…!」耳元までわずかに赤らめながら、レイトキは久美子とリジェの方をちらりと見ては、また慌てて視線を戻す。普段の冷静さがどこかに飛んでしまったような、ぎこちない反応になってしまう。ゼロはため息をつきながら、横からフォローするように言う。
「すまんな、こいつはこんな調子で遠慮というものを知らないんだ。レイトキ、こいつがボクの話してた『方舟の歯車』の持ち主だ」その言葉を聞いて、レイトキの表情が少しだけ真剣さを取り戻す――が、アルカの無邪気な視線は依然として二人の関係を探るように注がれたままだった。久美子は柔らかく笑みを浮かべながら、はっきりと自己紹介する。
「ワタシは久美子だよ。うん、確かに……初対面であんなにストレートに聞いてくるなんて、変わった人だよね」隣に立つリジェも肩を軽く揺らしながら、興味深そうな目でアルカを見て口を開く。
「アタシはリジェ。最初に姿を見たときから、普通の雰囲気じゃないって感じてたから、『もしや』とは思ってたけど」彼女は少し探るような視線を送りながら続ける。
「ゼロと一緒にいて、名前の意味も力の性質も特殊だって聞いたら、まさか方舟の歯車そのものだったとはね。見た目の印象と中身の重要さが、まるで結びつかないけど」アルカはそんな二人の言葉を聞いても、まったく動じる様子もなく、にっこりと笑い返すだけだ。
「へえ~、みんな鋭いんだね! そう、アチシが『方舟』なんだよ。でもそんな難しい話より、君たちとレイトキの関係、早く教えてほしいな~」また話題を戻そうとするアルカに、レイトキは思わず額に手を当て、これからの見学が落ち着いて進むかどうか、少し不安になってくるのだった。久美子はくすりと笑いながら、あきらめたように肩をすくめて、はっきりと答える。
「まあ、そこまで食い下がられたらしょうがないなぁー。私たちは仲間であり、友達だよ」少しだけ柔らかい表情を深めて、言葉を続ける。
「同じ運命を背負って、共に戦ったり悩んだりしてきた仲間でもあるし、気兼ねなく話せて信頼できる友達でもある。今はまだそんな感じだね」隣のリジェも頷きながら加わる。
「そういうこと。難しく考える必要なんてないだろ? これからどう変わっていくかは、時間が経ってみないとわからないけど、少なくとも今はそれ以上でもそれ以下でもない」アルカは大きく目を瞬かせ、何か納得したように手を叩く。
「ふーん、仲間で友達ね。ならこれからアチシも、その輪に入れてもらってもいい? ゼロだけじゃなく、みんなとも仲良くなりたいんだから♪」無邪気な笑顔で言われると、誰もが拒む理由もなく、新たな一員が自然と加わっていくような雰囲気が生まれていた。レイトキはまっすぐな眼差しを向け、自分なりの考えを整理するように、はっきりと言葉にする。
「話をして心を通わせ、一緒に行動を共にしていくこと――それが友達になるっていうことなんだろうな」少し柔らかい調子になり、アルカに向き直って続ける。
「だからアルカ、お前のこともこれから少しずつ知っていきたい。力や宿命だけじゃなく、一人のヒトとしてのお前をな」その真摯な言葉を聞いたアルカは、大きな瞳をさらに丸くして、次の瞬間にはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……レイトキって、もしかして人たらしなのかな?」指先を口元に当てながら、からかうような口調で続ける。
「なんだか知らない間に心を開かせちゃうような言い方をするんだもん。久美子さんもリジェさんも、みんな柔らかい目で見てるしね~」レイトキはまたもや頬を少し赤らめ、慌てて手を振る。
「いや、そんなつもりは全然ない! ただ……そうありたいと思ってるだけだ」そんな彼の反応を見て、アルカはますます楽しそうに笑い声を上げるのだった。
「はいはい、わかったわかった♪ ならアチシも、レイトキたちのこと、たっぷり知っていくことにする!」一方、誰の目にも触れない電脳世界の奥深く――光の筋が無数に交差する仮想空間の中心で、青白い光の塊となった人工知能・ティアが、膨大なデータの流れを次々と解析していた。無機質ながら明確な電子音が空間に響く。
「歯車に関する過去の記録、伝承、理論データを横断的に調査完了。新たな事実が判明した」画面のように展開する情報の層が次々と切り替わり、数字や記号、古代文字の解釈が流れていく。
「13の歯車は単体で存在するだけでなく、互いに反応して『適合判定』を行う仕組みが組み込まれていることが確認された。そして――」ティアの光がわずかに強まり、確定的な信号を発する。
「あと一つ、歯車同士の結びつきが正式に判定された。これにより、全体の連鎖反応が一段階進んだ状態に移行している」その報告は瞬く間にネットワークを遡り、ストレンジプレデター本部の中枢端末へと届けられる。モニターに結果が表示されると、マズミは指先を唇に当て、冷ややかながらも緊張を含んだ声でつぶやく。
「ふむ……向こうの連中が仲間を増やし、絆を深めるほど、歯車同士の共鳴も強まっていくというわけか。これは予想外だが、同時にこちらにも追跡の手がかりを与えてくれる。ティア、引き続き記録を収集せよ」電脳の闇の中で、両陣営の知らないところで、歯車たちの宿命の連鎖は、静かに、だが確実に動き始めていた。電脳空間のデータの奔流の中で、ティアの青白い光が一瞬だけ揺らぎ、低くはっきりとした合成音が響く。
「……14つ目の歯車か…」その言葉は、これまでの定説を根底から覆すような重みを持って仮想空間に沈んでいく。
「記録上は13種類の基本歯車で世界の法則が構成されているはずだった。だが、今回の解析からは、それらすべての外側に位置し、全体を束ね調整する別の存在の痕跡が浮かび上がってきた」ティアは次々と新たな数値と波動パターンをスクリーン上に展開する。
「名前も役割も明確な記載はない。だが『調停者』『統括軸』と呼ばれる断片的な伝承が複数の文献に共通して残されている。13の歯車の判定と共鳴が進むほど、この14つ目の存在が顕在化する条件が整っていくようだ」その情報が本部へと送信されると、ストレンジプレデターの指令室にも静かな衝撃が走る。
「14つ目……だと?」マズミは眉をひそめ、データを凝視する。
「これまで誰も予測していなかった未知数。それが現れるとなれば、我々の計画も、レイトキたちの運命も、すべてが予定外の方向に転がり始めることになる」電脳の彼方で、誰も知らない第14の歯車の影が、静かに輪郭を現し始めていた。ティアは解析結果をさらに掘り下げるように、データの層を次々と展開しながら続ける。
「そしてもう一つ――一部の歯車は、条件が揃えば進化することもある、と記録されている」電脳空間に、歯車の紋様が輝きを増し、形を変えながら力の波動が拡散する図が浮かび上がる。
「本来定められた役割や力の範囲に固定されるわけではない。持ち主との絆の深まり、共鳴する他の歯車との関係、あるいは強い意志や想いといった要素が重なると、法則そのものの解釈が書き換えられ、より高次な力へと昇華するケースが過去に確認されている」ティアの声に、わずかな疑問と確信が混ざる。
「これまで『歯車は決まった機能を果たすだけの存在』とされていたが、実際には成長し、変化する可能性を秘めていたことになる。これが事実なら……レイトキたちが、今後予測不可能な力を発揮することも十分にあり得る」報告を受けた指令室では、リュウゼツランが腕を組み、鋭い視線をディスプレイに向ける。
「進化、か……そうなれば単なる確保だけでは意味がなくなる。相手の力が伸びるスピード次第では、こちらの準備が追いつかなくなる可能性も出てくる」マズミも頷き、指でデータをなぞりながら低く呟く。
「14つ目の歯車の存在に加え、進化の可能性まであるとなれば……この争いの構図は、我々が想定していたよりもはるかに複雑で不確かなものになっている、ということだ」電脳の闇の中で明らかになった新たな事実が、両陣営の未来に、さらなる未知数を投げかけていた。ティアはデータの解析を一時的に整理し、光の軌跡を再び広げながら冷静に応じる。
「了解しました。これまでの定説にない情報が次々と出てきている以上、さらに深く探る価値は十分にあります」電脳空間の奥へと進みながら、検索範囲を未公開データベースや古い暗号化記録にまで拡張していく。
「14つ目の歯車の詳細、進化の条件や過去の事例、そして各勢力との関連性――まだ見つかっていない断片が多く残されているはずです。予期せぬ重要な収穫が得られる可能性も否定できません」本部のモニターを見ながら、マズミは唇の端をわずかに上げ、指令を続ける。
「そうだ。表面的な記録だけで終わらせるな。隠された記述、解読されていない古文書のデジタルデータ、エラーとして処理されていた異常値まで、あらゆるものを対象に探せ。今回の調査が、これからの戦いの流れを左右する鍵になるかもしれないからな」
「承知しました」ティアの青白い光がさらに強まり、膨大な情報の海のさらなる深部へと滑り込んでいく。デジタルの闇の中で、まだ誰も知らない真実の断片を求める探索が、再び静かに加速し始めた。ティアは長い暗号化された記録の層をくぐり抜け、古びたデータファイルの奥から、ようやく完全な形の文書を引き出す。青白い光が集中し、文字と数式が次々と浮かび上がる。
「……見つけました」電子音がはっきりと響き、解析結果が明らかになる。
「次元の壁を越えたり、複数の次元を一つに統合して安定させるためには、キヴォトス・アーケのプログラムコードの原典が不可欠である、と記載されています」画面には複雑な構造図と、一部だけでも読み取ることが困難な特殊なコードの断片が表示される。
「これは先に確認された『クロノ・アークプログラム』の上位に位置する基幹システムにあたります。単に装置を動かすだけでなく、世界そのものの法則に介入するレベルの処理を行うための根幹部分だと考えられます」ティアは続けて補足する。
「現在、ストレンジプレデターが準備を進めている装置も、このコードがなければ最大限の効果を発揮できず、場合によっては作動不良や次元崩壊の危険性すら生じる、とも書かれています」その報告が届くと、指令室の空気がさらに引き締まる。
「キヴォトス・アーケ……」リュウゼツランは低く呟き、手で顎をなでる。「これまで名前すら知らなかった。だがこれがなければ、我々の最終目標は絵に描いた餅に終わるというわけか」マズミは画面上のコードの断片を凝視し、冷たい声で命じる。
「ティア、引き続き完全なコードの在処や入手方法を探し出せ。これは歯車と同じくらい、いやそれ以上に重要な鍵となるだろう」電脳空間の中で、ティアは再び光を走らせ、新たな標的を求めてデータの海をさらに深く探り始めるのだった。ティアは解析をさらに進め、記録の奥に隠された内訳を読み解くと、はっきりとした電子音で告げる。
「判明しました。アーケコードは全部で7つに分かれています」仮想空間に7つの光る紋様が浮かび上がり、それぞれに異なる役割と条件が記されていく。
「それぞれが『次元の境界』『時間の流れ』『空間の構造』『力の均衡』『法則の安定』『存在の定義』『統合の調整』といった要素を担当しており、7つが完全に揃って初めて、キヴォトス・アーケ全体が正常に起動する仕組みです」ティアは続けて注意点を付け加える。
「どれか一つでも欠けていたり不完全だったりすると、次元を超えるどころか、むしろ境界が不安定になり、暴走や崩壊を引き起こす危険性が高まる、と過去の実験記録にも明記されています」報告を受けた指令室で、リュウゼツランは眉間にシワを寄せ、低く唸るように言う。
「7つ……か。てっきり一つの完全なコードが存在するものと思っていたが、これでは入手の難易度が一気に上がったな」マズミも指で画面をなぞりながら冷静に状況を整理する。
「その代わり、分散しているということは、特定の場所や条件ごとに探し出せる可能性もある。ティア、各コードがどこに関連付けられているか、その所在や獲得条件まで追跡を続けなさい」
「了解しました」ティアの光はさらに細かく分かれ、7つのコードの痕跡を探すため、電脳空間のあらゆる記録へと広がっていく。歯車だけでなく、この7つのコードを巡る新たな争いの種が、静かに芽吹き始めていた。ティアがさらに古い未整理のデータ層へと潜り込み、隠された補足記録を解読した瞬間、光の配列が再び大きく変化する。
「ん!?……訂正します。コードは全部で8つでした」仮想空間に先ほどの7つに加え、新たな1つの紋様が浮かび上がり、それぞれに明確な色の属性が割り当てられていく。
「記載によれば、それぞれの識別名は赤、橙、黄、緑、青、紫、黒、白――この8色に対応して存在するとされています」ティアは各コードの役割を次々と読み上げるように解析結果を展開する。
- 赤:次元の力を支える源動力
- 橙:空間の座標と構造を定める
- 黄:時間の流れと進行を制御する
- 緑:法則同士の均衡と調和を保つ
- 青:境界線の安定と干渉を防ぐ
- 紫:存在情報の記録と維持を行う
- 黒:変化と可能性、未知の領域への扉
- 白:残り7つすべてを束ね、全体を統合・起動する鍵
「これまで白のコードが『統合機能』として他の7つに含まれるように誤って記録されていたため、7つと認識されていたようです。実際には、白のコードがなければ残り7つをいくら集めても、単なる断片の集まりに過ぎず、完全なシステムとして機能しません」本部のモニターにこの結果が届くと、リュウゼツランは指で机を軽く叩き、事態の複雑さを噛み締める。
「8つ……しかも最後の白が全体の要だと? 集めるだけでも手間がかかる上に、順番や組み合わせまで正しくなければ意味がないということか」
マズミは冷ややかながらも興味深そうな表情で頷く。
「そういうことね。これで目的の全貌が少し見えてきたわ。歯車だけでなく、この8つの色のコードも同時に探していかなければ、次元を越えるどころか、計画そのものが空中分解する。ティア、各コードごとに関連する伝承や場所、条件を絞り込んで追跡を続けなさい」
「了解しました」電脳空間で8色の光がそれぞれ別々の方向へと伸びていく。歯車の謎に加え、8つのアーケコードを巡る探索と争いが、新たな段階へと進み始めていた。展示室の一角に集まったレイトキたちは、古い記録のパネルを囲みながら、新たな情報を読み解いていた。レイトキは《ウィズダム》の力で資料の行間まで読み取り、整理した内容をはっきりと口にする。
「ビヨンダードの者たちがこの世界にやって来たのは、今回が初めてではないらしいな」指先でパネルの文字をなぞりながら、続ける。
「ジョンアイデル様が皇帝に就任されてから半年後にも、同じように次元の壁を越えて侵入してきた記録が残っている。だが当時は大きな混乱も争いも起きず、何事もなかったかのように静かに去っていった、と書かれている」周りの仲間たちは静かに耳を傾け、次の言葉にさらに注目する。
「だが、もっと古い記録を調べると、興味深い事実も出てきた。ビヨンダードの者たちの中には、このクリプトン世界の住人と関係を結び、子孫を残した者もいるらしい」その言葉に、久美子が驚いたように声を上げる。
「え? 異なる次元の存在同士で、血縁を持つことができるの? 普通なら法則が違いすぎて、そもそも共存することすら難しいはずなのに……」リジェも腕を組み、真剣な表情で頷く。
「だからこそ、ただの通りすがりや侵略だけではない可能性があるってことだ。彼らにとって、この世界は完全な『他所の地』ではなく、過去から何らかの繋がりを持っている場所なのかもしれない」ゼロも隣で唇を結び、静かに考察を加える。
「となると、今回の侵入も一時的なものではなく、何世代にもわたる計画や因縁が隠されている可能性が高い。過去に残した子孫たちが、今のこの世界にどんな影響を与えているのか……それを知らないままだと、いつ思わぬ形で牙をむかれるかわからない」レイトキは深く息を吐き、視線を仲間たちに向ける。
「これまでは『異質な敵』としか見ていなかったが、そう簡単な話ではなさそうだ。彼らの目的も、この世界との関係も、まだまだ謎が多い。今後はその点も念頭に置いて動かないとな」こうして、ビヨンダードという未知の勢力が、単なる外敵ではなく、この世界の歴史そのものに深く根を下ろした存在である可能性が、彼らの前にはっきりと示されたのだった。レイトキは仲間たちに向き直り、要点を整理するようにはっきりと言葉を重ねる。
「よく思い出してほしい。ビヨンダードの住民は半データー生命体なんだ」指を一本立てて、その性質を説明する。
「つまり、情報や法則の塊でありながら、必要に応じてこちらの世界の法則に合わせ、明確な実体を持つことができる存在だ。単なる霊的なものやエネルギー体とは違う」彼は先ほど読んだ記録の内容と照らし合わせながら続ける。
「実体さえ安定して保てるのなら、このクリプトン世界の住人と身体的・生命的な関係を結び、子を残すことだって理屈上は不可能ではない。だから古い記録にそう書かれていても、不思議でも矛盾でもないんだ」
隣で聞いていた斗愛が納得したように頷く。
「なるほどな。『データー』って言葉だけ聞くと、機械のように感じるけど、それが半分だけってことは、残り半分はこちらの世界の生き物と同じような仕組みを持てるってわけか」リジェも腕を組み、事態の重みを感じ取るように言う。
「となると、過去に生まれたその子孫たちは、普通の人間と見た目は変わらなくても、血の中に次元を越えた力や性質を秘めている可能性がある。それが今どこにいて、何をしているのか――また一つ、追うべき謎が増えたわけだ」レイトキは静かに頷き、これまでの認識が少しずつ書き換えられていくことを感じていた。未知の勢力の正体が明らかになるほど、戦いの背景がより広く、そして複雑なものへと広がっていくのだった。館内に突然、甲高い電子警報音が鳴り響き、天井のスピーカーから機械的な音声が繰り返し流れ出す。
『システム内部に不具合が発生! データ処理に異常が検出されました! セーフティモードに移行します――』展示室の照明が一瞬点滅し、一部の電子パネルの画面が乱れたり、文字が崩れてちらつき始める。空気が一気に緊迫感に包まれ、来館者たちの間にざわめきが広がる。レイトキはすぐに周囲を警戒し、《ウィズダム》を発動させて情報の流れを探る。
「これは単なる故障じゃない……何者かがネットワークの奥に侵入し、大量のデータを読み出そうとしている痕跡がある」電脳空間の方でも、ティアの動きが急に制限を受け、警報が発せられていた。
「検知されました。館のセキュリティシステムが侵入を異常と判断し、自動的に防御プログラムを起動しています」混乱の中、久美子が素早く周囲を見回す。
「まさかストレンジプレデターの仕業? ここにも彼らの手が伸びていたの?」レイトキは眉をひそめ、パネルの乱れた画面を見つめながら答える。
「可能性は高い。だがこの警報が鳴ったことで、向こうも自分たちの存在が露見したことに気づいたはずだ。このまま退くか、それともさらに強引な手段に出るか……どちらにしても、このミュージアムで平穏な時間は終わったようだ」警報音が鳴り続ける中、二つの世界――現実と電脳――の境界で、水面下の争いがついに表面化し始めていた。電脳空間の奥で、侵入経路が遮断され警報の干渉波が襲いかかる中、ティアの青白い光が大きく揺らいだ。
「気付かれたか!?」慌てて情報回収を続けようとした瞬間、それまで暗号の奥深くに隠されていた別の波動が、警報のノイズを突き破るように一気に輝きを放つ。ティアの解析プログラムが即座に反応し、電子音が驚きを含んで高まる。
「ん!? あれは――!? オリジン・クロノコード!?」仮想空間に、これまで見たどのコードよりも純度が高く、時間そのものの流れを内包するような赤色の紋様が浮かび上がる。アーケコードの体系とはまったく別の根源的な周波数を持ち、あらゆる防御壁や暗号を無視するかのように安定した輝きを放っていた。
「記録にも存在すら確認されていない、時間の起源に関わるとされる伝説上のコード……ここに、こんな形で眠っていたなんて!」ティアは危険を顧みず、その光へと解析の触手を伸ばす。だが次の瞬間、警報システムの最終防御層が作動し、周囲のデータが一斉に遮断され始める。
「まずい、このままでは追い出される……だが、この発見だけは絶対に本部へ届けなければ!」電脳の闇の中で、侵入が露見した混乱の裏側で、さらに重要な新たな鍵の存在が、ようやくその姿を現したのだった。指令室のモニターに、館内の警報と電脳空間の干渉状況が映し出される中、マズミは指を画面に向け、迷いのない口調で厳しく指示を下す。
「多少強引な手段になっても構わない。何としてでもそのコードを手に入れなさい」彼女の声には、発見された価値の大きさが伝わるような緊迫感が込められている。
「オリジン・クロノコード――時間の根源に関わる存在なら、アーケコードだけでなく歯車の力さえも根本から制御できる可能性がある。これを逃せば、今後二度とこんな好機は巡ってこない」モニター越しにティアへと続けて命じる。
「防御壁に邪魔されるなら、一部のデータを破棄してでも回線をこじ開けろ。痕跡が残っても構わない、優先すべきはコードの断片でもいいから確保することだ。行け!」
「了解しました!」ティアは応答と同時に、青白い光の形を鋭い槍のように変え、警報システムの干渉波を強引に押しのけながら、赤色に輝くオリジン・クロノコードへと突き進んでいく。電脳空間には激しい衝突の光が散らばり、秘密の探索は一気に強制的な奪取へと様相を変えた。警報音が鳴り響く中、次の瞬間――館内の一角に置かれていた展示用ロボットたちが、一斉に不規則な動きを始めた。まるで見本として静かに立っていたはずの機体が、関節部から火花を散らし、電子音を荒げながら両腕を振り回す。ガラスケースが割れ、金属の足で床を強く踏み鳴らす音が響き渡る。
「エラー発生――プログラム上書き……指令不明……排除モード起動!」
機械的な声が不自然に響き、次々と別の展示ロボットにも同じ異常が伝染するように広がっていく。通路を塞ぎ、照明を遮り、来館者たちは悲鳴を上げて安全な場所へと逃げ出す。
レイトキは事態を瞬時に把握し、すぐに仲間たちを守るように前に出る。
「これはハッキングによる遠隔操作だ! 電脳空間での争いが、現実世界にまで影響を及ぼしている!」
《ウィズダム》がロボットたちの制御信号を解析し、外部からの侵入コードを検出する。
「強引にコードを奪おうとする代償として、システム全体が暴走し始めているんだ。このままでは展示品だけでなく、建物全体にも損傷が及ぶ」
ゼロはすでに身構え、隣のアルカも真剣な表情になる。
「つまり向こうは手段を選んでいないってことか。ならこっちも、彼らの邪魔をするしかない」斗愛と与太郎も武器を構え、リジェとデュークは周囲の状況を確認しながら戦いの準備を整える。電脳空間での攻防が、目に見える形で現実の危機へと転換し、マタラミュージアムは一瞬にして、平和な見学の場から戦いの舞台へと変わり果てた。通路の向こう、逃げ遅れた小さな子供が立ちすくみ、目の前で暴走ロボットが鉄の腕を振り上げて襲いかかろうとした瞬間――
「危ないっ!」久美子が素早く飛び出すと、背中から数本の力強い腕が一気に伸び、ロボットの両腕と胴体をがっちりと掴み上げる。多腕族としての筋力と制御能力を最大限に発揮し、その場で押さえ込もうと力を込める。だが次の瞬間、ロボットの関節部から白い蒸気が噴き出し、駆動音が低く唸りを上げてさらに出力を上げる。掴まれた体が大きく震え、久美子の腕を押し返そうと猛烈な力で暴れ始めた。
「な、なんてパワーなの!?」額に汗が浮かび、歯を食いしばりながらも体が徐々に後ろへと押されていく。普通の警備用機体の数倍はある駆動力、外部からの制御信号によって限界を超えて無理に稼働させられているのだ。
「久美子、もう少し持ってて!」レイトキが駆け寄りながら《ウィズダム》で制御回路の位置を探り、周囲の仲間たちもすぐに援護に入る。だが暴走した機体の力は想像以上に強く、一瞬の油断で掴みが外れれば、周囲の壁や展示品、そして人々にまで大きな被害が及ぶのは明らかだった。ロボットの力は予想以上に強く、久美子の多腕が押し返されるように歪み、次の瞬間――重い金属の体が一気に力を込めて突き出し、彼女は床へと押し倒されてしまった。
「くっ……!」体制を崩した久美子が起き上がる間もなく、ロボットは足を踏み鳴らして向きを変え、鉄の腕を再び高く振り上げる。まるで標的を定めたかのように、追撃の態勢に入った。その危機的な瞬間、レイトキが全身の力を込めて叫ぶ。
「やめろーーーーーーーー!!!」声には彼自身の意志だけでなく、《ウィズダム》の力が共鳴し、空気を震わせるような波動が生まれた。すると不思議なことに、振り上げられたロボットの腕が途中でぴたりと止まり、駆動音が急に弱まっていく。火花が散っていた関節部も静まり、まるで強制的に電源が落とされたかのように、体全体が硬直して動かなくなった。周囲には一瞬の静寂が訪れる。レイトキは息を切らしながら、自分の声がこんな効果を発揮したことにも驚きを隠せない。
「どういうことだ……俺の叫びが、制御信号に干渉したのか?」彼自身の意志の力が、外部から侵入したプログラムを一時的に打ち消したのか、それとも――新たな力の発動なのか。理由はまだはっきりしないが、目の前の危機だけは確かに回避されたのだった。周囲の一同が固唾を呑んで見守る中、誰かが驚きの声を上げる。
「ロボットの動きが止まった!?」緊迫した空気が少し緩みかけたその瞬間、再び館内のスピーカーから警報音がけたたましく響き渡り、先ほどとはまた違う機械的な警告音が流れ出す。
「警告! 重要領域の防御が突破されました。保管されたプログラムコード――一部が外部へ送信され、奪取されました!」その言葉に、レイトキの表情が一気に険しく引き締まる。《ウィズダム》を通じて流れ込む情報から、事態の全貌を即座に把握する。
「くそっ……この暴走は陽動だったのか! 俺たちの注意を現実の混乱に引きつけている間に、本命の目的を電脳空間で果たしていたわけだ」久美子も慌てて立ち上がり、唇を噛む。
「つまり、向こうはロボットを暴れさせてこっちの手を塞ぎながら、裏で確実にコードを奪って逃げたってこと?」レイトキは頷きながら、ネットワークの流れを追おうと集中するが、すでに侵入した痕跡は巧妙に消され、接続先の情報も断片的になっていた。
「追跡しようにも、もう回線は切断されている……まさかここまで用意周到な手口を使ってくるとはな」ストレンジプレデター側は混乱を引き起こすことで時間を稼ぎ、狙いの一部を手に入れて撤退に成功した。平和な見学のつもりで来たこの場所で、彼らは確かに先手を打たれ、重要な情報を奪われる結果となってしまったのだった。混乱が少し収まった後、レイトキは真剣な面持ちで館長のもとへ向かい、率直に疑問を投げかける。
「館長、今回の騒動にはどうも違和感があります。ただロボットを暴走させ、適当にデータを盗んで逃げるような単純な目的とは思えません。何か特別なものを狙っていたとしか考えられないのです」館長は深い皺の刻まれた顔でレイトキを見つめ、しばらく無言で彼らの雰囲気を観察した後、はっきりと問いかける。
「……君たちは、エルカーノスの者なのか?」レイトキは驚きを見せず、落ち着いた口調で答える。
「直接の所属ではありませんが、彼らの思想や立場を理解し、信頼できる知り合いもいます。世界の均衡を守るために動いていることは知っています」その言葉を聞くと、館長は警戒を少し解き、周囲に誰もいないことを確認してから、低いがはっきりとした声で真実を打ち明ける。
「ならば話しても大丈夫だろう。実はこの博物館には、極秘に保管されているものがある。オリジン・クロノコードの一つだ。先ほどの警報が告げていたように、それが今回の襲撃で奪われてしまったらしい」レイトキは目をわずかに見開き、先ほど電脳空間でティアが反応していた名前が現実のものだったことを確信する。
「オリジン・クロノコード……時間の根源に関わるとされる、伝説上の存在が本当にここにあったのですね」
「ああ」館長は重く頷く。
「次元や時間を操る力の元になるだけでなく、歯車の力や他のコードすら根本から制御する可能性を秘めている。それを手に入れた者が現れれば、世界の秩序が根本から崩れかねない」こうしてレイトキたちは、今回の事件が単なるデータ窃盗ではなく、世界の命運を左右する鍵を巡る争いの始まりであったことを、改めて思い知らされるのだった。レイトキは話を聞きながら要点を確認するように頷き、問いを重ねる。
「クロノコードというのは、確かキヴォトス・アーケに組み込まれている基本プログラムのことですよね?」館長は深く頷き、過去の経緯をはっきりと語り始める。
「その通りだ。全部で8つに分かれていて、色ごとに赤、青、黄、緑、橙、紫、黒、白と名付けられている」少し遠い目をして歴史を辿るように続ける。
「元々はかつてジョンアイデル様が所有していた完全なキヴォトス・アーケの内部に、一体となって収められていたものだ。だが新しいミクスタッド宮殿を創造する際、宮殿全体を次元と時間の流れに安定して溶け込ませるため、アーケ本体を建築構造そのものに融合させる決定が下された」そして、当時の判断を説明する。
「そのとき、オリジン・クロノコードだけは『通常の維持運用には不要な過剰な力』と判断された。万一暴走すれば宮殿ごと周囲の次元まで巻き込みかねないという危険性から、8つに分割して封印し、クリプトン世界各地の特殊な施設や組織に分散保管することになったのだ」レイトキはその話を聞き、事態の重大さを改めて理解する。
「つまり、今回ここから奪われたのは、その分散された8つのうちの1つ……ということですね」
「ああ」館長は重い口調で答える。「1つでも外部に流出すれば、他の在処を探る手がかりになる。狙っているのがストレンジプレデターなら、彼らは残り7つも必ず追い求めてくるだろう」 こうしてレイトキたちは、コードの全貌と過去の経緯、そして今後待ち受けるさらなる争いの輪郭を、はっきりと掴むことになったのだった。レイトキは事の成り行きを整理するように深く息を吐き、はっきりとした口調で胸中を語る。
「まったく、やっかいなことになったな。13の歯車、そして噂に上った14つ目の存在だけでも頭が痛いというのに、今度はキヴォトス・アーケの根幹をなすオリジン・クロノコードまで争奪の対象に加わってきたか」腕を組み、遠くを見るような眼差しで続ける。
「ストレンジプレデターがここで1つを手に入れたということは、残り7つの在処も必ず探り始めるだろう。歯車だけでなく、このコードまで揃えられてしまえば、次元や時間を自在に操る力を彼らに握られてしまうことになる」隣にいた久美子も神妙な面持ちで頷く。
「これまでの予定より、争いの規模も危険度も一気に上がったわけだね」レイトキは再び視線を仲間たちに向け、決意を込めて言い放つ。
「ああ。これからは歯車だけでなく、各地に封印されたコードの行方にも目を光らせなければならない。先手を取られ続けるわけにはいかない――次はこっちが動く番だ」ストレンジプレデター本部の制御室――
マズミがモニター越しにティアの姿を見て、少し冷ややかながらも労うように口を開く。
「ご苦労、ティア。侵入先の防御システムが思った以上に堅牢だったようだね。やはり無事で済むわけにはいかなかったか」電子空間で激しい干渉と衝突を受けたため、ティアの光の輪郭にはところどころ乱れや傷が見え、一部の処理回路が不安定に明滅している。それでも青白い本体は損傷したまま端末へと戻り、安定した姿で収まっていた。ティアはわずかに電子音を乱しながらも、はっきりと報告を上げる。
「はい。多少のデータ損傷と機能制限は生じましたが、任務の核心は果たしました。オリジン・クロノコードはすでに本部の隔離領域へ転送済みです。しかも、完全な形のまま入手できました」その言葉を聞くと、リュウゼツランをはじめ周囲の幹部たちの表情が一気に緩み、驚きと満足感が広がる。
「完全な状態だと……?」リュウゼツランは身を乗り出すように画面を凝視する。
「防御を突破するだけでも困難な相手に、欠けや暗号化された断片ではなく、そのまま使える形で奪ってくるとはな」マズミも指先でコードの受信完了通知を確認し、口元にわずかな笑みを浮かべる。
「これは大きな収穫だ。最初の一つを手に入れたことで、他の7つのコードの周波数や共鳴パターンも解析できるようになる。次からは探すだけでなく、狙いを定めて確保できる」ティアは続けて補足する。
「ただし――ミュージアム側のシステムには、レイトキたちの反応も記録されていました。特にレイトキ本人の意志が信号に干渉する現象が確認されており、今後は彼らが直接電脳領域へ干渉してくる可能性も考えられます」リュウゼツランは冷たく頷く。
「構わん。そのときはそのときだ。我々が一歩先を進んでいることに変わりはない。ティア、まずは損傷部分の修復を優先しろ。次の標的への準備は、それから始める」
「了解しました」ティアの光がゆっくりと薄れ、修復プロセスへと移行する中、本部には最初の勝利を手にした緊張感と、次なる争いへの準備が静かに満ちていった。指令室のモニターからレイトキたちの解析データに視線を移し、幹部の一人が低くつぶやく。
「アヤツは特殊すぎるからな。普通の理屈や力の法則がまるで通用しない」マズミは指先で画面上の波形をなぞりながら、はっきりとした口調で答える。
「そうですね。レイトキは単一の種族や存在ではなく、異なる性質を持つ存在同士が混ざり合った生まれなのです」彼女はデータの層を切り替え、複雑な構造図を浮かび上がらせる。
「一方にはこの世界の法則に根ざした要素があり、もう一方には次元を越えた外的な性質――さらに《ウィズダム》と呼ばれる力が中枢として組み込まれている。だからこそ、意志の力一つで電子信号やプログラムにまで直接干渉し、ロボットの暴走すら止めてしまうような、予測不可能な現象が起きるのです」リュウゼツランが腕を組み、重く頷く。
「つまり、歯車やコードといった『世界の仕組み』そのものに近い存在だということか。普通の敵と同じように力で押さえつけようとしても、そもそも土俵が違うわけだ」
「ええ」マズミは冷ややかに続ける。「混ざり合った結果、弱点も曖昧になりますが、可能性と適応力は際限なく広がっている。これから彼が何を発揮するか、我々にも完全には読み切れません」指令室には、相手の未知なる性質に対する警戒感が静かに広がり、今後の戦いが一筋縄ではいかないことを改めて全員が感じ取るのだった。指令室の空気が少し変わった瞬間、空間のゆらぎと共に一人の女性の姿が浮かび上がる。落ち着いたが芯の強い雰囲気をまとったキクリが、静かに現れると、はっきりとした口調で言葉を放つ。
「そう、レイトキは私とクリプトン世界の人間の間に生まれた者だからね」突然の登場に幹部たちが一瞬緊張する中、キクリは動じる様子もなく、自分の言葉を続ける。
「私自身が次元の境界を越えた存在であり、いわば外の法則を内包する性質を持っている。それにこの世界に根ざした人間の血が混ざり合った結果、彼はどちらの側にも完全に属さない、中間の立場に立つ存在として生まれたのだ」マズミは眉を少し上げ、相手の正体をすぐに察しながら問い返す。
「……つまり、彼の中に『外の理』と『内の理』の両方が備わっている。だからこそ、データの流れにも、世界の根本的な仕組みにも直接触れ、干渉できるというわけですか」
「その通り」キクリはゆっくりと頷く。
「普通の者には法則そのものを変えることなど不可能だが、彼にはその両方の性質を橋渡しする資格がある。意志が伴えば、他の歯車やコードよりもさらに根本の部分に影響を及ぼす力さえ目覚める可能性がある」リュウゼツランは鋭い視線を向けながら言う。
「ならばお前は何者だ? なぜここに現れて、そんな重要な事実を明かす?」キクリはわずかに口元を緩め、答える。
「ただの傍観者でも、お前たちの味方でもない。だがレイトキがどういう存在なのか――これから起きることを理解するには、その起源を知っておく必要があるだろう。それだけのことだ」彼女の姿が再び空気のゆらぎに溶けるように薄れていく中、指令室にはレイトキという存在が、単なる敵ではなく、世界の均衡そのものを左右する特異な鍵であることが、はっきりと刻み込まれたのだった。場面が切り替わり、レイトキたちが集まる公園にて――
話の流れの中で、久美子がふと思い出したように口を開く。
「そう言えばレイくん、前から気になってたんだけど……君って、この世界の生まれでありながら、ビヨンダードの者たちにもどこか似た性質を持ってるんだよね」彼女は柔らかいながらも真剣な眼差しでレイトキを見つめる。
「実体を持ちながら、情報や法則などの流れに直接干渉できる力。普通のクリプトン世界の住人にはまずあり得ないはずなのに、君はそれを自然に使いこなしている。さっきロボットの暴走を声だけで止めたときも、まるで彼らの半データー的な性質に呼応するかのようだった」レイトキは少し考え込むように視線を落とし、ゆっくりと頷く。
「ああ、自分でも薄々感じていた。この世界の理に従って生きているのに、どこかで枠組みの外側にも手が届くような感覚がずっとあったんだ」隣のリジェも腕を組みながら続ける。
「つまり、過去にビヨンダードの者がこの世界に来て子孫を残したという話と、どこか繋がりがあるのかもしれない。血の中に、次元を越えた存在としての素質が受け継がれている、そういうことだろう?」レイトキは静かに息を吐き、自分の出自とこれまでの不可解な力の正体が、少しずつ輪郭を結んでいくのを感じていた。
「だとしたら……俺自身が、歯車やコードだけでなく、世界同士の境界に立つような存在なのかもしれないな」




