EPISODE1-7【ヒトとの繋がりなど】
情報が次々と明らかになり、これからの道のりの険しさが改めて浮き彫りになった今、レイトキは一人静かな場所に身を置き、深く考え込んでいた。ぽつりと、自分自身に問いかけるように低く呟く。
「今さらだが……仲間って、何を定義に言うんだろうな」これまでは「共に戦う者」「同じ敵を追う者」くらいの漠然とした認識でいた。だが、自分たちが歯車として敵の計画に組み込まれ、運命そのものが重なり合っている現実を知った今、その言葉の意味が曖昧になっていくのを感じていた。
「利害が一致するから一緒にいるのか? 力を合わせないと生き残れないからか? それとも……もっと別の何かがあるのか?」彼はゆっくりと仲間たちの顔を一人ずつ思い浮かべる。
自分と同じように歯車の役割を持ち、それぞれに重い宿命を背負いながらも、それでも自分の意思で道を選ぼうとする久美子、リジェ、ゼロ、斗愛、与太郎たちの姿が浮かんでくる。
「俺たちはそれぞれに違う力を持ち、違う背景を持っている。時に意見が食い違い、不安や疑いが生まれることもある。だけど……もし敵の思惑通り、歯車同士として『噛み合わされている』だけの関係だったら、それは本当の仲間と言えるのだろうか?」新たに得た「ウィズダム」の力は、情報だけでなく、こうした心の奥にある疑問までも浮き彫りにしてくるようだった。
「何をもって『仲間』と呼び、何を信じて共に進めばいいのか……これからの戦いが長く厳しくなるほど、その答えが俺たちの行く末を左右するような気がする」レイトキは静かに空を見上げ、自分自身だけでなく、仲間たちとの関係の真の形を探し始めていた。これは力や戦略だけでは解けない、心の奥深くにある問いかけだった。レイトキは先ほどの疑問をさらに掘り下げるように、はっきりと自分自身に問いかける。
「それに……『友達』っていう概念もあるんだろう。仲間と、友達。何が違うんだ?」 ウィズダムの力で情報のつながりは見えても、人と人との関係の微妙な違いまでは自動的に答えを出してはくれない。だからこそ、自分の感覚と言葉で整理しようとする。
「仲間は……同じ目標に向かって力を合わせ、困難を共に乗り越える存在、っていうイメージが強い。共通の目的があって、役割があって、一緒に行動することで意味が生まれるように思える」少し言葉を選ぶように間を置き、続ける。
「でも友達はどうだ? 特別な目的や役割がなくても、ただ一緒にいて安心できる、話したいと思える、相手のことを知りたいと感じる……そういうものなのか? 利害や使命がなくなったとしても、その関係が続くのが友達で、目的がなくなれば関係も薄れていくのが仲間なのか?」彼は拳を軽く握り、自分たちの現状に重ね合わせる。
「俺たちは今、敵を止めるという共通の使命があるからこそ集まっている。だけど、もしその使命がなくなったら? 俺たちの間に残るのは『仲間』としての絆だけなのか、それともその先に『友達』としてのつながりがあるのか……」この疑問は、自分たちの関係が「歯車同士の噛み合い」ではなく、本当に心から結びついたものであるかどうかを確かめようとする、レイトキなりの試みでもあった。レイトキは心の奥にある素直な思いを、迷いながらもはっきりと言葉にしていく。
「俺は……久美子をはじめ、他の組織から抜け出してきた実験体たちと、しっかりと繋がっていたいと思ってる」
少し視線を落とし、自分の感情を探るように続ける。
「深い理屈や理由はまだはっきりとは分からない。ウィズダムで分析しようとしても、計算式や法則のような答えは出てこないんだ」だがその分、思いの強さだけは確かだった。
「だけど、ただそうしたいと感じるんだ。同じように運命に翻弄され、歯車として使われようとしている身だからこそ、離ればなれになったり、互いに疑い合ったりするんじゃなくて……一つになって支え合いたい」彼は再び顔を上げ、決意を込めた声で言い添える。
「目的のためだけに集まっているわけじゃない。力を合わせるだけでもない。『同じ痛みを知る者同士』として、心から繋がっていたい。そう思うこと自体が、きっと俺にとっての答えの一部なんだと思う」この率直な思いこそ、彼が「歯車としての役割」ではなく「一人のヒトとして」仲間たちとの関係を築こうとする、最初の一歩だった。レイトキは大きく伸びをしながら、ため息交じりにはっきりと言った。
「今日は情報整理も話し合いも長引いたし……さすがに疲れた。そろそろ寝るか」部屋の明かりを落とし、ベッドにぽすんと横になると、緊張が解けてすぐに深い眠りに落ちていった。
翌朝――
まだうっすらと眠気の残る意識の中で、レイトキは自分の頬に柔らかく温かい感触が当たっているのを感じた。まるでふわりとした布か、あるいは……人の肌のような触れ心地。ゆっくりとまぶたを開けてみると、目の前には見慣れた横顔がすぐそばにあった。なんと、久美子が隣に横になったまま、すやすやと眠っていたのだ。体の位置もぴったりと近く、レイトキの肩に自分の頭を寄せるような体勢で、深い眠りに落ちている。レイトキは一瞬、心臓が跳ね上がるような驚きを覚え、体を動かすことも声を出すこともできず、ただ硬直したまま見つめる。
「え……? いつの間に……」昨夜は確かに一人でベッドに入ったはずだ。何も気づかないまま、彼女がこっそり部屋に入ってきて、そのまま隣で眠り込んでしまったらしい。寝顔は普段のしっかり者の雰囲気が抜けて、無防備で穏やかな表情を浮かべている。レイトキは慌てて起こそうかとも思ったが、その柔らかな寝顔を見ているうちに、動くのも話すのも忘れ、ただ静かに息を殺したまま、この不思議で暖かい朝の始まりを受け入れるのだった。しばらくして、レイトキが息を詰めたまま様子をうかがっていると、久美子のまつげがゆっくりと微かに震え始めた。まぶたが薄く開き、まだ眠気の残るぼんやりとした瞳が、徐々に焦点を結んでいく。そして視線が真正面にいるレイトキの顔に定まった瞬間――
「……ん?」小さな疑問の声が漏れ、次の瞬間、自分の体の位置と距離感に気づいた久美子の瞳が一気に大きく見開かれた。レイトキの肩に頭を預け、腕まで軽く彼の胸元に触れるようにして眠っていたことを認識すると、顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、慌てて体を離そうと身動きする。
「わっ、ご、ごめんなさいっ! い、いつの間に……私、なんでここで寝てるの!?」慌てふためいて上半身を起こすものの、恥ずかしさから視線を泳がせ、手で口元を押さえながら混乱した様子を隠せない。レイトキもまだ心臓の鼓動が収まらないまま、どう声をかけていいか迷いつつ、ぎこちなく言葉を返す。
「いや、こっちこそ突然で驚いたが……別に、悪いことをしたわけじゃないから、落ち着け。たぶん昨夜、疲れていたからうっかりここまで来て、そのまま眠っちまったんだろう」
久美子はうつむいたまま小さく頷き、耳まで赤らめながら、自分の行動に自分でも戸惑っているようだった。そんな彼女の様子を見ているうちに、レイトキの心の中には、昨夜考えていた「仲間」や「絆」という言葉が、また別の柔らかな形を伴って浮かんでくるのだった。ベッドから離れて部屋の窓辺に立つと、久美子は朝の柔らかい日差しを浴びながら、にっこりと笑ってはっきりと言葉を投げかける。
「レイくんさぁー、最近のことなんだけど、少しずつだけど表情が柔らかくなってきてるね」突然の指摘に、レイトキは少し慌てたように眉を上げ、自分の顔に手を当てながら照れくさそうに答える。
「そ、そうかなぁー? 自分ではあまり変わった感じがしないんだけどなぁ……」 久美子はくすりと笑い、一歩近づいて真剣ながらも温かい調子で続ける。
「自分で気づいてないだけだよ。無表情で硬かった目元や口元が、このところ緩むことが増えてる。悩み事があったり考え込んだりする様子もまだあるけどね」彼女は言葉を柔らかく区切り、優しく結ぶ。
「でも、そうやって迷ったり、悩んだり、心を動かしているところこそ、ヒトらしさってものなんだよ。ただ歯車として回るだけじゃなくて、自分の心で考えて感じている証拠なんだから」レイトキは彼女のまっすぐな言葉を受け止め、ほんのわずかだけ口元に力の抜けた笑みを浮かべる。昨夜から続く暖かな空気が、二人の間にゆっくりと流れていくのを感じながら、心の中にあった疑問が少しずつ解けていくようだった。久美子は悪戯っぽく瞳を細め、にっこりと笑いながらはっきりと言葉を続ける。
「それにね、レイくん、無意識のうちに私のことを目で追ったり、気にかけたりしてるの、ちゃんとわかってるんだから」レイトキはぱちくりと瞬きした直後、言われた意味を理解すると、一気に耳まで赤く染まり、慌てて視線をそらす。
「えっ、そ、そんなこと……俺はそんなつもりじゃ……!」まるで自分でも気づかないうちに体が反応していたらしく、否定しようとする声も少し上ずってしまう。久美子はそんな反応を見て、さらに柔らかな笑みを浮かべ、優しく言葉を重ねる。
「自分ではわからないだけだよ。でもね、そうやって心の隅に私のことがあるんだなって感じると……なんだかすごく嬉しいんだよね」まっすぐな視線がレイトキに向けられ、照れくささの中にも確かな温かな気持ちが伝わってくる。レイトキは口ごもったまま何も言い返せず、ただ頬の熱さが引かないのを感じながら、胸の奥がぽかぽかと温まっていくのを止められなかった。朝の柔らかな空気を背に、レイトキは一人で書斎へと向かった。静かな空間に入り、本棚に並ぶ資料や自分のノートを前に座り込むと、テーブルに肘をつき、深く息を吐き出す。新たに得たユニークアルティメットスキル《ウィズダム》に問いかけるように、心の中ではっきりと思いを巡らせる。
「俺が久美子に抱いてるもの……これは感情なのか、それともただの感覚なのか、自分でもはっきりと区別がつかない」頭の中に情報が整理されていくような感覚が訪れるものの、この問いに対して数値や法則のような明確な答えは浮かんでこない。代わりに、これまでの場面が次々とよみがえってくる。危機のときに自然と守ろうとした自分、彼女の笑顔を見ると心が軽くなること、少しでも姿が見えないと気になってしまうこと、今朝のような距離の近さに胸が高鳴ること――それら一つひとつが、言葉にできないまま心に積み重なっている。
「理屈で説明できないし、使命や役割とも関係がない。歯車同士の共鳴とも少し違う……だけど、確かにそこにはあるんだ。このもやもやしたけれど温かいものが、一体何なのか、俺は知りたい」彼はゆっくりと手を胸元に置き、《ウィズダム》にだけでなく、自分自身の心にも問いかけ続ける。情報や力の法則だけでは解けない、人としての感情の正体――それを探す旅が、こうして静かに始まっていた。レイトキが無意識のまま本棚の背表紙を指でなぞっていると、指先が一冊の本にぴたりと止まった。他の資料や理論書とはまったく雰囲気の違う、鮮やかなショッキングレッドの背表紙が目に飛び込んでくる。何の気なしに引き出して開いてみると、最初のページにははっきりとこう記されていた。
『恋愛感情について ―― 理屈では割り切れない心の共鳴』彼は少し眉を上げ、自分が探していた答えとの関係を直感的に感じ取る。ウィズダムの力が反応するように、本の内容が自然と頭の中に流れ込み始める。「恋愛感情……か」低くつぶやきながら、ページをゆっくりとめくる。書かれている内容はまさに自分が感じていたものと重なっていく。
「異性の相手の存在だけで心がざわめき、無意識に目で追い、近くにいると温かく、離れると気になる。利害や役割、使命とは無関係に、ただ『その人自身』を求め、繋がりたいと願う心の動き」レイトキは胸元に手を置き、今朝の久美子の言葉、隣で眠っていたときの鼓動、普段の何気ない瞬間に感じていた気持ちを思い返す。
「これが……俺が感じていたものの正体なのか?」理論や数値で説明できないのも当然だ。これは歯車の共鳴でも、使命による結びつきでもない。人としての心が、自然に芽生えた特別な感情――その答えが、赤い表紙の本によって目の前に示されたのだった。レイトキは赤い本を閉じ、胸の奥にあったもやもやが一気に晴れ渡るような感覚を覚えた。ウィズダムの力が心の動きと言葉を結びつけ、はっきりとした答えが形を持って浮かび上がる。彼はゆっくりと立ち上がり、自分自身に確かめるように、力強く明瞭な声で口にする。
「そうか……ようやくはっきりした」
一度深呼吸をして、整理された思いを続ける。
「俺は久美子に対しては、恋愛感情を抱いていたんだ。役割や使命、歯車同士の共鳴とは別に、ただ彼女自身を求め、近くにいたい、守りたい、心から繋がっていたいと願う気持ち――それがこの感情の正体だった」そして視線を遠くに向け、リジェやゼロ、斗愛、与太郎たちの姿を思い浮かべる。
「それとはまた違って、リジェたち仲間には友情を抱いている。同じ運命を歩み、苦楽を共にし、信頼し合い、対等な立場で支え合いたいと思う気持ち。それが友情であり、俺にとっての『仲間』の意味なんだな」長い間抱えていた疑問が解け、表情にはこれまでにないすっきりとした穏やかさが宿る。理屈だけでなく、自分の心が何を感じているのかを理解できたことで、迷いが一つ消えていくのをはっきりと感じていた。
「感情にも種類があり、それぞれに意味がある……そう思えば、これからどう向き合っていけばいいのかも、自然と見えてくる気がする」こうしてレイトキは、自分の心の在り方を受け入れ、一人の人間としての歩みを、さらに確かなものにしていくのだった。書斎の戸が静かに開き、久美子が顔を覗かせてから中へと入ってくる。にこりと笑いながら、新しい話題を持ってきたようにはっきりと告げる。
「レイくん、そう言えば話があるの」彼女は少し楽しそうな口調で続ける。
「リジェがね、これから私たちと同じ家に住むことになったらしいの。本人もそう言っていたし、なんでも……レイトキにかなり興味を持っているみたいで、近くで様子を見てみたいって思ってるんだって」レイトキは手に持った赤い本を閉じ、突然の話に少し目を丸くする。
「えっ、リジェがここに? 俺に興味……?」
「うん、そうみたい」久美子はくすりと笑い、次の話に移る。
「それからゼロの方も変わった話があってね。とある学校の女子生徒にすっかり気に入られちゃったらしく、彼女の方から頼み込まれて、一緒に住むことになったんだって」レイトキは思わずため息交じりに眉を上げる。
「なんだか一気に周りの環境が変わっていくな……俺たちだけの静かな生活とはいかなくなりそうだ」だがその口調に不満はなく、むしろ新しい形で絆が広がっていくことへの、柔らかな期待がにじんでいた。久美子もそんな彼の様子を見て、ますます穏やかな笑みを浮かべるのだった。玄関先から部屋へと、段ボールや衣装ケースが次々と運び込まれていく中、リジェが荷物の横に立って、はっきりとした口調で自己紹介するように言葉を発した。
「これから一緒に住むことになった、リジェだよ」彼女は軽く手を挙げて挨拶し、少し照れたような表情を浮かべながら理由を続ける。
「くーちゃん――つまり久美子の提案で、こうなったんだよね。元々はゼロも含めてみんな一緒に暮らせたらいいなって思ってたんだけど……」少し肩を落とすようなしぐさを見せつつ、言葉をつなげる。
「ゼロが先に他の人と住むことになっちゃったから、それは叶わなかったけど。それでも、ここでみんなと近くにいられるのは嬉しいよ」荷物の整理に手をつけながら、リジェはレイトキの方をちらりと見て、またすぐに視線を戻す。彼女の言葉の端々には、単なる「住まいを共にする」以上の、もっと近い関係になりたいという気持ちが、さりげなくにじみ出ていた。久美子は後ろでにこにこと見守りながら、レイトキの方を向いて小さく頷く。こうして、新しい生活の形が静かに始まっていくのだった。レイトキはリジェの挨拶を聞きながら、ふと周囲を見渡してはっと気づく。久美子も、新しく引っ越してきたリジェも、この家にいるのは女性ばかり――自分だけがたった一人の男性だということに、急に意識が集中した。背中から肩にかけて、自然と筋肉が張っていくのを感じる。声を出そうとしても少し詰まり、わずかに体がこわばってしまう。
「あ、ああ……よ、よろしくな、リジェ」いつものはっきりとした調子が、どこかぎこちなく震えている。頭の中では《ウィズダム》が「住居形態・性別構成・生活上の距離感」などを整理しようとするけれど、それよりも先に心臓の鼓動が速くなり、思考が少しだけ混乱する。――これから毎日、風呂やトイレの時間、着替えのタイミング、何気ない動作まで、全部気を遣わなきゃならないのか? 自分だけ浮いて見えないだろうか?そんな不安と照れくささが一気に押し寄せ、レイトキは無意識に後ろ手を組み、視線を床に落としたまま、どう応じていいか迷っているのだった。リジェはレイトキのこわばった様子やぎこちない応答を見て、くすりと笑いながらはっきりと言葉を投げかける。
「レイトキって、なんだか面白い人だよね」彼女は荷物の紐を解きながら、興味深そうに視線を向けて続ける。
「普段は落ち着いていて、何でも冷静に分析してる感じなのに、こういう日常的なことになると途端に体が固くなったり、言葉が詰まったりする。たまにだけど、そんな可愛い反応もするんだなって思って」言われた本人は、ますます頬が熱くなり、慌てて否定しようとする。
「か、可愛いだと!? 俺はただ……状況に慣れてないだけで、そんなんじゃ……!」その慌てふためく様子を見て、リジェはさらに笑みを深める。
「ほら、またそういう反応。戦いの場では堂々としてるのに、こんなところで隙が見えるから、ついつい目が離せなくなるんだよね」隣で聞いていた久美子も、「確かにそうかも」と頷きながらにっこりと加わる。レイトキは二人の視線にたじろぎ、自分だけが妙に浮いているような感覚に包まれながら、心の中でため息をつくのだった。リジェは段ボールから衣類を取り出して畳みながら、悪戯っぽい光を瞳に宿し、はっきりと問いかける。
「ところでさ、レイトキはクーちゃんとはすごく仲良いんだよね? 一体どんな関係なの?」突然の直球な質問に、レイトキはまたもや肩を跳ねさせ、顔が一気に赤みを帯びる。口ごもりながら、慌てて言葉を探す。
「えっ、それは……その、同じ運命を背負った仲間であり、信頼できる友達で……」言いながらも、さっき自分で理解した「恋愛感情」のことが頭をよぎり、言葉が途中で詰まってしまう。リジェはそんな態度を見逃さず、さらに興味津々に身を乗り出す。
「ふうん? ただの仲間や友達にしては、お互いの様子が特別すぎると思うんだけど? 目で追ったり、近くにいると雰囲気が変わったり……何か隠してることがあるんじゃない?」隣にいた久美子も、耳を少し赤らめながら、レイトキの方をじっと見つめている。まるで彼がどう答えるかを待っているような様子だ。レイトキは二人の視線に包囲され、頭の中でウィズダムが「感情の種類・関係性の定義・答え方の選択肢」を次々と示すものの、素直に言葉にする勇気がなかなか湧いてこない。
「そ、それは……まだ、自分でもはっきり形にできてない部分もあるけど……大事な存在であることだけは確かだ」やっと絞り出した答えに、リジェは満足そうに笑みを浮かべ、手を叩く。
「大事な存在ね……なるほど、なんとなくわかった。これからはその関係、私もしっかり観察させてもらうから、よろしくね」レイトキはただ頭をかくだけで、この新しい共同生活が、これからどんな風に賑やかになっていくのか、今から少しだけ不安になっていた。リジェは手を休め、真剣な眼差しでレイトキを見つめながら、はっきりと芯の通った口調で言葉を続ける。
「アタシはね、レイトキが誰かに恋をして、心から結ばれるっていうのは、とてもいいことだと思ってるよ」少し間を置き、言葉の重みを増すように続ける。
「ただし――惚れた相手を悲しませるようなことだけは、絶対に許せないけどね」彼女の声には冗談めいた雰囲気は消え、同じ運命を歩む仲間として、そして一人の女性としての厳しさと優しさが混ざっている。
「力を持っていても、使命に追われていても、心を持って生きている以上、誰かの気持ちを踏みにじったり、不安にさせたりするのは最低なことだ。特に自分が大切だと思った相手に対しては、なおさらだよ」レイトキはその言葉を真っ直ぐに受け止め、表情を引き締めて深く頷く。
「……ああ、よくわかってる。俺が誰を選び、どんな気持ちを抱こうとも、その人を悲しませるようなことだけは絶対にしない。自分にも誓っている」リジェはその答えを聞いて、再び柔らかい笑みを浮かべる。
「なら安心だ。これからはアタシも側で見ているから、もし道を踏み外しそうになったら、遠慮なく喝を入れさせてもらうよ」隣で聞いていた久美子も、心強そうに二人のやり取りを見守り、この家の中に新たな信頼の絆がまた一つ強く結ばれていくのを感じていた。レイトキは少し照れくさそうに頬をかきながらも、はっきりと事実と自分の考えを口にする。
「そういえば、このミクスタッド皇国は法律上複婚が認められているらしいからな」言葉を選ぶように間を置き、自分の心の動きと状況を照らし合わせながら続ける。
「俺自身の気持ちを考えると……もしかすると、誰か一人だけを選んで、他の人を切り捨てるっていう形にはならないかもしれない」その言葉に、リジェは眉を少し上げ、久美子も静かに耳を傾けたまま反応を待つ。レイトキは真剣な眼差しで二人を見て、心からの思いを続ける。
「これまで共に苦境をくぐり抜け、信頼を積み重ねてきた。それぞれに抱く感情の種類は違っても、どの絆も俺にとっては等しく重く、捨てられるものではないんだ。この国の仕組みがそれを許すのなら、俺なりの形で全員を大切にし、誰一人として悲しませたり置いてけぼりにしたりしない道を探りたい」リジェはしばらく考え込むように黙っていたが、やがて口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「なるほど……そういう考え方もあるのか。ただし、その道は普通よりもずっと責任が重くて難しいことだよ。それでもお前が真摯に向き合い、ちゃんと全員の心に応える覚悟があるのなら、アタシは反対しない」久美子もまっすぐに頷き、穏やかな声で応える。
「レイくんが自分の心に嘘をつかず、それぞれと誠実に向き合ってくれるのなら、私はその選択を信じるよ」レイトキは二人の言葉を受けて、少しだけ肩の力が抜けるような感覚を覚えた。これからの道が容易ではないことを理解しつつも、自分なりの在り方を目指して進む決意が、また一つ固まっていくのだった。一方、ゼロの住まいでは――狭いながらも明るい部屋の中、ゼロは突然の出来事に体を硬直させていた。目の前に立つ同年代の女子生徒が、にっこりと無邪気な笑みを浮かべながら両腕を伸ばすと、ぐいっとゼロの頭を自分の胸元へと引き寄せる。
「君、可愛い〜っ!」柔らかな感触に顔全体を包まれ、息さえままならない状態になったゼロは、慌てて両手を空気でかき、もがき始める。
「は、はなせっ! 苦しいだろっ!?」声は少し上ずり、耳まで真っ赤に染まりながら、なんとか体を離そうと身をよじる。だが相手は力加減を知らないのか、それともまったく気にしていないのか、腕をさらに強く回して離そうとしない。
「え〜、だめだよ。こうしてると落ち着くんだから」女子生徒は幸せそうに目を細め、まるで大事なぬいぐるみを抱きしめるように、ゼロをしっかりと抱え込んだまま動かない。ゼロはもがくほどに力が入らなくなり、頭の中には「これが新しい共同生活の始まりなのか……」という絶望的な思いが浮かび上がり、ただ無力に手をばたつかせるしかなかった。
こうして、レイトキたちの家とはまったく違う方向で、ゼロの新生活も予想外な形で幕を開けたのだった。ようやく少しだけ腕の力が緩んだ隙に、ゼロが苦しそうに息を吸い込もうとした瞬間――抱きしめていた女子生徒は、まるで何でもないような顔ではっきりと口を開く。
「あっ、そうだ! 名乗り忘れてた」
彼女はにっこりと笑顔を浮かべ、胸元から少しだけゼロの顔を離して、自分のことを紹介する。
「アチシはアルカっていうの。これからよろしくね、ゼロ♪」まだ耳や頬を真っ赤に染め、息を整えるのに必死なゼロは、混乱した頭のまま彼女を見上げる。
「あ、アルカ……? いきなりあんな抱き方をしておいて、名前がそれかよ……」ぼやくようにつぶやく声にも、まだ照れと戸惑いが隠せない。だがアルカはそんな反応などお構いなしで、再びゼロの肩に腕を回し、満足そうな表情で続ける。
「これから毎日一緒に暮らすんだから、遠慮なんていらないよ。ゼロがどんな人なのか、アチシじっくり知っていくからね」こうして、ゼロの予想外に賑やかで圧倒的な新生活の相手――アルカという存在が、はっきりとその名を刻んだのだった。アルカの言葉を聞いた直後、どこからかふとそんな解説が頭に浮かんだ。
「アルカって名前、調べたら『方舟』を意味する言葉なんだって」その一言を耳にした瞬間、ゼロの体がぴんと強張り、無意識に身構えるように肩を落として視線を鋭くする。先ほどまでの照れや戸惑いは一瞬で消え、探るような緊張感が走る。
「方舟……? まさか、方舟の歯車と関係があるのか?」低く、自分に問いかけるような声が漏れる。これまで追い続けてきた13の歯車のうち、「保存し未来へと繋ぐ役割」を持つのが方舟――その名の意味が一致するというだけで、偶然とは思えない何かを感じ取っていた。頭の中で情報が駆け巡る。自分たちの運命、敵の計画、そして突然現れて自分に近づいてきたこの少女……単なる好意や縁ではなく、何らかの力や宿命が働いているのではないかと疑い始める。ゼロはゆっくりとアルカを見つめ直し、普段の冷静な調子に戻りながら、核心に迫るように問いかける。
「おい、アルカ。お前、自分の名前の意味を知ってるのか? それと……俺に近づいてきたのは、本当にただの気まぐれなのか?」柔らかく明るい雰囲気の中に、一気に歯車の運命を巡る緊張が忍び込んでくるのだった。アルカは悪びれる様子もなく、むしろ少し得意げに胸を張りながら、はっきりと言い放つ。
「アチシにはノーア神の加護があるの。水の上だって普通に走れるし、時空を操ることだってできるんだから」その言葉を聞いた瞬間、ゼロの中で疑いの雲が一気に晴れ渡り、代わりに確信が燃え上がる。彼は体の力をさらに引き締め、鋭い眼差しをまっすぐアルカに向ける。
「……間違いない」低く、断定的な声が響く。名前の意味が「方舟」であること、未来を守り繋ぐ役割、水と時空に関連する力、さらにその力の源が神の加護にまで及んでいる――これらが偶然重なるはずはない。
「方舟の歯車……それはお前自身の中に宿っているんだな。お前こそが、俺たちが探していた『方舟』の本体だったわけだ」ゼロの頭の中では、これまでの断片的な情報が一つの形に収まり、すべてのつじつまが合っていく。目の前の無邪気な少女が、計画の成否を左右する重要な歯車そのものであるという事実が、はっきりと浮かび上がってきたのだった。




