EPISODE1-4【響く噂と調査など】
次の朝、レイトキたちがいつも通りC組の教室に入ると、いつもとは少し違う雰囲気が漂っていた。生徒たちは席に着きながらも、口元を手で隠してささやき合ったり、ちらちらとこちらの様子をうかがったりしている。教室全体に、何かの噂が静かに広まっているのが感じ取れた。
「おいおい、昨日のこと、本当だったのかな…」「校舎の奥で武装した連中が侵入してきたって話だよ」
「しかも、転入生たちやレイトキたちが、そいつらを撃退したんだって? 力を使ったって聞いたけど…」「それだけじゃないよ。予防注射のことでも何か変な噂が流れてるらしい。『普通の薬じゃなかった』って囁く人もいるんだ」断片的な会話が耳に入るたび、レイトキは眉間にしわを寄せ、内心で事態の広がりを読み取る。
「(昨日の戦いは目立ちすぎた。防犯カメラの記録は教師陣が抑えてくれたはずだが、一部始終を見た生徒もいる。それに加えて注射の件まで疑われ始めるとは…)」隣に座る久美子も周囲の様子に気づき、声を低くして囁く。
「噂が想像以上に早く広がってるわ。昨日の襲撃だけでなく、ゼロに打たれた薬のことまで疑いの目が向き始めてるみたい」レイトキは静かに頷き、視線をゼロに向ける。ゼロはまだ自分の体の変化に戸惑いながらも、周りの視線を感じて少し肩を落としている様子だった。
「このまま放っておくと、真実と憶測が入り混じって余計な混乱が起きる。俺たちは自分たちの身を守るだけでなく、噂の出どころと、昨日の注射の正体についても、自分たちで調べる必要がありそうだ」こうして、平穏を取り戻そうとしていた彼らの周りに、新たな波紋が広がり始める。見えない陰謀だけでなく、周囲の疑いの目までもが、彼らに試練を与えようとしていた。クラスの後ろの席から、誰かが声を落として話すのがはっきりと耳に届いた。
「武装集団の侵入の件も、予防注射の不審な点もそうだけど……さっき別の学年の奴から聞いた話だと、体育館の裏に変な人影が出るようになったらしいぞ」その言葉に、周りでささやき合っていた生徒たちの視線が一斉に集まる。
「変な人影って、どんな感じなんだ?」
「夜になると物陰に潜んでるのが見えるらしい。制服も着てないし、顔もはっきりとは見えないけど、こっちをじっと見てるような気配がするんだって」
「まさか昨日の連中の残りか、それともまた別の何者かなのか…」レイトキはその話を聞くと、すぐに体を起こして神経を研ぎ澄ます。件狐の聴覚を働かせながら、心の中で状況を整理する。
「(体育館裏……校舎の死角になりやすく、外部から侵入するにも隠れるには絶好の場所だ。注射の件が発覚しかかっている今、新たな監視役や別の手が送り込まれている可能性が高い)」彼は隣の仲間たちにだけ聞こえるように、低い声で告げる。
「噂の出どころだけじゃない。今度は校内に監視者まで潜り込んでるかもしれないってことだ。このままだと何もかも向こうのペースに飲み込まれる」斗愛が指で机を軽く叩き、決意を込めて言う。
「なら放課後になったら、俺たちで体育館裏を自分たちの目で確かめに行こう。噂がただの勘違いなのか、それとも本当に敵の気配があるのか、はっきりさせないと安心して眠ることもできない」教室の中に広まる不安な空気とは裏腹に、レイトキたちは自分たちで事態を掴み取るため、次の行動へと向かう準備を始めるのだった。話はさらに続いて、ささやき声が一段と低くなる。
「その人影、フードを深くかぶった姿だったらしいんだ」
「しかも奇妙なんだよ。遠くから見ても近くまで行っても、体の輪郭がぼやけてはっきりしないんだって。まるでテレビの電波が悪いときみたいに、微かにノイズがかかってるように見えたって話だ」その説明を聞いた周囲の生徒たちは、さらに不安そうに顔を見合わせる。
「ノイズがかかる? そんな見え方、普通じゃないだろ…」
「昨日の侵入者とはまったく違う感じだ。何か特殊な力で姿を隠してるんじゃないか?」レイトキはその言葉を耳にすると、すぐに何かに思い当たったように表情を引き締める。件狐の感知力を働かせながら、静かに仲間たちに囁く。
「輪郭が曖昧でノイズがかかって見える……あれは空間干渉か、視覚情報を歪める能力の特徴だ。普通の隠れ方や迷彩ではそんな風にはならない」
久美子も頷き、声を落として続ける。
「つまり昨日の末端の傭兵たちとは違う。ストレンジプレデター側でも、力や技術を持った者が直接潜り込んできている可能性が高いわ」ゼロは不安そうに手を握りしめながら言う。
「注射の件でこちらに疑いの目が向き始めたから、様子を探りに来たのかな…?」
「それだけじゃない」レイトキは鋭い目つきで答える。「俺たちの反応や、お前の体に入れた因子の定着具合を監視しているのかもしれない。放課後の調査は、ただの確認じゃなく、相手の目的を突き止める重要な機会になりそうだ」噂の内容が奇妙であればあるほど、彼らの警戒心は高まり、次の行動への覚悟が固まっていくのだった。話はさらに広がり、範囲の広さに誰もが息を呑む。
「ああ、その不審な人物なら、学校の外でも見かけたって話があるぞ」別の生徒が続けるように口を開くと、周りの視線が一斉に集まる。
「市の図書館の裏手、上水道局の周辺、さらには町の発電所付近でも、同じようなフード姿の人影が目撃されてるんだ。どこも人通りの少ない場所ばかりだけど、見た目の特徴がまったく同じだって」
「図書館に水道局、発電所……どれも町の基幹に関わる施設じゃないか」
「学校だけじゃなく、この街全体を何らかの形で把握しようとしてるってことか?」レイトキはその地名を一つずつ心に刻み、顔つきをさらに厳しくする。
「重要な情報だ。これで目的が少し見えてきた」彼は仲間たちにだけ聞こえる声で分析を始める。
「図書館は記録や資料、水道局と発電所はライフラインの要。その周辺を巡回しているということは、単なる監視だけじゃない。この街全体を制圧・封鎖するための事前調査をしている可能性が高い」リジェが炎を宿すような瞳で低く呟く。
「学校だけを狙っているのではなく、街ごと囲い込もうという腹積もりなのね……」
「だとすれば、俺たちが動く時間は限られてる」デュークが拳を握り締める。
「放課後の体育館裏の確認だけじゃ足りない。必要なら、他の場所も手分けして様子を探る必要がある」組織の手は、すでに学園の柵を越えて街全体に伸び始めていることが明らかになり、彼らの闘いはより大きな規模へと広がり始めていた。場面が再び切り替わり、ストレンジプレデター本部の一室へと移る。報告を受けたリュウゼツランは、眉をひそめながら机の上の情報端末を見つめ、はっきりと否定する。
「黒いフードをかぶり、輪郭にノイズがかかって見える人物だと? 我が組織ではそんな特徴を持つ実験体を作るよう、誰にも命じておらんぞ」彼が首を傾げ、不審そうに考え込もうとしたその瞬間、室内の空気がわずかに波打つように歪み、淡い光に包まれた球体が空中に浮かび上がる。やがてその光の中から、優雅な女性の上半身だけがゆっくりと姿を現す――それがキクリだ。彼女は唇に微笑みを浮かべ、くすぐったそうな調子で低く笑いながら説明する。
「フフフフ……心配することはないわ、リュウゼツラン。あれはあなたたちの作った駒でも敵でもない。ただの観光客よ」宙に浮いたまま、彼女は瞳を細めて続ける。
「ビヨンダード……そう、私が生まれ育った、この次元とは別の世界からやって来た存在なの。こちらの世界の流れや、変化の兆しを探るために、様子をうかがっているだけに過ぎないわ」リュウゼツランは鋭い視線を向けながら、声を落として問い返す。
「ビヨンダードだと? 別の世界の者が、この世界で何をしようというのだ? 我々の計画に干渉するつもりか?」キクリは柔らかく肩をすくめ、どこか余裕のある態度で答える。
「さあね……目的までは私にも正確には分からない。ただ言えるのは、彼らはこの世界のルールに縛られず、あなたたちの力の及ばない領域にいるということ。今はまだ傍観しているだけかもしれないけれど、いつ何を仕掛けてくるか、誰にも予測できないわ」こうして、レイトキたちに迫る影は、組織の陰謀だけでなく、さらに遠く未知の次元から来た存在までもが絡み合い、事態はますます複雑な様相を帯び始めるのだった。リュウゼツランは鋭い目を細め、疑問をぶつけるようにはっきりと言い返す。
「だがな、ビヨンダードへ通じる本格的なゲートは、まだこちらの世界では開いていないはずだ。安定した転送路がなければ、向こうの存在がこちらに実体を持って現れることなど不可能なはず」それに対し、キクリは変わらず余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと解き明かすように答える。
「本格的で大きなゲートは確かにまだだけどね、小規模で一時的なゲートなら、とっくに開いているんだよ」
彼女は宙に浮いた体を少し傾け、核心に触れるように続ける。
「その引き金を作り出しているのは……君たちがこれまでに回収し、保管している“鍵”そのものだよ。不完全ながら次元の壁を削り、隙間を生み出す力があるから、ああして単発の小さな通り道が自然に発生してしまうのさ」リュウゼツランははっと息を呑み、手元に置かれた報告書を強く握り締める。
「……我々の手にある鍵が、そんな副作用を引き起こしていたというのか。まさか計画の準備が、逆に未知の外敵を呼び込む結果になっていたとは」
「まったく皮肉なものだね」キクリはくすりと笑う。
「だからこそ今回のような“観光客”がふらりと現れて、こちらの状況を探って回ることになる。彼らがただ見ているだけで済むのか、それともいずれ何か行動を起こすのか……それは誰にも分からないよ」こうして、ストレンジプレデター自身の行いが、予期せぬ新たな脅威を呼び寄せていたことが明らかになり、事態はさらに予測不能な方向へと転がり始めるのだった。放課後、人気の少ない時間帯を選んで、レイトキたちは静かに体育館の裏手へと向かった。木々の陰になった薄暗い一角に、確かに人影が立っていた。黒いフードを深くかぶり、体の輪郭がまるで古い映像のように揺らぎ、かすかなノイズのような歪みが絶えず生まれている。
「ん!?本当だ……まるでノイズがかかったような姿をしてやがる」レイトキはすぐに件狐の力を発動させ、視覚と感知を研ぎ澄まして相手の正体、体内の因子や存在の軌跡を読み取ろうと集中する。だがいくら探ろうとしても、情報がまるで水の中に沈むように掴めず、像が定まらない。
「見えない……読み取れないのか?」と久美子が警戒しながら問いかける。レイトキは眉を寄せ、感知のズレを分析するように言葉を続ける。
「いや、違う。“ズレてる”んだ。この世界、つまりクリプトンの次元座標や法則と、完全には重なり合っていない存在だ。俺の力がこの世界のルールに基づいて見定めようとしても、その枠の外にいるから、輪郭も正体もはっきり捉えられない」彼は確信を込めて告げる。
「つまり――コイツはこのクリプトンの世界の者ではない。別の次元、別の法則に従って存在している奴だ」その瞬間、フードの下から微かな光がちらりと覗き、こちらの存在に気づいたことがわかった。歪んだ輪郭がゆっくりとこちらを向き、まだ何も語らないまま、ただ異質な存在感だけが周囲の空気を圧迫していくのだった。歪み続ける輪郭の奥から、低く不思議な響きを帯びた声が漏れ出す。
「Omaetati、Nanimo?」単語の切れ目や発音が奇妙にゆがみ、空気を伝わる音波さえわずかに揺らいでいる。久美子たちは聞き慣れない響きに眉を寄せ、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「何て言ってるんだろう…? 一部だけ意味が通じそうだけど、全体がつながらないわ」
「言語体系がこの世界のものと違うのかもしれない」だがレイトキは件狐の力で音の波動と意味の断片を読み取り、はっきりとした口調で応じる。
「俺たちはこの世界――クリプトンの者だ。ここで何をしている? 何の目的で現れた?」彼は警戒を緩めず、正面から相手の存在を受け止めるように立つ。
「この次元の枠の外から来たのなら、せめて意図くらいはっきり示せ。こちらに干渉するつもりがないのなら、不必要に周囲をうろつく必要もないはずだ」フードの下ではノイズがさらに細かく震え、まるで相手が言葉の意味を処理しているかのような間が流れる。これまでの敵とも仲間ともまったく異なる存在との、最初の対話が始まろうとしていた。ノイズの混じった響きの中から、今度は少しはっきりとした調子で言葉が返ってくる。
「Watasi,betusekai no mono、kuripton、siranai,kyomibukai」発音はまだどこか歪んでいるものの、言葉の並びから意味が徐々に浮かび上がってくる。レイトキは耳を澄まし、波動の揺らぎから意図を読み取ると、仲間たちにもわかるように解釈を加える。
「言ってることは……『私は別の世界の者。クリプトンという名前は知らない。だが、とても興味深い』ってところだ」フードの奥からは感情の読み取れない無機質な雰囲気が伝わってくるが、敵意のような鋭さは今のところ感じられない。ただ外界からこの次元を観察するような、純粋な好奇心だけが漂っている。久美子は少し身構えたまま問いかけるように言う。
「知らない世界に興味を持ってうろついているだけ、ということ? だけどライフラインの施設まで見て回るのは、ただの観察にしては行動範囲が広すぎるわ」レイトキはゆっくりと頷き、相手に向けて再びはっきりと声を届ける。
「興味深いというだけなら、こちらの秩序を乱すようなことはするな。この世界には既に内部から壊そうとする勢力がある。余計な干渉は、どちらにとっても混乱の種になるだけだ」人影はその言葉を受けると、輪郭のノイズが一瞬だけ強く震え、まるで考えを巡らせているような沈黙が続いた。まだ何を考えているのか掴みきれないまま、異界の存在との接触は予断のつかない展開へと進んでいく。ノイズ混じりの声が再び響く。
「titujo? wackaranai」言葉の端々が歪みながらも、意味は明らかだ――「秩序? わからない」。この世界のルールや常識が、彼らにとってはまるで理解の外にある概念なのだ。それを聞いたレイトキは、警戒心をさらに強め、低く鋭い声で一喝する。
「秩序がわからないというのなら、だったらさっさと元の世界へ帰れ!」彼は一歩前に踏み出し、件狐の力を少しだけ表面に滲ませる。空気がわずかに波立ち、相手に対して明確な拒絶と牽制の意思を示す。
「ここはお前たちの遊び場でも観察場でもない。お前が何の悪意も持っていなくても、次元の壁が壊れれば予期せぬ災いが起きる。内部には既にこの世界を崩そうとする敵がいるんだ、余計な不安要素はいらない!」フードの下の輪郭が大きく揺れ、ノイズが一時的に激しくなる。まるで言われた言葉を重く受け止め、何らかの判断を下そうとしているようにも見えた。敵意は感じないが、従順さも見えないまま、沈黙が二人の間に横たわっていく。歪んだ声が再び響き、今度は疑問を投げかけるような調子で言葉が続く。
「Douho,naze,kobamu?」「同胞……なぜ、拒む?」という意味が、波動の揺らぎからレイトキにも伝わってくる。その言葉を聞いた瞬間、レイトキは思わず眉を吊り上げ、あきれと苛立ちが混ざった声で反論する。
「はっ!? 何を言ってやがる、俺が同胞だと? バカなことをほざくな!」彼はさらに一歩身構え、件狐の力を強く滲ませながらはっきりと否定する。
「俺はこのクリプトンで生まれ、この世界で戦ってきた者だ。お前のような次元のズレた存在と、どこにも共通点なんてあるはずがない! 言葉も常識も生きるルールまで違う者同士が、同胞などと呼べるわけがないだろう!」隣の久美子たちも驚きを隠せず、互いに顔を見合わせる。
「同胞だなんて……どうしてそんな認識になるのかしら?」
「こちらの力や因子の性質を、何か別の基準で判断しているのかもしれない」 だがレイトキは納得できないまま、鋭い視線を相手に向け続ける。一方、フード姿の人影はレイトキの強い拒絶に対して、輪郭のノイズをさらに細かく震わせ、まるで「理解できない」というような反応を示すだけだった。未知なる存在との間に、新たな誤解と謎が生まれた瞬間だった。歪みの混じった響きの中から、今度は単語の区切りが少しだけはっきりした言葉が届く。
「You,Inshi,Beyondard,yurai,hitotuaru」レイトキは耳を澄まし、波動の流れと意味の断片を繋ぎ合わせて解釈すると、眉間に深いしわを寄せる。
「……言ってるのは、《お前の中の因子は、ビヨンダードのものに由来する。本質は同じ、一つの系統だ》ってことらしい」その言葉に、彼は一瞬言葉を詰まらせ、次いで強い疑念と警戒を込めて声を上げる。
「何を根拠にそんなことを言う!? 俺の因子はこの世界で作られ、この世界の法則に基づいて定着しているはずだ!」だが内心では、先日ゼロに打ち込まれた五つの神話級因子のこと、そしてストレンジプレデターが保管する「鍵」が次元の隙間を生み出しているという話が、ふと頭をよぎる。
「(もし……もしこの世界の因子の根本に、ビヨンダードから流れ込んだ力が混ざっているとしたら? 組織の実験と次元の干渉が、知らない間に繋がっていたというのか?)」レイトキの心には、否定しきれない新たな疑問の種が植え付けられる。一方、フードの人影はそれ以上説明を加えることなく、ただ静かに立ったまま、歪んだ輪郭だけが周囲の光を不規則に屈折させ続けていた。緊張が走る二人の間に、突然空間が柔らかく波打ち、淡い光に包まれた球体が現れる。中からキクリの上半身が浮かび出て、静かに状況を見守るような態度で口を開いた。
「レイトキ、少し誤解を解いてあげましょうか」彼女はまっすぐレイトキを見つめ、核心に触れるようにゆっくりと語り始める。
「君が持つスターヴァンパイアの因子は、確かにこの世界で人工的に作り出されたもの。だけどその元になっている力の源をたどっていくと、もっと遥かな存在に行き着くのよ」指を一本立てて続ける。
「一つはクトゥルフ神話体系に連なる神格の断片、もう一つは古き吸血鬼の王と呼ばれる精霊バーヴァンシーの力。そして最も根本には……ムンドゥスという、この宇宙を含む全次元の意思そのものが集まった存在の因子が、微かにだけど確かに混ざっているの」レイトキは息を呑み、件狐の力で自分の内面を探るように眉をひそめる。自分が「ただの実験体」と思っていた力の背後に、これほど遠く大きな由来が隠されていたとは想像もしていなかった。
「つまり……俺の力の根源も、ビヨンダードの次元と繋がっているというのか?」キクリは柔らかく頷き、視線を隣のフード姿の存在へと移す。
「そういうこと。だから彼らから見れば、君は『同じ系統の力を持つ者』――つまり同胞と認識されるの。生まれた場所や作られた経緯は違っても、力のルーツが同じなら、彼らの基準では区別されないのよ」この言葉を聞いて、レイトキの中にあった否定の感情が、複雑な疑問と混乱へと少しずつ変わっていく。自分自身の存在意義さえ、今までとはまったく違う角度から問い直されることになったのだった。キクリはゆっくりとこちらに向き直り、自分自身の正体を明かすように、はっきりとした口調で語り始める。
「それから、私もビヨンダードの出身者なのよ。こうして見えている姿は、君たちと意思疎通しやすくするために用意した、いわば『端末』のようなものに過ぎないわ」彼女は宙に浮いた上半身を軽く示しながら、さらに詳しく説明を続ける。
「リュウゼツランたち開発陣が、この世界の技術と法則に合わせて作り出した器に、私の本体から切り離した分体コアを埋め込んで生み出されたのが、今ここにいる私なの。だからこそ、この世界の言葉や感覚、常識にも適応できて、君たちとスムーズに話ができる――それが理由なの」レイトキは目を細め、これまでの違和感が一つずつ解けていくのを感じる。
「つまり……お前は組織の者でもあり、同時に向こうの世界の者でもある。両方の間に立つ存在だったわけか」
「そういうこと」キクリは静かに頷く。
「本体は次元の壁の向こうにあるまま、こちらには意識だけを送り込んでいる状態。だから物理的な制約も少なく、情報のやり取りも自由にできる。リュウゼツランたちにとっては『異界との窓口』として私を利用している、というわけね」その言葉を聞いて、レイトキたちはこれまで見えていなかった関係性と構造を初めてはっきりと理解する。組織の計画だけでなく、次元を超えた繋がりが、すでに身近なところで動き始めていたことが明らかになったのだった。キクリは柔らかく微笑みながら、はっきりとした調子で続ける。
「それに、私たちビヨンダードの者は、別にこの世界と敵対することを望んでいないわ。むしろ、できれば友好的な関係を築いていきたいと思っている」彼女は視線を隣のフード姿の存在へと向け、言葉を補う。
「彼も同じよ。ただ次元の壁に生まれた隙間から流れ込んできただけで、最初から争う目的なんて持っていない。この世界の法則も秩序もよく理解できないから、周囲を見て回っていただけなの」レイトキは警戒心を完全に解くわけにはいかないが、明らかな悪意が感じられないことを確かめるように、二人の存在を見比べる。
「友好的、だと? だが次元の仕組みが違う者同士が接触すれば、何もしなくても思わぬ影響や混乱が生まれる可能性がある。それを理解しているのか?」
「もちろん理解しているわ」キクリは真剣な表情で頷く。
「だからこそ私が間に入って調整しようとしているの。問題を起こさずに共存できる道を探る――それが今の私たちの考えよ」フードの人影も、ノイズの揺らぎを少しだけ穏やかに変え、敵意のないことを示すように静かに佇んでいる。
未知なる存在との出会いは、敵か味方かの単純な二択ではなく、新たな関係性の始まりへと向かい始めていた。レイトキは警戒心を少し緩めつつも、現実的な視点から率直に語る。
「だけどな、この世界の事情を何も知らない普通の人たちからすれば、輪郭がぼやけてノイズがかかったような姿でうろうろされたら、そりゃ怪異か何かとして恐れられ、警戒されるに決まってる」彼はフード姿の存在をちらりと見やり、続ける。
「友好的に付き合っていきたいという気持ちはわかった。馴染めるように力になってやりたいと俺だって思う。だけどそもそも次元の違う存在がこの世界で安定して姿を保ち、普通に行動する方法自体が、まだ何も確立されてないんだ」指を一本立てて問題点を整理するように言葉を重ねる。
「見え方だけでなく、空気の流れやエネルギーの干渉、言葉や感覚のすり合わせまで、何もかもが噛み合わない。善意だけでどうにかなるほど簡単な話じゃないんだよ」キクリは静かに聞いて頷き、深刻そうな表情を浮かべる。
「その通りね。私自身が端末のような形でしかこちらに干渉できないのも、まさにその不安定さが理由なの。彼のように自然発生的な隙間から流れ込んだ存在は、時間が経てばまた元の世界に引き戻される可能性も高い」フードの人影も、レイトキの言葉に応えるようにノイズを細かく震わせ、「理解している」という意思表示を送ってくる。友好の意思は通じたものの、乗り越えるべき壁があまりにも大きいことを、その場にいる全員が改めて痛感するのだった。久美子は話の流れを追いながら、ふと頭に浮かんだ疑問をはっきりと口にする。
「さっき『コア』って言葉が出たけど……ひょっとしてビヨンダードの者たちって、データ生命体のような存在なの?」キクリは少し目を丸くした後、すぐに納得するように頷き、簡潔に答える。
「まさにその通りを半分だけ捉えてるわ。正確に言うと、半分がデータ、半分が実体なの」 彼女は説明を続けるために手を軽く広げるような仕草をする。
「私たちの次元では、エネルギーと情報、物質、精神の境界線がこの世界よりも曖昧なの。本体は情報の集合体――いわば高密度のデータのような状態で存在しているけれど、条件が整えばこちらの世界の法則に合わせて、ちゃんと触れられる実体として姿を持つこともできる」フード姿の人影を指し示して補足する。
「彼が今こんな風に輪郭がぼやけてノイズがかかって見えるのは、まだこの世界の物質ルールに完全に変換しきれていないから。情報の部分が安定して定着できず、はみ出したり歪んだりしている状態なのよ」レイトキもなるほどと頷き、これまでの不可解な現象に納得がいったような表情になる。
「だから件狐の力でも正体をはっきり捉えられなかったのか……見えないわけじゃなく、情報と実体が混ざり合って不安定にゆらいでいただけだったわけだ」こうして、未知の存在の根本的な仕組みが少しずつ明らかになり、彼らとこの世界とのズレの正体が具体的に理解できるようになっていった。レイトキは肩の力を少し抜きつつ、まだ完全に警戒を解いたわけではない、落ち着いた口調で言い放つ。
「まあ、事情は大体わかった。当面は様子見ということにしておく」彼はキクリとフード姿の存在を順に見据え、釘を刺すように続ける。
「だけどな、何か問題が起きたり、こちらに害が及ぶようなことがあったら……どうなるか、そっちもわかってるよな?」その声には、友好的な可能性を認めつつも、境界線をはっきり引く強い意志が込められていた。キクリは柔らかく頷き、余計な挑発はせずに応じる。
「ええ、心得ているわ。私たちから余計な干渉や危害を加えるようなことはしない。その代わり、こちらの状況が落ち着くまで、彼も人目につきすぎないように動くよう調整する」フードの人影もノイズの揺らぎを穏やかに変え、明らかな同意の意思を示す。こうして、敵でも味方でもない新たな関係が仮に成立し、レイトキたちの前には、組織の陰謀だけでなく次元を越えた未知の流れも、静かに絡み合い始めるのだった。




