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EPISODE1-3【新たな仲間と暗躍】

数日後、エルカーノスの事務所の玄関に、二人の若い姿が現れた。一人は鮮やかな赤い髪を肩まで伸ばし、疲れてはいるが意志の強い瞳をした少女。もう一人は、中性的な顔立ちで、髪型も服装もどちらの性別ともつかない雰囲気をまとった少年――いや、どちらとも言い切れない存在だった。 応対に出たキキョウは、彼らの身に残る施設特有の痕跡と、不安と警戒を隠せない目つきを見て、すぐに状況を察した。

「待っていたわけではないが……おそらく、逃げてきたのだな」二人は緊張しながら頷き、短く自分たちの状況を伝える。キキョウは無駄な詮索をせず、すぐに手配を始めた。

「まずは安全確認と基本的な検査を受けてもらう。こちらへ来なさい」彼女は二人をエルカーノス内の検査室へと案内し、身体の状態や体内に埋め込まれた追跡装置の有無、能力の性質と安定性などを丁寧に調べさせた。位置情報端末がすでに自分たちで破壊されていることを確認すると、記録上の整理と保護登録の手続きを進める。

「検査は終わった。これでこの地域で安全に生活できる身分が与えられる」キキョウは書類をまとめながら続ける。

「住まいはレイトキたちと同じ地区に用意する。周囲には同じような事情の者たちが住んでいるから、安心できるだろう。それから……」少し間を置き、転入の手続きについて説明する。

「この地域にはミュータント学園という、特殊な事情を持つ者たちのための学校がある。レイトキたちも現在通っている。お前たちも正式に高等部へ転入させる手続きを進める。新しい環境で、自分たちの生き方を学ぶ機会になるはずだ」赤い髪の少女は胸をなで下ろし、安堵の表情を浮かべる。

「……本当に、受け入れてくれるのですか? 私たちはただの脱走者で、何の保証もない存在なのに」

「私もキキョウさんの名前だけを頼りに来たのです」と、中性的な少年も続け、声にはまだ緊張が残っていた。キキョウは柔らかく、だが力強く答える。

「過去に何があろうと、これからどう生きるかはお前たち自身が決めることだ。私たちはその選択を邪魔するのではなく、支える立場にある。学園で新しい仲間と出会い、自分たちの居場所を見つけるといい」こうして、二人には新しい住処と身分、そして学びの場が用意された。彼らの未知なる旅路に、新たな拠点が定まると同時に、レイトキたちのもとにも、次なる出会いが近づき始めていた。翌日の朝、ホームルーム前の時間。C組の教室はまだざわめきの中にあり、レイトキは自分の席に着き、机に備え付けられた端末を操作しながら情報を確認していた。画面に表示された学園内の連絡通知に目を通すと、彼は小さく息をつき、独り言のように口にする。

「こんな時期に転入生が来るのか……」

指で画面をなぞりながら、少し皮肉っぽく続ける。

「自分たちだってつい先日正式に入ったばかりだから、人のことを珍しいと言えた義理じゃないが、年度の途中、しかもこの地域で怪異の話が出ている最中に新しい生徒が来るのは、確かに珍しいな」隣に座ってノートを整理していた久美子が手を止め、端末の画面を覗き込む。

「そうね、普通は新学期の始まりに転入するものだけど……何か特別な事情があるのかもしれないわね」レイトキは画面を閉じ、少し考え込むように頷く。

「ああ。俺たちも『特別な事情』で受け入れられた身だ。もしかしたら、似たような立場の者なのかもしれない。だとすれば、このタイミングが偶然とは限らない気がする」教室の前の扉が開き、担任のタンジーが入ってくるのを見て、レイトキは胸の奥にわずかな緊張感を覚えながら、次の言葉を待つのだった。タンジーが教卓に立つと、教室のざわめきが自然と静まり返る。彼ははっきりとした声で告げる。

「皆さん、聞いてください。今日は急遽、2名の転入生がこのC組に加わることになりました。さあ、入ってきなさい」扉が開き、最初に現れたのは鮮やかな赤い髪をした少女だ。緊張した面持ちながらも、背筋を伸ばして前に出ると、はっきりと自己紹介する。

「私はリジェです。これからよろしくお願いします」続いて、彼女の後ろから中性的な雰囲気の者がゆっくりと入ってくる。どこか不安げに視線をさまよわせながら、小さいながらもはっきりと声を出す。

「えっと……ゼロです。よろしくお願いします…」二人が並んで立つと、教室には好奇な視線が集まる。レイトキはじっと二人の様子を観察し、その体つきや雰囲気から、自分たちと同じような「特別な出自」の匂いを感じ取っていた。隣の久美子も小さく声を漏らす。

「あの二人……キキョウさんが保護したと話していた、逃げてきた子たちなのかしら」レイトキは静かに頷きながら、心の中で思う。新しい仲間が来た――だが、同時に計画と怪異の渦も、少しずつ広がっているような気がする。こうしてリジェとゼロは、レイトキたちと同じ教室の一員として、これからの日常に足を踏み入れることになった。教師の指示で席が割り当てられ、リジェはレイトキのすぐ右隣の席に腰を下ろした。


机を少し引いて座ると、彼女はこちらを向いてにっこりと笑い、はっきりと声をかけてくる。

「へぇ、君がレイトキって名前なんだね。これからよろしく」だがレイトキは挨拶を返そうと口を開きかけた瞬間、不意に視線が彼女の胸元へと吸い寄せられてしまう。施設では男女の区別すら曖昧で、体の特徴について意識する機会などほとんどなかった。彼は心の中で純粋な疑問を浮かべる。

「(そういえば…女の人って、こんなに胸が大きいものなのかな? 久美子達もそれぞれ違うように見えるけど、何が普通で何が違うのか、まだよく分からない…)」無意識にじっと見つめてしまっていることに自分でも気づかず、リジェが不思議そうに首を傾げるまで、そのまま固まっていた。

「レイトキ? どうしたの、顔が少し赤いよ?」はっとして慌てて視線を上げ、彼女の目を見るように直すと、レイトキはわずかに口ごもりながら答える。

「あ、いや…なんでもない。こちらこそ、よろしく」まだ「普通」の感覚を掴みきれない彼にとって、こうした些細な違いも新しい疑問の種となり、少しずつ日常の中で学んでいくことになるのだった。隣にいた久美子は、レイトキの慌てた様子と赤くなった顔を見て、すぐに状況を察した。リジェに向き直ると、柔らかく笑いながらはっきりとフォローする。

「ごめんねぇ~。レイくんはね、今まで普通の生活を送ってこなかったから、感情の表し方や物事の感じ方が、他の人に比べてまだ未発達なのよ」レイトキは「未発達」という言葉に少しむっとした表情を見せたが、反論する前に久美子が続ける。

「悪気があって見ていたわけじゃないの。ただ純粋に疑問に思っただけで、何も深い意味はないから、どうか気を悪くしないでね」

ジェは話を聞いて、すぐに納得したように目を丸くし、次いでくすりと笑って頷く。

「ああ、そういうことなのね。全然気にしてないわ。逆に何も知らないって感じで、なんだか新鮮だな」レイトキは照れを隠すように咳払いを一つして、そっぽを向きながらぼそりと言う。

「……説明、ありがとう。俺にはまだ、『普通』の基準がよく掴めないんだ」こうして小さな誤解は解け、リジェとの間にも柔らかな空気が流れ始めるのだった。教室の後ろの方から、デュークの低く鋭い声が響いてくる。彼は腕を組み、ゼロの方を睨むように見ながら、容赦なく言葉を放つ。


「おいおい、リジェの隣にいるやつ、なんだその中途半端な容姿は。男なのか女なのかはっきりしねえし、おまけに態度までナヨナヨしてんじゃねえか」


言いながら、突然何かを思い出したように眉を上げ、指を突きつける。


「って待て、その雰囲気……お前、ヌルじゃねえのか? 施設で少しだけ噂に聞いたことがあるぞ」


デュークの言葉に、ゼロはびくりと肩を震わせ、顔を少し伏せて体を硬くする。周りの生徒たちも突然の問いかけに注目し、教室の空気が一瞬張り詰める。


リジェはすぐにゼロの前に少し身を乗り出し、デュークに向かってはっきりと反論する。


「デュークだっけ? 初対面で失礼すぎる言い方はやめてくれない? ゼロはゼロであって、どっちでもない自分の生き方を選んでるだけだわ」


ゼロは小さく深呼吸し、顔を上げると、震えながらも自分の口で答える。


「……昔は確かに『ヌル』という符号で呼ばれていました。でも今は、自分でゼロと名前を決めたんです。中途半端だと言われても、これが私自身の姿なので」その静かだが芯の通った言葉に、デュークは舌打ちをして視線をそらすものの、それ以上悪口を重ねることはなかった。レイトキたちも、また同じように過去の枷を背負って逃れてきた存在が、こうして新たに加わったことを改めて感じ取っていた。斗愛はすぐに立ち上がり、デュークの方を鋭く見据えながら、はっきりと釘を刺す。


「アンタねぇ〜、初対面で容姿をからかったり、そんな言い方をするなんて、やることが酷いじゃないかい。『中途半端な容姿』だなんて言うけど、それを言うならボクだって見た目も雰囲気もどっちつかずに見られることが多いんだからね」


その言葉を受けて、デュークは一瞬慌てたように目を泳がせ、手を振りながら言い訳っぽく反論する。


「いや、そういう意味で言ったんじゃなくてな! 俺はああいう、自分の立場も言いたいこともはっきりさせない、煮え切らない態度のやつを見てると、無性にムカつくんだよ!」


彼はまだ不満そうに眉をしかめているものの、斗愛の指摘が的を射ていることは分かっているようで、それ以上強い言葉を重ねることはできない。


斗愛はため息をつき、ゆっくりと席に戻りながら続ける。


「態度が大人しいからって、弱くて何も考えてないと決めつけるのは大きな間違いだよ。ここにいるみんな、それぞれに自分なりの事情と戦い方があるんだから、少しは相手のことも考えて話しなさい」そんな二人のやり取りを聞きながら、ゼロは少しだけ肩の力を抜き、自分を守ってくれる仲間が増えたことに、心の奥に小さな安心感を抱き始めていた。周りの騒ぎが一段落すると、レイトキはまだ心の中に残った疑問を整理するように、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。

「性別によって違いって、具体的にどういうところなんだろう……見た目だけじゃなくて、例えば触った感触とかも違うものなのかな?」その言葉をすぐ隣で聞きつけた久美子は、面白そうに目を輝かせてレイトキの顔を覗き込む。

「なーに? レイくん、急に性別による違いを知ろうとしてるの?」悪戯っぽく笑うと、彼女は自分の手を差し出して、わざとレイトキの手のひらの上にそっと重ねるように握らせた。

「ほら、これが女の人の手の感触だけど……どう? 自分のや男の人たちのと比べて、何か違いが分かる?」

レイトキは突然のことに少し戸惑いながらも、指先に伝わる柔らかさと温かさ、肌のきめの細かさをゆっくりと感じ取ろうとする。まだ理屈だけでなく実感として理解しようとする彼にとって、こうした小さな体験も、「普通」を学ぶ大事な一歩になるのだった。レイトキは久美子の手をそっと握ったまま、率直な感想を口にする。

「あっ、男の人と違って、とても柔らかいんだね」その言葉が聞こえると、前の席にいた斗愛がくるりと振り返り、目を丸くしてはっきりと声を上げる。

「えっ、レイトキ、そんな基本的なことも知らなかったの? じゃあ、ボクはどんな感じか試してみる? 握ったりしても全然いいよ」レイトキは遠慮なく手を伸ばし、斗愛の手をそっと包み込む。すると、自分の手や与太郎たちの手とは明らかに違う、しなやかで柔らかな感触が指先から伝わってきた。

「斗愛って……本当に女の人なんだね」少し驚いたように言うレイトキに、斗愛は胸を張って答える。

「あたり前だろう! 見た目がこんな感じでも、体はちゃんと女なんだから」レイトキはさらに納得しようとして、続けて言葉を紡ぎ出す。

「だってさ、斗愛の場合は胸があまり目立たな……グホッ!」言い終わる前に、斗愛の手が素早く引っ込み、軽いけれど確かな力のこもった拳がレイトキの腹にすっと入った。

「余計な一言が多いんだよ!」斗愛は少し頬を染めて怒ったように言い返す。レイトキは腹を押さえて咳き込みながら、また一つ「普通の会話のタブー」を学んだようだった。周りでは久美子やリジェが、思わず笑いをこらえるような表情になっていた。リジェは隣でくすくすと笑いながら、はっきりとした口調で感想を口にする。

「なんだか面白い人だね、レイトキって。施設の古い資料や報告書なんかでは、『戦闘能力が高く危険度S級』とか『制御不能になる恐れがある』なんて、ものすごくおっかない感じで書かれてたのに、実際に話してみると全然そんなイメージが湧かないな」その言葉を聞いたレイトキは、腹の痛みも忘れて眉をひそめ、不満げにぼそりと呟く。

「(あいつら……俺のことを一体、何て書いてくれてるんだよ……)」自分でも知らない間に「恐ろしい実験体」というレッテルを貼られていたことに、少しだけむっとした表情になる。だがそんな率直な反応を見て、周りにいる久美子たちはますます彼が資料の記述とはかけ離れた存在であることを実感し、柔らかな空気が広がっていくのだった。周囲のにぎやかなやり取りが続く中、ゼロは自分の席で静かに本を開いたり、机の端末に視線を落としたりして、自分の世界にこもるように過ごしていた。まだ新しい環境に緊張しているのか、自分から積極的に話しかける様子はなく、ただ大人しくじっとしている。そんなゼロの様子に、近くにいた女子生徒たちが興味を引かれてそっと近づき、小声で話し合い始める。

「何!?この子、雰囲気が柔らかくてすごくかわいいわね」「顔立ちもきれいだし、大人しいところもなんだか好感が持てるわ」やがて思い切って声をかけてくると、ゼロは突然のことにはっとして体を硬くし、慌てたように視線をさまよわせる。

「え、えっと、あの、その……」何か答えようとするものの、言葉がうまくまとまらず、たどたどしく口ごもるだけで、顔には少し赤みが差していく。慣れない注目と好意に戸惑いながらも、拒絶する様子はなく、ただどう応じればいいのか分からずに困っている様子がありありと見て取れた。女子生徒たちは、うまく言葉が出ずにうつむき、耳までほんのり赤く染まっていくゼロの様子を見て、ますます声を上げる。

「えっ、もしかして照れてるの?」「うわ、そんな反応するなんて、ますますかわいいじゃない!」周りからのからかうような、だが悪意のない言葉に、ゼロはさらに慌てて手を顔の前で振りながら、小さな声で弁解しようとする。

「ち、違うんです…そういうわけじゃ…ただ、突然話しかけられて、どう答えればいいのか分からなくて…」 だがその慌てた様子がまた周りには「照れ隠し」のように映り、女子たちの笑い声がさらに広がっていく。

「はいはい、分かってる分かってる! これからよろしくね、ゼロくん?…あ、でもどっちで呼べばいいの?」

その問いにゼロは少しだけ顔を上げ、柔らかく首を傾げる。

「どっちでも…気にしないでください。私は私のままでいますから」まだ緊張は残っているものの、こうして普通の生徒たちとの間に、ほんの小さな交流の糸が結ばれ始めていた。周りの様子を見守っていたリジェは、にっこりと安心したような笑みを浮かべ、はっきりと声に出す。

「なんだか、ここでは拒絶されたり、変な目で見られたりするんじゃないかって心配は、しなくてもよさそうだね」彼女はゼロの方をちらりと見やり、続ける。

「施設にいた頃は、自分たちの姿や力が『異質』だと決めつけられて、遠ざけられることばかりだったけど……この学園では、それぞれの違いが当たり前みたいに受け入れられてる。少なくとも、このクラスにはそんな雰囲気があるわ」隣で聞いていたレイトキも静かに頷く。

「ああ、俺たちも最初は同じように警戒していた。だが、こうして新しく来たお前たちにも、普通に声をかけてくれる人がいる。それがこの場所の良いところなのかもしれない」ゼロも二人の言葉に耳を傾け、少しだけ強張っていた肩の力を抜き、心の中にわずかながら「ここにいてもいいのだ」という安心感が広がっていくのを感じていた。二人が安心したのも束の間、突然校舎全体に鳴り響く緊急放送が、穏やかな雰囲気を一変させた。

「スズメバチが侵入! スズメバチが侵入!」

金属的な警報音と共に、くり返し流れるその合言葉――学園内で使われる緊急通報の暗号だ。意味はただ一つ:不審者が校内に侵入したということだった。教室の空気が一瞬で凍りつき、生徒たちの間に動揺が走る。ざわめきが広がる中、担任のタンジーがすぐに教卓を叩いて声を張り上げる。

「落ち着け! これは非常事態だ。すぐに机の下に隠れ、窓や出入口から離れること!」レイトキは椅子を蹴るように立ち上がり、鋭い視線で教室の扉と窓を見張る。これまでの緊張感とはまったく種類の違う警戒心が、彼の全身を覆っていく。

「スズメバチ……外部からの侵入者だ。おそらく、俺たちや新しく来た二人を狙っている可能性が高い」久美子も身構えながら、リジェとゼロの方をかばうように少し前に出る。

「ついさっきまで安心していたのに、こんなに早く動きがあるなんて……」 デュークも舌打ちをしながら、手のひらに力を込めて低く呟く。

「来るなら来い。俺たちをただ逃げ出しただけの駒と思ってるなら、大間違いだ」始まったばかりの平穏な日常は、こうしてあっけなく崩れ去り、彼らの前に再び組織の影が迫ってきていることを、全員が肌で感じ取っていた。校内の緊迫した状況の中、複数の教師と警備要員が侵入ルートを封鎖し、廊下や階段で不審者たちと対峙していた。だが相手はただの武装集団ではない。ストレンジプレデターの手先らしい者たちは、正面からの戦いだけでなく、卑怯な手段もためらわずに使ってくる。

「気をつけろ! 煙の中に毒が混ざってる!」教師の一人が警告を発すると同時に、緑がかった薄い煙が廊下に充満し始める。吸い込んだ警備員がすぐにめまいを起こし、膝から崩れ落ちる様子が見えた。別の場所では、吹き矢や細い針のような武器から麻痺毒や神経毒が放たれ、反撃する間もなく力を奪われる者も続出する。

「これは合成神経毒だ! 普通の防毒マスクでは完全に防ぎきれない種類だ」タンジーが教室のドアを背に、外の状況を察知しながら低い声で告げる。

「彼らは捕らえることよりも、無力化して連れ去ることを優先している。毒はそのための最も効率的な手段なんだ」教師たちは応戦しながらも、相手の汚い戦法に次第に押され始める。教室の中で事態を聞いているレイトキたちは、ただ待っているだけでは安全が保てないことをすぐに悟った。

「毒……だが俺たちは実験体として、様々な薬品に対する耐性も付けられているはずだ」レイトキが拳を握りしめて言う。

「このまま閉じこもっていても、いずれ毒が回ってくる。俺たちが出て対応するしかない」新しい日常が始まったばかりだったが、彼らの体に刻まれた過去が、再び戦いへと引き戻そうとしていた。ガタンッ!

重い金属製の扉が荒々しく蹴り開けられ、その衝撃で壁までがわずかに揺れる。煙のにおいがかすかに流れ込む中、数人の黒い装備に身を包んだ男たちが姿を現し、手には銃器や特殊な噴射装置のような武器を構えている。彼らは教室の中を鋭く見渡し、低く響く声で命令するように叫ぶ。

「さっさと出てこい、歯車たちよ!」緊張が頂点に達する中、レイトキは一瞬で彼らの雰囲気や装備、話し方の特徴を見極め、心の中で冷静に分析する。

「(こいつらの動きや装備、言葉遣い……ストレンジプレデターの直属の戦闘員ではない。組織の構造や計画の核心部分を知らないような口ぶりだ。おそらく外部から雇われた傭兵か、末端の協力者といったところだろう)」隣のデュークも同じように見抜いたらしく、低い声でレイトキに囁く。

「直属じゃないな。ただ金と命令で動くだけの駒だ。だからといって手加減はできないが、やりやすい相手とも言える」リジェとゼロは身構えながらも、初めて直面する直接的な脅威に体を強張らせている。だがレイトキは前に一歩踏み出し、狐耳をピンと立てて相手を睨み返す。

「用があるなら上の者が直接来るべきだ。お前らみたいな使い捨ての連中が、何を知っているというのか?」 武装集団の一人が眉をひそめ、武器の照準をレイトキに向ける。

「余計な口を利くな! 我々の役目はお前たちを無力化して連れていくことだけだ――行くぞ!」こうして、計画の歯車を狙う最初の直接的な衝突が、教室の中で始まろうとしていた。緊迫した空気の中、レイトキは武器を向けられているというのに、まるで退屈な用事でも押しつけられたかのような、だるそうな声色でため息交じりに口を開く。

「……これが俗に言う“ダルい”ってやつなのか? まったく、せっかく始まったばかりの日常なのに、こうも次から次へと面倒なことが降ってくるものだ」彼は肩をわずかに落とし、不満そうに眉をしかめながらも、体の力はすでに万全に入っている。見た目のだるさとは裏腹に、瞳の奥には鋭い警戒心と冷静な判断力が隠されていた。

「俺たちを連れて行くなら、それなりの代償を払ってもらわないとな。使い捨ての傭兵ごときに、簡単に捕まるほど俺たちは甘く作られちゃいない」隣で聞いていたデュークが鼻を鳴らして笑う。

「ふん、口だけは達者になったな。だがまあ、俺も同感だ。こんな連中の相手なんて、正直時間の無駄だぜ」武装集団の男たちは、自分たちを前にしても緊張一つ見せない様子に少し戸惑いを覚えるものの、すぐに命令通りに動き出す。

「強がりを言っても無駄だ! 大人しく抵抗しなければ痛い目には遭わせないでやるぞ!」だがレイトキはその言葉に応えることなく、ただゆっくりと体勢を低くしながら、周囲の状況を把握し続けていた。面倒だと思いながらも、自分たちの居場所を守るために戦う覚悟は、すでに心の中で固まっていた。レイトキはだるそうな雰囲気を残したまま、口調だけが次第に冷めた鋭さを帯びていく。相手の甘い見積もりを目の当たりにして、呆れたように大きくため息をつく。

「頭悪いのか!? お前ら!?」低いながらもはっきりと響く声で一喝すると、彼は狐耳をぴんと立て、相手の装備や動きを一瞥する。

「俺たちが何者で、どんな力を持ってるのか、まったく調べもせずにここまで来たんだろう? やはり末端の使い捨てだけあって、知らなさすぎだろう!?」少し間を置き、新しく覚えた言葉を確かめるように口にする。

「あっ、そうか。これが俗に言う舐めるっていうことなのか。自分たちの都合だけで相手を見くびって、簡単に捕まえられると思い込んでる……」彼はゆっくりと拳を握り、指の関節がわずかに軋む音がするほど力を込める。瞳の奥には、もはや面倒くささだけでなく、相手の過信に対する冷静な怒りが浮かんでいた。

「残念だが、その舐めた態度が命取りになるぞ。俺たちはただ逃げ出しただけの失敗作なんかじゃない。お前らの雇い主ですら、まだ俺たちの本当の力を完全には把握していないんだからな」武装集団の面々は、予想外の反応と言葉に一瞬たじろぐが、すぐに「強がりだ」と自分たちに言い聞かせ、武器をさらに強く構え直す。だがレイトキの言葉通り、彼らが踏み込んだのは、自分たちが思っているよりはるかに危険な相手の領域だった。レイトキは口角をわずかに上げ、冷ややかな笑みを浮かべながら続ける。

「俺自身、まだ『普通』を学んでいる途中の身が言うのもなんだが……そうだな。じゃあ、直接教えてやろうか。俺たちがどれほど恐ろしい存在なのかをな」彼の言葉が終わるか終わらないうちに、久美子が一歩前に踏み出す。柔らかな雰囲気が一瞬で鋭い緊張感へと変わり、背中と両脇から四本、さらに六本目までの腕が滑らかに展開される。神の名を持つ多腕族の因子が完全に発動し、合計八本の力強い腕が空気を切るように動き出した。

「お望みなら、最初は私が相手をするわ!」声と共に、まるで同時に複数の方向から攻撃が来るかのように、腕たちが流れるような速さで動く。一つは武器を弾き飛ばし、一つは体勢を崩し、また別の腕が的確に肩や脇腹、急所を外しつつ力のこもった打撃を放つ。武装集団は次々と反撃の間も与えられず、バタバタと床に叩きつけられていく。毒を噴射しようとする者も、銃口を向ける者も、その前に腕が伸びて動きを封じられ、武器だけが教室の隅へと弾かれていく。たった数秒のうちに、最初に飛び込んできた三人はすべて力を奪われ、呻き声を上げながら動けなくなった。久美子は八本の腕をゆっくりと畳み、穏やかな表情に戻りながら、次に続く敵の方を冷静に見据える。

「これが、歯車と呼ばれる者たちの力の一端……まだ始まりに過ぎないわ」先頭の者たちが次々と倒されるのを見ても、後ろから続く武装集団は怯まない。リーダーらしき男が怒鳴り声で仲間を鼓舞する。

「ひるむな! 相手はたった数人だ! 数で押せ、行け行け!」次々と新たな人員が教室へなだれ込み、四方から包囲しようと迫ってくる。そのとき、今まで身を固めていたゼロが突然前に出るように声を張り上げる。

「レイトキたち、僕のすぐ近くに来て! これから因子の力を行使する!」驚きながらも状況を理解したレイトキたちは、即座に指示に従ってゼロの周囲へと集まる。ゼロは両手を前に差し出し、瞳の色が深い闇色へと変わるのを感じながら、低く力強い声で一喝する。

「止まれ!」その瞬間、まるで見えない鎖で体を縛られたかのように、迫っていた武装集団全員の動きがピタリと凍りついた。足を踏み出そうとした姿、武器を構えた姿、叫び声を上げようと口を開けた姿――どれもそのまま硬直し、まるで時間が止まったかのように動かなくなる。室内には一瞬の静寂が訪れる。ゼロは深呼吸を一つし、自分の力を確かめるように、周りの仲間たちに説明する。

「これはハデス……冥府の神と呼ばれる存在の因子に由来する力だよ。意思の力で相手の動きを封じ、一時的に行動を停止させることができるんだ」レイトキは凍りついた敵たちと、力を使ったことで少し息を荒らげているゼロを交互に見て、新たな仲間の持つ力の大きさを改めて実感する。

「なるほど……お前もまた、計画に関わる特別な『歯車』の一つだったわけか」敵たちは自分たちの体がまったく言うことを聞かないことに恐怖と混乱を感じながらも、声を出すことさえできず、ただこの未知の力に翻弄されるばかりだった。ゼロの力で敵の動きが完全に封じられた瞬間、デュークと与太郎が同時に前へと踏み出す。

「ふん、いい見せ場を作ってくれたな」

「これで手加減する必要もなくなった」二人は並んで敵たちの前に立つと、鋭い目つきで睨みつけ、力強く言い放つ。

「喧嘩を売る相手は、よく選ぶもんだぜ!」声と共に、デュークは筋骨隆々とした右腕に力を込め、体重を乗せた重い一撃を、最も近くにいる敵の脇腹へと叩き込む。鈍い衝撃音と共に、相手は声も上げられないまま壁へと叩きつけられ、力が抜けて崩れ落ちる。隣の与太郎も、素早く体重移動しながら連続した拳を次々と撃ち込んでいく。彼の打撃は力強いだけでなく、経験から来る的確さも備わっており、敵の力が入らない急所を狙って動きを完全に奪っていく。硬直して抵抗できない敵たちは、次々と正確な打撃を受け、呻き声を漏らしながら次々と床に倒れ込んでいく。わずかな時間で、教室になだれ込んできた者たちは全員、身動き一つできない状態にされてしまった。デュークは手の甲で口元を拭い、満足そうなような、それでも不満そうなような表情で言う。

「まったく、こんな弱い連中を送り込んでくるとは、相手も舐めきってるな」与太郎も肩を落としながら息を整える。

「だが、これで少しは俺たちの実力を知らしめられただろう。次からはもっとまともな相手が来るか、それとも別の手を使ってくるか……」戦いは短く終わったものの、彼らはこれが長い闘いの始まりに過ぎないことを、はっきりと感じ取っていた。先ほどの連中が倒れた直後、新たな気配が廊下から迫る。ゼロの力の効果が薄れ始めたのか、あるいはさらに多くの援軍が到着したのか、再び武装集団がなだれ込むように教室へと押し寄せてくる。

「まだ来るのか……!」誰かが息を呑む中、カグラが静かに前へと一歩踏み出す。普段は冷静で理知的な雰囲気の彼女だが、このときは瞳に鋭い光を宿らせ、手のひらにわずかな稲妻のような光が走り始める。彼女は低く、はっきりとした声で告げる。

「ちょっとどころの加減では済まないね。これ以上前に出るなら、本気で痛い思いをさせるから!」次の瞬間、カグラの両腕から青白い電撃が迸り、空気を震わせるような音を立てて敵たちへと放たれた。電流は床や壁を伝って広がり、敵の装備や体に触れると、一瞬で筋肉を麻痺させ、力を奪っていく。

「ぐあっ!」「痺れる、体が動かない!」 悲鳴と共に、次々と敵たちが体を硬直させ、持っていた武器を手から落として崩れ落ちていく。強すぎず致命傷には至らないが、立ち上がることも反撃することも不可能なレベルで力を奪う――それがカグラの電撃の力だった。彼は電流の流れを制御しながら、冷ややかな視線で残りの者たちを見据える。

「まだ続けるつもりなら、次はもっと強い電圧を流すことになる。それでもいいのか?」迫っていた敵たちは、自分たちの体に走るしびれと、カグラの放つ威圧感に怯み、これ以上前に進むことができずに足を止めるしかなかった。混乱と悲鳴が続く廊下の奥から、苛立ちを隠せない低い怒鳴り声が響き渡った。

「何を手こずってんだよ! たかが駒同然の連中に、これほど時間をかけてるのか!」声の主は、他の傭兵たちよりも一回り大柄で、体中に戦いの傷跡が刻まれたリーダー格の男だった。彼の後ろには、装備も動きも明らかに他とは格が違う精鋭たちが数人、無表情に続いて現れる。倒れた部下たちの姿を一瞥すると、リーダーは忌々しそうに舌打ちをし、腰に差した特殊な警棒を引き抜きながら教室の入り口に立つ。

「末端の雑魚が相手じゃないとなれば、俺が直接出るまでのことだ」鋭い視線がレイトキたち一人ひとりを舐めるように走る。彼らの持つ異質な力を感じ取りながらも、自分たちの実力と装備に絶対の自信を持っているようだ。

「お前らが『歯車』と呼ばれる実験体か。確かに厄介な力を持っているようだが、所詮は制御されるべき道具に過ぎない。大人しく力を使わずについてくれば、無駄な怪我はさせないでやるぞ」リーダーの背後では、精鋭たちも武器を構え、毒を染み込ませた刃や麻痺弾の装填された銃を手に、四方から包囲するように陣形を整えていく。緊張感はさらに高まり、次の戦いがこれまでとは比べ物にならないほど本格的なものになることを、誰もが肌で感じ取っていた。リーダー格の男が威張り散らすのを聞いて、真っ先に反発したのはデュークだ。彼は唾を吐くように低く唸り、両手を大きく開いて力を込めながら、鋭い視線で相手を睨みつける。

「あの組織の雇われの傭兵ごときが、偉そうな口叩いてんじゃねぇーよ!」その声には軽蔑と怒りがはっきりと込められていた。彼は一歩前に踏み出し、リーダーの目を正面から見据え続ける。

「俺たちが何者で、どれほどのものかも本当に理解できてねえくせに、道具だのなんだのと言いやがって。自分が何者の手先で、何のために命を張ってるのか、お前自身が一番分かってないんじゃないか?」隣ではレイトキも冷めた目で頷き、言葉を継ぐ。

「そうだ。直属の戦闘員ですらない、金で動くだけの駒が、まるで上位者のように命令するなんて片腹痛い。これ以上前に出るなら、先ほどの連中よりもずっと酷い目に遭うことを覚悟しておけ」リーダーは侮辱されたと感じたのか、顔を赤らめて警棒を強く握り締める。

「生意気な口を叩くなら、力で黙らせるまでだ! 全員、行け! 生け捕りでも殺しても構わん!」 命令と共に、精鋭たちが一斉に動き出す。これまでとは違う本気の戦いが、ついに本格的に始まろうとしていた。リーダーの無茶な命令が響いた瞬間、リジェがくるりと前に出て、手のひらにゆらめくような赤い炎を灯らせた。

柔らかいながらもどこか挑発的な口調で、彼女はにっこりと笑いながら言い放つ。

「あらあら~、殺しても構わない、ですって?」炎の輪郭が鋭くなり、熱気が周囲の空気をゆがめ始める。

「生け捕りが本来の任務のはずでしょう? 歯車を傷つけたり殺したりしたら、元の組織にとって何の価値もなくなる。それを自分から口にするなんて……完全に命令違反だし、これで君たちは失格だね」彼女は手を軽く振るだけで、細い火の筋が数本、蛇のように敵の足元へと滑り込む。床に触れると瞬く間に防壁のような炎の輪が広がり、精鋭たちの進路を塞いでいく。

「雇い主の意図も理解できず、自分たちの立場もわきまえない。そんな連中が相手なら、こちらも容赦なく燃やしてしまっても、文句は出ないわよね?」熱を帯びた空気が肌を刺す中、リジェの瞳には、炎と同じように燃えるような意志が宿っていた。相手の甘い判断と矛盾した命令を突き崩しながら、彼女は自分の力をはっきりと見せつける。レイトキは肩を少し落とし、まるで当然のことのようにはっきりと言い放つ。

「仮に俺は誰かに頼まれたら、頼まれた通りにきっちりやるけどなぁ〜。任務の意味もルールも理解できず、自分勝手に暴走するような奴は……」言葉を区切り、瞳の奥から鋭い光が浮かぶ。

「まあ、そんなことも分からない愚か者は、断罪するだけだな!」次の瞬間、彼の手元に光が一瞬走り、インベントリから長さ約1メートルの頑丈なバット型棍棒が取り出される。重心を確かめるように一回転させると、体を大きくひねり、全身の力を乗せた渾身のフルスイングが炸裂する!

ドゴオンッ!

鈍いが重い衝撃音が教室に響き渡り、棍棒の先端がリーダー格の男の腹に正確に叩き込まれた。鎧のような防護具も力の波に押しつぶされるように変形し、男は声も出せずに目を剥き、体が弓なりに反り返る。勢いそのままに彼は後ろへと吹き飛び、背中で壁に激突すると、そのまま床に崩れ落ち、痙攣するだけで立ち上がる力も失ってしまった。レイトキは棍棒を軽く肩に担ぎ、冷めた目で周囲の精鋭たちを見渡す。

「これが、俺たちを舐めて、自分の立場も弁えない者の末路だ。まだ続けるつもりなら、次は頭を狙うぞ」リーダー格が一撃で戦闘不能に叩き伏せられ、次々と仲間たちも多様な異能の前に力を奪われていく様子を目の当たりにし、残った精鋭たちの表情からはたちまち自信と闘志が消えていった。

「リーダーがやられた…!」「こいつら、噂以上に桁違いだ! このまま戦っても全滅するだけだ!」彼らは任務よりも自分たちの命を優先することを瞬く間に決めると、負傷者を引きずるようにしながら慌てて後退を始める。

「撤退する! 一旦引いて本部に状況を報告しろ!」叫び声と共に、彼らは扉の外へと崩れるように逃げ出し、わずか数分前まで張り詰めていた教室の前から、武装した人影はすべて姿を消した。

残されたのは、倒れたまま動けない数人の傭兵と、息を整えながら周囲を警戒するレイトキたちだけだった。レイトキは肩に担いでいた棍棒を軽く地面につき、冷めた視線で逃げていく気配を追ってから、ぽつりと呟く。

「結局は金で動くだけの連中だ。自分たちの身が危なくなれば、あっさり任務なんて捨てて逃げるもんだな」久美子が畳んだ腕で周囲を確認しながら頷く。

「でも、これで終わりじゃないわ。彼らが戻って報告すれば、次はもっと手強い相手が送り込まれてくるはず」 タンジー教師が外の様子を確かめながら戻ってくる。緊迫感は一時的に解けたものの、彼らの日常に影を落とす戦いは、これから本格的に始まったに過ぎないことを、全員がはっきりと感じ取っていた。レイトキは逃げ遅れて床に倒れたまま呻き声を上げる武装員たちを見下ろし、冷静な口調で告げる。

「こいつらは警察とエルカーノスに引き渡して拘束してもらおう」彼は棍棒をインベントリへと収めながら、続けて状況を整理するように言葉を重ねる。

「こちらが行った対応は、校内への不法侵入と危害行為に対する正当防衛の範囲内だ。致命傷を与えるようなこともしていないし、証人も教師や他の生徒たちがいる。ある程度は問題なく通るはずだ」タンジーが頷き、すぐに連絡端末を取り出す。

「その通りだ。ここは学園内で、明らかに向こうが攻撃を仕掛けてきた側。記録も防犯カメラに残っているから、正当性は立証できる。今すぐ警備班とエルカーノスの現場対応チームを呼ぶ」レイトキは倒れた者たちを見つめ、冷めた眼差しを浮かべる。

「奴らが何を話すかは分からないが、組織の計画や動向について少しでも情報を吐けば、それだけでも今後の備えになる。これで、次に来る敵の手の内を探る糸口にできるかもしれない」こうして最初の襲撃は撃退され、現場は落ち着きを取り戻し始める。だが同時に、組織の影が確かにこの街と学園へ迫っていることが、はっきりと証明されたのだった。場面は再び切り替わり、ストレンジプレデター本部の重厚な会議室へと移る。


冷たい照明が照らす机の前で、傭兵リーダーは額に汗を浮かべ、頭を深く下げながら震える声で報告する。


「申し訳ありません、リュウゼツラン様! 歯車たちの回収作戦に、完全に失敗してしまいました!」


彼の背後には、負傷して引き揚げてきた部下たちも同じように身を縮め、恐怖に包まれている。


机の向こう側に座るリュウゼツランは、白銀の髪をなでつけながら、感情の読み取れない無表情で報告を聞き終える。やがて低く冷たい声を響かせる。


「最初から、お前たちごときに大きな期待などしていない。金で雇っただけの駒に、歯車の価値を理解して扱えるわけがないからな」


彼は指先で机の上の試料管を軽く回しながら、さらに残酷な結末を告げる。


「だが失敗には、それなりの代償が必要だ。任務を果たせなかった以上、お前たちもただ捨てるにはもったいない素材だ……失敗したなら、失敗したらしく、これからは我々の新たな実験体となってもらおう」その言葉を聞いた瞬間、傭兵たちの顔が真っ青に染まる。命だけは助かると思っていた彼らにとって、「実験体」という言葉は、生きながらにして自分の体が改造され、利用されることを意味していた。

「ま、待ってください! もう一度チャンスを……!」叫び声もむなしく、すぐに側に控えていた護衛たちが彼らを押さえつけ、連れ去っていく。リュウゼツランはその光景を見送ることもなく、別の書類に視線を移し、静かに次の手を考え始めるのだった。傭兵たちの悲鳴が遠ざかると、リュウゼツランはため息一つ洩らし、机の上に置かれた設計図を指でなぞりながら、低い声で独り言のように呟く。


「……聖書の歯車は、もう少しで完成というところだったのにな」


彼は視線を上げ、暗い室内に浮かぶ仲間たちの影に問いかけるように続ける。

「まさかヌルが逃げ出すとは、これが一番の誤算だ。あいつにネフィリムの因子を完全に定着させれば、計画に必要な『聖書』の機能が完成するはずだったのに……今となっては中途半端な状態のまま、行方をくらませてしまった」傍らに立つ幹部の一人が慎重な口調で応じる。

「ネフィリムの因子は調和と記録、次元の法則を読み取る力を持つ。他の個体に移植し直すには適合率が低く、時間もかかります。だからこそヌルを選んだのですが……今から別の候補を探すとなると、計画全体に遅れが出ることは避けられません」リュウゼツランは眉間にしわを寄せ、冷たい瞳に苛立ちと計算が浮かぶ。

「だが、遅れを許すわけにもいかない。ヌル――今は自分で『ゼロ』などと名乗っているそうだが――逃げた先があの学園だというなら、再び手を伸ばすのは難しくなる。エルカーノスやあの裏切り者たちが守りについているからな」彼は指を組み、考えをまとめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「選択肢は二つだ。一つは、あいつを連れ戻して力を完全に引き出すこと。もう一つは、ネフィリム因子を持つ別の素材を用意し、新たに『聖書』を作り直すことだ。どちらにせよ、時間と手間がかかるが……」その声には、どこかこれからさらに過激な手段に出ることを決意したような響きが含まれていた。本部の闇の中で、計画の歯車は少しの狂いを生みながらも、決して止まることなく、別の方向へと動き始めようとしていた。暗い室内の奥から、法衣のような長い布地に身を包んだ男性が静かに前に進み出る。それが幹部の一人、オリーブだ。彼は無駄な動きをせず、低いがはっきりとした声で提案する。

「リュウゼツラン様、その件でしたら私にお任せください」彼は指を組み、悪巧みを練るような冷たい笑みを浮かべる。

「学園や周辺地域では定期的な健康診断や予防接種が行われていると聞きます。病菌対策用のワクチンと偽装した注射薬を用意し、そこにネフィリム因子のみを封入するのはどうでしょう」少し間を置き、計画の詳細を付け加える。

「制御信号や追跡機構はあえて入れません。警戒される可能性が高いからです。あくまで因子だけを体内に浸透させ、自然に定着するように調整します。気づかれることなく、聖書の歯車に必要な要素だけを埋め込めるはずです」その話を聞いたリュウゼツランは、指で机を軽く叩きながら頷き、目に期待の色を浮かべる。

「なるほど……その手があったか。直接手を出すよりも、はるかに隠密で効率がいい。オリーブよ、この作戦はお前に任せたぞ」命令を受けたオリーブは深く頭を下げ、忠実な調子で応じる。

「サバーバ! 必ずや目的を達成してみせます」こうして、表面上は安全な予防接種という名目のもと、レイトキたちの知らないところで、新たな罠が静かに準備され始めるのだった。オリーブが退席しようと一歩踏み出したその瞬間、リュウゼツランが鋭く声を上げて呼び止める。

「待て!」室内の空気が再び張り詰める。彼は設計図を改めて開き、指で記載された項目を強く叩きながら、厳しい口調で訂正する。

「聖書の歯車を完全に機能させるために必要なのは、ネフィリムの因子だけではない!ヤハウェの因子も同時に定着させなければ意味がない! これは作戦内容を変更する!」その言葉を聞いたオリーブは、すぐに足を止めて振り返り、深く頭を下げると、落ち着いた声で応じる。

「承知いたしました、リュウゼツラン様。ネフィリムに加え、ヤハウェの因子も混合して調合するよう、準備を改めます」彼は計画の難易度が上がることを理解しつつも、表情には迷いを見せずに続ける。

「二つの因子を安定させたまま体内に導入するのは適合率が下がりますが、ワクチンの成分として偽装する方法はそのまま使えます。まあ、ほかの共通する要素を混ぜ合わせるなど調整に少し時間をいただければ、必ずや完成せてみせます」リュウゼツランは満足そうに頷き、冷たい目で告げる。

「よし、それで進めろ。聖書の歯車は計画の根幹を支える要だ。どんな手段を使ってでも、欠けた要素を埋め合わせるのだ」こうして、レイトキたちに迫る罠は、さらに危険で重大な内容へと変更され、彼らの知らないところで密かに準備が進められていくのだった。数日後、学園全体で定例の予防接種キャンペーンが実施される日がやってきた。校内の保健室と多目的室が会場にあてられ、生徒たちは順番に案内され、問診を受けて注射を受けていく。レイトキたちも他の生徒と同じように列に並び、案内に従って進んでいった。

「例年通りの感染症予防だそうだ。これくらいなら特に問題はないだろう」タンジー教師も隣で見守りながら、書類を確認している。誰もこの「通常の予防接種」の裏に、ストレンジプレデターの罠が隠されているとは疑っていなかった。順番が回ってきたゼロは、緊張した面持ちで椅子に腰を下ろす。白衣を着た医師に見守られながら、上着の袖をまくり、左腕を差し出した。

「少しだけチクッとするから、じっとしていてくださいね」穏やかな声で話しかける医師の手には、普通の薬液とはわずかに色合いの異なる透明な注射液が入った注射器が握られていた。これこそ、オリーブが調整した特別な調合薬――ネフィリム、ヤハウェ、リヴァイアサン、バハムート、マスターテリオンという五つの神話級因子を一つに融合させたものだった。針が皮膚に刺さり、ゆっくりと薬液が体内へと注入されていく。

「……ん」ゼロは一瞬だけ腕の奥に重たいような、熱いような不思議な感覚を覚えたが、すぐにそれは引いていった。注射が終わると、綿で押さえるように指示され、何事もなかったかのように次の者に席を譲った。他の仲間たちも順番に注射を受け、特に違和感や不調を訴える様子はなかった。

「なんだか少しだけ体がぽかぽかする気がするけど、こんなものなのかな?」ゼロは自分の腕をさすりながら、小さく首を傾げる。レイトキも隣から確認するように見るが、外見上はいつもと変わった様子は見受けられない。だが彼らの知らない間に、五つの強力な因子はゼロの体内で静かに拡散し、細胞レベルで定着を始めていた。これが「聖書の歯車」を完全に覚醒させるための最後のピースとなることを、誰もまだ予感できていなかった。注射が終わって間もなく、レイトキはふと胸の奥にわずかな違和感を覚える。自分が持つ件狐の力――対象の体内に流れる力や因子の流れを透視する能力を、無意識のうちに発動させた。彼はゆっくりと瞳の色を変え、視線をゼロに向ける。内側から見える因子の紋様が、いつもとはまったく違う様相を呈しているのを捉えた。

「ん!?」レイトキははっと息を呑み、眉をひそめて注視を続ける。そこには以前よりはるかに複雑で濃密な光の絡まりが広がっていた。

「因子が明らかに増えてる……それも、ただ重ねただけじゃない。リヴァイアサン、バハムート、ヤハウェ、マスターテリオン、ネフィリム……これら五つの力が、一つに融合させられた状態で、まるで元からあったかのように体内に定着し始めてる」彼は驚きを抑えながら、声を落として仲間たちに告げる。

「予防注射なんて嘘だったんだ。あれはワクチンではなく、これらの強力な因子を強制的に打ち込むための手段だったんだよ」ゼロは自分の体を手でなぞりながら、不安そうに問いかける。

「そんな……何も痛みもないし、体調が悪くなったわけでもないのに、そんなものが入ってるの?」レイトキは厳しい表情で頷く。

「今はまだ融合が緩やかに進んでいる段階だから、自覚症状が出ないだけだ。だがこれが完全に安定して覚醒すれば……お前自身だけでなく、計画全体に直接関わる力になるのは間違いない。ストレンジプレデターはこうして、俺たちの知らない間に歯車を動かそうとしてるんだ」穏やかな雰囲気だったはずの一日が、またしても組織の陰謀によって暗い方向へと変わり始めたことを、彼らははっきりと悟るのだった。

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