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EPISODE1-2【普通と起きてること】

朝日がカーテンの隙間から部屋の中へ斜めに差し込み、柔らかな光がベッドの上に広がっている。レイトキはまどろみからゆっくりと意識を取り戻し、体を起こしながら隣の棚に置かれた時計へと視線を向ける。針は7時を指していた。彼は少し眉を上げ、小さく声に出す。

「ん!? 7時か……」施設にいた頃は、起床時間が厳密に決められ、秒単位で管理されていた。朝6時きっかりに照明が点き、行動が始まるのが当たり前だった。遅れることなど許されず、ましてや自分の意思で眠り続けるなど考えられなかった。だからこそ、いつもより一時間遅く目覚めたことに、最初は少しだけ違和感と戸惑いを覚える。慌てて身を起こしかけたが、次の瞬間には「今はもう施設にいない」という事実が頭に浮かぶ。彼はゆっくりと肩の力を抜き、布団の端を握りながら静かに考える。

「時間を決められるのではなく、自分で起きる時間を選べる……これが『普通』の朝なのか?」まだ感覚が掴みきれないまま、彼は窓の外から聞こえてくる街のざわめきや、隣の部屋からかすかに伝わってくる久美子の気配に耳を澄ます。

「遅刻するわけでもない。急ぐ理由もない……けれど、この余裕が何だか落ち着かないな」名前のつかない違和感を抱えながらも、レイトキはゆっくりとベッドから足を下ろす。自分で作り上げていく「普通」の一日が、こうして少しずつ始まっていくのだった。部屋を出て廊下に出ると、キッチンの方から久美子の声がはっきりと聞こえてくる。彼女はテーブルの上に朝食の準備をしながら、レイトキの姿を見て少し目を丸くする。

「レイくん、ちょっと! 今日はいつもより遅いんじゃない?」彼女は手を休めて時計を指さし、続ける。

「学校は8時30分までに校舎に着いていないと遅刻扱いになるんだから、のんびりしてると間に合わなくなっちゃうわよ」レイトキは一瞬はっとして頭を切り替える。施設の時と違って「自分で時間を管理しなければならない」ことを、改めて強く意識させられた。

「そうだったな……つい今までの感覚で、まだ時間があるように思ってしまった」彼は慌てるわけでもなく、だが動作に少しだけスピードをつけながら頷く。

「支度に30分、移動に20分。余裕を持って行動すればまだ大丈夫だ。教えてくれて助かった」久美子は安心したように笑い、手早く朝食を並べる。

「うん、間に合うように早く済ませましょう。これからは毎日のことだから、少しずつ自分なりの生活リズムを作っていかないとね」レイトキは「普通」の生活というものが、自由であると同時に「自分で責任を持つこと」でもあるのだと、こうして小さな出来事から学んでいくのだった。手早く身支度を済ませた二人は、並んでテーブルにつき、温かな朝食を口に運ぶ。パンに卵料理、野菜スープといったシンプルな献立だが、施設での画一的な食事とは違い、自分たちのペースで味わえることに、レイトキはささやかな違いを感じ取っていた。食事が終わると、食器を片付け、持ち物を確認する。教科書、ノート、筆記用具、通行カード――必要なものがそろっていることを確かめ、玄関へと向かう。戸締まりを済ませて外に出ると、朝のさわやかな風が二人の頬をなでる。まだ通勤や通学の人通りが少ない住宅街の道を、ゆっくりと歩き始める。

「移動時間は予定通り20分程度だな」レイトキは周囲の様子を確かめながら言う。

「道順も体験期間で覚えたから、迷う心配はなさそうだ」

「ええ、この道をまっすぐ行って三叉路を左に曲がれば、学園の正門が見えてくるわ」久美子も隣で頷き、明るい口調で続ける。

「遅刻せずに余裕を持って着けそうでよかった」二人は時折言葉を交わしながら歩を進めていく。自分たちで時間を決め、準備を整え、自分の足で通学路を歩く――これもまた、彼らにとって「普通」と呼ばれる生活の一コマであり、自由と責任が隣り合った新しい日常が、今日もまた始まっていくのだった。学園に到着して校舎を抜け、C組の教室の扉を開けると、すでに何人かのクラスメートが席に着いたり、話をしたりして過ごしている様子が目に入る。二人が入ってくるのに気づくと、近くの席にいた生徒たちが顔を上げ、次々と声をかけてくる。

「おはよう、レイトキ、久美子! 今日も早いほうだね」

「体験期間のときより、だいぶ慣れてきたみたいじゃないか」

「昨日の数学の課題、分からないところがあったら教え合おうか?」レイトキは突然の声掛けに少しだけ戸惑った表情を浮かべるが、すぐに学んだ通りに応じる。

「……おはよう。ありがとう、課題の件はまだ確認していないが、必要なら声をかけさせてもらう」隣の久美子は柔らかく笑顔を見せ、自然に返す。

「おはようございます! こちらこそ、これからいろいろ教えてくださいね」席に着きながら、レイトキは心の中で静かに思う。

「施設ではこんなふうに、用事もないのに声をかけ合うことなどなかった。これも『普通』の学校の日常なのだろうか」まだ慣れない部分は多いが、敵意も警戒もない、あたりまえのような交流が、少しずつ彼らにとっての「当たり前」になっていく予感を感じさせてくれるのだった。始業を知らせる時報ベルが校舎全体に澄んだ音を響かせると、教室内のざわめきが次第に静まり、皆が自分の席に着いて背筋を正す。


扉が開き、担任教師が書類を手にして入ってくると、さらに緊張感が少しずつ高まる。教卓に立った教師はいつもより少し真剣な表情で、生徒たちを見渡しながら話し始める。


「えっと、今日は最初に一つ、重要な注意事項を伝えておく」


少し間を置き、言葉を選ぶように続ける。


「最近、この周辺で怪異と呼ばれる不可思議な事案が発生している。目撃情報では、普通の物理法則では説明のつかない現象や、正体不明の存在が確認されているそうだ」教室の中に小さなどよめきが起こるが、教師は手で制してさらに説明を続ける。

「エルカーノスの調査班、警察、それに自衛隊も合同で捜査と監視を続けているが、現時点では発生源や正体、目的までははっきりと掴めていない。被害が出る可能性も否定できない状況だ」最後に強調するように、はっきりと注意を促す。

「だから皆に言っておく。何か怪しい、不可解だと感じるものを見つけた場合、決して自分から近づいたり、触れたり、接触を試みたりしないこと。まずはすぐに教職員か学園の警備班たちに連絡するように。不用意な行動が危険を招くから、くれぐれも守ってくれ」レイトキは無言で話を聞きながら、心の中に疑問と警戒心を抱く。「怪異」という未知の存在、そしてエルカーノスが関わっていること――これは単なる都市伝説ではなく、自分たちの新しい日常に影を落とすかもしれない、現実的な脅威のように感じられた。久美子も隣で真剣なまなざしで聞き、小さく息を呑む。これから始まる学園生活に、予期せぬ新たな要素が加わったことを、クラス全員が静かに受け止めていた。担任は先ほどの注意を伝え終えると、少し口調を変え、はっきりとした声で続ける。

「それともう一つ連絡がある。レイトキ、久美子、斗愛、与太郎、デューク、カグラの6人は、ホームルームが終わったら、隣の空き教室まで来るように」指名された6人は互いにちらりと視線を交わす。クラスメートたちも一瞬、興味深そうな目を向けるが、担任はそれ以上の説明を加えず、書類をめくりながら告げる。

「用件はそちらで直接話す。授業開始に遅れないよう、時間には気をつけること」レイトキは静かに頷き、心の中で考える。怪異の話に続いて自分たちだけが呼び出されるということは、何か関係のある話なのだろうか――と、少しだけ緊張感が胸の中に広がる。久美子も小さくレイトキの袖を引き、小声で「どんな話かしら」と囁く。レイトキは軽く肩を動かして「まだ分からないが、待っていれば分かる」とだけ答え、ホームルームが終わるのを待つのだった。ホームルームが終わると、レイトキたち6人はすぐに隣の空き教室へと向かった。ドアを開けると、そこには担任のほかに校長と教頭の姿もあり、三人はすでにテーブルを挟んで待っている様子だった。彼らが席に着くと、まず校長が重みのある口調で話し始める。

「さっきホームルームで伝えた怪異の件だが、正直に言うと、ただの自然現象や偶然の出来事とは思えない。何者かの意思や意図が絡んでいる可能性が高い」彼は少し身を乗り出し、視線を6人に向ける。

「それに、不可解な事案が発生し始めた時期が、お前たちがこの学園に来て、この地域に移り住んできたタイミングと重なっているんだ。これが単なる偶然と言い切るには、少し引っかかる点が多すぎる」続いて教頭が、はっきりとした調子で言葉を継ぐ。

「あくまで推測の域を出ない話だが、そもそも君たちには普通の生徒とは違う、特殊な生い立ちと背景がある。『特別な事情がある』なんて言葉だけで済ませるには、あまりに生ぬるい状況だと我々も感じている」

その言葉を聞いて、デュークは鼻を鳴らすように低く笑い、率直に言い放つ。

「ああ、その通りですよ。隠すようなことでもない。俺たちはかつて組織に捕らえられ、生物実験の被験体として扱われてきたんです。力も体質も、すべて人工的に作り出されたようなものだ」教室の空気が一瞬静まり返る。校長たちは事前にある程度の情報を得ていたようだが、本人たちの口から直接聞くことで、事の重大さが改めて明確になっていくのだった。担任は頷き、どこか納得したような、それでいて複雑な色合いを含んだ表情ではっきりと口を開く。

「やはりそうだったか……最初にお前たちの体の特徴や能力を確認したとき、自分の目を疑ったよ。まさかここまで完成度の高い個体が生きて出てくるとは思ってもいなかった」彼は少しだけ声を落とし、自らの身元を明かす。

「私はタンジーだ。昔、キキョウと同じ研究チームに所属し、あの一連の計画の一端を担っていた。つまり、お前たちが『実験体』と呼ばれていた存在を作り出す過程に、私自身も関わっていた人間の一人なんだ」その言葉を聞いた瞬間、レイトキの脳裏にこれまで断片的に見聞きしてきた情報が一気に繋がり、彼は鋭い眼差しを向けながら、確信を込めて問いかける。

「タンジー……キキョウも植物の名前だった。もしかして、お前たちが関わっていたのは、かつて禁忌とされたプロジェクト『ストレンジプレデター』のことか?」室内の空気がぴんと張り詰める。校長と教頭も言葉を飲み込み、タンジーの答えを待つように静まり返る中、これまでの出自の謎と、今起きている怪異の事案との間に、見えない糸が結びつき始めているのを誰もが感じていた。タンジーは重いため息をつき、これまで口にしなかった真実をゆっくりと語り始める。

「ああ、キキョウも俺も、とっくに『ストレンジプレデター』の計画からは抜けた身だ。危険すぎる方向に進み始めたのを見限って、組織から離れたんだ」彼は少し間を置き、声をさらに低くして続ける。

「だがその前に、この怪異が起こり始める少し前、元の研究チームの残党が密かに交わしていた話を偶然耳にしたことがある。それは……パラレルゲートを開き、別次元の世界に住む存在たちを大量にこちらの世界へ呼び寄せるという恐ろしい計画のことだった」室内に緊張が走る。レイトキは眉をひそめ、鋭く問い返す。

「パラレルゲート……次元の壁を越える装置のことか? あんな理論上の話が、実行に移されようとしているのか?」

「そうだ」タンジーは真剣なまなざしで頷く。

「『ストレンジプレデター』の技術が応用されているらしい。つまり、お前たちを生み出したその力が、今度は次元を繋ぎ、未知の脅威をこの世界に引き込もうとしている可能性が高い」教頭が難しい表情で言葉を継ぐ。

「だから、事案がお前たちの移住と時期を同じくしているのは偶然ではないのかもしれない。元の組織が、自分たちの作り出した『完成形』を追跡しつつ、同時にこの危険な計画を進めているのだとすれば……すべての辻褄が合ってくる」自分たちの過去と、目の前に迫る未知の危機が、一本の糸で強く結びつけられた瞬間だった。レイトキたちは、単に「普通の生活」を手に入れただけではなく、自分たちの出自が招く新たな戦いの渦中に立たされていることを、はっきりと理解するのだった。校長は腕を組み、重々しく頷きながらはっきりと語り出す。

「確かに信じがたい話だが、断片的な情報がこうして繋がってくると、次第に真実味を帯びてくる。それに、俺たちは『歯車計画』という名前も耳にしている」彼は指を一本ずつ折りながら、計画の核心部分を説明する。

「この計画には包括、再生、心臓、契約、方舟、聖書、革命――計7つの鍵となる要素があるそうだ。これらすべてが完全に揃ったとき、次元を隔てる壁を貫く完全なゲートが開かれる、というのが彼らの考えらしい」

続いてタンジーが、組織の真の目的に迫る推測を口にする。

「つまり、『ストレンジプレデター』という組織の真の狙いは、ゲートを開いた先にある二つの世界――こちらのクリプトンと、向こう側のビヨンダードを、一つに融合させてしまうことなのかもしれない」室内に重い沈黙が落ちる。レイトキはこれまで自分たちが生み出された意味すらも、この巨大な計画の一部だったのかと思い、唇を噛む。

「二つの世界を一つに……だが、そんなことをすれば、両方の世界の法則や生命の在り方が衝突し、どんな混乱や破滅が起きるか想像もつかない」

タンジーは厳しい表情で頷く。

「ああ、正気の沙汰とは思えない。だが、彼らにとっては『新しい秩序を作る』ことこそが目的であり、その代償など眼中にないのだろう。そして今、その7つの歯車が少しずつ動き始めているのを、この怪異の発生が示している」自分たちの過去が、これから起こるかもしれない世界の運命と直結していることを突きつけられ、レイトキたち6人は、ただ普通の日常を求めていただけのはずが、否応なしにこの大きな流れに巻き込まれていくことをはっきりと感じ取るのだった。場面は切り替わり、今度はストレンジプレデターの本部にある薄暗い会議室へと移る。複数の幹部たちが円卓を囲み、重苦しい雰囲気の中で報告を交わしている。最初に口を開いたのはアカツメだ。

「心臓の歯車となる予定だった候補も、どうやら組織から逃げ出したようだな」隣に座るマズミが眉をひそめ、確認するように問いかける。

「ツェーンのことか? それともノインのほうか?」

「ノインだ」マズミはため息まじりに答える。「あいつには多腕族の肉体因子に加え、妖精霊の高い適応力と感知能力まで組み込んで作り上げた個体だ。まさか、あれほど従順だったやつが『自由』などという感情に目覚めて逃げ出すとはな……」続いてヘリオトロープが資料をめくりながら、別の件を告げる。

「それと、別の報告だ。アザミが『再生の歯車』のプロトタイプをようやく完成させ、動作試験に入ったらしい」その言葉に室内の空気が少しだけ変わる。逃げ出す個体がある一方で、計画の歯車は確実に一つずつ進み始めていることが明らかになり、彼らの間には焦りと同時に、計画が前に進むことへの期待感が入り混じって漂っていた。空き教室に戻った雰囲気はさらに重く、レイトキは自分の両手を見つめながら、絞り出すように言葉を吐き出す。

「まさか……俺たちがこんな恐ろしい計画のために、ただの部品のように作り出されていたなんて」そんな彼に続いて、久美子も自身の出自を結びつけるようにはっきりと口を開く。

「私も、もしかしたら歯車の一つに数えられているのかもしれないわ。体内に組み込まれた因子には、『神の名を持つ多腕族』のものが使われているって、昔の記録の断片で見たことがあるの」自分たちが単なる実験体ではなく、世界を揺るがす計画の「鍵」として生み出された可能性が明らかになり、一瞬絶望のような空気が流れる。だが斗愛が、そんな沈黙を断ち切るように、力強くはっきりと言葉を放つ。

「仮に歯車として作られ、力を目覚めさせられたのだとしても、だからといって組織の思い通りに従う必要なんてどこにもないじゃない」彼女は周りの仲間たちを見渡し、続ける。

「作られた目的が何であろうと、これからどう生きるかを決めるのは、私たち自身の意志なのよ。過去が定められていても、未来まで縛られる理由なんてないわ」その言葉は、暗い現実に差し込む一筋の光のように、レイトキたちの心に静かに響いていく。自分たちの存在意義を他人に決められるのではなく、自分たちで新たに作り上げていく道が、ここから始まるのだと感じられた。場面は変わり、街から少し離れた森の中。とある施設から数キロ離れた場所までようやくたどり着いた二人は、木陰に身を寄せて荒い息を整えていた。

汗に濡れた髪を払いながら、まだ幼さの残る少女が安堵と疲労の混ざった声ではっきりと呟く。

「……なんとか、脱出できた。体内に埋め込まれていた位置特定カードも、力を込めて破壊できたみたい。これですぐに追跡される心配はないはず」隣に立つのは、中性的で一見少年にも少女にも見える顔立ちの者だ。周囲の暗い森と未知の道を見渡し、不安そうな瞳を揺らしながら小さく問いかける。

「このまま逃げ続けても、いつかは見つかってしまう。……僕たちは、これからどこに行けばいいんだろう?」少女は少し考え込んだ後、決意を固めるように顔を上げる。逃げる先の選択肢などほとんどないことを知っていたからこそ、その答えは一つしかなかった。

「行く場所は一つしかない。キキョウさんのもとへ向かうしかない」彼女は自分の手首に残された古い識別番号の跡を見つめ、続ける。

「元の組織を抜けて、私たちのような存在を守ろうとしている人だと聞いた。他に頼れる者なんて、この世界には誰もいないのだから」二人は互いに手を取り合い、遠く街の灯りがかすかに見える方向へと歩き始める。新たな逃れ先を求める足取りには不安がありながらも、それでも「生きて自由になる」という小さな希望だけを胸に、暗い道を進んでいくのだった。

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