EPISODE1-5【異能者と怪異戦】
翌日、通常の授業が再開された教室で、教卓に立ったタンジー教師が黒板に簡単な図を書きながら、今日のテーマを切り出す。
「ええっと、今日の授業では異能力について学んでいく」彼は教室全体を見渡し、ゆっくりと基本的な定義を説明し始める。
「異能力とは、主に純粋な人間、あるいは人間とのハーフ、亜人間と呼ばれる種族に現れる、生まれつき内包されている特別な力のことだ。体の中に眠る因子や遺伝的な性質に根ざしているため、後天的にまったく新しく作り出すことは本来不可能とされている」少し間を置き、覚醒の仕組みについて続ける。
「だが、生まれ持っていても、いつ力が表に現れるかは個人によって大きな差がある。幼い頃に自然に発現する者もいれば、思春期を過ぎてから突然目覚める者、さらには一生涯眠ったままで終わる者もいるんだ」教室の中では、生徒たちが自分自身や周りの者のことを思い浮かべるように、頷き合ったりささやき合ったりしている。レイトキは席に着きながら、心の中で静かに聞いていた。
「(生まれつき……か。俺たちのように人工的に因子を埋め込まれた存在は、この定義には当てはまらないというわけだな。だが、覚醒のタイミングという点だけは、同じような理屈が働いているのかもしれない)」教師の説明は、これまで自分たちの力を漠然と感じていただけだった彼らにとって、この世界の「常識」と自分たちの「特殊な立場」を改めて区別するきっかけになっていた。タンジー教師は黒板に「体質=異能の基礎」と簡単に書き加え、生徒たちにわかりやすく説明を続ける。
「異能力は、言ってしまえば体質によく似た性質のものだと思ってくれればいい。熱さに強い体質の人がいれば寒さに強い人もいるように、それぞれが持つ根本的な性質の延長線上に、異能力は存在しているんだ」彼は少し声を落とし、技術的な限界について触れる。
「だからこそ、いくら異能力者の細胞を採取して培養したところで、それだけで同じ能力が発現するわけではない。遺伝子配列や因子の有無だけでなく、体内の調和、魂とも言えるような本質的な部分が揃って初めて、力として目覚める。細胞だけ切り取っても、全体のシステムがなければただの組織に過ぎないんだ」その言葉を聞いた瞬間、レイトキの心に鋭い疑問が浮かぶ。
「(……だとしたら、俺たちに人工的に因子を埋め込んだストレンジプレデターの技術は、この常識を完全に覆すものだったのか? あるいは、それだけでは不十分で、まだ何か決定的な要素が足りていないのか?)」
隣のゼロも、自分の腕をそっと押さえながら複雑な表情になる。先日打たれた五つの因子のことが、まるでこの説明の例外であるかのように感じられたからだ。教室内では「じゃあ能力を移植することは不可能なの?」といった質問の声も上がり始め、授業は次第に、この世界の常識と組織の非道な技術との境界線を浮き彫りにしていくような流れになっていった。タンジーは頷きながら、先ほどの話をさらに明確に区別するように言葉を続ける
「ここで一つ、混同しやすい点をはっきりさせておこう。種族由来の特性や力――例えば亜人間の優れた身体能力や、妖精族の魔力回路などは、条件が合えば移植することが理論上可能だ」彼は指を一本立てて説明を補足する。
「その種族の細胞や血液、因子を体内に導入し、拒絶反応なく適合すれば、受け入れた側にも同じような性質が現れる。これは『種としての体質』を受け継ぐようなものだからだ」だが次の瞬間、口調を引き締めて結論を告げる。
「だが、異能力だけはその例外だ。どれだけ適合性が高くても、他人の異能力をそのまま移植して自分の力として使えるようにすることは、これまでの歴史で一度も成功例がない。力の根本には、その個人だけが持つ精神的な核や存在の軸が関わっているから、外から持ち込んでも定着せず、ただの異物として排除されてしまうんだ」その言葉を聞いたレイトキは、心の中で静かに考えを巡らせる。
「(種族の力は移植できても、異能力は無理……だとすると、俺たちに埋め込まれた因子は何を目指している? もし異能力として覚醒させるつもりなら、組織はこの常識を覆す方法をすでに見つけているのか? それとも、最初から別の使い道があるのか……)」 隣のゼロも、自分の体の奥で静かに融合を続ける五つの因子のことを思い、不安と疑問がますます膨らんでいくのを感じていた。教室の常識的な授業が、逆に自分たちの存在の特殊性を際立たせていくようだった。タンジー教師は黒板に項目ごとに線を引きながら、分類を一つずつ明確に示していく
「異能力には、長年の研究と観察から大まかな分類が定められている。まず最初に、自身や対象の性質・状態そのものを変化させるもの――これを[状態変化]と呼ぶ。硬さや温度、重さなどを自由に操作できるタイプだ。次に、土地や環境と深く結びつき、地形や地脈の力を引き出す系統。地震や岩の隆起、地中からの攻撃などが代表的で、これが[地脈系]、または通称で[地爆系]とされている。 それから、肉体の強化・変形、運動能力の飛躍的な上昇など、体そのものに直接作用する力――これが[身体系]だ。最も発現しやすく、扱いやすい部類に入る。防御壁を作ったり、傷や疲労を癒したり、味方の力を補助するような支援に特化した能力は、[支援系]に分類される。戦闘では縁の下の力持ち的な役割が多い。続いて、霊的存在や特定の概念体を自らの体に宿らせ、その力を借りたり性質を重ねたりするタイプ。これを[憑依系]と呼ぶ。適合次第で非常に大きな力を引き出せる反面、制御が難しいのが特徴だ。動物の特徴や本能、特殊能力を再現・行使する系統は[動物系]。嗅覚や跳躍力、毒牙など、種ごとの特性を反映する。さらに、発現原理や現象があまりにも特異で、現代の理論では説明がつかないような異端な力――これは[悪霊系]と呼ばれ、古くから恐れられることも多い。二つ以上の系統の特徴を併せ持ち、単純な枠に収まらないものは[複合型]と分類される。最後に、どのカテゴリーにも当てはまらず、現象自体がまれで規則性が見えない特殊な能力――これを[分類不可]として扱っている」黒板に並んだ八つの区分を見ながら、生徒たちはそれぞれ自分や周りの能力に当てはめて考え始める。レイトキは心の中で自分たちの力を照らし合わせ、特にゼロに埋め込まれた多種の因子のことを思い、「複合型どころか、そもそも定義の枠外にあるのかもしれない」と静かに感じていた。タンジーは教卓に置かれた自分の端末を軽く示しながら、続けて説明を加える。
「この学園には、さまざまな出自や背景を持つ異能力者たちが集められている。安全な環境で能力との付き合い方を学び、制御する術を身につけるのが、ここの目的の一つでもあるからだ」彼は生徒たちの方を向き、手元の操作を説明するように言う。
「各自に配布されている携帯端末を開いてみなさい。個人データの中に『能力特記事項』という項目があるはずだ。そこには先ほど説明した分類に基づき、君たちが持つ力の種別や特徴が記載されている。見出しには*マークが付いているから、探すときの目印にするといい」生徒たちは一斉に端末を取り出し、画面を操作し始める。レイトキも自分の端末を開き、該当の項目を探していく。
「(*マーク……か。俺たちの場合、自然発現した異能力ではなく人工的に導入された因子が基盤になっている。果たして通常の分類に収まる記載になっているのか、それとも――)」
指で画面をスクロールしながら、彼は自分たちの存在がこの学園のシステムの中で、どのように位置づけられているのかを確かめようとしていた。隣のゼロも同じように端末を見つめ、先日打たれた五つの因子の影響が、この記録に反映されているのかと緊張した面持ちで待っている。レイトキは端末の画面に視線を落とし、項目をゆっくりと読み進めていく。
氏名や基本情報の下、確かに「能力特記事項」の欄に*****の印がついており、その直後に小さな文字でいくつかの能力名が並んでいた。
「……サイバーダイブ、サイバージャック、データアブソリュート……」彼はそれらの単語を声に出して確かめるように呟き、眉を少し上げる。
先ほど教わった「状態変化」や「身体系」といった一般的な分類名とはまるで違う。データや情報、電子領域に関連するような響きばかりが並んでいるのだ。心の中で自分なりに整理しながら考える。
「(サイバー……データ……? 件狐の力やスターヴァンパイアの因子と結びつけると、情報を読み取り、干渉し、吸収する性質を持っている、ということか。普通の異能力の枠には収まらない、というより、まさにビヨンダードの半データ的な性質と重なってるようにも思える)」彼は画面を指でなぞりながら、さらに続きを探す。だがそれ以上の詳しい解説や系統名は書かれておらず、ただ能力名が列挙されているだけだった。
「(つまりこの学園のシステムでも、俺の力を明確に分類できていないってことだ。*マークがついているのは記載されているだけで、「何なのか」までは把握できていない証拠かもしれない)」隣で様子をうかがっている久美子が声を落として問いかける。
「どんな内容が書かれていたの?」
レイトキは端末を少し傾けて見せながら、冷静な口調で答える。
「どの系統にもはっきり当てはまらない、データや情報に関わる力だと記されてる。まるで半分はこの世界のルールに、もう半分は別の次元の理屈に基づいて働いているような感じだな」その言葉は、キクリが語ったビヨンダードとの繋がりを、また一つ裏付けるようなものだった。タンジーは教卓から全体を見渡し、生徒たちが端末で自分の情報を確認している様子を見届けてから、改めてはっきりと言葉を続ける。
「ここで一つ、最も基本的な原則を再確認しておこう。異能力は元々備わった体質のようなものだ。幻力を使わなくても発動できる」彼はゆっくりと説明を重ねる。
「一度定着した能力が、理由もなく突然種類や性質を変えることは絶対にない。また、薬品や外部からの刺激、他者の力の干渉といった外的要因だけで、根本的に書き換えられたり、新しい力に置き換わったりすることも、理論上あり得ないとされている」その言葉が教室に響いた瞬間、レイトキたちの心には一斉に強い違和感が走る。
「(……外的要因で変わることはない?)」レイトキは端末の画面を見つめたまま、内心で強く反芻する。俺たちはまさに外から因子を打ち込まれ、力の性質そのものが作り変えられようとしている。特にゼロは先日の注射で五つもの神話級因子を導入されたばかりだ。この世界の常識が通用しない――それが組織の狙いであり、俺たちが例外的な存在である証拠なのだと、改めて突きつけられるような思いだった。ゼロも手で自分の胸元をそっと押さえ、無意識に体の奥の変化を探るような仕草を見せる。教師の言う「絶対にない」ことが、まさに自分の身に起きようとしていることを、肌で感じ取っていたからだ。タンジーは生徒たちの表情の変化には気づかず、続けて授業を進めていく。だがその常識的な言葉ほど、レイトキたちにとっては自分たちの置かれた状況の異質さを浮き彫りにする鏡のような役割を果たしていた。授業が終わり、教室に生徒たちが次々と出ていく中、レイトキたちはタンジー教師のもとへと歩み寄る。
周りに人がいなくなったのを確認してから、レイトキは率直に問いかける。
「先生、さっき『外から因子を入れても、異能力が変わったり新しくなったりすることはない』と言ってましたよね」彼は言葉を選びながら核心に迫る。
「だとしたら……もしかしてストレンジプレデターは、元々異能力を持っている子供たちを狙っているんですか? そうでもなければ、因子を打ち込む意味自体がないことになる」タンジーは少し表情を引き締め、教卓に肘をついて静かに頷く。まるで彼らがそこにたどり着くことを予期していたかのような様子だ。
「……よく気づいたな。その通りだ」
彼は声を落とし、周囲に聞こえないように続ける。
「この世界の常識では、外的な操作だけで異能力を作り出すことは不可能だ。だからこそストレンジプレデターは、最初から『器』として適した存在――つまり、潜在的に強い力を秘めた素質の持ち主、生まれつき因子の調和が整っている者たちを探し回っている」彼はレイトキとゼロの顔を順に見つめる。
「彼らが行っているのは『力を与える』ことではなく、眠っている素質に別の因子を融合させ、本来の枠組みを崩して、まったく別の“何か”に作り変えようとする実験なんだ。だからこそ、普通の者に打ち込んでもただ拒絶されるだけだが、適合する者には危険な変化が起きる」レイトキは唇を噛み、自分たちの立場をはっきりと理解する。
「つまり俺たちは、最初から『改造するに値する素地がある』と見なされていたわけか。常識では説明できない変化が起きるように、元々選ばれていた……」
「そうだ」タンジーは厳しい口調で答える。
「彼らの計画は、この世界の理を超えたものだ。だからこそ、お前たちに起きていることが、どれほど異常で危うい状態なのかを、自分たちでしっかり把握しておかなければならない」こうして彼らは、自分たちがただの被害者であるだけでなく、組織の非道な計画の「適合素材」として狙われていた事実を、改めて突きつけられるのだった。タンジーは少し遠い目をして、過去の経緯を語るように静かに続ける。
「ストレンジプレデターも、最初の頃は異能力者の素質なんてそこまで重視していなかったそうだ。ただ強い力の源となる因子を集め、どんな者にでも打ち込めば使える兵器が作れると、単純に考えていた時期があった」
彼は指で机の端を軽く叩き、話の核心に移る。
「だけど何千例と試しても、ほとんどが拒絶反応で命を落とすか、力が定着せずただの体調不良で終わるばかりだった。それが最初のプロトタイプ――試作体が一つだけ成功した瞬間に、方針が一変したんだ、成功例が出たことで、彼らはようやく気づいた。外からの因子だけでは意味がない。受け入れる側の体、つまり元々持っている素質や潜在的な力の枠組みがあって初めて、新しい力が融合し、制御可能な形になるのだと」タンジーはレイトキたちを真っ直ぐ見つめ、言葉を強める。
「それ以来、彼らは『ただの人間』ではなく、最初から特別な因子構造を持つ者――すなわち潜在的な異能力者を探し出し、狙いを定めるようになった。お前たちが選ばれたのも、偶然ではなく、その『成功する可能性のある素材』として目をつけられたからなんだ」レイトキは深く息を吐き、自分たちの立場がより鮮明に見えてくるのを感じた。
「つまり俺たちは、その『プロトタイプ』の延長線上にある実験体だったわけか……」
「そう理解して間違いない」タンジーは厳しく頷く。
「彼らにとっては、お前たちが完全に覚醒するか、あるいは失敗して廃棄されるか、ただその二つの結果しか想定されていないんだ」レイトキは拳をきつく握り締め、瞳に強い決意の炎を宿らせてはっきりと言い放つ。
「あいつらの思い通りになんか、絶対にさせるものか!」
低いながらも力強い声が、静まり返った教室に響く。
「俺たちを実験体扱いし、都合のいい道具に作り変えようとしてる。だけど、俺たち自身の意思も、生き方まで支配できると思ったら大間違いだ」彼はタンジーを真っ直ぐ見据え、続けて言葉を重ねる。
「因子を打ち込まれても、力が変わろうとも、それをどう使うか、誰のために戦うかを決めるのは俺たち自身だ。組織の計画なんて、この手でぶち壊してみせる。絶対に奴らの描いた結末なんて迎えない」隣にいるゼロや久美子たちも、レイトキの言葉に応えるように、それぞれが決意を込めて頷く。不安や戸惑いを抱えながらも、「自分たちの運命は自分で選ぶ」という意志が、一つに固まっていくのを感じていた。タンジーはそんな彼らの姿を見て、硬い表情を少しだけ和らげ、静かに頷き返す。
「その意気だ。奴らの理屈や常識に縛られる必要はない。自分たちの道を切り開く覚悟があるなら、どんな困難な状況でも道は開ける。俺も全力で力になる」こうして、彼らはただ「狙われる存在」から、自ら敵に立ち向かい、運命を覆そうとする者たちへと、心構えを新たにしていくのだった。放課後の空気がまだ明るい住宅街の一角――建設資材や重機が並ぶ工事現場から、突然鋭い悲鳴と混乱する声が次々と上がった。
「うわー! 危ない!」「重機が勝手に動き出してるぞ! ブルドーザーもショベルカーも制御が効かない!」鉄の塊が唸り声を上げながら不規則に走り回り、柵や資材をなぎ倒し、周囲の住宅にまで迫ろうとしている。作業員たちは逃げ惑うばかりで、止める手立てが何もない様子だ。
現場の様子を遠くから察知したレイトキは、すぐに足を止めて鋭い視線を向け、低くはっきりと呟く。
「ただ事ではないな」彼は件狐の感知力を広げて空気の流れとエネルギーの揺らぎを探り、眉をひそめる。
「機械の故障や操作ミスにしては、動きが不自然すぎる。電子系統や制御回路に、外部から干渉する何者かの力が入り込んでいる気配がある……まるで情報やデータを乗っ取るような手法だ」隣の仲間たちも緊張感を強め、武器や能力の準備に入る。
「まさか、ストレンジプレデターか? それとも――」
「どちらにしろ、このまま放っておけばけが人や建物の損害が出る」レイトキは決意を込めて前を向く。
「現場に急行して、原因を突き止めるぞ!」 混乱の渦中に、新たな事件の幕が上がろうとしていた。工事現場の土煙が舞う中、レイトキは周囲の危険な動きを読み取りながら、素早く暴走するブルドーザーへと接近する。機体の側面にある制御端子を見つけると、彼はすぐに態勢を整えて鋭く叫んだ。
「ジャックイン!」
声と同時に、彼の体はまるで粒々に砕けるように光の粒子へと変換され、一瞬でデータ化される。現実世界の輪郭を離れ、電気信号と情報の流れが渦巻く電脳世界へと滑り込んでいった。青みがかった仮想空間の中、ブルドーザーの制御回路を模した光の路線が広がっている。その中心には、奇妙な姿の存在が浮かんでいた――黒い光沢のあるヘルメットを頭にかぶり、体はまるで毛玉のようにもこもこと丸みを帯びた塊だ。
「あれは!? 怪異なのか!?」レイトキが警戒を強める間もなく、その存在――メットダマーは頭のヘルメットから圧縮されたエネルギーを放ち、衝撃波を直撃させようとしてくる。
「チッ!」レイトキは体を軽やかに大きくジャンプさせ、波動が通り過ぎる瞬間を狙って回避。衝撃波が背後のデータ構造を砕き、光の破片が飛び散る中、彼は空中で体勢を立て直すと、両手に多連装の銃身が展開するマルチガンを出現させた。
「ここまで機械を乗っ取って暴れるとは……正体が何であろうと、止める!」照準を定めると、電脳空間に適したエネルギー弾を連続発射。光の弾丸が軌跡を描きながら、メットダマー目がけて一直線に撃ち込まれていく。マルチガンから放たれたエネルギー弾は次々と正確にメットダマーの体に命中する。弾丸が当たるたびに、毛玉状の体から黒いノイズがはじけ飛び、形が崩れていくのが見える。最後の一発がヘルメット部分に直撃すると、メットダマーは大きく光を放ちながら「デリート――」という機械的な断末魔のような音を残し、粒子へと分解されて消え去った。電脳空間の歪みが一気に修復され、混乱していた制御回路の光の流れが元の安定した状態へと戻っていく。
現実世界では――唸りを上げて暴れ回っていたブルドーザーが、まるで力が抜けたようにエンジン音を弱め、ガクンと停止した。操縦席の計器類も不規則な点滅から通常の表示に戻り、完全に制御が回復したことを示している。
「止まった! 暴走が止まったぞ!」
作業員たちは呆然としながらも、安堵の声を上げ始める。同時にレイトキの姿も、光の粒子となって現実世界へ戻り、地面にしっかりと着地する。手元のマルチガンも消え、彼は周囲を警戒しながら次の機体へと視線を向ける。
「一台は片付けた……だが、まだ他の重機も制御を失ったままだ。続けるぞ!」レイトキはすぐに体勢を変え、隣でまだ大きなショベルを振り回しているショベルカーへと素早く移動する。機体の制御パネルを見定めると、再び鋭い声を響かせる。
「ジャックイン!」光の粒に変換された体は瞬く間に電脳世界へと侵入。今度は渦巻くように黒いノイズと汚染されたデータの塊が視界いっぱいに広がっていた。
「これは……怪異ウイルスか」回路の配線に絡みつくように無数の小さな不定形の塊が蠢き、制御プログラムを食い荒らしているのが見える。さっきのメットダマーと同じ系統だが、数が多く網目のように広がっている。レイトキは手をかざし、データを浄化・消去する力を集中させる。
「データアブソリュート!」青白い光の波が円を描くように広がり、触れた瞬間にウイルスの塊は悲鳴にも似た音を上げながら次々と崩れ去る。逃げようとするものも光の糸で捕らえられ、完全に分解・消滅していく。数分も経たないうちに、回路に絡みついていた怪異ウイルスは一匹残らず全滅。濁っていた電脳空間は澄んだ光に戻り、正常な信号の流れが回復する。現実世界では――激しく上下に動いていたショベルが静かに下がり、エンジンの回転数も落ち着いて完全に停止。周囲に飛び散っていた砂利もその動きを止めた。
レイトキは再び現実へと姿を戻し、額に少し汗をにじませながら次の標的へと目を向ける。
「これで二台目……原因は電脳系の怪異だ。他の機体にも同じものが入り込んでいるはず。一気に片付けるぞ!」他の重機にも次々とジャックインし、レイトキは電脳空間に巣食う怪異ウイルスや制御を乗っ取る存在を一つ残らず消去していった。どの機体も内側から正常な状態に戻され、現実世界では荒れ狂っていた重機たちが次々と静かに停止し、工事現場にようやく本来の静寂が戻り始める。
「これで全部だな……」
レイトキが肩で息をつき、状況を確認しようとしたそのとき、現場の片隅の陰から、がっしりとした体格の持ち主がゆっくりと姿を現した。黒いフードを深くかぶり、輪郭はやはり微かにノイズがかかって揺らいでいる――まぎれもなく、ビヨンダードから来た住民の一人だ。彼は不機嫌そうな雰囲気を漂わせ、歪みの混じった声で文句を吐き出す。
「ナ、何スルンダ、コチラガデーター採取シテタノニ」レイトキはすぐに身構え、件狐の力で相手の存在を探りながら、はっきりと応じる。
「データ採取? この機械の中に入り込んで暴走させ、周りの人間に危害を及ぼしておいて、そんな言い方が通ると思っているのか?」フードの人物はノイズを細かく震わせ、自分の行動に悪意はないと主張するように続ける。
「調査ノタメノ侵入ダ、害ヲ与エルツモリハナカッタ。コノ世界ノ電子構造ヲ記録スルダケデ……」だがレイトキはその言葉を遮り、厳しい視線を向ける。
「結果として事故が起きかけた。お前たちの理屈や目的など、こちらの安全より優先させるわけにはいかない。採取が終わっていないのなら、それはお前たちの手順の問題だ」次元の違いから生まれるすれ違いが、またしても小さな対立となって二人の間に立ちはだかっていた。レイトキは一歩も引かず、鋭い眼差しを向けたまま、はっきりと言い放つ。
「キクリからも確認は取ってある。ビヨンダードの者がこちらで問題を起こした場合、こちらの基準に従って然るべき処置を取ってもいい、とな」
彼は言葉に力を込め、相手の言い分を抑えるように続ける。
「お前たちの調査や採取が『無害』だったとしても、この世界のルールでは、他人の所有物や公共の設備に許可なく侵入し、制御を奪って混乱を引き起こす行為は立派なトラブルだ。結果的に人の命や財産が危険にさらされた以上、『記録するだけだった』で済まされる話じゃない」
黒いフードの人物は、その言葉を聞くと体の周りのノイズがさらに激しく波打ち、明らかに不満と戸惑いが混ざった様子になる。
「キクリ様ガ……? ワレラノ行動ニ対シテ、ソンナ取り決メガアッタノカ?」
「そうだ。向こうも友好的にやっていきたいと言っていたが、それは互いの領域と秩序を尊重することが前提だ」レイトキは厳しく頷く。
「こちらのルールを理解せず、自分たちの都合だけで動くようなら、敵対する者として扱われても文句は言えないぞ」フードの人物はしばらく黙り込み、歪んだ輪郭をわずかに縮めるようにしてから、不服そうながらも反論を引っ込めるような動きを見せる。次元を超えた約束が、この場での線引きとして明確に示された瞬間だった。黒いフードの人物は不服と焦りを込めて声を荒らげ、周囲のノイズが一気に濃く乱れ立つ。
「エェーイ、ナラバ、大人シク、ヤラレル訳ニハイカナイ! ガッツード、目的、遂行スル!」
言葉の合間に電波のような雑音が混ざり、空間そのものがわずかに揺らぐ。彼は体を膨らませるように力を込め、手のひらから黒い光の塊――圧縮されたデータの塊を作り出す。
「強行突破するつもりか!」
レイトキは瞬時に間合いを取り、件狐の感知力を最大限に開放。周囲の情報の流れを読み取りながら、マルチガンを構える。
「お前の言う目的が何であろうと、この世界の秩序を踏みにじってまで通すことは許さない! ここで退かないのなら、力ずくで止めるまでだ!」
青白いエネルギーがレイトキの周りに立ち込め、電脳領域と現実の境界線が交わる場で、次元を越えた小さな戦いが今、本格的に始まろうとしていた。「クラエッ!」
ガッツードが雄叫びを上げると、彼の右腕の形が瞬く間に変化。筋肉質な腕先が太く重みのあるハンマーへと造形され、黒いノイズをまといながら勢いよく振り下ろされる。
地面に衝突する直前、圧縮されたデータエネルギーが衝撃波となって水平に炸裂し、土煙と砂利を巻き上げながらレイトキめがけて襲いかかる。
だがレイトキは一歩も退かず、腰の装備から多機能武器ブレイカーを引き抜く。柄を握り締めると、内部の機構が軽やかな駆動音を立て、銃身や鈍器部が折り畳まれ、鋭い刃身が展開――一本の光沢のある剣へと変形した。
「甘い!」彼は剣を横に大きく薙ぐように振るい、刃先に自らのデータ干渉の力を纏わせる。衝撃波の塊と刃がぶつかった瞬間、バチンッと電子的な破裂音が響き、攻撃の波は真っ二つに切断されて左右に拡散、周囲の空間に解けるように消えていく。そのまま勢いを殺さず、レイトキは地を蹴って前に踏み込み、剣を斜め上からガッツードの体へと斬りつける。刃が触れると相手の輪郭のノイズが大きく乱れ、ビヨンダードの存在に直接干渉する力が働いているのがはっきりと見て取れた。レイトキは剣で斬り込みながら距離を詰め、隙を見ると素早く左手を懐に伸ばす。
「暫くこの中にでも入ってろ!」取り出したのは、自分たちが普段使っているのと同じ――だが内部にデータ収納用の特殊機構を備えた青い携帯端末だ。彼は端末の画面をガッツードに向け、起動キーを強く押し込む。次の瞬間、端末から強力な吸引フィールドが発生。青白い光の帯がガッツードの体を包み込み、まるでノイズの塊が引き寄せられるように、少しずつ輪郭が薄まっていく。
「グオオッ!? オレヲ、データ化シテ閉ジ込メル気カ!」ガッツードは暴れて抵抗しようとするが、レイトキのデータ干渉能力がフィールドを強固に支え、半情報体であるビヨンダードの性質に対してまさに効果的に作用する。抵抗するほど体が光の粒子に分解され、端末の画面へと流れ込んでいく。 最後にピッと電子音が響き、画面には「収納完了」の文字と共に、小さな黒いシルエットのアイコンが表示される。周囲にはもうノイズも歪みも残っていない。レイトキは端末を軽く振って確かめると、冷静な表情で口元を緩める。
「次元の壁を越えてきた半データ体なら、こういう器に収まるのが一番だ。キクリと連絡を取って、どう処分するか決めるまで、おとなしくしていてもらうぞ」こうして強引に事を進めようとしたビヨンダードの住民は、小さな端末の中に一時的に閉じ込められ、現場の混乱は完全に収束へと向かった。端末の内側から、怒りと焦りの混ざった声が響いてくる。
「出セッ! 閉ジ込メルナ! 早ク解放セヨッ!」筐体がわずかに震え、画面の中のシルエットが暴れるように点滅を繰り返す。ガッツードは情報の波動を通じて外へ呼びかけようとするが、レイトキは表情を変えずに端末の操作を続ける。
「うるさい。少し黙っていろ」彼はボタンを短く押し、機能メニューからスリープモードを選択。内部の干渉遮断フィルターが瞬時に起動し、収納空間を隔絶する層が展開される。次の瞬間――端末の震えが止まり、画面が暗転。内側からの叫び声もぷつりと途切れ、完全に外部への出力が遮断された。レイトキはスリープ状態になった端末を指で弾くように軽く叩き、懐へとしまい込む。
「キクリと話をつけるまで、このまま眠っていてもらう。無断で干渉してきた報いだと思え」現場には再び静寂が戻り、暴走していた重機も完全に沈黙する。作業員たちが恐る恐る近づいてくる中、レイトキは何事もなかったかのように武器を収め、次の対応へと意識を切り替えるのだった。現場の空気が落ち着いてきた頃、周囲の空間が柔らかく波打ち、淡い光に包まれた球体が浮かび上がる。中からキクリの上半身が姿を現し、申し訳なさそうな表情でレイトキに語りかける。
「レイトキ、手を煩わせてしまったな。こちらの管理が行き届かず、本当にすまない」
彼女は視線を端末をしまったレイトキの懐のあたりに向け、話を続ける。
「ガッツードがこちらの世界に侵入するのに使った小さな次元ゲートが、多分この付近のどこかにまだ開いたまま残っているはずだ。このまま放置しておくと、また別の者が流れ込んでくる可能性もある」
キクリは手を差し伸べるようにして、依頼の核心を伝える。
「そこでお願いがある。ゲートの位置を探り当てたら、その方向に向かって端末の中のガッツードを解放してやってほしい。彼を送り返すと同時に、ゲート自体も完全に閉じて、これ以上の干渉が起きないようにするのだ」
レイトキは懐の端末に手を添えながら、少し考え込むように頷く。
「なるほど、閉じ込めたままにしても解決にはならないわけだ。送り返すついでに出入り口も塞いでしまえば、今後のトラブルも減るということか」
「そういうことだ」キクリは軽く息をつく。「この世界の鍵が作り出す隙間は自然には消えにくい。力の調整ができるお前に協力してもらうのが、最も確実な方法なんだ」レイトキは覚悟を決めるように態勢を整え、周囲に広がる次元の歪みを探り始める。
「わかった。場所を探してすぐに作業に取り掛かる。だけど次からは、こちらに被害が出る前に止めてくれよ」
「心得ている。今度こそしっかり管理すると約束する」こうしてレイトキたちは、事件の後始末と次元の隙間を封じる任務へと向かうことになった。レイトキは件狐の感知力を最大限に広げ、空間の歪みを探る。すぐに工事現場の資材置き場の隅に、ノイズの壁のようにぼやけた空間の裂け目が浮かんでいるのを捉えた。まるで電波不良の画面がそのまま空間に開いたような、不安定な次元の隙間――まさにガッツードが通ってきた小さなゲートだ。
「あそこだな」彼はキクリの指示通り、懐から青い端末を取り出し、スリープ状態を解除して起動。端末の先端をまっすぐ裂け目に向けると、放出コマンドを入力する。
「ガッツード、送り返すぞ!」画面が明るく発光し、青白い光の流れが端末から噴き出す。中に閉じ込められていたガッツードの姿がデータの塊となって浮かび上がり、一瞬「グオオッ!」という声が漏れるものの、逆らう間もなく光の軌道に乗せられ、勢いよく空間の裂け目へと吸い込まれていく。ガッツードの姿が完全に向こう側へ消え去るのを確認すると、レイトキはすぐに端末の出力モードを切り替え、自分自身のデータ干渉の力を重ね合わせる。
「閉じろ!」端末から強力な圧縮・修復用の波動が放たれ、裂け目の周囲に絡みついたノイズを一掃するように浸透していく。開いていた隙間はゆっくりと収縮し、歪みがなくなるにつれて周囲の空気も澄んでいく。最後にパチンと軽い電子音が響き、痕跡一つ残さず完全に閉鎖された。キクリが頷きながら声を上げる。
「うまくいったわ。これでこの付近の不安定な流れも一旦落ち着く。今回は本当に助かった」レイトキは端末を再び確認してから懐にしまい、周囲を見回す。暴走していた重機も静まり、次元の歪みも消え、工事現場にはようやく完全な平穏が戻っていた。
「これで一件落着だ。だけど……まだこんな隙間が他にもあると思うと、気が抜けないな」彼の心には、ストレンジプレデターの鍵が次々と未知の脅威を呼び込んでいる現実が、重くのしかかっていた。




