EPISODE0-6【暴走事故など】
翌朝、施設内の明かりが一斉に点灯する時間になると、レイトキは自室を出て食堂へと向かった。広い空間にはすでに何人かの姿が集まっていた。先日同じ支部に残された久美子、斗愛、与太郎、カグラ、デュークの5人に加え、ここには移動されずに残っていたゼクス、ズィーベン、アハトの姿も見える。テーブルには簡素な食事が並べられ、それぞれが黙々と食べていたり、小声で話し合っていたりする。レイトキが入ってくると、久美子がすぐに顔を上げ、手を軽く振って合図する。
「おはよう、レイくん。こっちに空いてる席があるよ」ゼクスは一瞬鋭い視線を向けたが、何も言わずに再び視線を落とす。ズィーベンは少し緊張したように肩を落とし、アハトは柔らかい表情で頷きを送ってくる。レイトキは無言のまま彼らのテーブルへと歩み寄り、席に着く。周囲の空気は以前よりも微妙に張りつめており、配置変更による不安や疑問が、それぞれの心の中にくすぶっているのが感じ取れた。だがそんな静けさも、長くは続かなかった。
突如、施設全体に警報音がけたたましく鳴り響き、天井のスピーカーから緊迫した機械音声が流れ出す。
「《注意――区画D-7にて因子暴走反応を確認。周囲への影響拡大中。立ち入り禁止区域を拡張、対処班を派遣》」食堂内の空気が一瞬にして凍りつき、誰もが口を閉ざして音の発生源の方を見やる。レイトキはすぐに身構え、心の中で警戒を強める。
「因子の暴走……このタイミングで、まさか偶然なのか?」
まだ答えが出ないうちに、次なる混乱が彼らのもとへと迫りつつあった。警報音が鳴りやまないまま、スピーカーからさらに緊迫した放送が重ねて響き渡る。
「《再通知――因子暴走反応を複数確認。小規模な暴走個体に加え、レベル判定:大規模に相当する本暴走個体が2体出現。現場の制御が困難なため、待機中の正規実験体も直ちに出撃せよ》」放送が終わると、食堂内に重い緊張感が一気に立ち込める。与太郎が食器を置き、低い声で毒づくように呟く。
「何ぃ!?……複数だと?普通なら一度に1体起きるかどうかって話なのに、小さいのまとめてさらに大物が2体だと?こんなの初めてだ」斗愛はすでに席を立ち、体の力の流れを確かめるように手首を軽く回しながら冷静に状況を分析する。
「偶然が重なっただけとは思えない。配置を整理した直後にこういう事態が起きるなんて、何か裏がある可能性が高い」ゼクスは立ち上がると、冷ややかな目で一同を見回す。
「理由なんて後で考えればいい。命令は出た。俺たちが出なければ施設が混乱し、最悪俺たち自身にも被害が及ぶ」カグラは静かに頷き、ゆっくりと立ち上がる。
「行くか……どんな結末が待っていようと、この場にいる限り逃げることはできないようだ」レイトキも席を離れ、手のひらに力を込めてみる。体内の因子がこの異常な事態に反応するようにわずかに波打つのを感じながら、彼は短く口にする。
「わざと起こされたものなのか、それとも……いずれにしても、現場に行けば何かが見えるだろう」一同は互いに視線を交わし、それぞれの武器と力を整えると、警報の鳴り響くD-7区画へと向かって足を踏み出した。ゼクスは既に歩き出しながら、振り返りもせずはっきりと指示を出す。
「アハト、ズィーベン、行くぞ」後ろをついていこうとしたズィーベンが、ちょっと足を止めてこちらを向き、疑問を挟む。
「え〜、そんなに急いで?ジョーカーくんたちと協力していかないの?力を合わせた方が安全だと思うけど」だがゼクスは肩越しに冷たい視線を送り、断固とした口調で答える。
「ダメだ。ノイン、ツェーン、アインス、エルフならまだ予測がつく範囲だが、EXのカグラやジョーカー――レイトキは不確定要素が多すぎる。何を考え、何をしでかすか読めない」
少し間を置いて、さらに言葉を続ける。
「それにノインたちだって、最近は考え方が変わってきてるようで、こちらの思惑とずれている部分が出てきた。信用しきるには早すぎる」それを聞いた久美子は、わざと少し首を傾げ、まるで拗ねたような、でもどこか演技めいた調子で声を上げる。
「え〜、ちょっとぉ!そんな言い方ってないじゃない!ひど〜い!私たち、そんなに信用できない相手なのかなぁ?」表面的には悲しげな表情を作っているが、瞳の奥には冷静な観察の光が隠れている。ゼクスの警戒心が強いこと、そして今回の事態で誰もが互いを測り合っている状況を、彼女はしっかりと見抜いていた。ゼクスはただ鼻を鳴らすだけで、再び前を向く。
「疑うのは生き残るための基本だ。こんな状況で誰も彼も無条件に信じるほど、俺は甘くない」こうして現場へ向かう道中から、すでに彼らの間には、力を合わせるべき敵よりも複雑な、互いの距離感と疑心が渦巻き始めていた。ゼクスたちの背中が通路の先に消えていくと、久美子の表情からわざとらしい調子がすっと引いていく。
「ああー、そういうことかよ」低く吐き捨てるように言った後、すぐにいつもの落ち着いた口調に戻り、隣に立つレイトキへと視線を向ける。
「レイくん、あんな態度をされても、行けるよね?」レイトキは一瞬ためらうことなく、まっすぐ前を見据えて、はっきりと力強く答える。
「問題ない。任務は遂行する!」その声には迷いもためらいもなく、自分の力で状況に対処するという確固たる意志が込められていた。斗愛、与太郎、カグラ、デュークもそれぞれ頷き、体の力を高め始める。グループは二手に分かれた形になったが、向かう先は同じ暴走現場。道中の疑心は残っていても、目の前の危機に対峙する覚悟だけは、どちらの側にも共通しているようだった。D-7区画の入り口に到着すると、中からは歪んだ魔力の波動と低いうなり声が重く押し寄せてくる。扉を開けて内部を確認した一同は、思わず足を止める。広い空間の奥には、肉塊とエネルギーが混ざり合った異形の姿が3つ、うねりながら存在していた。どれも因子が制御不能に膨れ上がった「本暴走個体」の特徴をはっきりと示している。デュークは即座に舌打ちを鳴らし、不機嫌そうに声を上げる。
「オイオイ……事前には本暴走個体が2体と報告を受けてたはずだぜ?これじゃあ3体じゃねえか!」彼の言葉通り、数が一つ増えていることで戦力計算が完全に狂っている。久美子は眉をひそめ、周囲の監視機器や魔力測定値を素早く確認する。
「感知システムの誤作動?それとも……最初から正確な数を伝えていなかった、ということ?」レイトキは3体の個体を順に見据え、体内の力を静かに高めながら低く呟く。
「配置換えの直後、数も場所も曖昧なまま実戦に送り込む……状況が怪しいのは最初からだった、というわけか」どんな意図が隠されていようと、目の前に迫る危険だけは確かだった。3体の暴走個体はすでに彼らの気配に反応し、怒りと混乱に満ちた雄叫びを上げながら、ゆっくりとこちらへ向きを変え始めていた。デュークは状況を一瞬で見極め、はっきりと指示を出す。
「よく見ろ――2体は固まってこっちの方向へまっすぐ向かってきてるぞ。このままバラバラに動けば各個撃破されるだけだ」彼は指で敵の配置を示しながら、即座に編成を決める。
「俺、カグラ、久美子、斗愛、与太郎、それにレイトキ――この6人で一つのチームにまとまろう。力を合わせてまずこの2体を確実に抑え込む」カグラは静かに頷き、周囲のエネルギーの流れを読み取るように目を細める。
「合理的な判断だ。数が増えた以上、単独行動のリスクは大きすぎる」久美子もすぐに態度を切り替え、手のひらに淡い光を宿らせる。
「了解!ゼクスくんたちとは別行動になっちゃうけど、こちらで自分たちの戦い方を作るしかないね」レイトキは無言のまま、体の中の因子の力を調整しながら短く応じる。
「構わない。役割は何でも受ける」
与太郎は肩を回して力を込め、低く唸るように言う。
「よし、決まりだ。どんな罠があろうと、目の前の敵を倒すことだけに集中するぞ」斗愛も冷静に武器のように使う魔力の形を整え、全体の動きを見渡す。
「2体を同時に相手にするなら、攻撃と防御の役割をはっきり分けよう。衝突まであと少しだ」チームとしての連携が瞬く間に固まり、6人は一つの塊となって迫り来る暴走個体へと備える体制を整えた。迫り来る2体の暴走個体が同時に腕を振り上げると、圧縮された魔力が拳の形を成し、空気を引き裂くような轟音と共に一直線に飛んでくる。だが次の瞬間、レイトキが前に一歩踏み出し、両手を軽く広げる。
「空間操作――発動」彼の周囲の空気がまるで柔らかい布のように歪み、光の屈折までもが不自然に曲がって見える。飛来した拳圧はその歪みに触れると、進路を大きくそらされ、横へと逸れて壁に激突。コンクリートの破片が飛び散るだけで、チームへの被害は完全に防がれた。レイトキは体の中心を保ったまま、冷静に状況を口にする。
「ムー因子とネームレス因子の性質を応用した防御だ。直進する力の流れなら、空間の軸を少しずらすだけで無力化できる」後ろに控える一同は、そのスムーズな防御にわずかに目を見張る。デュークがすぐに続けて指示を飛ばす。
「いいぞ!レイトキが防ぎの要になってくれるなら、俺たちは隙を突いて攻撃に回れる!カグラ、久美子、左側を抑えろ!斗愛、与太郎、右側の動きを封じるんだ!」空間の歪みがまだゆっくりと波打つ中、6人の連携戦術が本格的に動き出そうとしていた。レイトキが空間を歪めて攻撃を防いだ隙に、チーム全員が一斉に反撃を開始する。カグラは前に踏み出すと、右腕の皮膚が瞬く間に鱗に覆われ、骨格が膨らんでドラゴンのような太く硬い腕へと変貌させる。
「この力、試させてもらうわ!」重々しい咆哮と共に腕を大きく振り下ろすと、暴走個体の肩に鈍い衝撃が炸裂。異形の体が大きくよろめき、うめき声を上げる。隣では久美子が体の後ろから次々と光り輝く多腕を生やし、まるで嵐のような連打を浴びせる。
「こっちを向いてばかりじゃ、前に進めないよ!」数十本の腕が素早く出入りし、暴走個体の動きを細かく封じ込め、防御の隙間を次々と作り出していく。斗愛は細身の刀を抜き放つと、刃先に風の渦と稲妻の閃きを同時にまとわせる。
「風で軌道を隠し、雷で神経を麻痺させる!」低く構えた姿から瞬く間に踏み込み、残像を残す速さで切りつける。切断面からは火花が散り、異形の体が痙攣するように硬直する。そして与太郎が低く腰を落とし、両手に力を集中させて正面から突進する。
「これで芯まで届け!」分厚い筋肉に力がみなぎり、重い一撃が暴走個体の腹部へとめり込む。内側から力が拡散するような衝撃が走り、異形の体が大きく後ろへと吹き飛ばされる。一連の攻撃が流れるようにつながり、2体の暴走個体は一時的に動きを止め、不安定にうねりながらも反撃の体制を整えることができないでいた。レイトキは空間の歪みを解きつつ、次の動きに備えながら呟く。
「連携は上手くいっている……だが、まだ本体の力は完全に削れていない。油断はできない」反撃の連撃で動きを封じられたかに見えたその瞬間――2体の暴走個体の間で、不穏なエネルギーのうねりが急激に膨れ上がった。左側にいた個体の体表面が、溶けたゴムのように波打って変形し、中心部から黒い渦のような吸引力が生まれる。もう一体の仲間が抵抗する間もなく、体ごと引き寄せられ、皮膚や筋肉、さらに暴走した因子の力まで、まるで水に吸い込まれるかのように次々と飲み込まれていく。
「なっ……!?」与太郎が驚きの声を上げ、思わず後ずさる。数秒も経たないうちに、2体だった姿は完全に1つに統合された。吸収を終えた個体は一回り以上も巨大化し、表面には濁った光沢が浮かび、周囲の空気が圧迫されるような重い力場を放ち始める。低いうなり声も、さらに深く、凶暴な響きへと変わっていた。カグラがすぐに状況を読み取り、警戒を強めるように叫ぶ。
「因子の共鳴……暴走状態では抑制機構が働かないため、同質の力を無差別に取り込んで肥大化している! これで強さが2倍どころではなくなったぞ!」レイトキは空間の流れを探りながら、冷ややかに状況を判断する。
「まるで最初からこうなることを予定していたかのような動きだ……この事態自体が、何者かの手の上で操られているように感じる」統合された新たな暴走個体は、ゆっくりと頭を上げ、充血したような光の目でこちらを睨みつける。戦いは予定外の方向へと、さらに危険な局面へと変化していった。融合してさらに凶悪な姿となった暴走個体は、低く唸りを上げると、周囲に散乱していた重い鉄骨やコンクリートの塊を、まるで小石でも扱うかのように片腕で掴み上げる。
次の瞬間、力任せに腕を大きく振り回し、次々と瓦礫の塊を高速で投げつけてきた。複数の弾丸のように飛んでくる破片は、通路の壁を砕き、床に深い亀裂を刻みながら、6人めがけて殺到する。
「くっ、範囲攻撃に切り替えてきたか!」デュークが警戒しながら叫ぶ中、レイトキが即座に前に出る。
「任せろ!」彼は両手を広げ、ムー因子の力を最大限に展開――周囲の空間に強い歪みの膜を張り巡らせる。飛来する瓦礫は次々と見えない壁に当たり、軌道を大きく逸らされたり、勢いを完全に失って粉々に砕けたりして、チームの前で無力化されていく。だが融合個体の力は想像以上に強く、大きな鉄骨の塊が空間の歪みを一部押し広げるように進んでくる。
「一部が突破される!」カグラがすかさずドラゴンの腕を振り回して残りを弾き返し、久美子の多腕が細かい破片を払い落とす。斗愛と与太郎は身を低くして避けつつ、反撃の隙を探る。融合暴走個体はなおも次々と瓦礫を投げ続け、視界を遮りながらこちらの動きを制限しようと圧力をかけてくる。戦いの主導権は一気に相手側へ傾き始めていた。瓦礫の雨が降り注ぎ、空間防御の限界が見え始めたそのとき、デュークが奥歯を噛み締め、決意を込めて叫ぶ。
「あんまり多用したくない力だが、この状況じゃ言ってられん!」言い終わるや否や、彼の背中の衣装が裂けるようにして6本の太い腕が新たに展開され、体全体がわずかに膨らむように変形する。同時に口元からは、きらきらと光を帯びた糸のようなものが次々と吐き出され、空気中で瞬く間に太く強靱な束へと変わっていく。
「喰らえ!」6本の腕が巧みに糸を操り、まるで網を広げるかのように前方へ投げ出す。糸は融合暴走個体の手足や胴体に絡みつくと、瞬く間に硬化し、相手の動きを強く拘束し始める。ガチリ、という重い音が響き、さっきまで自由に瓦礫を投げていた巨体が、引きつけられるように動きを止め、身動き一つできなくなる。力任せに暴れようとしても、糸は引っ張られるほどに強度を増し、締め付けを強めていく。
「この糸は分子レベルで結合する特性がある!無理に引きちぎろうとすると、逆に体そのものに損傷が及ぶ仕組みだ!」デュークは額に汗を滲ませながら糸の張りを調整し、後ろに踏ん張る。一時的にせよ相手の動きを封じることに成功し、チームに反撃の時間が生まれた。
「今だ!この隙に力を集中させて弱点を突くぞ!」デュークの拘束が決まった瞬間、レイトキが低く鋭い掛け声を放つ。
「行くぞ!星精弾!」彼の両手のひらから、黒みを帯びた紫の光をまとう無数の触手が瞬く間に伸び出し、銃弾のような鋭い形へと変形する。スターヴァンパイア因子の力を凝縮させたそれらは、空気を裂くような音を立てて次々と発射されていく。触手弾はまっすぐ融合暴走個体の体に命中すると、貫通すると同時に吸い込むような性質を発揮――暴走して不安定になったエネルギーを根こそぎ奪い取り、異形の体の表面に深い穴を穿っていく。
「この弾は力を奪いながら内部から崩壊させる!これで一気に消耗させる!」レイトキは次々と照準を調整し、弱点となりそうな接合部やエネルギーの集中箇所を狙って撃ち続ける。触手が命中するたびに融合個体は苦悶のうなりを上げ、体を大きく震わせる。拘束糸がきしむ音が響く中、内部から力を削り取る攻撃が確実に効果を現し始めていた。レイトキの攻撃で融合個体の力が乱れ、体の動きがさらに鈍った瞬間――久美子が鋭く声を上げる。
「今だ!くらえ!」彼女の背中からは、先ほどよりもさらに数を増やし、輝きを強めた無数の光の腕が一斉に展開される。それらはまるで嵐のように舞い動き、次々と鋭い打撃や突きを繰り出していく。ドン、ドン、ドンッ――連続する衝撃音が重なり合い、異形の体全体を激しく揺らす。一発一発は軽く見えても、暴走した力の流れをかき乱すように的確な位置を狙っており、レイトキが穿った穴や接合部にさらに深く食い込んでいく。
「抑え込んだ流れを断ち切ってやるんだから!もう力を集中させることも、元に戻ることもできないよ!」多腕が出入りするたびに、融合個体からは不安定なエネルギーの噴出が漏れ出し、苦悶の叫びが次第に力を失っていく。デュークの拘束が緩むこともなく、攻撃の波は途切れることなく降り注ぎ、巨大な体を確実に崩壊へと導いていた。久美子の連打で体勢が崩れたところに、カグラが低く地を蹴って一気に距離を詰める。ドラゴンの鱗で覆われた右腕を鋭い手刀の形に整え、融合体の首の後ろ――エネルギーの流れが集中する急所めがけて、重みのあるチョップを次々と叩き込んでいく。
「ここが力の中枢だ!流れを断ち切る!」一撃ごとに鈍い振動が伝わり、融合体の体表面が波打つように歪み、制御を失ったエネルギーが漏れ出す。
すかさず斗愛が後方から滑り込むように入り込み、風と雷をまとった刀を閃かせる。
「これで接合部を断つ!」残像のような速さで連続斬撃を繰り出し、カグラが弱らせた部位を次々と切り裂いていく。刃が触れるたびに稲妻が走り、暴走した神経回路を麻痺させ、体の結びつきをどんどん緩めていく。 最後に与太郎が全身の筋肉を限界まで膨らませ、足元の床が軋むほどの踏み込みから、渾身の力を右拳に集約する。
「決めるぞぉおお!」重い咆哮と共に、彼の渾身の一撃が融合体の中心部へとめり込んだ。内側から力が炸裂するような衝撃が走り、体全体に無数の亀裂が生まれる。次の瞬間、融合暴走個体は悲鳴にも似たうめき声を上げながら、不安定に膨れ上がったエネルギーと共に、光の破片へと崩れ散っていった。6人の息が上がり、崩れ散った融合個体の破片がゆっくりと床に落ちていく中、通路の別の方向から足音が近づいてきた。振り返ると、ゼクス、ズィーベン、アハトの3人が、汚れや傷を負いながらも無事な姿で現れる。彼らの背後には、もう1体の暴走個体が力なく横倒しになり、すでに活動を停止しているのが見えた。ゼクスは剣を軽く払って鞘に収め、冷ややかながらも少し肩の力を抜いた口調で言う。
「こっちの1体も、とっくに片付けていた。手間取らせやがって」ズィーベンは荒い息を吐きながら、こちらの様子を見て目を丸くする。
「ええっ、こっちも全部倒しちゃったの?融合して大きくなったって聞いて、大丈夫かなって心配してたんだよ」アハトも穏やかな表情で頷き、続ける。
「結果的に全滅させられたようで何よりだ。予想外の事態が重なったが、お互いに役割を果たせたようだ」両方のグループが合流し、静寂が戻った現場を見渡す。警報音はまだ鳴り続けているが、因子の暴走反応はすでに完全に消えていた。だがレイトキは、勝利の余韻に浸ることなく、周囲の痕跡を冷静に探りながら低く呟く。
「数が合わなかったり、突然の吸収融合が起きたり……今回の暴走は、自然発生の事故とはどうしても思えない」久美子も隣で頷き、瞳に疑いの色を浮かべる。
「そうだね。私たちがここに集められた直後に起きるなんて、タイミングが良すぎる。誰かが意図的に引き起こした可能性が高い」ゼクスはその言葉を聞いて眉をひそめ、壁の監視カメラのレンズを鋭く睨む。
「だとしたら、俺たちはただ試されただけか?それとも、もっと悪い意味での使い捨てにされかけたのか……」戦いは終わったものの、この事件の背後に隠された真実と、これから彼らに迫る状況の変化が、まだ暗い霧の中に隠されたままだった。戦いの余韻が残る現場で、レイトキは一同の力の特徴を整理するように、はっきりとした口調で言い出す。
「この戦いでの動きを見て確認できた。それぞれに埋め込まれた因子の系統はこんなところだろう。デュークは牛鬼の怪力と再生力、それに鬼人の変身能力と糸の生成――この二つが基盤だ。久美子は多腕族の身体拡張能力と、妖精霊の高速回復・精密操作の性質を併せ持っている。斗愛は風や雷などを操るエレメンツ、それに俊敏さと感覚強化のケット・シーだと見る。与太郎は重厚な力と耐久力の酒呑童子、さらに力の上限を突き破る神殺しの因子が入っている。
カグラの場合は……夢魔とドラゴニュートの組み合わせ、といったところかな」それを聞いたカグラは少しだけ口角を上げ、はっきりと訂正する。
「惜しい。ドラゴニュートのほうは完全に当たっている。だがもう一方は、ただの夢魔ではないよ。サイバー夢魔――電脳空間や情報の流れに干渉し、意識や認識そのものに影響を与える系統の因子だ」レイトキは眉をわずかに動かし、納得するように頷く。
「なるほど、だから力の性質に曖昧で捉えにくい部分があったのか。情報干渉と幻想操作……これまでの常識とはまた違う方向の力だな」カグラは静かに続ける。
「アナタ自身が電脳世界に入り込める性質を持っているように、ワタシの因子もあちら側の法則と繋がっている部分がある。この施設の『異質さ』が、そういう組み合わせを生み出しているってことだよ」その言葉を受けて、一同はそれぞれ自分の力の出自について、新たな理解を深めていく。ただの伝説上の存在を模した因子ではなく、もっと広く未知の領域と関わる力が、彼らの体には埋め込まれているのだと改めて感じ取っていた。戦いの後の静けさの中、レイトキは周囲の仲間たちを順に見渡し、迷いなく口を開く。
「お前らにだけなら、俺に埋め込まれた因子のことを話しても大丈夫そうだな」彼はゆっくりと、一つずつ説明を始める。
「まず最初はスターヴァンパイア因子。これはクトゥルフ神話に登場する『外なる神』の性質と、伝承にある吸血鬼種族バーヴァンシーの力を基に、さらにムンドゥス因子という概念的な力を融合させて作り出された、まったく新しい系統だ」少し間を置き、次の因子へと話を進める。
「二つ目がムー因子。名前の通り、超古代文明とされるムー文明の技術や力の法則を解析・抽出したもので、空間の歪みや干渉、物理法則への部分的な影響力を持っている」そして最後の二つつについて、彼の声はわずかに重みを増す。
「三つ目はネームレス因子。調べた限りでは、ジョースタッド皇国の皇帝ジョンアイデル陛下をはじめ、『名無しの存在』と呼ばれる特別な力を持つ者たちの遺伝子と情報を集め、一つに再構成して生み出された代物らしい。それに加えて、件狐の因子――心を読んだり未来を予見し、因果に干渉したり変化を起こせるとされる、古来より伝わる特異な存在の性質までもが組み込まれているんだ」 一同は言葉を失ったようにレイトキを見つめる。彼ら自身が二つか三つの因子を併せ持つだけでも例外的とされる中、レイトキの体にはそれぞれ出自も性質もまったく異なる、強力かつ未知の力が複雑に織り込まれていることが明らかになったのだ。
久美子は驚きを隠せないまま、静かに呟く。
「まるで世界中の伝承と力の根源を一つの体に詰め込んだような……それが『包括の歯車』と呼ばれる理由なの?」レイトキは淡く頷き、どこか自嘲気味に続ける。
「ああ。何でも受け入れ、何でも再現し、何でも融合させる――それが俺という実験体の、最初から定められた役割らしい」久美子は少し表情を引き締め、はっきりと言った。
「これほどの内容、他の者に無闇に明かさないほうがいいわね。特に施設側に知られたら、さらに厳しく管理されるか、別の目的で利用されるだけだから」レイトキも静かに頷き、周囲の気配に注意を払うような目つきになる。一方、施設の分厚い防壁の外――監視の届かない人里離れた場所に、黒いコートをまとった男が一人立っていた。その名はエピデンドラム。彼は遠くにそびえる施設の建物を眺めながら、どこか投げやりな口調で独り言をこぼす。
「キキョウに頼まれて、わざと暴走事故を引き起こしてやったが……こんな出来事が、あいつの成長や選択に本当につながるのかね」肩をわずかに落とし、興味のなさそうな様子で続ける。
「まあ、どんな結果になろうが、俺には関係のない話だ。頼まれたことだけ済ませれば、それで十分さ」彼の体からは微弱ながら、暴走個体と同系統の力の残り香がほのかに漂っていた。この事件が最初から誰かの計画の一部だったことを示す証拠が、静かに風に紛れて消えていくのだった。戦いを終えて部屋に集まったレイトキたちは、今後のことを話し合うように静かに向き合っていた。レイトキはまっすぐ前を見据え、強い決意を込めて言葉を発する。
「これから自由を求めるにしても、この組織に留まる道を選ぶにしても――どちらを選んだとしても、俺はさらに力をつける。自分の意思で生きていくために、それが必要だからだ」
久美子は彼の言葉に頷き、はっきりと自分の思いを打ち明ける。
「私は最初から自由になりたいって思ってる。与太郎も、斗愛も、カグラも、デュークも、心の奥では同じ気持ちのはず。だけど私はそれだけじゃなくて――レイくんも一緒に連れ出したいって、強く思ってるんだ」続いて与太郎が腕を組み、低いながらも真摯な調子で口にする。
「俺はお前に、ある意味で期待してるんだぜ、レイトキ。これまで誰もできなかったことを成し遂げる可能性が、お前にはあるように見えるからな」斗愛も柔らかくも芯の通った声で加える。
「最後に道を決めるのは自分自身だけれど、何もかも一人で抱え込む必要はないよ。私たちがここにいる。力を合わせれば、見えなかった選択肢だって見つかるはずだ」カグラとデュークも黙って頷き、仲間としての意思を示す。レイトキは彼らの言葉を心に刻み、迷いの中にあった自分の足元が、少しずつしっかりと固まっていくのを感じていた。
「……わかった。俺も、お前たちを置いて一人でどこかへ行くつもりはない。これからは力をつけるだけじゃなく、お前たちと共に、自分たちの道を探していく」こうして、彼らの間には単なる同じ施設の仲間を超えた、共に未来を選び取ろうとする絆が、はっきりと形を成し始めたのだった。




