EPISODE0-5【協力者など】
朝が明けると、レイトキは端末に届いた新たな通知を確認した。今回の記載には、これまでの区画内移動権限に加え、施設外への外出許可が追加されていた。彼は入口の認証ゲートへ向かい、端末をかざす。警告音も制限表示もなく、重い防護扉は静かに左右へと開いていく。初めて目にする外の空気が、冷たく澄んだ風となって肌に触れた。レイトキは一歩外へ踏み出しながら、冷静に状況を分析するように低く呟く。
「施設の外へ出る許可まで、権限として与えられたのか……」彼は手の中の端末を見つめ、わずかに眉を寄せる。
「このミクカード一体型の端末に記録されている情報だけではないようだ。おそらく、管理サーバー側に別途で権限データが登録され、随時照合されている仕組みだな」ただ「自由が増えた」と単純に喜ぶことはない。権限が上がるたびに、裏には必ず何らかの意図が隠されている――廃棄区画で見た光景や、スタッフの冷たい言葉が、そういう警戒心を彼に刻み込んでいた。「信用された結果なのか、それとも、外での行動を観察・追跡しやすくするための手段なのか……」答えはまだ出ない。だが少なくとも、施設の壁の外に広がる世界を、自分の目で確かめる機会が得られたことだけは確かだった。レイトキはゆっくりと歩き出す。見慣れない景色の中に、新たな情報、そして思いがけない出会いが待っているとも知らずに。レイトキは歩みを止め、手の中の端末をもう一度詳しく調べ始めた。カバーの内側にある隠しポケットに指を差し込むと、ミクカードとは別の、少し厚みのあるカードが収まっているのに気づく。取り出して光にかざすと、表面には微細な回路模様と、視覚的には読み取れない暗号化された刻印が浮かんでいた。
「これは……権限カード、か」彼は静かに確認しながら続ける。
「ミクカードは身分証明や位置情報の記録が主な役割だが、こっちは別系統。先ほどの認証でも端末だけで通れたのは、このカードに独立した権限データが書き込まれているからだろう」二種類のカードが存在することで、ますます管理の仕組みが複雑であることが見えてくる。
「一つが国のシステム、もう一つが施設内部の専用システム……二重に縛られ、二重に監視されているということか」レイトキはカードを元の場所に戻し、端末をしっかりと握りしめる。外に出られる自由が与えられたように見えても、自分の行動はどこまでも追跡され、制御されている――その事実を改めてはっきりと認識した。
「何をするにしても、この二つの“鎖”を意識しながら動かなければならない、というわけだ」彼は再び前を向き、警戒の目を光らせながら、初めて踏み出す外の世界へと歩き出した。施設の外、人目につかない場所に身を置いたキキョウは、小型の通信端末を取り出し、低く落ち着いた声で連絡を入れる。
「例の個体――レイトキのことだ――とは、予定通り接触を済ませた」
画面の向こうから短い応答が返るのを待ち、続けて状況を伝える。
「ストレンジ・プレデター側が発信する位置情報の信号についても、傍受と特定は可能な状態になっている。当面は彼の動きを察知されることなく、こちら側だけで追跡・調整できる」彼女は街の方向を遠くに見やり、わずかに表情を引き締める。
「本人はまだAとBの道の間で迷っているようだ。だが、疑問を持ち始め、自分で考えようとする意思は確かに芽生えている。これから少しずつ、選択の材料を与えていく段階に入る」通信を終えると、端末を静かに仕舞い込む。表向きは単なる接触と情報収集だが、その背後には、レイトキだけでなく他の実験体たちの運命をも左右しかねない、長期的な計画が秘められているようだった。施設内の管理ネットワークには、これまでとは明らかに異なる動きが記録され始めていた。
レイトキがいるこの支部に割り当てられていた正規実験体たちの配置が、突如として大幅に変更されたのだ。
管理室の画面には、名前と識別番号が次々と別の拠点へ移される表示が流れていく。その中で、この支部に残されたのはわずか5名――久美子、与太郎、斗愛、カグラ、デュークだけだった。他の正規品はすべて、国内各地に点在する別の支部へと分散させられ、これまでのグループ単位のまとまりが意図的に解消された形となっていた。
レイトキは端末に流れる配置変更の通知を読みながら、静かに状況を分析する。
「正規品をバラバラに移す……これは単なる人員調整ではないな」
彼は先日見た廃棄区画のこと、権限の変化、そしてキキョウの言葉を思い出し、冷ややかな推測を巡らせる。
「一つの場所に力のある者たちが集まりすぎると、連携して何かを起こす可能性を警戒しているのか。それとも、『選ぶ道』が分かれ始めた今、グループごとの影響力を抑え、個々を管理しやすくするための措置なのか」
この支部には自分と、意志を持って動き始めた5人だけが残された。残りの者たちが遠くに移されたことで、連絡を取ることも、力を合わせることも格段に難しくなる。
「組織としては、俺たちの選択が何らかの方向に傾く前に、手を打ってきた、というわけだ」レイトキは再び手の中の3枚のカードに視線を落とす。自由が増えたように見えても、周囲の環境はより緻密に制御され、選択の幅を狭めようとする圧力が静かに迫ってきていることを、彼ははっきりと感じ取っていた。レイトキは部屋に備え付けられた管理端末に手を伸ばし、認証を通して内部データベースへアクセスする。新しく与えられた権限のおかげで、配置変更の詳細や個々の評価情報まで、以前より深く参照できるようになっていた。画面に並ぶ名前とデータを順に読み込みながら、はっきりとした口調で自分の推測を口にする。
「なるほどねぇ〜、残されたのは久美子、斗愛、与太郎、カグラ、それにデューク、か」彼は指で画面上の「離反リスク」「思想傾向」といった項目をなぞり、少し考え込むように続ける。
「一つの見方をすれば、これは組織に逆らう可能性のある者たちを一箇所に集めて、監視しやすくし、まとめて抑え込もうという魂胆なのかもしれない」
だがすぐに別の可能性も浮かび、声を落として付け加える。
「……それとも、逆にこのグループを試すためか。同じ志を持つ者同士が集まれば、連携して何か行動を起こそうとするはず。その反応を観察し、『役に立つか、それとも廃棄すべきか』最終的な選別を行おうとしているだけ、という見方もできる」画面に映る数値だけでは本当の意図は読み取れない。だがいずれにしても、この配置換えが「偶然」ではなく、組織側の明確な意思に基づいた操作であることだけは確かだった。
レイトキは端末の電源を落とし、静かに呟く。
「俺自身もここに残されている以上、この試練から逃れることはできない、というわけだ」レイトキは端末の画面を閉じ、手を離しながら、はっきりとした口調で自分の方針を定めるように言った。
「まあ、結果的にこのメンバーが同じ場所に残ってくれたのは、俺にとってはむしろ好都合だ」彼は立ち上がり、窓の外の施設内の様子を見つめながら続ける。
「組織が何を企んでいようと、俺は俺のペースで、俺の判断で動くだけだ。誰かに操られるまま、ただ『歯車』として使い捨てられる運命なんて――こんな悪夢のような状況で、終わらせるわけにはいかない」その声には、以前のようなただの冷静さだけでなく、自分自身の道を切り開こうとする、はっきりとした意志が込められていた。迷いは完全に消えたわけではないが、「待つだけではなく、自分から行動する」という選択が、彼の心の中で確かな形になり始めていた。レイトキは再び端末に手を置いた瞬間、指先から奇妙な感覚が全身に広がるのを感じた。体の輪郭がぼやけ、重みも温度も曖昧になり――次の瞬間には、自分の意識がデータの奔流の中に沈み込むように、電脳空間そのものへと移行していた。
視界には光の線が複雑に絡み合い、無数の記号や回路図が流れ続ける、まったく新しい世界が広がっている。彼はこの未知の感覚を整理しながら、はっきりとした疑問を口にする。
「なんだ、これは……?」
自身の内側を探るように集中すると、この力がこれまで知っているどの因子とも異なることがすぐにわかった。
「ムー因子の空間操作でもない、スターヴァンパイアの再生・侵食能力でもない、ネームレスの適応力でも件の力でもない……まったく別の系統だ」彼は電脳空間の流れに干渉し、自分の意思で周囲のデータの一部を一時的に固定してみる。抵抗なく思い通りに動く様子を確かめ、低く言葉を続ける。
「肉体をデータに変換し、電脳世界に直接入り込む力……これは、埋め込まれた因子の枠組みを超えた、純粋な異能力というやつなのか?」自分の存在に、まだこれほど未知の可能性が隠されていたことに、レイトキ自身も驚きを隠せなかった。組織が自分を「包括の歯車」と呼んだ意味が、少しずつその輪郭を現し始めているように感じられた。電脳空間の無数に流れる光の河の中、レイトキの前にはっきりと形を成して浮かび上がったのは、まばゆい輝きを放つ黄金の球体だった。周囲のデータの流れはこの存在を中心に緩やかに渦を巻き、まるで空間そのものが敬意を払っているかのような様相を呈している。
球体からは、響き渡るような落ち着いた声が直接意識へと届いてくる。
「お前が……『包括の歯車』として作られた個体か」
レイトキは警戒を解かず、無言のままその存在を注視する。すると声は続けて自己紹介を告げた。
「我が名はキクリ。ストレンジ・プレデターの誕生、そしてこの組織の根本となる計画を引き起こした、最初の者である」レイトキは驚きを抑え、はっきりと問い返す。
「創設に関わった者……だが、なぜ今この電脳空間の中に姿を現す? 表向きの記録には、そんな存在の名前すら残されていなかったはずだ」黄金の球体はゆっくりと回転し、その輝きがわずかに柔らかく変化する。
「記録から消され、『伝説』か『廃棄された試み』として処理されただけのことだ。我は肉体を捨て、データと情報の流れそのものへと存在を移した。この電脳の海こそが、今の我の居場所なのだ」キクリの言葉は、この組織の歴史に隠された真実と、レイトキ自身に秘められた力の根源へと、一歩踏み込む鍵となるように響いていた。キクリの声は電脳空間全体に穏やかに響き、黄金の球体はゆっくりと脈打つように輝きを変える。
「お前は、今立っているこの世界が全てだと思っているのか?」問いかけた後、少し間を置いて、はっきりと核心を語り始める。
「いや、そうではない。世界は一つではなく、幾つも重なり合い、並び合って存在しているんだ」周囲を流れる光の帯が、まるで複数の層に分かれて見えるように変化する。キクリは続ける。
「便宜上、それらの世界の境界を越えた先に広がる領域――あるいは本来の世界の枠外にある全体を『、ビヨンダード』と呼んでおくとしよう」
レイトキは黙って聞きながら、これまでの常識が根底から覆されるような感覚を覚える。自分が生まれ、閉じ込められてきたこの世界が、全体のほんの一部に過ぎないというのか。
「ビヨンダード……それが何なのか、俺たちの存在とどう関係がある?」
問い返す声に、黄金の球体は静かに答えを返す準備を整えるように、さらに深い輝きを放ち始めた。黄金の球体は緩やかに回転を続けながら、明確な響きで説明を続ける。
「ビヨンダードは外から見れば『異世界』だが、その本質はクリプトン――お前たちが今いるこの世界と、まったく同じ根源を持っている」光の流れが形を変え、二つの重なり合う輪郭が浮かび上がるように視覚的なイメージを描き出す。
「簡単に言ってしまえば、『もしものクリプトン』というわけだ。同じ始まりを持ちながら、分岐点で別の道を選び、違う歴史を歩んできた世界――可能性の分かれ道が生み出した、並行する姿なのさ」レイトキはその言葉を頭の中で噛み砕きながら、問いを返す。
「同じ根源で、別の道を行く世界……ということは、この世界に存在するものと似た力や存在が、あちらにもあるということか?」
「ああ、そうだ」キクリは肯定する。「だが似ているだけで同じではない。法則も均衡も微妙にずれているから、こちらの理屈がそのまま通用するとは限らない。そして――お前たち実験体の因子や力の元になっている情報の一部も、このビヨンダードから引き出されているのだ」その一言が、レイトキの中に新たな疑問とともに、自分自身の力がどこから来たのかという答えへの糸口を投げかけるのだった。黄金の球体が放つ光が、まるで別の世界の風景を映し出すかのように柔らかく揺らめく。キクリの声は引き続き、具体的な姿を描くように続く。
「だがな、ビヨンダードに住む者たちは、こちらの世界の常識では理解しにくい存在だ」彼は少し間を置き、明確な特徴を説明する。
「簡単に言えば、電脳生命体と通常の肉体を持つ生命体の中間に位置するような感じなのだ」レイトキはイメージを掴もうと集中し、問いを挟む。
「中間……というと、肉体を持ちながら、データや情報としての性質も併せ持っている、ということか?」
「その通りだ」キクリは肯定する。「彼らは物理的な形を保てる一方で、意識や記憶、力の根源は情報の連なりそのものでもある。データの流れに溶け込んだり、形を再構成したり、境界線が曖昧なのさ」電脳空間の光の線が、人型の輪郭を描いては崩れ、また組み直される様子を示す。
「だからこそ、ストレンジ・プレデターが因子や力を抽出する際に、あちらの法則を一部移植しようとした結果、お前のように肉体とデータの両方に干渉できる可能性が生まれたわけだ」レイトキは自分自身が電脳空間に入り込めた理由が、こうした背景につながっていることを知り、新たな認識を深めていく。
「つまり俺がこうしてデータ化できるのも、そのビヨンダードの存在形式に近い性質が、体の中に埋め込まれているからだったのか……」
「その通り、包括の歯車よ」黄金の球体は静かに輝きを強める。「お前こそが、二つの世界の境界をつなぐ試みの集大成なのだ」レイトキは疑念を隠さず、まっすぐ黄金の球体に問いかける。
「だが、そんな重要なことをわざわざ俺に教えるというのは、どういう意図からだ? 黙っていてくれれば、俺をただの道具として利用し続ける方が、組織にとって都合がいいはずだ」
自分の正体や力の根源、さらには別の世界の存在まで明かす理由が、どうしても単純には思えない。だがキクリは動じることなく、落ち着いたはっきりとした口調で答える。
「私はただ、行く末を見守るのみだ」
黄金の輝きが穏やかに脈打ち、周囲のデータの流れが静かに調和するように収まっていく。
「ストレンジ・プレデターの現在の指導者たちの考えと、私の立場は同じではない。彼らは力を制御し、計画通りに歯車を回そうとする。だが私は――この試みがどんな結末を迎えるのか、真の可能性がどこにあるのか、それをただ見届けたいだけなのだ」キクリの声には、命令しようとする気配も、誘導しようとする意図も感じられない。まるで長い時間を経た観察者が、静かに成り行きを待っているかのようだ。
「情報を与えることで、お前自身に判断する材料を渡す。選ぶのはお前だ。従うも逆らうも、自分の意思で道を定めた先にこそ、真の結果が現れる。それ以外に、私が関与するつもりはない」レイトキはその言葉を受け止め、警戒心は残しつつも、一つだけはっきりと理解する。
「つまり、これからどう動くかは、完全に俺次第だということだな」
「そういうことだ」黄金の球体は少し輝きを弱め、遠ざかるように光の流れの奥へと沈み始める。
「迷いながらでも、自分の足で進め。それが、この試みに生まれたお前の、唯一の意味になるだろう」




