第117話 目覚め
「…………ん」
目を開ける。
文月は、いよいよ怖くなった。だが。
起き上がるしかない。
「おう。起きたか。文月」
「!」
冷たい風が吹いていた。窓を開けているようだ。見慣れない部屋。日本や九歌島ではない。プレハブの仮設住宅のような部屋だった。
「……シレークス?」
入口にはシレークスが居た。月で会ったような厳かな装飾のある服ではなく、上は黒いタンクトップに下は作業着だった。割りと似合うなと、ぼんやり思った。
「お前は割りと時間掛かったんだな。腹、減ってるだろ」
「え。……うん」
「こっち来い。ちょうど晩飯だ。今美裟が準備してる」
「美裟が居るのか?」
「…………まあ、落ち着け。順番に話してやるからよ」
「?」
シレークスを追って、建物を出る。やはり、災害時によくテレビで見るような仮設住宅だった。隣にもうひとつ建ってある。ここは山の開けた崖の上らしかった。
肌寒かった。シレークスはタンクトップ1枚だが、人によってはコートが必要なほどの気候だ。7月とは思えない。
「おい美裟。文月が目を覚ましたぞ」
「ほんと?」
「!」
そこには。
地面の上に折り畳み式のキャンプ用テーブルをいくつか立てて、その上にガスコンロや鍋を置いて、食事の準備をする美裟が居た。
「……美裟」
「おはよう。気分はどう?」
「えっ」
美裟は文月を見付けると、ほっと安心したように一息吐いて、微笑んだ。
「初めは少し頭が混乱すると思うけど。あたしのこととか、分かる?」
「……いや、美裟だろ?」
「そうよ。あんたの何かしら」
「…………妻」
「正解。大丈夫そうね」
「……?」
崖の向こうに、陽が落ちていく。それを目で追うと、崖の下に、建物がいくつもあるのが見えた。
だが、全て仮説住宅のようなものや簡単な木造建築物、テントだった。電線や鉄塔は見当たらない。高速道路や線路も見えない。景色は岩肌が所々露になった山が広がっているだけだ。
「アルテちゃんとセレネちゃんはもう1週間前くらいに起きて、今日は麓まで復興の手伝いしてたから。もうそろそろ帰ってくると思うけど」
「アルテとセレネが居るのか!?」
「…………ええ。居るわよ」
その、文月の驚きと、美裟の言葉で。
お互いに、察した。
「……やっぱりあんたも、『欠けてた』のね。誰か」
「えっ?」
「色んな『世界』を、見てきたんでしょう?」
「!」
もう、何度目かも分からない。文月は、慣れるどころか、嫌気がしていたのだ。それでも、いつか元の世界に帰れると信じていた。美裟がいれば、まだましだった。確かにどの美裟も、親身に聞いてくれた。それは美裟が言った通りだった。
だが、美裟が居ない世界もあった。その時は本当に絶望した。
「パパー! ミサ姉ー! ただいまーっ!」
「!」
その時。下の町へと続くであろう道の方から、セレネの元気な声がした。反射的に振り向くと、セレネと共にアルテも居る。ふたりとも、両手に荷物を抱えている。
「あっ」
「お前ら……」
「おに……」
が。
文月を見た瞬間に、全てを落とした。中身が溢れる。食材であるようだ。
「フミ兄っ」
「お兄さまっ!!」
そして、全速力で。こちらまで向かってきて。
ふたり同時に、兄へと激突した。
「お前ら」
「ふえ。良かったー! フミ兄起きるの遅いよ~っ!」
「お兄さま。アルテ達がどれだけ心配したか。本当に……っ。目覚めないんじゃないかと」
「えっ。おいおい……泣くなよ」
そのまま地面に倒れる。文月はふたりの妹の頭を両手で撫でる。
言いながら、彼の目にも涙が溜まっていた。
「フミ兄だって泣いてる」
「ぅ。……はは。そうだな」
「お兄さま。大丈夫です。『ここ』は、お兄さまの『世界』ですよ。戻って来たんです」
「!」
アルテの説明に、冷静になる。
「……ここはどこだ? 天界はどうなったんだ?」
「上、見てください」
「へ?」
ようやく立ち上がり、空を見る。もう陽が暮れる寸前だった。雲ひとつ無く、うっすらと星が見え始めている。
知識の無い文月が、唯一知っているものが、そこにはあった。
一番覚えやすい。四角形の星の中に、3つの並んだ星。
アルテに教えて貰った星座が。
「…………オリオン座?」
「はい。ここは、地球です。それも、『元日本列島』です」
「『元』?」
「人類の科学文明は、殆ど滅んだ。今残っている人類は、1000万人居るかも怪しいらしい」
「!」
落としてしまった荷物を拾いに、シレークスがやってくる。
「ま、正確に確かめる術もねえがな。この山一帯のコミュニティには、200人程度か。運良く生き残った連中以外は、半分以上『夜』メンバーだがな」
「……帰って、来たのか。あの後、どうなったんだ? 俺達が、『御座』に座ってから」
「話してやるって。だがまずは飯だ。おいアルティミシア、きさらぎとディアナと、アレックスはどうした」
「帰りは一緒ではありませんでした。けれど、日暮れだと決めていたのでもう戻ってくるでしょう」
「姉さんと、ディアナちゃんも?」
「ああそうだ。……おっ。噂をすれば」
「!」
見ると、神奈を抱いたきさらぎと、またしても荷物を提げたディアナ、そしてアレックスがやってきた。
「ほらお祖父ちゃん、もっと神奈を抱いてあげてよ」
「いや……。しかし」
「もう。……あっ! フミ君! 良かった起きたんだ」
「えっ。お兄ちゃんっ!」
「おお、文月様。ようやくお目覚めに」
3人とも、文月を見て驚き、すぐに笑ってやってきた。
「良かった。美裟ちゃんとかめちゃめちゃ心配して泣いてたもんね」
「なっ。……泣いては無いですよ」
わいわいと、集まって喋る。どうやら本当に、『ここ』が文月の本来の世界であるらしい。何となく、それが分かった。恐らくその『何となく』が、正解である証拠なのだろう。
「ほらほら、お兄ちゃん」
「えっ?」
「ほら、見て見て。美裟ちゃんを」
「? なんだよ」
ディアナが、悪戯っぽく文月をつついた。急かされるように、改めて美裟を見る。
「…………」
そのお腹が。
少し、大きいのだ。不自然に。ぽっこりと。
「え、太っ」
「殺すわよ」
「ごめん。…………もしかして」
ふふふっ、と。周囲の女性陣が笑いを堪えた。
「……そりゃ、あんだけやってたらね。当然っちゃ当然でしょうが」
「マジかよ!! いつだよ!!」
「因みに隠してたけど。『決戦』の日も既に妊娠してたから」
「マジかよっ!! 言えよ!」
「分かったら撫でなさい。間違いなくあんたの『子供』よ」
「!!」
全く、予想もしていなかった。普通に考えれば避妊もしていないのでいつ妊娠しても不思議では無かったのだが。文月の頭からは抜けていたらしい。
「今日は10月10日。あんたはもう3ヶ月も眠ってたのよ」
「なに」
「お腹空いてるでしょ? だから、細かい話は後にして、ご飯にしましょ。消化に良いシチューよ」
「…………」
一気に、色々なことが起こり。文月は少し放心してしまう。もう、幾度もしてきたのだが。
「ほら、フミ兄っ」
「お。おう」
セレネの声で我に帰り、野外に展開された食卓へと向かう。
「どうだ?」
「えっ」
シレークスが、声を掛けてきた。
「まあ、完璧じゃねえだろうがよ。お前の『理想』に、一番近いんじゃねえのかよ」
「……!」
美裟と。アルテと、セレネと。ディアナと、きさらぎと、神奈が居る。
シレークスが居る。アレックスも居る。
「…………父さんと、母さんは」
「居るぜ。今は眠ってる」
「!」
「まあ、その話も後だ。なあ」
「……分かった」
全員で食事を。
「フミ君! はやくーっ!」
確かに今までで——どの『世界』よりも、一番近いシチュエーションだった。




