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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
最終章:旅の終着点
116/120

第116話 無題(セレスティーネ)

「……分かった」

「え?」


 荒野に立ち。夕焼けと、巨大な影を作る岩を眺めて。

 風避けのマントに身を包んだセレネが、ふと呟いた。


「ディア姉」

「なに? セレス」


 同じくマントを着たディアナが隣に立つ。何かあったのかとセレネの視線を追うが、特に変わった所は無い。


「でもこれ、『皆』分かったのかな。特にフミ兄とか、気付くのに時間掛かりそう」

「? 『ふみにい』って、あれか。ちょっと前にセレスが泣きながら叫んでた名前」

「…………『セレネ』って呼んでよ、ディア姉」

「あ、そうだっけ。ごめんごめん。そろそろ風も強くなってきたし、戻るよセレネ。師匠も帰ってくる時間だし」

「……うん」


 夕陽に背を向けて、マントを翻す。この、果て無き荒野をさ迷う生活が、唐突に始まって。

 1ヶ月ほど経過していた。


——


「……どうしよっかな」

「なによ。さっきから変ね」


 谷に張ったキャンプで、食事の用意をする。水や食糧は魔法で簡単に産み出せる。初めは戸惑ったが、セレネはこの1ヶ月でサバイバル系の魔法は殆どマスターしていた。


「このまま『戻って』も大丈夫なのかな。……でも、早くしてあげないと『セレス』に悪いし」

「ねえセレネ」

「うん?」

「焦げてる」

「えっ! わっ!」


 『この』世界は、無限の荒野と少しのオアシスで構成されていた。

 魔法は、生活に必要なあらゆる物質を産み出すことができる。だからこそ、その才能を持つ者は重宝され、また取り合って戦争の火種となってきた。

 捨て子であったセレスティーネは、魔法使いの師匠と弟子に拾われて、二番弟子となった。『セレス』は、師匠から、名前が長いと言われて縮めたものだった。

 師匠には何か目的があるらしいが、訊いても答えてくれず、3人はオアシスの町を巡りながら果て無き荒野を今日も旅している。


「(……そんな、『設定』の世界)」


 焦がしてしまった食材を処理しながら、セレネは考える。この世界と、人々と、『あの』世界と人々を。


「よう。帰ったぞお前ら」

「師匠!」


 陽が完全に暮れた頃。ひとりの男性がキャンプへやってくる。帰ってきたのだ。


「パパ! ……あ、いや……」

「んー? あのなあセレス。俺ァお前の父親じゃねえ。いい加減慣れろ。師匠と呼べ」

「…………うん。師匠」


 シレークスだった。セレネの知るシレークスより少し若いが。確実に本人だと判断できる。その顔と声、性格で。

 この3人に、血縁は無い。無いという『設定』になっている。この世界では。


「師匠。次はどこへ行くの?」

「おう。地図あるか」

「……はーい」


 シレークスに言われて、地図を出す。広げて見るが、間違いなく地球の地図ではない。


「ここから南西に2日でオアシスがひとつある。そっから西にある、この洞窟に行く」

「何かあるの?」

「昔居た大魔法使いが遺したお宝があるって話だ」

「へえ。面白そう。ねえセレネ」

「…………うん」


 セレネが、何も『知らなければ』。それは楽しい旅になるだろう。わくわくしただろう。


「(夢、じゃない。幻影じゃない。この世界も、世界として『実在』してる。あり得た現実。別の可能性の、わたし)」


 初めは、訳も分からず泣き叫んでいた。このシレークスとディアナには随分と心配を掛けたと思う。ママが居ない。フミ兄が居ない。アルテが居ない。ずっと泣いていた。


「(どうして、『わたし』がそれを今追体験しているのか。『神』と『魂』と、『全知全能』。……わたしの状態と、世界の状況。『御座』に座った者だけが、多分『こう』なってる)」


 この世界の魔法というものには、『罰』は無かった。使いすぎると気絶するというだけで、それは眠れば快復する。


「(『罰』の無い世界。魔法という存在。わたしの価値。価値観。無限の理想と、精神の虚飾……)」


 恐らく、今『飛んだ』として、また別の『世界』へ行くのだろうということは、セレネは気付いていた。別の可能性の現実を見せられる。別の世界線の自分に『入る』のだと。


「……分かったんだ。わたしは」


 食事を済ませて。師匠はすぐにテントでいびきをかき始めた。ディアナも『弟子用』のテントに入り、耳栓の魔法を掛けて眠りに着いた。いつも、セレネはふたりより長く起きていた。


 手頃な岩に座って、星を見る。綺麗な夜空を。その星々の並びが、『ここが地球ではない』ことを告げている。そんなことは初日の夜に分かったことだ。


「……『神様』なんて、居ない。居ても嬉しくないし、迷惑なんだ」


 それは、誰が言い出したのか。何のために、『神』を産み出したのか。

 主観でしか語られない、教義が真実であることが前提の、宗教の書物では分かり得ないこと。

 調べても出てこない、調べようの無い『太古』の話。


「……人が、『生きる』為には、別に神なんか必要ない。ただ生きるだけなら、生とか死とか、考える必要もない。人が、勝手に妄想で産み出しておきながら、恨むなんて。すっごく、愚かなんだ」


 セレネは、『ここ』へ来る前も、そこまで深くは考えていなかった。ただ、ママの言う通りに。作戦通りに。フミ兄のお手伝いを。パパに会いたい。

 それだけだった。神とかルールとかなんとか、別に気にもしていなかった。


「……ママの、ママと弟が死んじゃったのは悲しいけど。別にルールとかのせいじゃない。神様のせいじゃない。……誰かに、殺されたから死んだだけなんだ」


 だが『ここ』は、いくらでも考える時間があった。やるべきことも少ない。魔法は魔術と違って『罰』も無い。気を遣って隠してはいるが、恐らく魔法の実力もとっくの昔にディアナを越えてしまっている。

 セレネはずっと、ひとりで、異世界の星空を眺めながら考えていた。


「『本当は』、月にも金星にも、勿論太陽にだって人どころか生物は居ない。神様も居なければ、魔術だって存在しない。……ん、だよね」


 今まで、魔術と当たり前のように育ってきた11年間を。

 この1ヶ月で、冷静に『切り捨てる』ことができるほどに。


「でも、『わたし』の世界には、居た。あった。……『そういう』ことだよね」


 時間が経つほどに、『前の世界』が夢だったのではないかと錯覚する危険性を考えたが。セレネは強く、それを否定した。『あの』兄が。姉が。家族が。あの旅が。

 嘘であったなど、それだけはあり得ない。あり得させる訳にはいかない。


「……多分、『ここ』で何年過ごしても。『次』に飛べばまた11歳になってる。そうやって、全部に『気付いた』時に。……わたし達は『全知』になってるんだ」


 全知全能が手に入る『椅子』だと思った。この世の全ての知識が自分の頭にインストールされると。処理に時間が掛かりそうだとも思った。だが。

 違った。

 『全知』の全ては。『全』という言葉の範囲は。『この世』どころではない。


「フミ兄達が倒した『神様』は、遥か昔に、『これ』を経験したのかな。それとも、最初から『そのように』生まれただけで、もっと別の存在なのかな」


 この世界に留まっているのも、セレネが『気付いた』からだ。別の世界だと、ゆっくり考える時間が無いかもしれない。『登場人物』が少ない『ここ』は、考え事に向いていると、セレネは判断したのだ。


「でも、そろそろフミ兄達に会いたいな。……アルテと、こんなに長い間離れてるのは初めてだし。ちょっと寂しくなってきちゃった」


 気付いたということは。『終わらせられる』ということである。全能の力は、全知を以て行うものであった。『選択する』という、自由と知恵を得るのだ。


「……多分、アルテもすぐ気付く筈。2、3回くらい飛べば。そして、多分わたしと、同じ『選択』をすると思う」


 ゆっくりと、立ち上がった。気付いてしまった以上、『ここ』に留まるのは無意味になってしまう。


「ママには、悪いけど。こんなこと言っちゃいけないけど。……心は、わたし達の方が大人になっちゃったんだね」


 『この世界』に本来居るべきは『セレス』の方だと、セレネは理解している。


「帰ろう。多分……『わたし』の世界に、『皆』居る」


 満天の星空の下で、セレネはゆっくり瞼を閉じた。

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