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王女に捧ぐ春の約束  作者: えむ


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7/8

三年目の春の手紙と最後の学び

三年目の春が来た。


公務を終えた王女は侍女から手紙を受け取るとその場で開けた。


胸騒ぎがしたからだ。


『国難の折、その場に居られぬこと、申し訳ございませんでした。双方、戦端が開かれなかったことは不幸中の幸いでした。王女殿下のご心労も重なったことと存じます。


この冬、私は北西の辺境にある古い砦に身を寄せております。名高い冒険者の方々が、魔王城の位置を特定したという噂を聞きつけて参りました。彼らに会うことが出来ましたが、実際は本格的な特定まであと少し時間がかかると聞きました。


この砦はかつて国境の備えとして築かれ、今は流れ着いた者たちの住処となっております。石壁はひび割れ、戸板の隙間からは風が入り、暖炉の薪を絶やすことができません。このような厳しい土地でも家族を作り、暮らしている人々がいます。今年の雪は深く、砦にて越冬させて頂くことになりました。冬の間、子供たちに木剣を使って教えたり、壊れた柵を直したり、家畜の世話をさせてもらっています。放浪の身にして柄にもないことをすると、なかなかに楽しい冬でした。


実はこの旅が始まってから、左の盾を失った分、右の剣を鍛えなおして参りました。始めたうちはこれまで染みついた構えや癖が邪魔をして見苦しい有様でした。ただ、最近、砦近くに出没する魔族と戦ったり、子供たちに一から剣を教えるようになって腑に落ちたこともあります。失ったものに合わせて形を変えたからこそ、新鮮な心で意図しなかった領域に届くことがあるのだと。失う前と同じには戻れませんが、違う形で立つことは出来るのだとようやく前向きに捉えるようになれました。


まだ剣の魔将軍の力には届きません。私は今更ながら、学ぼうと思います。陛下や王女殿下の尽力で帝国との関係が良好になったと聞きました。今なら60年前に帝国の英雄となった老剣士に教えを乞いに行けます。砦の冒険者から帝国辺境地にてご存命と聞きました。私の目標は道を究めることではありませんが、魔王城が姿を現す前にやるべきことが増えました。


王女殿下。

私ごときの報せのある春はそれだけでよい春とのこと、もったいないお言葉です。私も、春になれば便りを差し上げる方がいるというだけで、旅路にて人の道を違えずに済んでおります。ここには書けないみじめな思いをした日もあります。


魔王城の位置が判明すれば、この先、少し歩みを早めることになりそうです。もっとも、軽率な真似をするつもりもありませんし、王女殿下との約束を軽く扱う気もございません。

ただ、来年の春に便りが遅れることがあったとしても、どうか心配なされないでください。


道に迷ったのではなく、辿り着くべき場所に辿り着いたのだと思って頂ければ幸いです。どこに居ようが私は幸せです。王女殿下に満たされております。私は生きて旅を続けております。


国王陛下と王女殿下がこの先も変わらず春を迎えられますように。』


王女は手紙を強く握りしめたまま、王の下へ向かった。


最近は床に臥せることが増えて来た。無理をさせるのは好ましくない。


それでも、王や重臣たちと相談を重ねた。


魔王城への派兵は魔族との戦いの再開を意味する。


順調に復興が進む今、民にとって必要なものではない。


昔は魔王軍は自然災害のようなもので、一定周期で激しくなったり、大人しくなったりすると言われてきた。


今回は国が滅ぶ寸前までいったので今までとは事情が違う。


結局、王国に派兵の余力は無いのだ。


建国の勇者の剣についても進展はない。各地にある勇者と召喚士の祠や石碑まで調べつくしたが無駄だった。


王女は無力をかみしめた。結局彼の帰りを待つことしかできないのか。


三年目の手紙の返事を書くことが恐ろしかった。最後の手紙になるだろう。


『三度目の春の便り、確かに受け取りました。今年もあなたの字を読めて、そのことに安堵しました。石壁の冷たさも、暖炉のぬくもりも、雪明りも、目に浮かぶようです。伝えてくれてありがとう。あなたが子供たちに剣を教え、壊れた柵を直していたときくと、微笑ましく感じます。いずれも王宮では縁のないこと。


むずかしい事はわかりませんが、右手の剣、魔王城の噂。落ち着いて聞いていられる話ではありませんでしたが、あなたの強がりなところが懐かしく思います。


一度王都に戻ってほしい。


ふと書いてみました。けれど軽々しく命じることは致しません。どこへ向かおうとしているのか、その重さを知らぬふりは出来ませんから。


ひとつだけ、申し上げます。


あなたは昔、私を護ると言いました。


その約束には無事に帰ってくることが含まれます。最重要です。異議は認めません。


私はあなたを護る力がありませんでした。ごめんなさい。何もできずに待つだけになってしまいました。悔しいです。


この手紙は宮廷魔術師の彼に託しました。彼なら道中の障りも退けられるでしょうし、渡したいものを届けてくれるでしょう。


どうか道を違えぬよう。ご無事で。』


書き終える寸前。


我慢してきた王女の目から涙がこぼれたが、手紙に落ちぬよう手の甲でなんとか止めた。最後の字は乱れた。


このままでは手紙の返事はきっと来ない。


鏡に映る自分を見る。鬢には少し若白髪が混じる。


ここでやるべきことがあると、日々をかろうじて過ごして来たが、何もしてあげられなかった。


彼はどう過ごしてきたのだろうか。


何もできずとも、付いて行けばみじめな日に寄り添うことが出来たかもしれない。



初夏の昼下がり。


帝国領内の宿場町。


ヒゲをたくわえて、ぼろぼろの服を着た男が食事をとろうと酒場を覗いた。腰には剣が下げられている。


ちょうど入ろうとしたとき、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「ようやく見つけたぞ。元・近衛兵長殿」


振り返ると旅人にしては身ぎれいに整いすぎた男が往来で手をあげていた。


年齢は男と同じだが、華やかな顔立ちでより若く見える。


呼び止められた男は驚いた表情で尋ねた。


「あなたがこんな所まで来るとは。もしや王宮に変事でも?」


お互い、近衛見習い、魔術師見習いのころから知り合いだ。


「変事続きなのは置いておいてな。宮廷魔術師がじきじきに姫様のお手紙をお持ちしたぞ。今回は必ず届けねばならぬゆえこんな小間使いのような役を……」


宮廷魔術師はおどけたような口調で懐から手紙と小さな包みを取り出した。


白く細い指で、剣士の大きな手に乗せる。包みは驚くほど軽い。


手紙には見慣れた紋章の封がしてある。肌身離さず持ち歩いている二通の手紙と同じ。


「今すぐ確認した方がよいか?」


「包みのほうはな」


紐を解くと、赤い石がはめ込まれたブレスレットが陽に輝く。


「これは王女殿下の」


「あの日、魔王に襲われた時にブレスレットが光った。縁起物だ」


持ち主の危機を救うなどとは聞いたことないが、確かにあの時光を発して、近衛兵長は王女の側に呼び寄せられた。


使用する魔力の消費量を抑えると言われているのは知っている。


召喚士でも魔術師でもない彼が身に着けたところで何か起きる保証もない。


「遠い所までありがとう」


「姫様への感謝の言葉、お伝えしよう」


「いや、わざわざ訪ねてきてくれて」


「連れ戻せるなら連れ戻せと王命を帯びてもいるけどな。それより酒を呑もうか」


二人はその夜、酒を酌み交わした。近衛兵長は下戸なのですぐに赤くなった。


王の体調がすぐれぬこと、姫の占いの担当になり、日々の相談にのっていること。


政治の話から他愛のない話まで尽きない。


魔術師は彼の左腕を見た。机の上に乗っている。


「具合はどうだ」


「肘から先の感覚はない。肩周りの力で少しは持ち上がる。未だに咄嗟の時に左手が盾のように攻撃を弾こうとしてしまう。躱すのに困ったものだ」


「右手は逞しくなったようだが」


「そうか。そう見えるか」


言われて嬉しそうに笑った。


翌朝、二人は別れた。


「この後、帝国の老剣士に教えを乞いに?」


「ああ。出来ることは全てやっておきたい」


「毎年武闘大会を見るのが楽しみだった。あの広間でも最期の戦いを目に焼き付けようと見ていたぞ。それがなんの因果か、誰も知らぬ場所で最期の戦いを迎えそうだな」


「そんなことを言わないでくれ」


魔術師は空を見上げて独り言のように言った。


「剣に呪われている」


「……そうかも知れぬ」


懐からタロットカードを取り出した。これも初代の召喚士が異世界からもたらした物だ。


「勇者の剣を渡せずにすまなかったな。占ってやろうか」


「いや。いい」


魔術師は明るく笑った。


「来年の便り、楽しみにしてるぞ。姫様は」


「分かっている」


「分かってない。魔王城に乗り込む頭のおかしい連中と同じだ。せめて姫様の想いの結晶、不自由な左腕に着けておけ」


左手をあげて去る魔術師の背に彼は深々と頭を下げた。



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ここまで読んで頂きありがとうございます!このお話はもうすぐ終わります。

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