二年目の春の手紙とぬくもり
国難の年になる。彼が去って二度目の春風が吹いた。
届けられた手紙の封を切る時、王女の心は華やいだ。
『昨年の返書、有り難く頂戴しました。国王陛下、王女殿下の取り計らいに皆、歓喜の声を上げておりました。もちろん私もそのうちの一人です。すでに領主殿も彼も拝謁叶ったかと思います。当人はと言うと酷く恐縮しておりましたが、その後、都に向かう背は喜びと自信に満ちているようでした。その背を見て、新しく立ち並んだ家々をまぶたに焼き付けてから私は旅立ちました。魔王城の手掛かりになりそうな噂を聞き、北へ向かっております。
先日、宿場町にてある母子と知り合いました。
夫は王国兵として戦に出て帰らぬ人となったそうです。戦死者名簿に記載はされていますが、給付金が渡されていないと聞きました。王国の責任として、村役人に確かめさせ、必要な書類を整えました。文官達はこのような手続きを毎日しているのですね。新鮮な体験でした。
やはり街道沿いは荒廃し、まだまだ手が回らない様子です。他にも給付漏れを調べてみましたがキリがありません。ただ、手紙にて王女殿下に報告だけはできる立場なのでお伝えします。
その家を辞するとき、幼な子に父の思い出を聞きました。しばらく押し黙っていましたが、高い高いをしてくれたと絞り出すように言いました。父がどれけ勇敢であったか、どれだけ誠実に務めを果たしたかはこの子にはまだ分からないでしょう。けれど、自分を抱き上げてくれた温もりだけは実感として残っている。
私はその時、護るということは国や大きな使命だけではないと今更ながらに悟りました。たった一人のため、たった一人の記憶の中にあたたかなものを残せたら、それが護りになるのではないかと。私は長く、護れなかったものばかり数えて研鑽を積みました。故郷のこと、亡くなった家族のこと、戦で斃れた仲間たち。そのたびに力をもらったのは確かです。
ですが、失わずに済んだものや、あたたかな思い出を数えるべきなのではないかと。そう思うようになりました。怒りや悲しみが消えることは決してありませんが、囚われすぎているのかもと。
王女殿下は覚えておられると思います。見習い時代に私が礼を失し、飢えを抑えきれなかったこと。故郷を失って以来、満たされることが無かった飢えも、いつしか王都に安らぎと仲間を得ることで癒されました。
あの時、パンを手渡されたとき、私の心は救われました。生きる目的が新たに出来たのです。私にとってのあたたかなものはあの日に得ました。
王女殿下も国王陛下もどうかご健勝であられますように。』
ならば、帰ってこればよいのに。
王女は手紙を胸に抱いた。
初夏の頃、帝国軍が国境を侵した。
先だっての皇女の忠告があったため、王都は防衛の備えをしていた。
だが人員が足りぬのは仕方ない。
王の心労は募った。
あの日、詳しい話を聞き、帝国内の諸侯に通信して裏どりをした。
結果、皇女に資金を与え、議会に提出する弾劾の署名をしたことに後悔はない。
「布告もなしに。このような時に人がいがみ合ってどうする」
すでに王都近くの森には認識妨害の魔法をかけた騎兵が配備されており、一線を越えた時点で突撃する算段になっている。
だが、帝国軍は遙か手前の丘の上に布陣した。
王都の軍議は意外と冷静なものだった。この事態にパニックになる者もなく、淡々としている。
魔王軍の襲来を生き残った、肝が据わった者ばかりだ。
武官が言った。
「攻城には遠すぎる距離です。降伏勧告の使者でも送るつもりでしょう」
そもそも開戦の使者すら送られてない。
摂政が率いているのは間違いないが、まるで狩りにでも来たようだ。
「伏兵を気取られたのではないか?」
認識妨害の魔法を担当した宮廷魔術師たちは反論した。
「可能性として否定しませんが、もっと接近せねば感知すらできないはずです」
軍司令は首をかしげた。
「あの丘は遺跡だったな。こちらから丸見えの場所に布陣するとは。帝国が兵法に疎いとは思えない。戦う気はない可能性は?」
相手の狙いが今一つ分からない。
「かなりの数の歩兵が動員されていると報告があったが、なぜか攻城兵器の類はないらしい。そもそも姫様の風の妖精はこちらの軍の弓矢の飛距離を倍に、相手の弓矢を無効化する力がある。どうやって攻め寄せる気だろうか」
あまりにも絶大な召喚士の力は建国以来、防衛戦で何度も発揮されてきた。ゆえにお互い知る手札である。
いつものように黙って聞く王女は不思議な感想を抱いた。
(何かを試しに来た?)
翌朝、丘の上に巨大な光球が出現した。
それは時が経つにつれて輝きと大きさを増す。
王都の人々は不安を感じつつも励まし合い、恐怖をこらえた。
何が起きようと、騒ぎ立てたところで不利になるばかりだと魔王軍との戦いで学んだからだ。
宮廷魔術師は軍議にて王に説明をした。
「あれは60年前に帝国軍が魔王城に使用しようとした攻城魔法です。その時は失敗に終わりましたが」
「あの光球にて、王城か門を狙い撃つつもりか。あれに当たるとどうなる?」
「触れた建造物は消失すると思われます。別次元に飛ばされるとも。帝国の文書によると、原理としては王女殿下の召喚魔法に近いそうです。あの光球を起点として、取り囲む5つの丘を魔力ポイントに見立てて、巨大な魔法陣を作ります。膨大な魔法具が必要ですが……」
王は遮った。
「まて。つまりは悠長に様子を見ているべきではないということだな」
国民も不安を感じているだろう。
武官が口を開いた。
「これでは伏兵を解いて先制攻撃を仕掛けるしかありますまい」
王は懐から取り出した手紙を置いた。
「待て。今朝、このような文が届いた」
差出人は以前、王宮を訪れた皇女である。
「内容は謝罪と、自ら精兵を率いてあの丘に向かい、事態を収拾するつもりだそうだ。時間をくれと」
武官は懸念を口にした。
「もし摂政と裏で繋がっていたら、我が軍への単なる牽制となりましょう」
軍議ではほぼ口を挟むことが無かった王女が言った。
「彼女はそのような企みをする方ではありません。もし、本当に事態が収拾できるなら、双方に死者を出さないようにとの願いから手紙を送ったのでしょう。のちの禍根とならぬために」
皇女の眼差しは、あの日の彼と同じだった。強い意志と覚悟を秘めた目。
王は指示を出した。
「王城と正門から人々を退去させよ。門の内側に防衛線を敷きなおす。土嚢の準備を」
方針は決まったが圧倒的に不利な状況は変わらない。
帝国軍の兵数は王国軍より多い。さらに山も川もない見晴らしの良い丘に奇襲など味がわるい。
こちらから仕掛けるにしても夜襲しかないだろう。
日中にその攻城魔法とやらが発動されないのを祈るばかりだ。
日が沈む前に事態は大きく動いた。
約束通り、丘に皇女の精鋭が突入したようだ。摂政が率いて来たはずの、丘を取り巻く本軍の兵たちは不思議と動かなかった。
それでも光球は輝きを増し、大きく膨らむと王都めがけてゆっくりと落ち始めた。
宮廷魔術師達が結界を張ったが、王都に落ちる前に小さくしぼみ始め、やがて消えた。
やにわに中央の丘の周辺が漆黒に包まれ、破壊音と共に崩れる怪異が起きた。
帝国軍は夕闇の中、国境へと引き始めた。
何が起きているのか分からないまま夜になった。
事態を収拾した皇女が少ない供を連れて王城に再訪した。
摂政は魔族と契約していたのだが、詰めのところで自滅したという話だった。
そして帝国を代表して騒動の謝罪と軍を動かしたことによる賠償金の話が出た。
賠償金については王は固辞し、魔王軍との戦で被害のあった地方への復興支援を要請した。
軍事的な緊張から解放され、やっと王女は手紙の返事をしたためる時間が出来た。
『二度目の春の便り、受け取りました。今年もあなたの書いた手紙が読めて、まずそのことに安堵しました。東方領の若者たちのその後の頑張りは聞き及んでいます。こちらとしても余計な口を挟んだ甲斐があったというものです。
戦死者名簿の件、担当の役人に指示を出しました。こちらの不手際で、お手数をおかけしました。手のまわっていない街道沿いの復興については、奇しくも本日、帝国に援助して頂けるとの話がでました。
宿場町の母子のお話は胸が痛いです。人は戦場での勇猛さや最期のありさまは語っても、亡くなった者が日々残したぬくもりについてはあまり言葉にしません。思い出すと余計につらいのでしょう。けれど、ぬくもりの記憶は長く人を支えるものです。幼な子の言葉、高い高いをしてくれたというくだり、何度も読み返しました。
あなたが護れなかったものばかりではなく、失わずに済んだものを数えるべきではないかと書いたことも嬉しく思います。あの晩餐会の夜のことを、あなたはよく思い出すようですが、私は少女の頃に夜番のあなたと一緒に星を見たり、牛追い祭りで牛に襲われたときに引き上げてくれたり、楽しかった日々を思い出します。覚えていますか。
あなたは春になると便りを寄こす人になりました。私は日々を過ごす中で待つ人になった気がします。父ほどの責務などありませんが、小さく積み重ねて、一年一年、年をとっていきます。
おそらくこの手紙が届く頃にはお耳に入っていると思いますが、大きな騒動があったのですよ。どういうことだったのか、詳しくは私も分かっておりませんが。
どうか来年も無事に便りをください。報せのある春はそれだけで良い春です。』
筆を置いて王女は小さくため息をついた。
本当は旅の慰みに元気づけたい。でも、どうして少し拗ねたような物言いになってしまうのだろう。
本音なので書き直すつもりはないが。
彼は生きて帰る気がないように突き進んでいる。
そして私は春の報せを待つことに少し慣れてしまった。
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