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王女に捧ぐ春の約束  作者: えむ


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5/8

一年目の春の手紙と日常

戦後とはいえ、日常が戻った。


六時に起床して、髪を結う侍女から宮廷内、世間の噂話を聞く。


そのまま信じたりはしないが、巷の噂には人々の本音も混じる。


いままで自室でとっていた朝食は王や側近たちととるようになった。


財務卿や各長官の報告に聞き耳をたてる。


午前中は宮廷魔術師たちと勇者の剣に関する文献をあたる。


国内外の主要なダンジョンの最深部まで到達した冒険者たちを招いて話を聞いたりもした。


珍しい伝説の宝物などの知見は得たが、それだけだった。


それにしても情報がない。


宮廷魔術師は首をかしげた。


「あれほどの威信財に何の伝承も残ってないとは。普通は王家が保管し続けるものでしょうに」


もっともな意見だ。


王女も仮説を出してみる。


「可能性としては、王家の宝物庫などの奥に隠し部屋があって、そこに封印してあるとか。あるいは魔族に奪われたため、恥として記録に残さなかったとか」


どうもしっくりこない。


「近衛の盾も当初は別の名が付いていたと聞きます。銘が変わったとか?王家にまつわる名剣を調べなおしてみます」


この日も有力な情報には辿り着かなかった。


午後には隣国の使者の謁見に同席したり、地方領主の直訴や報告を聞いた。


王政に関わると思い、聞き漏らすまいと集中をする。


その後、夜まで弔問や負傷兵の慰問を行う。


夕食後は晩餐会が無ければ書籍を読んだり、書き物をしたり、歌ったりする。


一日の終わりには初代の召喚士がもたらした文化である湯船に浸かる。


あれから国境付近では魔族との小競り合いの話を聞くが、本格的な侵攻の兆しはない。


気を緩めるわけにはいかないが、魔王の負傷によってひと時の平和が訪れていた。


(彼はどこまで行ったのでしょうか)


そろそろ半年にもなるが、年が明けても近衛兵長からの便りはない。


そもそも魔王城を探すというあてどない旅。あてなき彷徨。


風の便りもないことは、吹く風も穏やかであろう。と信じたい。


彼とは主従の関係だ。


だが、大切な人のひとりだ。


(元気でやってますか)


実は隣国から縁談の話が持ち上がった。


隣国は帝政を敷いている。元は我が国から分岐したのだが、領土も軍の規模も自国よりも大きい。


若き先帝の不審死から、現在は摂政が政治を行っている。


遺された子はまだ幼く、議会も摂政主導で政治を取り仕切っている。


先帝には妹がいるらしいが、出奔しているという。


縁談の相手は摂政だ。


王族に連なる名家であり、優秀な魔術師でもあると聞く。


もし子が生まれたら当然我が国の後継ぎになる。


魔王軍に対しても強固な連携ができるはずだ。


だが侍女からの報告ではあまりよい噂は聞かない。


野心溢れる男らしい。


気になる点もある。


先だっての魔王軍との戦い、援軍に乗り気ではなかったということだ。


帝国軍はついに国境線を越えず、亡国を待つかのような様子だった。


また婚儀の交渉前に、二人の結婚がまるで決まったかのように慶事として人々に伝わっていた。


(先方が流したのかしら)


侍女はその噂にも憤っている。


「あまりに礼を失しております」


「私は大丈夫。ありがとう」


二国で協力して魔王軍に備えるならば、皆も安心するだろう。


事実、今の状況で魔王軍が襲ってきたら王国は危うい。


(魔王軍だけとは限らないわ)


王女は近衛兵長を想って遠い空に目をやった。


そんな日々を過ごす中、春風と共に彼からの手紙が届いた。


『春も深まり、王都の庭にもやわらかな色が戻る頃かと存じます。その後、御身いかがお過ごしでしょうか。


私は今、先の戦で大きな被害を受けた東方領に滞在しております。焼け落ちた家々、崩れた石垣、耕す者を失った畑。どこを見ても戦のあとにしか残らぬものばかりです。60年前の大戦のあとでも、ここまでは荒廃してはいなかったでしょう。


それでも人の営みとは不思議なもので、瓦礫の間からでも少しずつ音が聞こえてきます。朝には煙が立ち、日が昇れば槌の音が響き、夕には人々の笑い声がします。


明日への支度を日々積み重ねる人々を見ておりますと、立ち直るというのは大げさなことではなくて、黙って手を動かし続けることかもしれぬと思わされます。

私も微力ながらお手伝いをさせていただいております。


今からお伝えする内容は申し上げるべきか悩みました。ただ、思いのほかこの地には長くお世話になっておりますので、一宿一飯どころではない恩義も感じつつ書きます。


この地の復興の中心にいるのは領主殿と、その娘君、そして大工衆を束ねる若い棟梁です。

周りからみても明らかだそうですが、娘君とその若者は互いに深く想い合っているようでした。

けれど、我が国には伝統ある慣習が残っており、身分の異なる者同士の婚姻は許されぬ空気が強くございます。

若者は腕も人望も確かで、誰よりもこの土地を愛しております。ただ、お二人のその先の人生は家柄で閉ざされております。


旅の者にすぎぬ私が口を挟むことではありませんが、この荒れた土地を立て直すのは因習ではなく、新たな人の確かな手であることは明らかです。

ささいなすれ違いから多少の荒事があり、ゆえに柄にもなく、差し出がましいことですが、領主殿と若者に少しばかり覚悟の話をさせて頂きました。

しかし最後に決めるのはその土地の人々です。

いずれ、王都に領主殿が租税をお届けすると思いますが、叶うなら王女殿下にもお会いしたいそうです。


魔王城探索の話ではなく、井戸端話のようなものを書き綴ってしまい、申し訳ありません。他愛のない報告をご笑納ください。


王女殿下の婚儀の噂、この地まで聞き及んでおります。もしも慶事でしたら一度王都へ帰還いたします』


王女は手紙を読んで微笑んだ。


(あらあら。なにか、王宮仕えの時よりも人間らしくなった気がします)


堅物の彼から手紙をもらうのは初めてだが、その意外な柔らかさに思わず笑ってしまった。


もっと魔王城探索についての意気込みや、王家への忠誠などが書かれているかと思った。


(父王に見せたら彼は嫌がるかしら)


その日の午後、意外な来客があった。


行方不明とされていた帝国の皇女が訪れたのである。


王は直截に聞いた。


「つまりは内紛と?」


「はい。お恥ずかしながら」


皇女は旅装であるが、魔法を使うための杖を持っている。


二人のお供はいずれも女性騎士だった。


三人とも十代の半ばといったところか。長旅のため、外套は擦れ、靴は汚れている。


帝国からの正式な使者とみるには年齢的にも少し心もとないが、目の光は強い。


「それで、我々に頼みとは?」


「我が兄、先帝の死の後で、帝国議会の実験を握ったのが摂政です。多数決とは名ばかりの暴政により人心は離れています」


王は大体の話が見えて来た。


「摂政弾劾の賛同を是非とも。このように各国の王や主要な領主から連判状を頂いてまわっております」


皇女は書類を机に置いた。相当数の署名を集めているのは本当のようだ。


印や筆跡もそれぞれ特徴があり、偽造とするなら手が込んでいる。


暴政とは曖昧な表現だ。


後援勢力についても聞かねばならない。


ただ、その眼差しは真っ直ぐで純粋だ。


「本来ならば、隣国の帝政に干渉するわけにはいかない。自国のことは自国で決めるのが当然だ。これに手を出せば戦にもなりうる」


皇女は内心の不安を顔に出さぬよう努めた。


「ただ、摂政殿の不正を何か掴んでおられるのなら、手を貸さなくはない。詳しく話してもらおうか」


あしらわれる可能性も考えていた皇女の顔から不安の色が消えた。


「もちろんです。摂政が軍旅を催すという噂があります。魔族の残党狩りにしては大きいとききます。ご注意ください」


「それは我が国に対して?」


皇女はあえて声に出さずに頷いた。


「それから王女殿下にも申し上げたいことが」


おおよその検討はつく。


「摂政殿との婚儀のことなら正式にお断りいたします。このような話が出れば気は乗りませんですし」


皇女は安心すると申し訳なさそうに頭を下げた。


その後、王への説明は深夜まで及んだ。


翌日、王女は自室に皇女達を招き、お茶をごちそうした。


その過酷な旅路に興味がわいたからだ。


刺客に狙われつつの長い旅路の話。


話のお礼として魔術加工を施した衣服を新調して贈呈した。


この国が最後ではなく、ここからも諸侯をまわるという。


次の春まで旅はまだまだ続くらしい。


(付いて行ったら彼との旅はどうなったのだろうか)


どうしても考えてしまう。


その日の夜。


王女は筆をとった。


『お元気ですか。あなたのお手紙を読みました。

そのような市井の話を聞きたかったので、恐縮する必要はないです。むしろ嬉しかったです。


あなたが書いていた領主の娘と若い棟梁のことも興味深く読みました。

「少しばかり」とありましたが、実際はそれだけでは済まなかったのでしょう。何か騒動があったのですか?寡黙なあなたが口を挟むということは。困っている人を前にして立ち去れる人ではないことを私は知っています。


お手紙を読んだ後、私もお父様に「少しばかり」申し上げました。大切なかわいらしい客人が来る前の時間に。

復興への貢献、領民への信望、それらを集めてのちに家柄だけで若者の未来を閉ざすのは惜しい。

ただ、旧法を遵守することで存続してきた我が国は、理由なく矩をこえることは許されません。

婚姻によりのし上がった者の、権力掌握。荒れに荒れた時代があったのです。因習にも理由があるのです。


理由なく矩をこえることを許さない。ゆえに、若者の功績を認め、爵位を授けるという流れになりました。


今は明るい報せが国民にも必要です。あなたの恣意ではなく、国威発揚に私たちが利用させて頂く形で。

婚儀にも祝福は多いほうが良いでしょう。

なお蛇足ながら私が嫁ぐ予定は今のところありません。


左腕のことはどうか軽く扱わないで下さい。

あなたは昔から心配をさせまいと平静を装うところがあります。

それで周囲は気付かないと思っているなら、その見立ては甘いと申し上げます。


書くかどうか迷ったという話ですが、私も迷いましたが書きます。

魔王城は王宮魔術師達も探知できていません。

ゆえにほっとしています。このまま見つからないでいてくれたらとすら思います。

勇者の剣についても手掛かりがありません。そもそも実在したのかどうかすら怪しくなってきました。


王都の春は穏やかです。

城下の市も賑わいを取り戻しました。

ここでも日常が戻りつつあります。


どうか来年の春にも便りをください。

遠慮はいりません。

報せのある春は私の幸せでもあります。』



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ここまで読んで頂きありがとうございます!


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