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王女に捧ぐ春の約束  作者: えむ


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3/8

春の嵐に散り残る花

魔弾を喰らった宮廷魔術師が吹き飛ばされ、王女の近くに叩きつけられた。


その顔には見覚えがある。平時には占いを掌る魔術師であり、何度か相談もしたことがある。


王家伝来の強力な魔術装備は彼の命を救った。


王女は慌てて駆け寄ると回復妖精を召還する。光が彼を包む。


「姫様、ありがとうございます」


すぐに立ち上がると持ち場へ戻って行った。


今更ながら、まずい状況だ。


戦争で王座まで攻め込まれて押し返した例など古今東西聞いたことがない。


こうなる前に政治があり、布陣があり、攻城戦がある。


相手は人ではなく、自然災害のように想定を上回ってきた。


歴代の王たちが抗いつくした上での結末なら、父王は幕引き役として選ばれたのだろうか。


いや、それでも。


王はもちろん、兵も魔術師たちも一歩も引かない。


皆、この広間を制圧されれば全てが終わると分かっている。


再び耳をつんざく破裂音。


防御結界が割れ、魔術師たちが一斉に吹き飛んだ。


その衝撃で王女の体までよろめく。


ふいに目の前が真っ暗になった。


壁際に吹き飛ばされたのだろうかと錯覚し、青ざめた顔を上げると目の前に魔王が立っていた。


影が落ちるのと同時に冷たい手が王女の喉元を拘束した。


「――っ」


「姫様!」


駆け寄ろうとする近衛兵たちを魔王は手で制した。


玉は手中にある。ゆえに動くなと。


王女の世界は止まったように静まった。


実際のところは剣戟も叫びも続いているが、王女には何も聞こえない。


魔王は近衛兵長に聞こえるように宣告した。


「その盾を捨てろ」


かすむ視界の先に彼を見た。


剣の魔将軍に盾を構えつつ向き合っている。


彼は振り返った。


私を護るために彼は王国の証を捨てるだろう。それだけは阻止せねば。


喉を拘束されて首を振ることもできない。


盾を捨てるのはやめてと叫びたい。


魔王の手は冷たく強く、声は喉の奥で凍りついた。


彼はすぐに盾を手放した。


護国の証が、石床に乾いた音を響かせた。


勇者の守護、国の象徴が墜ちる音だった。


魔将軍は一切のためらいなく踏み込んだ。


重い一撃。


近衛兵長は咄嗟に小手ではじき上げようとしたが、至高の魔術鎧でも衝撃を受けきれない。


骨が砕ける嫌な音がした。


彼の体が大きく揺らぎ、左腕は不自然に垂れ下がる。


だが倒れ込む前に力強い一歩で踏みとどまった。


王女の視界は真っ暗だ。


彼は右手の剣を握りしめたまま、王女のもとへ踏み出そうとした。


今度こそ護る。


魔将軍は油断せず、隙を見逃さない。


飛び寄って確実に間合いを詰め、素早く大剣を構え直した。


「終わりだ」


それは勝利宣言ではなく死刑宣告だ。


子供の頃からずっと彼に護られてきたわけではない。


それでも少女の頃の思い出、牛追い祭り、彼の夜番で共に見た星が頭に浮かんだ。


王宮の庭で、武闘大会で、式典で彼を見かけるたびに安心したものだ。


この国はまだ保たれている。大切な日常の風景のひとつ。


ここでこの人が死ぬのは嫌だ。


それが失われる。いまここで。


王女は彼の名を確かに呼んだ。


本当に苦しいときはいつだって声が出ない。でも。


喉が裂けたっていい。


「――っ!」


声にならない声で、間違いなく心の中で彼の名を呼んだ。


いつもは軽々しく口にしない彼の本名を。


その瞬間、形見のブレスレットが赤く光り、世界が反転した。


王家の血に受け継がれた召喚の力。


異世界より来た召喚士に由来すると伝わる、物と縁を結ぶ魔法。


大切なものを呼びかけによって引き寄せる力。


王女の足元に魔法陣が白く浮かび上がった。


魔王の目が驚愕で見開かれる。


次の瞬間、魔将軍の大剣が貫いたのは魔王だった。


魔王の口から黒い血が零れ落ちる。


突然、拘束を解かれ倒れ込む王女を抱きとめたのは近衛兵長の右腕だった。


「王女殿下!いったいこれは」


剣の魔将軍も自らの剣が魔王の胴を深く貫いていることが信じられなかった。


「魔王様!」


すぐに動いたのは父王だった。


「今だ!畳みかけろ!」


吹き飛ばされていた魔術師や兵達は血を流したまま立ち上がった。


詠唱が重なり、炎は渦を巻き、氷撃、雷撃が容赦なく魔王に降り注ぐ。


耐えるばかりだった王国兵は雄たけびをあげ、押し返し始めた。



魔王軍からすれば勝利を掴んだあとの掃討戦だった。


すでに王城は落ち、王家の命運は尽きていた。


消化試合にまさかの蜂のひと刺し。


獣の心しか持たぬ魔族は猛反撃に動揺した。


命を投げ打つ反撃に、破れた窓、入口に向かって逃げ始める。


その時、城外で鬨の声が上がった。


誰かが「隣国の援軍が到着した」と叫んだ。


広間の王国兵たちが一気に沸き立つ。


真相は違った。


王国民が武器を手に、非力ながらも王を救おうと殺到したのだ。


亡国の民となるのを良しとしない決死隊。


魔王さえ討てればよい。


魔王は傷口を押さえながら苦々しげに息を吐いた。


視線の先には王女がいる。


(あの時と同じ力)


少なからぬ驚きと何かを認めるような色が瞳に混じる。


辛酸を舐めさせられた異世界から来たあの女。力は受け継がれている。


あの後、覚醒した勇者が力を発揮し始めたのだ。


「……撤退だ」


近衛兵たちの猛攻を受けきる魔将軍の剣先が鈍った。まだ戦える。


「我々には無限の時間がある」


魔王はつぶやいた。


回復魔法をかけ続ける魔族が魔王を支える。


黒い煙と共に彼らは引き始めた。


それをみた広間の魔族たちは我先にと逃げ出した。


剣の魔将軍だけ最後まで残り、近衛兵長を睨みつけていたが、やがて踵を返した。


近衛兵長も目を逸らさずに後ろ姿をじっと見つめていた。


このままでは終わらせない。


大広間には折れた柱、砕けた床、まき散らされた血。


そして死力を尽くし、膝をつく人々が残された。


王女は近衛兵長に支えられていることに気付いた。


慌てて支え返すが、重い。


彼の顔色は紙のように白く、左腕はだらりと垂れ、血が鎧の隙間から手首へと流れている。


「王女殿下、お怪我は」


「私は平気だから、無理にしゃべらないで」


無事を確認して安心したのだろう。支えきれぬ王女と共に倒れ込んだ。


回復妖精を再び召還する。


膝が震え、呼吸も乱れる。


彼を救わねば。


妖精の力を通じて彼を診る。


(これは……)


腕が一番ひどいが、全身に大きなダメージを負っている。


魔将軍の剣圧を完全には受け流せていなかったのだ。


回復妖精の力にも限度がある。


ここまで砕けた腕はもう戻らない可能性が高い。


せめて命だけでも。


父王の声が響く。


「重篤な者に医官を!結界の再構築急げ!油断するな!」


幸いなことに、比較的早く医官が駆け寄ってきてくれた。


彼は意識を失っている。


王女は彼の左手を握り続け妖精の力を注ぎ込む。


広間の中央に落ちている近衛の盾は傷ひとつなく輝いていた。


王宮にようやく静けさが戻ったのは、空が白み始める頃だった。


けれど平穏ではない。


激しく揺らされた花束をそっと床においたような感覚。


焦げた匂い。運び出される犠牲者。


泣き声をこらえ、無言で血を洗い流す侍女や兵たち。


窓の外は青白い朝。


庭園には、昨夜の嵐にも耐えた花が健気に散り残る。


昨日までと同じ景色のはずなのに、まるで別世界のように感じる。


王都は守られた。


だが無事ではない。


護られるということは、誰かが犠牲を払い続けていたのだと王女は痛感した。


今までも。これからも。


目の届かぬ空の下で。


大広間の砕けた窓から冷たい風が吹き込んだ。


彼の手のぬくもりは、まだ王女の掌の中に残る。


彼には生き延びてほしい。


国の盾としてではない。


彼の物語には続きがあるはずだ。


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ここまで読んで頂きありがとうございます!

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