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君から始まる恋ー最強の騎士候補に恋をした僕と、恋を知らなかった彼女の物語ー  作者: 栢瀬 柚花


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6/14

恋の自覚


 翌朝の乗馬で、ナサニエルはいつものようにエヴェデールと話すことができた。

 

 一晩考えたエヴェデールがデートを断ってきたらどうしようとヒヤヒヤしたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。


 

 エヴェデールはいつも通り、にこやかにナサニエルの元へやってきた。


「外出許可、取れたよ!」


 嬉しそうに報告を受けたナサニエルは、


「良かった」


 と微笑んで見せたが、内心では大きくガッツポーズをして拳を振り上げていた。


 (やった!!生きててよかった!!!)


「私、週末を学外で過ごすの久しぶりなんだ!王都の街に出るのも、入学式以来かも!」


「え?そうなの?」


「何?その意外そうな顔」


「いや、エヴァ…というか、女子は友達としょっちゅう街に出て、買い物したりデザート食べに行ったりしてるのかと思って。うちのクラスの女子は毎週末、次に行くお店の相談してるから」


 

 地方行政クラスに限らず、中央政治クラスも同じで、時にはクラスの垣根を越えて遊びに行っているようだった。

 コミュ力お化けの男子はその中に混ざっていたが、ナサニエルには縁遠いイベントだった。


「確かに騎士学校の女子は少ないから、学年関係なくほぼみんな顔見知りだけど…。週末は筋トレしたり稽古してるもん。たまーにトレーニングルームでいちゃついてるカップルがいるけど…。迷惑だからやめてほしいんだよね。いちゃつくなら外でやって、って感じ」


「へ、へぇ…」


 (校内で堂々とそんな行動をとるなんて…)


 それにしても、騎士学校の女子はストイックだ。

 てっきり、週末くらいは女の子らしく過ごしていると思っていた。

 

「久々の王都なら、エヴァはどこか行きたい所ないの?」


「うーん…特には」


「買い物は?服とか靴とか」


「あんまり興味ない。実家から勝手に送られてくるし」


「観劇は?」


「じっとしてるの苦手」


「本屋は?流行りの恋愛小説とか」


「活字を見たら眠くなる」


「甘い物は?」


「それは好き!でも試験前だしなぁ。あんまり体重変えたくないんだよね。500グラムでも増えると、体術のキレが悪くなっちゃう」


「へ、へぇ…。そうなんだ……」


 ナサニエルには理解できない世界だ。


 どうやら、エヴェデールは特に行きたい所はないらしい。

 

「ネイトはもともと予定があったんだし、そこに行ければいいよ」


 エヴェデールはそう言ったが、ナサニエルとしてはそんなつもりはない。


「ダメだよ。そんなの、ただの買い物になっちゃうじゃないか」


「ダメなの?なんで?」


「デートって言っただろ?僕の買い物だけで終わらせたら意味ないよ」


 エヴェデールは固まったあと、


「そ、そっか…。デート……だもんね」


 耳を赤くして、顔を伏せてしまった。

 

 それを見てナサニエルは

 

 (可愛い!)

 

 と見惚れた。


 (動作の一つ一つが可愛い…。どうすればいいんだ…)


「ネイトの行きたい所だけじゃダメって…。じゃぁデートって何するの?」


「ああー…。実は僕も初めてだから、何がデートなのか分かってないんだけど…」


 正直に告白し、頭をかいた。


「せっかくの人生初デートだから、ちゃんとお互いが楽しいことをしたいんだ。学生だから特別な場所に行くとかできないけど…。エヴァが普段行けない所に行ったり、できないことをしたい」


 ナサニエルが照れながらも真剣に言うと、エヴェデールは頬を染めて唇をむずむず動かした。

 込み上げてきた嬉しさを隠すように。


 さらに伏せてしまい、ナサニエルからはエヴェデールの顔が完全に見えなくなってしまう。


 でも耳まで赤くなっているので、照れ隠しなんだと分かった。


 (やっぱり可愛い…)


 ちょっと意地悪したくなったナサニエルは、

  

「照れた?」


 と顔をのぞき込もうとした。

 

「まぁ…ね」

 

 ふいっと顔を背けるエヴェデール。


「男子からそんなこと、言われたことないから…」


「そうなんだ」


「デートに誘われたのも…初めて……」


「それは意外かも。エヴァは可愛いから、しょっちゅう声かけられてると思った」


「かっ…可愛い?!」


「え?言われない?」


「ないないない!!」


「じゃぁ、僕が一人目だね」


 エヴェデールはさらに真っ赤になって、両手で顔を隠してしまう。


「ちょっと……人生初が多すぎて……勘弁してほしい——」


「そう?今日のエヴァは真っ赤で可愛い」


「〜〜今日のネイトはいつもと違う!」


「デートに誘えたし、少しは男として意識してくれてるって分かったから、嬉しい」


 照れるエヴェデールを見ていると、なぜか勇気と自信が湧いてきた。

 今ならどんなことも出来そうな気がした。


「デートはどこに行くか、考えておくよ。僕の行きたかった店にも付いてきてほしいけど、エヴァが好きそうな所も入れてみる」


「あ、ありがと」


「デートに誘ったのは僕だし。来てくれるだけでも嬉しいから」


「うん…」


「もし行きたいところがあれば、当日教えてくれてもいいよ」


「うん…」


 まだ顔を上げられないエヴェデールの可愛らしさに、ナサニエルの男の部分がざわついた。

 触れたい。

 髪一筋でもいいから。


 手を伸ばしかけ、でも理性的な自分がブレーキをかけて動きを止めた。

 

「ほら、馬舎に行こう。今日は鞍の装着をしたいんだ。試験にも出るし、手順が合ってるか見てくれる?」


 普段のエヴェデールに戻してあげる手助けのつもりで、ナサニエルはそう言った。

 だがエヴェデールはすぐに冷静さを取り戻す事はできないようで、いつもより口数少なく、俯き気味だった。


 

 文官校舎に戻る時間まで、結局エヴェデールはそのままだった。でもいつもと違うエヴェデールの一面を見れたナサニエルは心の底から満足でき、意気揚々と授業に向かったのだった。


            ◆

 

 待ちに待った週末。

 夏空はどこまでも青く、快晴のデート日和だった。


 待ち合わせ時間まで寮の部屋で過ごしたナサニエルだったが、こんなに緊張したことはないくらい心臓が早鐘を打っていた。 

  

 エンレストとラプスにデートプランを散々相談し、アドバイスをもらった。

 婚約者も恋人もいないエンレストはともかく、パティスリー嬢とよく街に出かけるラプスの意見はとても参考になった。


 

 

 約束の30分前、ナサニエルは待ち合わせ場所の噴水に到着した。


 休日とあって人が多く、ナサニエルと同じように待ち合わせをしている人で混雑していた。


 噴水の水飛沫が昼近くになった太陽に眩しく輝き、水の踊るような動きは生き物のようにナサニエルの目に映った。


 (じっとしていられない今の僕と似てる…)


 初デート、それもあのエヴェデール•マフィ•オリビエと——


 ソワソワ、むずむずした気持ちを抑えるため、計画したデートプランを頭で反芻する。


 10分ほど待っていると、


「ネイト!」


 エヴェデールの声がした。


 夏らしいライトブルーのワンピース。腰にはあのアンティーク風のベルトを付けている。バックルだけオリジナルにしたようで、透かし彫りのオシャレなものに変わっていたが、それがとても合っていた。

 髪はハーフアップで、白い花を模した髪飾りで留めている。


 普段の制服姿とは全く違うエヴェデールは新鮮で、この日のために着てきてくれたと思うと心が踊った。


「ごめん、遅かった?」


 軽く息を荒くしたエヴェデールは、やっぱり可愛い。


「いや、だいぶ早く着いたから。気にしないで」


「そっか…」

 

「今日のコーディネート、似合ってる」


「そ、そう?」


「うん、可愛い」


 言葉に詰まって固まるエヴェデールは、走ってきた時とは違う顔の赤さになった。


「それは…よかったです……」


「プッ…。なんで敬語?」


「なんででしょ……」


 ナサニエルは顔の力が抜けるようだと思った。

 こんなにも笑うことしかできないなんて……。


 ナサニエルは手を差し出した。

 

「さ、行こうか、エヴァ。まずは僕の行きたかった店からでいい?」


 エヴェデールはナサニエルの手を見た。


「えっと…」


「手を繋ぎたい。デートだから」


「はうっ!」


 久々の珍妙な声を聞いて、また笑えた。


 エヴェデールはおずおずと手を伸ばす。

 柔らかいエヴェデールの指先がナサニエルの指に触れる。

 剣だこのある彼女の手を握り込んで、鍛錬の凄さを知った。キュッと握り返されると、手の平の皮膚が硬いことが分かる。

 彼女がこれまで積み重ねてきた騎士としての努力が手に残っている。

 けど、指や爪の繊細さはやっぱり女性で、その温もりが愛おしかった。


「じゃ、行こうか」


            ◆


 予定の店に行き、買おうと思っていた服や靴を見た。服にこだわりがないナサニエルの買い物はあっという間に終わり、さっさと店を出る。


 次に向かったのは—— 


「博物館?」


「そう。今、歴代王家と騎士団の武器・武具展をやっててさ。エヴァは興味ありそうだと思って」


「え?なにそれ!楽しそう!」


 エヴェデールは、途端に目をキラキラ輝かせた。



 

 館内は休日だがそこまで混雑しておらず、中にはソファにただ座っている人もいる。

 外の暑さに耐えかねて、避難してきたんだろう。


 流し見したり解説文章に興味も示さない人がいる中で、エヴェデールは熱心に見入っていた。一つの展示に15分をかけてじっくり見ている。


「これすごいね。初代国王の愛剣だって!グリップの装飾凄い。細かいし、ちゃんと王家の紋章も入ってる!剣身のデザインも凄い…光の刻印に…古代文字も入ってるって。鞘もかっこいい!『普段は王宮の謁見の間に納められている』か……。王宮騎士団に入ったら見れるのかな?」


「たぶんね」


「ああっ!騎士団の各防具もあるっ!むこうは歴代騎士団長の装備一式だって!」


 クイクイとナサニエルの腕を引っ張る姿は、思春期男子の心を鷲掴みにした。

 

「ゆっくり見よう。時間はたっぷりあるから」



 

 途中、昼になったので館内のレストランで食事をした。

 博物館の展示と合わせ、メニューは王家・騎士団をイメージした内容で、国王陛下の祝宴プレートは一番豪華だった。

 しかし値段も豪華で、学生の二人には手が届かず、ナサニエルは王家の黄金オムライス、エヴェデールは騎士団長の鉄壁ハンバーグにした。槍騎士の串焼きプレートもかなり気になったので、2人で分け合って食べた。


「戴冠式デザートプレートも、王家の愛剣パフェも気になる!白薔薇と剣のアフタヌーンティーとか、友達が喜びそう!」


「試験期間が終わった後も展示もコラボメニューも続いてるから、また来たらいいよ」


「そうする!」



  

 その後、2人は3時間をかけて博物館を堪能した。

 あまりにも熱心に見ているので、学芸員が解説付きで案内をしてくれたほどだ。


「こんな若い方に興味をもっていただけると、本望ですよ」


 中年女性はにこにこと言った。


「王都で展示会をする甲斐があります。騎士学校も近いですから、学生さんや教員の方も多くいらっしゃるんですよ」


「私も騎士学校の学生です」


「まぁ!彼氏さんもですか?」


 そのひと言に、エヴェデールはデート中であることを思い出し真っ赤になった。


「いえ、僕は文官学校の生徒なんです」


「彼女に付き添って来館されたんですね。優しい彼氏さんですね」


「付き添ってるわけじゃないですよ。純粋に興味があるので、楽しんでます。はしゃぐエヴァを見てるのもいい時間ですし」


「あらあら…お熱いことで。うらやましいですね」


 若い学生カップルを見る温かな目で、学芸員は2人を見送ってくれた。


            ◆

 

「楽しかったね」


「うん…。あの人から見たら……彼氏彼女に見えるんだ…」 

 

「手を繋いでるし……それはそうかも」


「そ、そっか…」


  

 気がつけば時刻は17時。まだまだ日は高いが、あまり長く外出させるわけにはいかない。


「寮には何時に帰ればいいの?」


「18時」


「なら、最後に喫茶店で少しゆっくりしよう」


 

 博物館近くのオシャレな喫茶店は、ナサニエルが事前に調べた場所だった。

 甘い物が好きだけど、試験前で食べれないと言っていたエヴェデールのために、甘さ控えめを売りにしたケーキやスコーンが充実している店を選んだ。


 

 夕方の店内は人がまばらで、カップルよりも女友達と来店している人が多かった。

 紅茶のカップとソーサーがぶつかる音よりも、女子たちの楽しげな声のほうが大きい。

 

 エヴェデールのために椅子を引き、座るのをエスコートすると、ナサニエルも目の前の椅子に腰掛けた。


 好奇心旺盛な女子たちの視線を感じたが、気づいていないふりをした。


 (僕なんかよりも、目の前のお菓子を見ていてほしい…)

 

 気恥ずかしく思いながら、気持ちを切り替えるため目の前のエヴェデールを見た。


 初めてきた喫茶店の店内を、珍しそうにキョロキョロと見ている。

  

「ここ、野菜を中心としたお菓子を取り扱ってるんだ。砂糖の代わりに蜂蜜や果物を使ったり、豆乳を入れたりしてるからタンパク質も普通のお菓子より多いよ。エヴァにはぴったりかと思って」


 エヴェデールはまじまじとナサニエルを見た。


「そんなに考えてくれたの?」


「まぁ…。甘い物あんまり食べられない時期って言ってたから。ここ、テイクアウトもあるし、持って帰って寮でつまめればいいかなって。ほら、勉強の合間の息抜きになるし」


「——ありがとう」

 

 エヴェデールは眩しいような喜びの笑みを浮かべる。

 さっきまで気になっていた女子たちの視線のことなど、吹っ飛んでいた。


 もう目の前のエヴェデールしか見えない。

 声しか聞こえない。


「そんなに考えてくれて、凄く嬉しい。ネイト、優しいね」


 世の中にこれ以上の笑顔はない。

 こんなにも愛おしく、抱きしめたいと思わせる表情はないと、ナサニエルは思った。


「エヴァにしかしない、特別な優しさだよ」


 高揚した気分では、そんな台詞がサラリと言えた。


 (恋って恐ろしいな……でも——素直な気持ちだ)


「うん……うん……。ありがとう、ナサニエル。本当に嬉しい」


 今、僕はきっとすごく溶けた顔をしている——


 だって気持ちがソワソワして、どうしようもないくらい嬉しいんだから。


  

 隠そうとしても隠しきれない喜びが、次から次へと溢れ、静かに、でも心地よくナサニエルの心を満たす。



 エヴェデール•マフィ•オリビエが好きだ。


 嘘偽りなく、純粋にそう思った。

  

 

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