泥にまみれた王太子、あるいは「値踏み」の終わり
領主邸は、もはや荒野のそれではない。
精霊たちが奏でる光のヴェールが、訪れる者を優しく、しかし冷酷に選別する聖域。
門を叩く音がした。
現れたのは、かつて大聖堂で私を蔑んだ、王太子アルフレッドだった。
「……やっと見つけたぞ、エリア」
彼の姿は無残なものだった。
王族としての優雅な装束は泥と埃で汚れ、かつての傲慢な気品は、飢えと疲労による焦燥に塗りつぶされている。
それでも、私を見下すような視線を崩さなかった。
「王都は今、未曾有の危機だ。ベアトリスは役立たずだった……いや、最初から私の求めた聖女ではなかったのだ」
開口一番、責任をベアトリスに押し付けた。
そして、獲物を捕らえるかのように、私に歩み寄る。
「だが、エリア。君なら違うはずだ。私が寛大にも、君への追放を取り消してやろう。王都へ戻り、再び魔力を捧げよ。そうすれば、聖女としての地位も……婚約者の座も、以前通り与えてやる」
――ああ、この人は、本当に何も分かっていない。
私はティーカップを置き、静かに立ち上がった。
「……何を言っているのですか?」
問いかけに、彼は鼻で笑う。
「感謝して膝をつくがいい。君を捨てる気など、なかったのだ……」
その瞬間だった。
控えていた精霊たちが、一斉にアルフレッドへ向かって「殺意」を放った。
重圧。
「貴方は勘違いをしています。必要としていたのは『エリア』という人間ではなく、地脈から魔力を搾取するための『道具』に過ぎなかった。そして、自分たちの手で破壊したのですよ」
「な、何を言っている! 私は王太子だぞ! 未来の国王の命令を聞け!」
アルフレッドが剣を抜こうとする。
だが、指先すら動かない。
聖域内では、一切の力を行使できないのだ。
「王太子殿下。……今の王都に、貴方の居場所なんて残っていませんよ」
指先を軽く鳴らす。
精霊たちが風を巻き起こし、アルフレッドの体から王族の威光を剥ぎ取るように、門の外へと弾き飛ばした。
「二度とここへは来ないで。貴方の『無能』な采配がもたらした崩壊を、存分に味わってから死んでください」
扉が、重々しい音を立てて閉ざされる。
門の外で、泥にまみれた王太子が何かを叫んでいたが、声は精霊の加護によって完全に遮断された。
……さて。王国の滅亡まで、あとどれくらいかしら。
冷めた紅茶を一口飲み、辺境の穏やかな景色を見下ろした。
お読みいただきありがとうございます。
泥だらけになっても、自分の価値観を変えられない王太子に、エリアの冷徹な断罪が突き刺さる回でした。
しでかしたことの重大さに気づく暇もなく、崩壊は刻一刻と近づいています。




