第98話 海の心得と出航の時。最新鋭の魔導船でいざ常夏の群島へ
隣の港町で無事に商船の護衛と荷下ろしを見届けた俺たちは、すぐさま帰りの便となる別の商船に乗り込み、元の港町への帰路についていた。
行きとは違う、中型の頑丈な帆船だ。
「はぁ〜、潮風が気持ちいいですね。」
レイアが甲板の手すりに寄りかかり、風に赤髪をなびかせながら目を細めた。
「ええ。空も澄み切っていて、最高の航海日和だわ。」
シルヴィアも優雅に紅茶の入った水筒を傾けながら、どこまでも続く水平線を見渡している。
「お魚さん、また飛んでこないでしょうか?」
セツナが海面をじっと見つめ、銀色の耳をピコピコと動かしている。
「ガハハ! 魔物が出たら、次はアタシが一番乗りでぶっ飛ばしてやるさ!」
レオナが伝説級のハルバードを肩に担ぎ、豪快に笑い声を上げた。
「むにゃ……クロウ、もっと肉を寄越すのじゃ……。」
タマモは温かい日差しを浴びながら、甲板の隅で俺のアビス・クロークの裾を握りしめ、気持ちよさそうに昼寝をしている。
「お前さんたち、ただの乗客かと思ってたが……随分と肝が据わってるな。」
そんな俺たちの様子を見て、船の舵を握っていた大柄な男が声をかけてきた。
立派な顎髭を蓄えた、この船の船長であるガンツだ。
「まあ、冒険者なもので。海の上は不慣れですが、戦いには慣れてますから。」
俺が軽く手を上げて答えると、ガンツ船長はニヤリと笑って豪快に頷いた。
「ハッハッハ! 頼もしいこって! そういや、さっき港で変な噂を聞いたぜ。行きの便で、シー・サーペントを一刀両断にしたとんでもねえ集団がいるってな。」
「あー、それは……。」
俺が苦笑いして言葉を濁すと、ガンツ船長は目を丸くして俺たちをまじまじと見つめた。
「……おいおい、嘘だろ? まさか、そのバケモノ集団ってのが、お前さんたちのことなのか?」
「バケモノはひどいな。少しばかり武器の切れ味が良かっただけだよ。」
「おいおいおい! シー・サーペントを瞬殺するなんざ、軍の戦艦でもできねえ芸当だぞ! こりゃあ、帰りの航海はとんでもなく安全な旅になりそうだな!」
ガンツ船長は腹を抱えて大笑いした。
「そういえばクロウの旦那。あんたら、どうしてこんな短期間で港を行き来してるんだ? 観光にしては慌ただしすぎるだろ?」
船長が不思議そうに尋ねてきた。
「実は、自分たちの船を買ったんだ。それが完成するまでの一週間を利用して、海での戦いや船旅の感覚を掴んでおきたくてな。」
俺がさらりと答えると、ガンツ船長は大きく目を見開いた。
「ふ、船を買っただと!? 豪華客船のチケットじゃなくて、船そのものをか!?」
「ああ。最新鋭の魔導システムを積んだガレオン船だよ。今、出航のための物資の積み込みや最終点検をしてもらっているところだ。」
「おいおい、魔導船なんて王族か大商会くらいしか持ってねえ超高級品だぞ……。SSランクの冒険者ってのは、そこまで稼げるもんなのか……。」
ガンツ船長は呆れたように天を仰ぎ、深いため息をついた。
「まあ、これで俺たちも一応、船乗りの端くれってわけだ。船長、海の先輩として、何か知っておくべき心得みたいなものはないか?」
俺が謙虚に教えを乞うると、ガンツ船長は表情を引き締め、真剣な眼差しになった。
「そうだな……。魔導船ってのは確かに便利で、魔物避けの結界も自動で張れる。だが、絶対に『海を舐めるな』ってことだけは忘れちゃいけねえ。」
「海を舐めるな、か。」
ガンツ船長は遠くの水平線を指差した。
「魔導システムが天候を予測し、自動で舵を取ってくれるとしても、海流の急激な変化や、突発的な『魔力嵐』までは完全には防げねえ。機械任せにせず、常に空の雲の形や、風の匂いを感じ取るんだ。」
「なるほど。自然の変化を直接読み取ることが大事なんですね。」
レイアが真剣な顔で頷き、船長の話を記憶に留める。
「それに、いくら頑丈な船でも、乗り手が船を信じなきゃ沈んじまう。船は生き物だ。どこかが軋めば悲鳴を上げてる証拠だし、波に乗れば喜んでる。船の『声』を聴くんだよ。」
「船の声を聴く……。素敵な考え方ね。」
シルヴィアが微笑みながら同意する。
「ガハハ! 船がピンチの時は、アタシたちが守ってやればいいってことさ!」
レオナが力強く胸を叩いた。
「私も、船に傷がつく前に魔物を仕留めます。」
セツナも静かに気配を研ぎ澄ませた。
「お前さんたちの腕なら心配はしてねえが、船が沈めば一巻の終わりだからな。……とはいえ、最高の仲間がいるなら、きっと最高の航海になるさ!」
ガンツ船長が白い歯を見せて笑う。
「ありがとう、船長。その心得、しっかりと胸に刻んでおくよ。」
俺が感謝を伝えると、船長は「ガハハ、気にすんな!」と俺の肩をバンバンと叩いた。
しばらくして、見慣れた元の港町の風景が水平線に姿を現した。
無事に帰還した俺たちは、ガンツ船長たちに別れを告げ、滞在先の『潮騒の海神亭』へと戻るのだった。
◆
それからの一週間は、まさに文字通りのバカンスの準備期間だった。
俺たちは宿で毎日、新鮮なシーフードパエリアや、大好物となった『魔物肉のジンジャー炒め』を心ゆくまで堪能した。
「んんっ……! このジンジャー炒め、毎日食べても全然飽きませんね!」
レイアが幸せそうにご飯を頬張る。
「ええ、白ワインにも合うし、スタミナもつくわ。船の上でも食べられるように、クロウ、作り方を覚えておいてちょうだいね。」
シルヴィアもすっかりこの料理の虜になっていた。
「任せておけ。市場で新鮮な潮風猪の肉と生姜を大量に買い込んで、アイテムボックスに保存してあるからな。」
俺の【時空間魔法】があれば、食材が腐る心配は一切ない。
他にも、航海中に楽しむための南国の果物や、バザーで見つけた面白いボードゲーム、タマモが気に入ったマトリョーシカのような入れ子人形など、様々なものを買い集めた。
タロウも専用の竜舎で毎日極上の肉を食べ、すっかり港町の気候に馴染んでいるようだった。
そして、約束の一週間後。
「クロウ様、お待ちしておりました! 船の準備がすべて整いましたぞ!」
造船ドックへと向かった俺たちを、ガリウス会長が満面の笑みで出迎えてくれた。
ドックの海に浮かぶのは、白亜の船体を持つ最新鋭の魔導ガレオン船。
外装はピカピカに磨き上げられ、帆には風をはらむための魔力補強が施されている。
「おお……! 太陽の光を反射して、すごく綺麗です!」
レイアが感嘆の声を上げた。
「ガリウス会長。物資の積み込みも終わっているのか?」
俺が尋ねると、ガリウス会長は胸を張って頷いた。
「はい! 長期の航海に耐えられるよう、最高級の保存食と新鮮な水、厳選されたワイン。そしてタロウ様用の大量の骨付き肉も、専用の保冷庫にしっかりと積み込んでおります!」
「それは助かる。……さて、それじゃあ俺たちの私物も積み込ませてもらうとするか。」
俺はそう言うと、船の甲板へと上がり、アイテムボックスを展開した。
「えっ……? クロウ様、私物と仰いますが、荷馬車などはどこに……?」
ガリウス会長が不思議そうに首を傾げた、次の瞬間だった。
ゴトッ、ゴトンッ!
俺の展開した亜空間のゲートから、滞在中に買い込んだ木箱や樽、さらには居住区画を自分たち好みにアレンジするための家具類が、次々と甲板に出現したのだ。
バベルの深層でしか採れない『深海沈没木』を贅沢に使ったテーブルや椅子など、重量級の荷物が音を立てて積み上がっていく。
「ひぃぃっ!? そ、そんな大質量の荷物が、何もない空間から……っ!?」
ガリウス会長が目を剥いて腰を抜かしそうになる。
「これが俺の魔法だからな。……レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモ。悪いが、これをリビングや各部屋に運ぶのを手伝ってくれ。」
「はい、お任せください!」
レイアが力強く頷く。
「ふふっ、配置は私に任せてちょうだい。」
シルヴィアが優雅に指示を出す準備をする。
「ご主人様、すぐに運びます!」
セツナが素早い動きで木箱を抱え上げる。
「ガハハ! こんなもん、アタシ一人でも全部運べるさ!」
レオナが巨大な樽を両脇に抱え込み、笑い声を上げた。
「わらわも手伝うのじゃ! ほれ、このマトリョーシカは一番いい場所に飾るのじゃぞ!」
タマモが入れ子人形を抱えて、短い足でパタパタと船内へ向かう。
レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモが手際よく荷物を船内へと運び込んでいく。
俺はさらに、船の下層にある巨大な貨物ハッチを開けた。
「よし、タロウ! お前の部屋はここだ!」
「ガウウッ!」
竜舎から連れてきたタロウが、太い足音を響かせながらハッチの中へと入っていく。
そこは、俺が密かにバベルの深層で伐採してきた『魔樹の木材』を使って、タロウが快適に寝転がれる巨大なクッションフロアに魔改造しておいた専用の空間だ。
「グルルル……♪」
タロウはフカフカの床に巨体を横たえ、とても満足そうに目を閉じた。
「よし、これで全員の荷物とタロウの収容は完了だな。」
甲板に戻った俺は、綺麗に整えられた船上を見渡して満足げに頷いた。
「クロウ様……。SSランクの方々というのは、荷運びすら常識の枠を超えておられるのですね……。」
ガリウス会長が、滝のような汗を拭いながら感服したように呟いた。
「あんたの完璧な手配のおかげだよ、ガリウス会長。この船なら、最高のバカンスになりそうだ。」
俺が握手を求めると、ガリウス会長は両手でしっかりと俺の手を握り返した。
「航海のご無事を、心よりお祈り申し上げます! 常夏の群島『ブルーオアシス』は、まさに地上の楽園です。どうか、最高の休暇をお楽しみください!」
◆
ガリウス会長やドックの職人たちに見送られながら、俺たちはついに船の出航準備を整えた。
俺は操舵室に入り、最新鋭の魔導パネルの前に立った。
クリスタルでできたパネルに魔力を流し込むと、船全体に青白い光のラインが走り、魔力炉が静かな駆動音を立てて起動する。
「目的地、『ブルーオアシス』。……自動航行システム、起動。」
俺がパネルを操作すると、海図のデータと連動したシステムが、最適な航路を自動で計算し始めた。
同時に、船体を覆うように薄い透明な結界が展開され、波を切り裂くための微風が帆に巻き起こる。
「おおーっ! 船が勝手に動き出したのじゃ!」
甲板でタマモが歓声を上げた。
「すごいです……! 誰も舵を握っていないのに、港を出ていきますよ!」
レイアが船首に立ち、目を輝かせている。
俺は操舵室を出て、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモが待つ甲板へと向かった。
「これで、もう面倒な操縦は必要ない。ガンツ船長が言っていた通り、あとはこの船の『声』を聴きながら、俺たちを常夏の楽園まで運んでもらうだけだ。」
俺の言葉に、全員の顔に眩しいほどの笑顔が咲いた。
「最高のバカンスの始まりね、クロウ。」
シルヴィアが風に髪をなびかせながら、優雅に微笑む。
「ガハハ! ブルーオアシスに着いたら、美味い肉と酒を探すさ!」
レオナが豪快に笑い、ハルバードを天に突き上げた。
「ご主人様! 綺麗な海です! お魚も跳ねてますよ!」
セツナが銀色の尻尾を揺らし、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「ふはははっ! わらわの新しい城の出航じゃ! いざ、常夏の海へ出発なのじゃー!」
タマモが三本の尻尾を誇らしげに広げ、船のへりに立って高らかに宣言する。
青く澄み渡る空と、水平線の彼方まで続く大海原。
背後には遠ざかる港町。そして前方に待つのは、未知の群島での優雅なスローライフだ。
15年の過酷なサバイバルと、数々の激闘を乗り越えてきた俺たち。
すべてはこの最高に快適で、最高に自由な時間のためにあったのだ。
「よし、行くぞ。俺たちだけのバカンスへ!」
俺の合図と共に、最新鋭の魔導ガレオン船は波をかき分け、太陽の輝く海へと力強く進み始めた。
最強の仲間たちと過ごす、終わらない日常の新たなページが、今、開かれようとしていた。
出航の風は、どこまでも優しく、俺たちの頬を撫でていた。
そして、船内から漂う、シルヴィアが淹れてくれた紅茶の香りが、この旅の快適さを何よりも雄弁に物語っていた。




