第97話 海上護衛任務と海の男の教え。波飛沫舞うワンパン討伐
潮の香りをたっぷりとはらんだ風が、港町特有の活気を運んでくる。
俺たちは、商船の甲板に立ち、水平線の彼方へと続く青い海を眺めていた。
「おおーっ! 海が広いぞー!」
タマモが甲板のへりに身を乗り出し、三本の尻尾をちぎれんばかりに振っている。
「タマモちゃん、落ちないように気をつけてくださいね。」
レイアが慌ててタマモの帯を掴み、苦笑いを浮かべた。
「ガハハ! これから船の護衛任務だっていうのに、すっかり遠足気分だな!」
レオナが伝説級のハルバードを肩に担ぎ、潮風を胸いっぱいに吸い込む。
俺たちの専用となる最新鋭の魔導船が完成するまでの一週間。
その期間を利用して、海での戦いや船旅の感覚に慣れるため、俺たちは隣の港町への『海上護衛任務』を受注していた。
依頼の内容は、日用品や交易品を積んだ中型の商船に同乗し、航海中の魔物の襲撃から積荷と船員を守るというものだ。
「お前さんたちが、今回一緒に護衛に乗ってくれる冒険者かい?」
背後から、日に焼けた屈強な男が声をかけてきた。
頭にバンダナを巻き、潮風に晒された肌には歴戦の傷跡が刻まれている。
「ああ、よろしく頼む。俺はクロウ。こっちはレイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、そしてタマモだ。」
俺が代表して挨拶をすると、男は白い歯を見せて快活に笑った。
「俺はバルク。この辺りの海を根城にしてる冒険者だ。よろしくな!」
バルクは、いかにも海の男といった感じの、気持ちのいい性格の持ち主だった。
「お前さんたち、見たところ海での護衛は初めてみたいだな?」
「ああ。山や森、ダンジョンでの経験はあるが、船に乗って戦うのは初めてだ。」
俺が正直に答えると、バルクは親指で自身の胸をドンと叩いた。
「ガハハ! なら、海の先輩である俺が色々と教えてやるよ! 海の上の戦いってのは、陸とは勝手が違うからな!」
「それは助かる。ぜひ教えてくれ。」
俺が素直に頭を下げると、バルクは嬉しそうに頷いた。
「まず、船の上は常に揺れている。足元が不安定な状態での踏み込みは、陸の半分も力が出ねえ。膝のクッションを使って、波の揺れに身体を合わせるのが基本だ。」
バルクは甲板の上で軽くステップを踏み、実演してみせた。
「なるほど、波のリズムに合わせるんですね。」
セツナが真剣な表情でバルクの足元を観察している。
「それから、海から飛び出してくる魔物は、水しぶきや太陽の光の反射を利用して死角から襲ってくることが多い。常に海面の『色』の変化に気を配るんだ。」
バルクのアドバイスは、どれも実戦的で理にかなったものばかりだった。
俺たちのような力任せの戦い方ではなく、自然環境を味方につけるサバイバル術に通じるものがあり、非常に有意義な時間となった。
「ありがとう、バルク。すごく参考になるよ。」
「へへっ、気にすんな! これから数時間、同じ船に乗る仲間なんだからよ!」
バルクの気さくな人柄に、レイアやシルヴィアも自然と笑顔を浮かべていた。
やがて、出航の銅鑼の音が港に鳴り響いた。
商船はゆっくりと港を離れ、波をかき分けながら大海原へと進み始めた。
「わぁ……! 陸がどんどん小さくなっていきます!」
レイアが目を輝かせて、遠ざかる港町を見つめている。
「風が気持ちいいわね。潮の香りが、少しだけエルフの森の朝露を思い出させるわ。」
シルヴィアが白銀の髪を風に揺らし、優雅に微笑んだ。
「お魚、たくさん跳ねてますね! 捕まえてもいいですか?」
セツナが海面から顔を出すトビウオの群れを見て、尻尾をピコピコと動かしている。
「こらセツナ、今は護衛任務中だぞ。遊びは後だ。」
俺が苦笑しながらたしなめると、セツナは「はぁい」と残念そうに耳を伏せた。
船が港から離れ、外洋へと差し掛かった頃だった。
「――来るぞ! 総員、武器を構えろ!!」
マストの上で見張りをしていた船員が、悲痛な叫び声を上げた。
バルクが瞬時に表情を引き締め、腰の曲刀を抜き放つ。
「おいおい、いきなり大物が来やがったぞ! 『フライング・シャーク』の群れだ!!」
海面が激しく波立ち、そこから十数匹の巨大なサメの魔物が、鳥のように宙を舞って船へと襲いかかってきた。
「フライング・シャークだと!? 厄介な連中が来たな!」
バルクが叫びながら、波の揺れに合わせて姿勢を低くする。
空を飛ぶ巨大なサメたちは、鋭い牙を剥き出しにして、甲板にいる俺たちを喰いちぎろうと殺到してきた。
「みんな、バルクの教えを思い出せ! 足場に注意して迎撃するぞ!」
俺の号令と共に、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモが同時に動いた。
「ふふっ。空を飛ぶ的は、私の得意分野よ。」
シルヴィアが『伝説級:星砕きの竜弓』を構え、極大に圧縮された氷の魔力矢を放つ。
ヒュンッ!!
音もなく放たれた一筋の閃光が、空を舞うフライング・シャークの眉間を正確に貫いた。
「ギャァァァッ!?」
氷の矢に貫かれた魔物は、そのまま海へと墜落して大きな水柱を上げる。
「私も行きます!」
レイアが『伝説級:冥竜の魔法剣』を抜き放ち、船の揺れを利用して滑るように甲板を駆けた。
「ハァッ!!」
迫り来るサメの巨体を、帝国のエリーゼから学んだ完璧な『受け流し』で逸らし、すれ違いざまにその腹を一刀両断する。
「隙だらけですね。」
セツナは『神代級:嵐穿の虚空刃』を手に、一切の殺気を消した隠密歩法で魔物の死角へと跳躍した。
音もなく放たれた銀閃が、サメの急所を的確に穿ち、猛毒を流し込む。
「ガハハ! 陸だろうが海だろうが、叩き潰せば同じだ!」
レオナが伝説級のハルバードを大きく振り被り、空から降ってくる魔物を正面から豪快に叩き落とした。
「わらわの狐火の熱さに、海ごと蒸発するが良いのじゃ!」
タマモが黄金の狐火を放ち、海面から飛び出そうとしていた魔物たちをまとめて焼き焦がした。
「なっ……!?」
バルクが、目を見開いて硬直していた。
俺たちが苦戦するどころか、船の揺れすらも完全に自分のものとし、あっという間に魔物の群れを殲滅していく姿に、完全に言葉を失っている。
「……すげえ。お前さんたち、本当に船での戦いは初めてなのか?」
「ああ。だけど、バルクのアドバイスのおかげで、足場の悪さにもすぐに対応できたよ。」
俺が微笑みながら答えると、バルクは信じられないといった顔で頭を掻いた。
「いやいや、いくらコツを教えたからって、あんな神業みたいな動き、一朝一夕でできるもんじゃねえぞ……。あんたたち、一体何者なんだ?」
「ただの冒険者さ。……っと、まだ大将が残ってるみたいだな。」
俺の視線の先。
海面が大きく盛り上がり、先ほどのサメとは比べ物にならないほど巨大な、大蛇のような魔物が姿を現した。
『シー・サーペント』。
船を一撃で沈めるほどの巨体を持つ、Aランク相当の海の魔物だ。
「おいおい、嘘だろ!? シー・サーペントまで出やがった! こいつはヤバいぞ!!」
バルクが血相を変えて後ずさるが、俺は一切の動揺を見せずに『伝説級:深淵の剣盾』を大剣の形態で構えた。
(……脱力して、一瞬で100だ。)
ジークから学んだ理合を思い出し、全身の緊張を解く。
シー・サーペントが巨大な顎を開き、船を丸呑みにしようと襲いかかってきた、その瞬間。
「……シッ!!」
俺は波の揺れに完璧に同調し、最高速度の踏み込みから大剣を振り抜いた。
ズパァァァァァァァンッ!!!
強烈な衝撃波と共に、シー・サーペントの巨大な首が、何事もなかったかのように綺麗に切断され、海へと転がり落ちた。
「えっ……?」
バルクが、そして船員たちが、ポカンと口を開けて呆然としている。
「……討伐完了だ。船に被害はないな?」
俺が大剣を背中に収め、振り返って尋ねると、バルクは腰を抜かして甲板にへたり込んだ。
「あ、ああ……。一撃で、シー・サーペントを……。あんたたち、まさか王都で噂になってるっていう、SSランクのバケモノ集団か……!?」
「バケモノはひどいな。俺たちはただ、バカンスを楽しみに来ただけだよ。」
俺が苦笑すると、バルクは何度も瞬きをした後、豪快に笑い声を上げた。
「ガァーッハッハッハ! こりゃあ恐れ入った! 海の先輩面して説教垂れた俺が恥ずかしくなってくるぜ!」
「そんなことはない。バルクの教えは本当に役に立った。ありがとう。」
俺が素直に感謝を伝えると、バルクは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
その後は、バルクからこの海域の魔物の習性や、海流の読み方など、さらに深い海の知識を教わりながら、有意義な時間を過ごすことができた。
圧倒的な武の極致と、サバイバルで培った適応力。
俺たちのパーティーにかかれば、初めての海での戦闘も、ただの楽しいアトラクションに過ぎなかった。
◆
数時間後。
商船は無事に隣の港町へと到着した。
「クロウさんたち、本当にありがとうございました! おかげで無事に積荷を届けることができました!」
商船の船長が、涙ぐみながら俺たちの手を握って感謝を伝えてきた。
「ああ。俺たちも良い経験になったよ。」
俺たちは船員たちが手際よく荷下ろしをする様子を見守りながら、港町の風情を感じていた。
「この街も、活気があって良いところですね。」
レイアが周囲を見渡しながら微笑む。
「そうだな。だが、俺たちの船が完成するまであと一週間だ。バカンスの準備もあるし、観光は自分たちの船で出航してからのお楽しみに取っておこう。」
俺の言葉に、全員が賛同するように頷いた。
「そうね。あの最高級の宿で、美味しい海の幸が待っているもの。」
シルヴィアが優雅に微笑む。
「うむ! 早く帰って、あのジンジャー炒めを腹いっぱい食べるのじゃ!」
タマモがよだれを拭いながら、早くも夕食のことで頭がいっぱいのようだ。
俺たちは、護衛任務の完了報告と報酬の受け取りを済ませると、隣町での観光はせずに、すぐにとんぼ返りの船に乗り込んだ。
自分たちの船で、誰にも邪魔されない最高のバカンスを楽しむために。
海での戦い方という新たな知識を得た俺たちは、これから始まる本当の旅に向けて、さらに胸を高鳴らせながら帰路につくのだった。




