第96話 港町のバザーと異国の雑貨。そしてビキニアーマーの受付嬢
昨夜の絶品ジンジャー炒めの余韻が残る中、爽やかな潮騒の音と共に港町の朝が訪れた。
『潮騒の海神亭』のふかふかなベッドから起き上がった俺たちは、宿のテラスで軽い海鮮スープと焼きたてのパンの朝食を済ませた。
船の引き渡しまで、まるまる一週間の時間が空いている。
「今日は予定通り、この港町をみんなで観光しようか。」
俺が提案すると、レイアが嬉しそうに微笑んで頷いた。
「はい! 昨日の夜から、街の活気が気になっていたんです。」
「うむ! バザーというところには、美味いものがたくさんあると聞いたぞ! 早く行くのじゃ!」
タマモが三本の尻尾をぶんぶんと振り回しながら、すでに玄関へ向かって駆け出している。
タロウには竜舎で極上の骨付き肉をたっぷりと与えてお留守番を頼み、俺たちは燦々と太陽が降り注ぐ港町の中心部へと向かった。
潮の香りと共に、遠くから商人たちの威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
港町の中央広場に展開されている巨大なバザーは、想像以上の規模だった。
大陸中からだけでなく、海を渡ってきた他国の商船も多く寄港するため、見たこともないような珍しい品物が所狭しと並べられている。
色鮮やかな南国の果物、鼻を突くような未知の香辛料、異国の独自の文様が織り込まれた絨毯など、見ているだけで飽きない光景が広がっていた。
「ご主人様、見てください! 綺麗なお魚の干物がいっぱいです!」
セツナが銀色の耳をピンと立てて、海産物を扱う屋台を興味津々で覗き込んでいる。
「ガハハ! こっちには変な形の武器も売ってるぞ! なんだこの曲がった剣は!」
レオナは武具屋のテントに突進し、南方の部族が使うという反りの強い曲刀を手に取って大興奮している。
そんな中、ふとシルヴィアがとある雑貨屋の屋台で足を止めた。
「あら、これは……面白い造りの木工細工ね。」
彼女が手に取ったのは、色鮮やかな塗料でぽっちゃりとした異国の女性が描かれた、木製の人形だった。
「ん? なんだその人形。……ああ、もしかして中が開くのか?」
俺が近寄って尋ねると、シルヴィアは微笑みながら人形の胴体部分をパカッと二つに割った。
すると、中から一回り小さな同じデザインの人形が顔を出した。
「わぁっ! 人形の中から、またお人形さんが出てきました!」
レイアが驚きの声を上げ、目を丸くする。
「どれどれ? ……むむっ、その中にもまだ入っておるのではないか?」
タマモが背伸びをして覗き込み、小さな人形をさらにパカッと割ると、またその中からさらに小さな人形が出てきた。
「おお、マトリョーシカみたいなやつだな。」
俺が前の世界(地球)の記憶を頼りに呟くと、雑貨屋の店主が愛想よく笑いかけてきた。
「お兄さん、よくご存知で! これは東の大陸から流れてきた『入れ子人形』ってやつですよ。家族の繁栄を願う縁起物でしてね。」
「まとりょーしか? なんとも不思議なからくりじゃな! わらわも一つ欲しいのじゃ!」
タマモが一番小さな人形をつまみ上げながら、キラキラとした瞳で俺を見上げてくる。
「ふふっ、可愛いわね。船のラウンジに飾るインテリアとして、いくつか買っていきましょうか。」
シルヴィアがそう言って、いくつかの入れ子人形を見繕ってくれた。
俺もその隙に、バザーの隅にあった廃材やジャンクパーツを扱う店で、船の魔改造に使えそうな変わった鉱石や魔道具の部品をいくつか買い込んだ。
各々がバザーでの買い物を存分に楽しんだ後、俺たちは広場の端にある大きな建物へと足を向けた。
「せっかくだからご当地の冒険者ギルドにも顔を出してみようぜ。」
俺の提案に、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモの全員が同意した。
この街特有の依頼や、どんな冒険者たちが集まっているのか、少し興味があったのだ。
潮風が吹き抜けるように開放的な造りになっているギルドの扉を押し開け、俺たちは中へと入った。
「いらっしゃいませー! 依頼の受注ですか? それとも素材の買い取りでしょうかぁ?」
カウンターの中から、明るく元気な声が響いた。
声の主を見て、俺は思わず歩みを止めてしまった。
「えっと……。」
そこにいたのは、小麦色に美しく日焼けした健康的な肌を持つ、男勝りな雰囲気の美人受付嬢だった。
だが、問題なのは彼女のその『服装』だ。
南国の港町という温暖な気候のせいなのか、彼女が身に纏っていたのは、金属の装甲が申し訳程度に胸元と腰回りを覆っているだけの、いわゆる『ビキニアーマー』と呼ぶべき極端に露出度の高い衣装だったのだ。
豊満な胸の谷間や、引き締まった腹筋、すらりとした太ももが惜しげもなく晒されている。
「おや? 見ない顔ですねぇ。他所の街から来られた冒険者さんですか?」
受付嬢が身を乗り出してくると、その豊かな双丘がカウンターに乗せられ、さらに強調された。
「あ、ああ。まあ、そんなところだ。少し掲示板を見させてもらおうかと……。」
俺が目のやり場に困り、視線を少しだけ明後日の方向へ逸らしながら答えた、その時だった。
ギュッ。
「……クロウさん?」
右腕を、レイアが力強く抱き込んできた。
「ご主人様。あちらの掲示板を見に行きましょう。」
左腕には、セツナがぴったりと密着し、俺の視界を物理的に塞ぐように身を乗り出してくる。
「ガハハ! クロウ、鼻の下が伸びてるぞ!」
レオナが背後から俺の首に腕を回し、自身の豊満な胸を意図的に俺の背中へと押し付けてきた。
「もう……クロウったら。あんなはしたない格好に見惚れるなんて、少しお仕置きが必要かしら?」
シルヴィアが俺の正面に立ち、極上の微笑みを浮かべながら、その美しい白魚のような指で俺の頬をツンと突いた。
「むむっ! クロウはわらわの眷属じゃぞ! 抜け駆けは許さぬのじゃ!」
タマモまでが俺の足に抱きついてきて、三本の尻尾をブワッと広げて俺の視界を完全にブロックし始めた。
「いや、違うって! 別に見惚れてたわけじゃないから!」
俺はレイア、セツナ、レオナ、シルヴィア、タマモから同時に放たれる『可愛い嫉妬』と独占欲の圧に、思わずたじろいでしまった。
「ふふっ、とっても仲の良いパーティーですねぇ。」
ビキニアーマーの受付嬢が、その様子を見てクスクスと楽しそうに笑っている。
俺は仲間たちになだめられ(あるいは牽制され)ながら、なんとかギルドの奥にある依頼掲示板の前へと移動した。
「……さて、どんな依頼があるのか見てみるか。」
俺がわざとらしく咳払いをして掲示板を眺めると、そこにはバベルや王都のギルドとはまた違う、港町ならではの特色ある依頼書がズラリと並んでいた。
『近郊の森での、潮風猪の群れの間引き依頼』
『港の倉庫街を荒らす、シー・ゴブリンの討伐』
『隣街の市場への、陸路での馬車護衛任務』
「へえ、やっぱり海の近く特有の魔物が多いのね。」
シルヴィアが興味深そうに依頼書を指差す。
「おっ、こっちには『船に乗っての海上護衛』なんてのもあるぞ!」
レオナが見つけた依頼書には、商船に同乗して、航海中に海賊や海竜の襲撃から積荷を守るという、まさに港町らしい護衛任務が書かれていた。
「海上での戦闘……。足場が不安定な海の上での戦いは、陸地とはまた勝手が違いそうですね。」
レイアが真剣な顔で呟く。
「ご主人様がいれば、どんな海の魔物もワンパンですね!」
セツナが誇らしげに微笑んで、俺の袖を引いた。
「ふん! わらわの狐火で、海ごと沸騰させてやるのじゃ!」
タマモが腕を組んで、自信満々のドヤ顔を披露した。
俺たちの乗る最新鋭の魔導船が完成し、引き渡されるまでには、まだ一週間の時間がある。
「せっかくだから、俺たちの船で出航する前に、海での戦いや船旅の感覚に慣れておくのもいいかもしれないな。」
俺が提案すると、仲間たちは顔を見合わせ、皆一様に楽しそうな笑顔を見せた。
「ええ、賛成です! きっと良い経験になります!」
レイアが力強く頷く。
「そうね。準備運動にはちょうどいいかもしれないわ。」
シルヴィアも優雅に微笑んだ。
こうして俺たちは、船が完成するまでの期間を利用して、港町ならではの『海上護衛任務』を受けてみることに決めたのだった。
心地よい潮風と、活気あふれる南のバザー、そして少し刺激の強いギルド。
俺たちの優雅なバカンスは、最高の船の完成を待ちわびながら、賑やかに、そして楽しく過ぎていくのだった。




