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第95話 商会長の完璧な手配と最高級の宿。そして港町の隠れた絶品名物

騒動の収拾がついた後、俺たちはガリウス会長の案内で、『海神の錨亭』の商会本部にある最上級のVIPルームへと通されていた。


部屋の中央には磨き上げられた巨大なマホガニーのテーブルが置かれ、ふかふかの革張りソファが並んでいる。


「ふむ! さっきのドックの薄汚い事務所とは大違いじゃな! この椅子、わらわの尻尾に優しくてとても良いぞ!」


タマモが三本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ソファの上でご満悦の表情を浮かべた。


「タマモちゃん、靴を履いたままソファで跳ねては駄目ですよ。」


レイアが優しくたしなめながら、タマモの隣に腰を下ろす。


シルヴィアとセツナ、そしてレオナも、それぞれリラックスした様子で席についた。


「皆様、本日は当商会の不始末により、せっかくのバカンスの出端を折ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。」


ガリウス会長は、上座に座る俺たちに対して、改めて深々と頭を下げた。


「いや、気にしないでくれ。結果的に、俺たちの条件に完璧に合う船を格安で譲ってもらえることになったんだからな。」


俺がそう言ってアイテムボックスから金貨二千枚の詰まった麻袋を取り出し、テーブルの上に置く。


「……確かに、金貨二千枚、頂戴いたしました。すぐに出航の手続きと、船の所有権の移転手続きを進めさせていただきます。」


ガリウス会長は恭しく金貨を受け取ると、分厚い羊皮紙の束をテーブルの上に広げた。


「船の契約書とは別に、こちらをご用意させていただきました。群島『ブルーオアシス』周辺の詳細な最新海図と、各島への入港許可証、そしてこの時期の気象データと海流の予測図でございます。」


ガリウス会長が広げた海図には、安全な航路や魔物が出没しやすい危険地帯、さらには各島で補給できる特産品や名物料理のリストまでが、驚くほど細かく、そして分かりやすく書き込まれていた。


「ブルーオアシスは美しい場所ですが、特有の海事ルールや、島ごとの独自の法律がございます。皆様が煩わしいトラブルに巻き込まれぬよう、当商会の名において、すべての島でVIP待遇を受けられるよう手配を済ませております。」


「……すごいわね。これなら、航海の知識がない私たちでも、迷うことなく安全に旅ができるわ。」


シルヴィアが海図を覗き込み、感嘆の息を漏らした。


俺も、その完璧すぎる資料の数々に目を丸くした。


ただ船を売るだけではない。


俺たちが「バカンスを楽しみたい」という真の目的を完璧に理解し、先回りしてすべての障害を取り除いてくれているのだ。


前の世界(地球)で営業の最前線にいた社畜としての経験から言っても、ここまで顧客の痒いところに手が届く気配りができる商人は、そうはいない。


「……ガリウス会長。貴方は本当に優秀な商人ですね。」


俺は自然と姿勢を正し、先ほどまでのタメ口を改め、深い敬意を込めた敬語で語りかけた。


「えっ……? ク、クロウ様? 私のようなしがない商人に、敬語など……!」


「いいえ。貴方のこの徹底した気配りと仕事の手際は、心から尊敬に値します。これからは、頼れるビジネスパートナーとして接させてください。」


俺が真っ直ぐに目を見て告げると、ガリウス会長は一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがて商人としての確かな誇りを滲ませて、嬉しそうに微笑んだ。


「……身に余る光栄でございます、クロウ様。このガリウス、生涯をかけて皆様の航海をサポートさせていただきます。」


「ええ、頼りにしています。それで、出航まではどれくらいかかりそうですか?」


俺の問いに、ガリウス会長は少しだけ申し訳なそうに眉を下げた。


「船自体はすぐにでも動かせるのですが……皆様が長期のバカンスを過ごされるための、新鮮な水や保存食、最高級のワイン、日用品などの物資。それに、タロウ様が満足されるだけの大量の魔物肉を積み込むとなると、各所から極上の品を取り寄せるために、どうしても一週間ほどのお時間をいただきたく……。」


「なるほど、そういうことなら全く問題ありません。むしろ、そこまで手配してくれるなら大助かりですよ。」


「ありがとうございます! 物資を完璧に積み込んだ状態で、一週間後に皆様に船を引き渡しいたします。」


ガリウス会長は力強く頷いた。


「それまでの間、港町での滞在には、当商会が懇意にしている最高級の宿『潮騒の海神亭』を手配いたしました。もちろん、タロウ様が羽を伸ばせる巨大な専用の竜舎もご用意しております。宿泊費もすべて当商会が負担いたしますので、どうかごゆっくりとお寛ぎください。」


どこまでも至れり尽くせりの対応に、レイアやセツナもパァッと顔を輝かせた。


こうして、俺たちはガリウス会長と固い握手を交わし、一週間後の船の引き渡しを約束して商会を後にしたのだった。



ガリウス会長の紹介でやってきた『潮騒の海神亭』は、海を一望できる小高い丘の上に建つ、素晴らしい景観の高級宿だった。


タロウを広々とした専用の竜舎に預け(もちろん大量の骨付き肉を与えてから)、俺たちは最上階の特別室へと案内された。


「潮の香りがして、すごく良いお部屋ですね! 窓からの眺めも最高です!」


レイアがバルコニーに出ると、夕陽に染まる海を見下ろして満面の笑みを浮かべた。


「ガハハ! 部屋も広いし、ベッドもふかふかだ! こりゃあ船に乗る前から最高のバカンスだな!」


レオナが巨大なベッドにダイブし、嬉しそうに笑い声を上げる。


「ご主人様、お風呂もとっても広くて綺麗でしたよ! 後で一緒に入りましょうね!」


セツナが銀色の尻尾を揺らしながら、俺の腕にギュッと抱きついてきた。


「ふふっ、みんなすっかりリラックスしてるみたいね。……あら、いい匂いがしてきたわ。」


シルヴィアが鼻をひくつかせたその時、部屋の扉がノックされ、宿の女将が笑顔で夕食を運んできた。


「皆様、お待ちかねの夕食でございます! 当宿が誇る、港町の旬の食材をふんだんに使った自慢の料理の数々、心ゆくまでご堪能くださいませ!」


広いテーブルに次々と並べられる料理に、全員の目が釘付けになった。


その中心にドンと置かれたのは、巨大な鉄鍋で作られた『特製シーフードパエリア』だった。


「わぁ……っ! すごいボリュームです!」


「うむ! 海老に蟹に、貝が山盛りじゃ! 黄金色のご飯がキラキラしておるぞ!」


タマモが歓声を上げ、三本の尻尾をちぎれんばかりに振っている。


エビやカニ、新鮮なムール貝などの海の幸が惜しげもなく乗せられ、サフランと魚介の濃厚な出汁をたっぷりと吸い込んだ米が、食欲をそそる香ばしい匂いを放っていた。


「さあ、冷めないうちにいただこうぜ。」


俺の合図で、全員がパエリアを皿に取り分ける。


「んんっ……! 美味しい! ご飯の一粒一粒に、海の旨味がギュッと詰まっています!」


レイアが頬に手を当てて、とろけるような笑顔を見せた。


「ええ、本当に絶品だわ。この大きな海老もプリプリで甘くて……白ワインによく合うわね。」


シルヴィアも優雅にグラスを傾けながら、心から満足そうに微笑んでいる。


「ガハハ! 港町の飯ってのは、豪快でいいな! おかわりだ!」


レオナが凄まじい勢いでパエリアを平らげていく。


俺も一口食べて、その完成度の高さに驚いた。


無人島のサバイバルで作っていた豪快な海鮮焼きも美味かったが、やはり一流の料理人が手間暇をかけて作った料理の繊細な味わいは格別だ。


そして、女将が「実はこちらも、常連客に大人気の『隠し名物』でございます」と言って、最後の一皿をテーブルに置いた。


その瞬間、部屋中に香ばしい醤油と……俺のよく知る『生姜』に似たスパイシーな香りが爆発的に広がった。


「こ、この匂いは……!?」


俺は思わず身を乗り出した。


大皿に盛られていたのは、こんがりと焼かれた厚切りの肉に、甘辛いタレがたっぷりと絡んだ料理だった。


「こちらは、近郊の森で狩られた『潮風猪タイド・ボア』という魔物肉のジンジャー炒めでございます。」


女将が誇らしげに説明する。


「この港町は、毎日新鮮なお魚が獲れるのは良いのですが……実は、地元の漁師や港の男たちは、子供の頃から魚ばかり食べているので、すっかり魚料理に飽きてしまっているんです。」


「へえ、贅沢な悩みですね。」


レイアが驚いたように相槌を打った。


「ええ。ですから、そんな港の男たちの間で一番人気があるのが、ガツンとスタミナがつくこの魔物肉のジンジャー炒めなんですよ。特製の生姜ダレが、魔物肉の臭みを消して旨味を引き出してくれるんです。」


女将の説明を聞きながら、俺は堪らずその潮風猪タイド・ボアの肉を一切れ口に運んだ。


「――っ!! うまいっ!!」


強烈な生姜の香りと、甘辛い醤油ベースのタレ。


それが、噛み応えのある分厚い魔物肉の肉汁と完璧に絡み合っている。


それはまさに、俺が前の世界(地球)で愛してやまなかった、最強の定食メニュー『豚の生姜焼き』そのものの味だった。


「んんっ……! なんですかこれ、すっごくご飯が進みます! パエリアとも意外と合いますね!」


セツナが目を輝かせ、お肉とパエリアを交互に頬張っている。


「本当じゃ! 海の幸も良いが、やはり肉の脂とこの刺激的なタレの組み合わせは最高じゃな! クロウ、わらわの分ももっと寄越すのじゃ!」


タマモもすっかりジンジャー炒めの虜になり、口の周りをタレだらけにして肉を貪っている。


「ふふっ、本当に美味しいわね。海の街の隠れた名物が、まさかこんなガッツリとしたお肉料理だったなんて、面白い発見だわ。」


シルヴィアもクスクスと笑いながら、肉を切り分けている。


「ガハハ! これぞ男の飯って感じだな! 女将さん、このお肉、もっと追加で持ってきてくれ!」


レオナの豪快な注文に、女将は「はい喜んで!」と笑顔で厨房へと戻っていった。


新鮮な海の幸と、港町ならではの裏メニュー。


窓の外から聞こえる波の音をBGMに、俺たちは最高級の宿で、バカンスの始まりを祝う極上の夕食を心ゆくまで堪能した。


ガリウス会長の完璧な手配と、美味しい料理、そして笑顔が絶えない仲間たち。


一週間後に出航する最新鋭の魔導船での旅が、今から楽しみで仕方がなかった。

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