第9話 規格外の回復薬と、噛み合わない常識
「これ、道端で拾ったポーションなんだけど、飲むか? 俺は使わないからさ」
差し出された淡く光る液体の入った小瓶を見て、レイア・スカーレットは我が目を疑った。
道端で拾った? 冗談ではない。その小瓶から漏れ出す濃密な魔力と、純度の高い光の輝き。それは王都のオークションに出せば金貨数十枚(数百万円)は下らない、深い傷すら瞬時に塞ぎ魔力を全快させる超高級品『特級回復ポーション』に他ならなかった。
「……っ、そ、そんな貴重なもの、受け取れません! 私は……」
レイアは反射的に拒絶した。
彼女は20歳にしてAランクに登り詰めた天才魔法剣士だが、それゆえに苦労も多かった。女だからと舐められ、実力を示せば今度は「俺のパーティーに入らないか(あわよくば俺の女になれ)」と下心丸出しで近寄ってくる男ばかり。
それにうんざりして、彼女はずっと険しいソロ冒険者の道を歩んできたのだ。いくら命の恩人とはいえ、こんな超高級なアイテムを受け取ってしまえば、見返りに何を要求されるかわかったものではない。
強がって立ち上がろうとする彼女だったが、壁に激突したダメージと極度の魔力枯渇により、足に力が入らずその場に崩れ落ちそうになる。
だが、謎の男――九郎は、レイアの体をそっと支え、ため息をつきながら小瓶の蓋を開けた。
「貴重も何も、俺にとってはただの拾い物だ。ほら、飲んだ飲んだ。ここで倒れられたら目覚めが悪いだろ」
「んぐっ……!?」
九郎は強引に(しかし絶妙な力加減で)レイアの口にポーションを流し込んだ。
途端、レイアの全身を温かい光が包み込む。壁に打ち付けられた全身の鈍痛がスッと消え去り、すっからかんに枯渇していた魔力と体力までもが完全に全快した。
「……うそ。本当に、治った」
呆然とするレイアをよそに、九郎は「よしよし」と頷きながら、もう一度彼女に【鑑定】スキルを向けていた。
【名前】レイア・スカーレット
【年齢】20歳
【職業】魔法剣士(冒険者ランクA)
【称号】孤高の天才、男避けの強気
【状態】完全回復・健康
(なるほど。『男避けの強気』ね。一人で突っ張って生きてきたタイプか。15年前の俺みたいで、ちょっと親近感が湧くな)
九郎は自分のブラック企業時代(一人で残業を背負い込んでいた頃)を思い出し、少しだけ口角を上げた。
レイアは恐る恐る九郎の顔を見上げる。彼女の美貌とスレンダーな体つきを見れば、大抵の男はいやらしい目を向けてくる。だが、目の前の男の瞳には、一切の下心が存在しなかった。ただ純粋に「限界だった子が回復してよかった」という、親が子を見るような落ち着いた大人の余裕だけがある。
「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございます。私はレイア。レイア・スカーレットです。あなたは……?」
警戒を解き、真っ直ぐに頭を下げるレイア。常識と礼儀をわきまえた、いい子だ。九郎は満足げに頷いた。
「俺は九郎。見ての通り、ただの通りすがりの迷子だ」
「迷子……ですか? この、人類未踏破と言われる『奈落のダンジョン』の第30階層で?」
「ああ。ところでレイア。教えて欲しいんだけど、ここから地上まであと何階層あるんだ? 俺、下からずっと階段登ってきて、今だいたい271階層くらいだと思うんだけど」
「……はい?」
レイアの整った顔が、ピシリと固まった。
言っている意味が全く理解できなかったのだ。
「ええと、クロウさん? ここは上から数えて『第30階層』です。人類の最高到達点は第50階層。それより下は、誰も生きて帰ったことがない未知の領域なんですよ……?」
「……え?」
今度は、九郎の顔が固まった。
お互いに顔を見合わせる。数秒の沈黙の後、二人は同時に声を上げた。
「「……下(最下層)から登ってきたってこと!?」」
「「……上から数えて30階層ってこと!?」」
ここでようやく、九郎は自分が「古代遺跡の転送陣から、ダンジョンの最下層(第300階層)に飛ばされていた」という事実に気づいた。
そしてレイアは、目の前の常識外れな男が「人類が誰も足を踏み入れたことのない270フロア分の極悪魔境を、たった一人で鼻歌交じりに踏破してきた」というとんでもないバケモノであることを理解したのだった。




