第10話 国宝級の魔法と、息をするような規格外の殲滅
「上から数えて30階層……ってことは、俺、あと30フロア分も階段を登らないといけないのか」
事実を突きつけられた俺は、思わず深い深いため息をついた。
サバイバル生活で歩くのには慣れているが、単純作業の繰り返しはブラック企業のデータ入力を思い出して少し気が滅入る。
一方のレイアは、俺の言葉に目を丸くしたまま固まっていた。
「あ、あの、クロウさん……? 階段を登るのが面倒、みたいな顔をしてますけど、ここから上の30階層は『人類最高峰のエリートたちが命懸けで挑む魔境』なんですよ……?」
「ん? ああ、そうなのか。でも下の方(200階層とか)に比べたら、魔物も随分と柔らかくなってきたし、散歩みたいなもんだろ」
「さんぽ……」
レイアが頭を抱えてしゃがみ込みそうになったが、なんとか持ち直したらしい。彼女はコホンと一つ咳払いをして、背筋を伸ばした。
「……とにかく、命を救っていただいた恩は必ずお返しします。地上まで、どうか私に同行させてください。これでもAランクですので、道案内や索敵のお役には立てるはずです」
「案内してくれるなら助かるよ。よろしくな、レイア」
俺が気負うことなく手を差し出すと、レイアは少しだけ頬を染めて、その手をしっかりと握り返した。
彼女の称号にあった『男避けの強気』。今まで男たちから向けられてきた下心や値踏みするような視線が、目の前のこの男からは微塵も感じられないのだ。レイアにとって、それがどれほど心地よいことか、俺には知る由もなかった。
「よし、じゃあ出発するか。……レイア、その足元のデカいリュック、お前の荷物か?」
俺が指差したのは、レイアがミノタウロスとの戦闘前に壁際に置いていた、彼女の背丈ほどもある巨大な革製のリュックだった。ポーションや野営具、魔物のドロップ素材がパンパンに詰まっているらしく、見ただけで肩が凝りそうな重さだ。
「あ、はい。少し重いですが、冒険者の基本ですので……ひゃあっ!?」
レイアがリュックを背負おうとした瞬間、俺は彼女の横から手を伸ばし、空間に真っ黒な亜空間の穴を開いて、リュックごとヒョイッと放り込んだ。
「怪我明けなんだから、重いもんは俺が持つよ。どうせ容量は無限だし、時間も止まってるから素材も腐らないぞ」
「……は? 空間収納……しかも、時間が止まる……?」
レイアは開いた口が塞がらない、という顔で俺の顔と虚空を見比べた。
「あの、クロウさん。それ、もしかして失われた古代魔法の『時空間魔法』ですか……? 容量無限で時間停止なんて、王家の国宝レベルどころか、神話の御伽話でしか……」
「ん? まあ、さっき下の階層の古代遺跡で拾ったスキルだからな。便利だろ?」
「ひ、拾った……!?」
またしてもレイアが頭を抱えた。どうやら外の世界の常識からすると、俺のスキルは相当ヤバいらしい。だが、今更隠すようなものでもないだろう。
「ほら、行くぞ。道案内頼む」
俺が先陣を切って階段を登り始めると、レイアは慌てて俺の背中を追いかけてきた。
身軽になった彼女の足取りは驚くほど軽く、さすがはAランクといったところだ。
しかし、道中の案内役として彼女が活躍する機会は、結局一度も訪れなかった。
『グアアアアアッ!』
「クロウさん、前方にAランク相当の魔物、ブラッド・エイプの群れが……!」
「ああ、ちょっと待ってろ」
ヒュンッ。
俺が腰の剣を鞘に収めたまま、親指で少しだけ鯉口を切って魔力を弾く。
それだけで不可視の斬撃が飛び、ブラッド・エイプの群れは一瞬にして壁のシミへと変わった。
「えっ」
『シャアアアアアッ!』
「上から奇襲です! 猛毒を持つアシッド・スパイダー……!」
「ん、ほい」
俺が無造作に拾った小石を指で弾くと、弾丸のような初速で射出された石が巨大蜘蛛の頭部を正確に撃ち抜き、ドサリと床に落ちた。
「ええっ!?」
索敵能力の高いレイアが魔物を発見し、警告を発した次の瞬間には、俺が素手や石ころ、あるいは剣の柄でワンパンして終わる。
その異常すぎる光景を数十回と繰り返すうちに、レイアはすっかり諦めたような、あるいは別の感情が芽生えたような熱い眼差しで俺の背中を見つめるようになっていた。
(……この人、本当に何者なの? これだけ圧倒的な力を持っているのに、一切驕らないし、私のことを庇いながら歩いてくれている)
俺は後ろを歩くレイアの心境の変化などつゆ知らず、「ようやく出口が見えてきたな」と、遥か上方に差し込む微かな光を見上げて安堵の息を吐いていた。




