第11話 迷宮都市バベルと、特例のCランク
「……眩しいな」
長く薄暗い螺旋階段を抜け、重厚な扉を押し開けた先。
15年ぶりに浴びる「外の世界」の太陽の光に、俺は思わず目を細めた。
目の前に広がっていたのは、活気に満ちた巨大な城塞都市だった。
石造りの建物が立ち並び、様々な装備を身につけた冒険者や商人たちが大声で行き交っている。漂ってくる肉を焼く香ばしい匂いや、人々の喧騒。
どれもこれも、あの極悪無人島では絶対に味わえなかったものだ。
「ここが迷宮都市『バベル』です。ダンジョンを囲むように発展した、世界最大の冒険者の街なんですよ」
隣を歩くレイアに案内され、街の中心部にあるひときわ巨大な建物――『冒険者ギルド』の本部へとやってきた。
重厚な扉を開けて中に入ると、広いフロアは屈強な冒険者たちでごった返していた。
俺たちが入った瞬間、幾人かの視線がこちらに向く。
「おい、見ろ。あの『孤高の天才』レイアだぞ」
「いつもソロのあいつが、男連れなんて珍しいな」
「隣の優男は誰だ? 見ない顔だが……貴族のお坊ちゃんか?」
ヒソヒソと値踏みするような視線が突き刺さる。やはりAランクで容姿端麗なレイアは、この街でも相当目立つらしい。
「……レイア。俺はあまり目立ちたくないんだが。ダンジョンで拾った素材も、この人混みの中で出すと騒ぎになりそうだしな」
俺が小声でそう伝えると、レイアはコクリと真剣な顔で頷いた。
「わかっています。クロウさんの規格外な素材を一般の受付に出せば、国を巻き込む大騒動になりますから。……少し強引に行きますね。私についてきてください」
レイアは俺の手を引くと、一般の受付カウンターを素通りし、奥にある厳重な扉の前を守っている屈強な職員にギルドカードを提示した。
「Aランク冒険者、レイア・スカーレットです。ギルド長に急ぎの報告があります。ダンジョンの深層に関する『極秘事項』です」
「なっ……! 承知いたしました、すぐにお通しします!」
レイアの凛とした態度と『極秘事項』という言葉に、職員は慌てて扉を開けた。
通されたのは、防音の魔法が施された広々とした『ギルド長室』だ。
そこには、顔に大きな傷のある筋骨隆々の初老の男――バベルのギルドを束ねるギルド長、バルガスが、書類仕事の手を止めて鋭い視線を向けていた。
「レイアか。30階層の探索から戻ったようだな。それで、極秘事項とはなんだ。その後ろの優男は?」
バルガスが訝しげに俺を見た。だが、次の瞬間、彼の目の色がスッと変わる。
「……いや、優男だと思ったが……お前、一体何者だ?」
バルガスは立ち上がり、俺を穴の開くような目で見つめた。
俺は魔力も闘気も一切出さず、ただ自然体で立っているだけだ。だが、数多の死線を潜り抜けてきたバルガスの『直感』が、俺の異常性を嗅ぎ取ったらしい。
「魔力も殺気も一切感じない。だが、俺の長年の勘が『こいつは絶対に敵に回すな』と警鐘を鳴らしてやがる。……レイア、そいつはどこで拾ってきた」
「彼はクロウさん。第30階層で不運にも魔物の大群に囲まれてしまった私を、一瞬で救ってくださった恩人です」
「ほう、あの30階層の群れを一人でか。たいした実力だな。……だが、それが極秘事項なのか?」
「いえ。極秘事項は……クロウさんが持っている『素材』の方です。一般の受付に出せばパニックになりかねません」
レイアの言葉に、バルガスは深く息を吐いてソファーにドカッと座り直した。
「なるほどな。で、目立ちたくないから直接ここに来たと。クロウと言ったな、素材を持ってるなら出してみろ」
「ああ、助かるよ。えーっと、とりあえずこれくらいで」
俺は【時空間魔法】の亜空間を指先で少しだけ開き、道中で狩った魔物の素材をいくつか適当に取り出してテーブルに置いた。
ゴトンッ、という重い音と共に現れたのは、深層(第200階層付近)で倒した『マグマ・ジャイアント』の心臓(魔石)と、第250階層付近で倒した『四頭大蛇』の牙だ。
「…………おい」
バルガスの顔から、スッと血の気が引いた。
「これ、災害級指定の魔物の……しかも信じられないほど完全な状態じゃねえか。クロウ、お前……30階層でレイアを助けたって言ったな。まさか、お前……『それより下』から登ってきたのか……?」
「ああ。一番下から登ってきた。で、冒険者登録もついでにお願いしたいんだが。一番下のFランクでいいぞ」
「馬鹿野郎!!」
バルガスの怒声が部屋に響いた。
「こんな人類未踏破階層のバケモノ素材を持ち込んでおいてFランクだァ? しかもレイアと一緒に歩いてたら、絶対にアホな身の程知らずの冒険者が『なんでFランクの雑魚が!』って絡んでくるに決まってんだろ! 街が半壊するわ!」
「あー、確かに。面倒だな」
「特例だ。お前は今日から『Cランク』として登録する。これなら中堅扱いで下っ端から絡まれることも減るし、SやAほど国から目をつけられることもない、一番都合のいいランクだ」
さすがは世界最大のギルドを束ねる男だ。話が早くて助かる。
俺はバルガスに莫大な素材の買い取り金と、真新しいCランクのギルドカードを受け取り、極秘の登録を済ませた。
「助かったよ、バルガス」
「ふん。お前が街で暴れないための必要経費だ。大人しくしててくれよ」
ギルド長室を出て、ようやく美味い飯でも食いに行ける。
そう思ってギルドの酒場フロアに戻ってきた、その時だった。
「――おいおい。随分と偉そうにバルガスのオッサンの部屋から出てきたじゃねえか、新人くんよぉ」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた、派手な鎧を着た男――中堅冒険者のガランが、俺たちの前に立ち塞がった。
後ろには取り巻きらしき男を数人引き連れている。
ガランの目は俺ではなく、俺の隣にいるレイアの全身をねっとりと舐め回すように見ていた。
「レイアちゃんよぉ。俺のパーティーへの誘いは『ソロで活動するから』って断ったくせに、なんでこんなポッと出の男なんかと一緒に歩いてるんだ? ええ?」
ガランが、俺の肩をドンッ!と威圧的に小突いてきた。




