第86話 星の祝福と、永遠の食卓
浄化の光がゆっくりと収束していくと、そこには、これまでの重苦しい障気が嘘のように澄み切った、清浄な大気の流れる地下空洞が広がっていた。
岩壁を覆っていたどす黒い泥も消え去り、地面には青白く光る鉱石が美しい輝きを取り戻している。
「……消えた……。本当に、全部……」
レイアが、自分の両手を見つめながら震える声で呟いた。
「ええ。……障気の残滓は、一滴も残っていないわ。……完全な、浄化よ」
シルヴィアが目元を拭いながら、心底ホッとしたような安堵の笑みを浮かべる。
「ガハハハッ! 終わった! 終わったぞォォッ!」
レオナが俺の背中をバンバンと叩き、セツナが「クロウさぁん!」と泣きながら俺の胸に飛び込んできた。タマモも満足げに尻尾を揺らしている。
「……見事な結末であったな、クロウ殿」
カガミさんが、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。その後ろで、リンが「クロウさんたち、最高ー!」と両手を挙げて喜んでいる。
「ああ。……みんなのおかげだ」
俺は深く、長く息を吐き出した。
その時だった。俺の手に握られていた『四龍の宝玉』が、役目を終えて光を失うどころか、今度は太陽のように暖かく、ひどく優しい輝きを放ち始めたのだ。
「なんだ……?」
宝玉から溢れ出した淡い黄金色の光が、細い糸のように解け、俺たち全員の身体をふわりと包み込んだ。
それは、莫大な障気を浄化し終えた星の生命力と、四龍からの『祝福』の残り香だった。
光に包まれたレイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、そしてタマモの身体が、一瞬だけ神々しいオーラを放って発光した。
「え……っ? なにこれ、身体が……すごく、軽い……?」
レイアが驚いて自分の両手を見つめる。
レオナの曲がったハルバードを握る腕に、これまでにないほどの濃厚な魔力が宿り、セツナの獣耳がピンと立つ。シルヴィアの纏うマナはより洗練され、タマモの九本の尻尾は黄金の毛並みをさらに神々しく輝かせていた。
俺の『サバイバーの鑑定眼』が、仲間たちのステータスに起きた「あり得ない変化」を読み取った。
『個体名:レイア 種族:最上位人種』
『個体名:シルヴィア 種族:最上位エルフ(ハイ・エルフ)』
『個体名:レオナ 種族:最上位獣人』
『個体名:セツナ 種族:最上位獣人』
『個体名:タマモ 種族:最上位幻獣』
「……マジかよ」
思わず声が漏れた。
浄化の極限のエネルギーと四龍の祝福が、彼女たちの『種族の壁』を打ち破ったのだ。ただの人間やエルフ、獣人、妖怪だった仲間たちが、俺やカガミさんたちと同じ、神代の血を引く『最上位種』へと強制的に進化を果たしていた。
それは、ただ戦闘力が上がるというだけの話ではない。
俺の胸の奥で、15年間のサバイバルの中でずっと抱えていた「ある一つの重い呪縛」が、音を立てて崩れ去った。
俺のようなハイ・ヒューマンやカガミさん、リンは、普通の人間とは比較にならないほどの途方もない寿命を持っている。だが、普通の人間であるレイアや、通常の獣人であるレオナやセツナたちは、いつか必ず俺を置いて先に老い、死んでいくはずだった。
それが、無くなったのだ。
「……これでもう、寿命の長さを気にしなくてよくなったな。お前たちだけが先に老いていくなんて心配は、しなくていいってことだ」
俺が堪えきれずに笑みをこぼすと、仲間たちはポカンとした後、その意味を理解して顔をパァッと輝かせた。
「クロウさん……っ! それって、これからも、ずっとずっと一緒にいられるってことですか!?」
レイアが涙ぐみながら俺の手を握りしめる。
「ガハハハッ! 最高じゃないか! これなら、百年でも二百年でも旦那様の背中を守ってやれるぞ!」
「クロウさん! 私も、ずっとクロウさんの影にいます!!」
「……ふふ、エルフの私よりも長生きになりそうね。これからの長い時間、退屈しなくて済みそうよ」
仲間たちが歓喜に沸く中、俺、カガミさん、リンの元から『最上位種』だった三人の身体も、淡い光に包まれていた。
進化の余地がない俺たちのステータスには、代わりに見たこともない文字列が刻み込まれていた。
『特殊スキル:【???】を獲得』
「……何の力だ、これ?」
俺が首を傾げると、カガミさんも自身の掌を見つめながら目を細めた。
「ふむ……。どのような力かは分からぬが、決して悪い気はせんな。星からのささやかな『贈り物』といったところか」
「わっかんないけど、なんだか身体の奥がポカポカして気持ちいいよ!」
リンが元気よく尻尾を揺らす。
まだどんな効果があるスキルなのかは分からない。だが、この長い旅の終わりに相応しい、未知の可能性がそこにあった。
「ああ。本当に……全部終わったんだな」
俺は、静かに『深淵の大剣』をアイテムボックスへと収め、代わりに仲間たちの顔をぐるりと見渡した。
これからの俺たちの時間は、無限と言っていいほどに広がっている。
世界の危機は去り、寿命の心配もなくなり、未知の力まで手に入れた。これからのサバイバルは、ただ生き残るためだけの過酷なものじゃない。
仲間たちと一緒に、もっと自由に、もっと楽しく世界を味わい尽くすための旅になるはずだ。
「さあ、地上に帰ろう。……とりあえず、腹が減って死にそうだ。宿に戻ったら、みんなで最高に美味い飯を食いにいくぞ」
俺の言葉に、全員がこの旅で一番の、最高の笑顔で頷いた。
大地の底の底。かつて絶望が封じられていたその場所で、俺たちの長かったサバイバルは終わりを告げ――そして、永遠に続く新しい旅が始まったのだ。




