第85話 四龍の導きと、完全なる浄化
「カガミさん……リン……っ、武器が、通じない……!」
レイアの悲痛な声が地下空洞に響く。
先ほどまで俺たちの猛攻によってボロボロに崩れ去った怪物の肉体は、完全にどす黒い霧の塊――純粋な『怨念』と化していた。
カガミさんの放つ神速の絶技も、リンの岩盤を砕く飛び蹴りも、怨念の霧を虚しくすり抜けるだけ。物理的な干渉を一切受け付けないその黒い霧は、触れるだけで岩をドロドロに溶かし、全方位へと無差別に広がり始めていた。
「くっ……全員、俺の真後ろに隠れろッ!!」
俺は即座に前に躍り出た。
タマモの結界すら融解し始めたこの絶望的な障気の奔流に対し、俺は自身の持つ理外の力『状態異常完全無効』を盾にするつもりだった。
15年間、どんな猛毒も、致死の呪いも、このスキルがすべてを「無」に帰してきた。この障気も例外ではないはずだ。
だが。
『……全テ、無ニ還レ。我ガ怨嗟ノ海ニ溺レ、世界ゴト腐リ果テルガイイ……ッ!!』
怨念の霧が、俺の身体を包み込んだ――その瞬間。
「ガ、アァァァァァァァッ!!?」
「クロウさん!?」
「クロウ殿!!」
ジワァァァッ、と。
俺の全身の皮膚が焼け焦げ、内臓が煮え繰り返るような激痛が脳髄を突き抜けた。
馬鹿な。状態異常が、無効化されていない?
いや、違う。俺のサバイバーとしての感覚が、絶望的な真実を理解した。
これは毒や呪い、病気といった『状態異常』などという生易しいシステム上の干渉じゃない。
生命の存在そのものを削り取り、原子レベルで塵に還そうとする、純粋な『破壊のエネルギー(物理的消滅)』だ。
熱を「火傷」という状態異常として無効化できても、太陽のど真ん中に放り込まれれば肉体が物理的に消滅するのと同じ。この霧は、濃密すぎる死の質量そのものなのだ。
「……ぐ、ぅぅっ……! こいつは、ダメだ……っ!」
俺の無敵の盾すら破られ、膝をつく。
肉体を捨て、防御すら捨て去った特攻型の怨念。俺たちを完全に飲み込もうとするその前に、もはや万策は尽きたように思えた。
その時だった。
『――諦めるな、人間の小僧』
脳内に、地鳴りのような深く太い声が響いた。
直後。俺の胸元――アイテムボックスの中に収まっていた『四龍連結宝冠』が、俺の意志とは無関係に宙へと飛び出したのだ。
「これは……!」
赤、蒼、翠、そして深緑。
火、水、風、土の四つの属性を司る四龍の宝玉が、これまでとは比較にならないほどの眩い輝きを放ち始めた。
『我ら四龍の魔力、そして星の命脈……今こそ、すべてをお主らに託そう』
『見事だったぞ、若き戦士たちよ』
『さあ、吹き飛ばしてやれ!』
『わしら土龍一族の誇り、その目に焼き付けろ!』
宝玉の中から、霊峰で出会った四龍の長たち――そして、あの頑固なテラドーラ爺さんの声が確かに聞こえた。
四つの宝玉から溢れ出した魔力は、ただの元素の力ではない。この世界そのものを構成する『純粋な生命力』の極致。
俺は激痛に耐えながら立ち上がり、宙に浮かぶ四龍の宝冠を、両手でしっかりと掴み取った。
その瞬間、俺のサバイバーとしての直感が、この状況の「正解」を完全に理解した。
「……お前、最大のミスを犯したな」
俺は、迫り来る絶望の霧に向かって、血の混じった笑みを浮かべた。
『……何……?』
「お前がさっきまで被っていたあの強固な装甲と武術。あれは俺たちを殺すための武器じゃなかった。……この星の生命力から、自分の『純粋すぎる障気』を守るための防護服だったんだよ」
物理攻撃を無効化し、無効化スキルすら焼き尽くす無敵の霧。
だがそれは、言い換えれば「純度100%の障気」になったということだ。
「肉体を捨てたことで、お前は防御を失った。……つまり今の空っぽなお前は、この四龍の宝玉が放つ『純粋な生命の光(浄化)』に対して、何の耐性も持たない最大の弱点を晒してるってことだ!」
俺の言葉に、怨念の霧が初めて「恐怖」に似た揺らぎを見せた。
「みんな、俺に力を貸してくれ! これで、完全に終わらせる!」
「はいっ!!」
俺の背中に、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、タマモの五人が手を当て、残されたすべての魔力と祈りを注ぎ込む。
カガミさんが静かに刀を構え、リンがその横で力強く頷いた。神代の血族たちの魔力もまた、俺の持つ宝玉へと集束していく。
「俺の目標は15年前から変わってない。……ただ『生き残る』ことだ。でも今は、こいつらと一緒に明日も美味い飯を食うために生きたい」
俺は、四つの宝玉が一つに結びついた宝冠を、怨念の霧のど真ん中へと力強く掲げた。
「――俺たちのサバイバルの邪魔をする厄災は、ここで完全に消し去る!! 四龍の光よ! すべてを『浄化』しろォォォォッ!!!」
カッ……!!!!
地下空洞が、圧倒的な「白」に包まれた。
四龍の魔力と、俺たち全員の想いが乗った極大の生命の光が、津波のように広がっていく。
『ギ、ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?』
光に触れた瞬間、無敵の特攻兵器だったはずの怨念の霧が、ジュワッと音を立てて蒸発していく。
それは、かつて数千年前に四龍が施した「一時しのぎの封印」などではない。
障気という存在そのものを、世界の理から完全に削り落とし、無害なマナへと還元する『完全なる浄化』。
『バ、カナ……我ガ……古ノ怨念ガ……タダノ人間、ドモニ……ッ!!』
「ただの人間じゃない。……仲間を信じた、最高のサバイバーだ」
光の奔流が、怨念の核を完全に捉える。
断末魔の叫びは、浄化の光の激しい輝きの中に吸い込まれ、やがてぷつりと途絶えた。
……数分後。
浄化の光がゆっくりと収束していくと、そこには、これまでの重苦しい障気が嘘のように澄み切った、清浄な大気の流れる地下空洞が広がっていた。
岩壁を覆っていたどす黒い泥も消え去り、地面には青白く光る鉱石が美しい輝きを取り戻している。
「……消えた……。本当に、全部……」
レイアが、自分の両手を見つめながら震える声で呟いた。
「ええ。……障気の残滓は、一滴も残っていないわ。……完全な、浄化よ」
シルヴィアが目元を拭いながら、心底ホッとしたような安堵の笑みを浮かべる。
「ガハハハッ! 終わった! 終わったぞォォッ!」
レオナが俺の背中をバンバンと叩き、セツナが「クロウさぁん!」と泣きながら俺の胸に飛び込んできた。タマモも満足げに尻尾を揺らしている。
「……見事な結末であったな、クロウ殿」
カガミさんが、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。その後ろで、リンが「クロウさんたち、最高ー!」と両手を挙げて喜んでいる。
「ああ。……みんなのおかげだ」
俺は、優しく温かい光を放ち続ける四龍の宝玉をアイテムボックスにしまい、深く、長く息を吐き出した。全身に残る火傷の痛みすら、今は心地よい生存の証だった。
15年間の孤独な無人島生活から始まり、仲間と出会い、世界を巡ってきた長い長いサバイバル。
その最大の脅威であった邪竜の怨念は、ついにこの世界から完全に消え去った。
「さあ、帰ろう。……みんなで、美味い飯を食いに」
俺の言葉に、全員が最高の笑顔で頷いた。
大地の底の底。かつて絶望が封じられていたその場所で、俺たちはついに、完全な勝利を分かち合ったのだった。




