第84話 理を断つ三閃
「――行くぞッ!!」
俺の咆哮が、地下空洞の静寂を粉砕した。
同時に、五人の仲間が弾かれたように散開する。
それはこれまでのような「ただの同時攻撃」ではない。俺が授けた策――怪物の脳に、処理しきれないほどの致命的な情報を叩き込むための『情報の檻』の展開だ。
「まずは私から! アンタの視界、全部塗り潰してあげるわ!」
シルヴィアが『星砕きの竜弓』を引き絞る。彼女はもはや武器のポテンシャルに頼るのをやめた。エルフの超視覚、そして狙撃手としての全神経を研ぎ澄ませ、怪物の瞬きの合間、障気の膜が僅かに薄れる「点」だけを正確に狙い撃つ。
放たれた光矢は、怪物の右眼、喉元、そして関節の隙間へと、コンマ数秒のズレもなく次々と吸い込まれていった。
『……ヌ、ゥッ!?』
怪物がその神速の抜刀で矢を叩き落とそうとする。だが、その意識が僅かに「点」へと絞られた瞬間、左右から重量級の圧力が襲いかかった。
「ガハハハッ! 避けてみろ、このデカブツがァッ!」
「逃がしません……! 私たちの『意地』、刻み込みます!」
レオナのハルバードが右から、レイアの魔法剣が左から、空気を爆ぜさせながら同時に肉薄する。怪物は驚異的な体術でその二つをいなそうとするが、足元ではタマモの狐火が龍の如くのたうち回り、重力結界が泥のように奴の足を地面に縫い付けていた。
「影は一つじゃない……! 四方八方、すべてが私の間合いです!」
さらに頭上からは、セツナの影分身を伴う神代級ダガーの豪雨が降り注ぐ。
前後、左右、上下。
怪物の「完璧すぎる武」が、初めて悲鳴を上げた。
奴の脳内では、今この瞬間、無数の『死』の選択肢が演算されているはずだ。
右を捌けば、左から裂かれる。
上を躱せば、下から焼かれる。
完璧なバランスを誇るが故に、奴はそのすべてを「無視できない致命傷」として認識してしまい、その処理能力が限界寸前まで追い込まれていた。
そして――そのパンクの瞬間、奴の正面に『真の死神』たちが現れた。
「――技のカガミさん。速さのリン。……合わせるぞ!!」
俺、カガミさん、リンの三人が、一列に並んで突進する。
神代の血を引く三人の魔力が共鳴し、地下空洞の空気がキィィィンと甲高い音を立てて震えた。
『……貴様、ラ……ッ!!』
怪物が叫び、残ったすべての障気を正面へと集中させ、迎撃の構えを取る。
だが、その迎撃の『理』は、すでにカガミさんの抜刀によって崩されていた。
「――神代の剣理、今ここで見せよう。……『虚空一閃』」
カガミさんの刀が、鞘から放たれた。
それはもはや物理的な斬撃ではない。怪物が展開した防御の障壁、その「構造」そのものを斬り裂く理外の技。
カチリ、と刀が鞘に収まる音がした瞬間、怪物の前面を守っていた絶対的な防御膜が、ガラスのように粉々に砕け散った。
「隙ありィッ!! ――『瞬光連脚』!!」
防御を失った怪物の懐に、リンが「消失」するほどの速度で潜り込む。
一秒間に数十発。最上位獣人としての脚力から放たれる怒涛の打撃が、怪物の漆黒の装甲を内側から爆破するように叩き、奴の反応速度を物理的に停止させた。
「――そして、これが俺の、すべてだァァァッ!!!」
俺は『深淵の大剣』を両手で握りしめ、地面を蹴り抜いた。
技も、速さもいらない。
ただ、ハイ・ヒューマンとしての圧倒的な膂力、仲間たちが作ってくれた一瞬、カガミさんが切り開いた理、リンが止めた時間。
そのすべてを背負った、純粋な『暴力の絶対値』。
俺の全身の筋肉がミシミキと音を立てて膨張し、大剣が虹色の魔圧を纏う。
『状態異常完全無効』の力が、怪物の怨念を弾き飛ばし、俺の刃を奴の胸の中心へと導いた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
地下空洞がひっくり返ったかのような衝撃波が吹き荒れた。
俺の大剣が怪物の胸部を貫通し、そのまま奴の背後の岩壁までをも一撃で粉砕する。
「完璧」だったはずの怪物の身体が、俺の「力」に耐えきれず、ひび割れた陶器のようにボロボロと崩れ始めた。
『……ガ、ハッ……。バカ、ナ……我ガ、人間に……敗レ、ル……トハ……』
怪物の赤い瞳から光が消え、膝から崩れ落ちる。
漆黒の装甲は砕け散り、かつての威厳はどこにもない。そこにあるのは、ただの「敗者」の姿だった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」
俺は大剣を地面に突き立て、荒い息を吐きながら立ち尽くした。
左腕の感覚はない。全身の魔力は空っぽだ。
だが、視界の先ではレイアたちが、そしてカガミさんとリンが、ボロボロになりながらも確かに笑っていた。
「やった……。今度こそ、本当に……」
レイアが魔法剣を杖にして、安堵の涙を流す。
勝った。
己の未熟さを知り、仲間を信じ、全員の力を一つに重ねたからこそ掴めた、真の勝利だ。
……だが。
勝利の余韻に浸る俺たちの鼻腔を、これまでとは比較にならないほど『酸鼻を極める悪臭』が突いた。
「――ッ!? 全員、下がれッ!! まだだ、まだ終わってない!!」
俺の叫びと同時に、崩れ落ちた怪物の肉体が――ドロリと黒い液体へと変化し、この地下空洞の天井までを埋め尽くすほどの『巨大な障気の渦』へと変貌した。
肉体を持たない。骨も、皮も、装甲もない。
ただの、純粋な殺意と怨念が形を成した、どす黒い霧の塊。
『……肉体ナド、最早、不要……。我ガ魂ノ、最後ノ一滴マデ……貴様ラヲ、食ライ尽クス……ッ!!』
そこには、もはや先ほどまでの「武術の完璧さ」など微塵もなかった。
防御を一切捨て、ただ周囲のすべての命を道連れにして爆発しようとする、死の間際の特攻型形態。
物理攻撃がすり抜ける黒い霧。
放たれる一撃一撃が即死級の障気。
ボロボロになった俺たちの前に、アジ=ダハーカの『怨念そのもの』が立ち塞がった。
「カガミさん……リン……っ、武器が、通じない……!」
カガミさんの名刀ですら、霧の中を虚しく通り抜けるだけだ。
絶望が再び地下を支配しようとした、その時。
俺の懐に入っていた『四龍の宝玉』が、共鳴するようにかつてないほど激しく輝き始めた。




