第81話 絶対値の暴力と、砕け散る希望
右からは、レイアの魔法剣。
左からは、レオナの剛腕のハルバード。
背後からは、セツナの神代のダガー。
上空からは、シルヴィアの極大圧縮の光矢。
そして正面からは、俺の全魔力を込めた深淵の大剣。
怪物の「完璧な処理能力」の限界を超えさせる、四方八方からの完全な同時攻撃。
逃げ場を塞がれた漆黒の怪物の身体に、五つの致命的な殺意が、コンマ一秒のズレもなく同時に直撃した。
ズドガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
地下空洞全体がひっくり返ったかのような、鼓膜を破壊する轟音。
五人の全力の魔力が中心で激突し、爆発的な光の嵐となって周囲の岩盤をドロドロに溶かし尽くす。タマモの結界すら軋みを上げ、衝撃波で俺たちの身体が後方へと押し流されそうになる。
「やった……! 今度こそ、完全に捉えたわ!!」
光の乱気流の中で、シルヴィアが確信に満ちた声を上げる。
「ガハハッ! どんな達人だろうと、これなら躱せまい!」
レオナも会心の笑みを浮かべた。
俺も、大剣から伝わった「確かな手応え」を感じていた。
いなされなかった。躱されなかった。俺たちの刃は、間違いなくあの漆黒の装甲を捉えたのだ。
だが。
俺の背筋を、先ほど以上の強烈な悪寒が駆け抜けた。
「……ッ!? 全員、離れろォォッ!!」
俺が血を吐くような声で叫んだのと。
爆心地の土煙が、内側からの『異常な重圧』によって一瞬で吹き飛ばされたのは、同時だった。
『――思考ヲ飽和サセル。ナルホド、戦術トシテハ悪クナイ』
土煙が晴れた中心。
そこに立っていたのは、無傷の怪物だった。
「な、に……?」
レイアが、絶望に目を見開く。
怪物は、回避などしていなかった。防御の姿勢すら取っていなかった。
俺の深淵の大剣は、怪物の額の数ミリ手前で。
レオナとレイアの刃は、左右の脇腹の数ミリ手前で。
セツナのダガーも、シルヴィアの光矢も。
すべてが、怪物の皮膚を覆う『薄く、透明な障気の膜』に触れた状態で、完全に停止させられていたのだ。
『ダガ。圧倒的ナ「絶対値」ノ前デハ、小手先ノ理屈ナド塵ニ等シイ』
怪物の赤い瞳が、スゥッと細められた。
次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
怪物の体内から、俺たちの全力を遥かに凌駕する、理不尽なまでの『純粋な魔力の爆発』が全方位へと放たれた。
「ガ、ァァァァァァッ!!?」
技も、駆け引きも関係ない。ただの、圧倒的な質量の暴力。
俺たちの身体は、自分たちが放った渾身の一撃をそのまま倍返しにされたかのような衝撃を受け、四方八方へと塵のように吹き飛ばされた。
「あ、がっ……!」
俺は岩壁を数枚ぶち抜き、瓦礫の山に深く埋もれた。
全身の骨が悲鳴を上げ、視界が明滅する。ハイヒューマンの頑強な肉体でなければ、今の衝撃だけで即死していただろう。
「……レイ、ア……! レオ、ナ……!」
俺は血の味のする唾を吐き捨て、震える腕で瓦礫をどかして立ち上がった。
惨状だった。
レオナはハルバードの柄がひん曲がり、両腕をだらりと下げて意識を失っている。
レイアとシルヴィアも岩壁に叩きつけられ、立ち上がることすらできていない。
セツナは壁に激突する寸前に空中で体勢を立て直していたが、着地した足が限界を超え、そのまま崩れ落ちて血を吐いていた。
「……嘘、でしょ……。私たち全員の、全力が……」
シルヴィアが、絶望に染まった瞳で呟く。
処理能力の限界?
そんなものは、相手と自分が『同じ土俵』に立っている時にしか通用しない理屈だったのだ。
アリが何万匹同時に噛みつこうと、象はそれを処理しようとなどしない。ただ踏み潰すだけだ。
この怪物は、ただ立っているだけで、俺たちの全力を赤子の遊びのように跳ね除けたのだ。
『……退屈ダ』
瓦礫の山を歩く足音が、静寂の空間に響く。
怪物は、ピクリとも動けなくなったレオナの元へと歩み寄ると、その漆黒の刃を無造作に振り上げた。
「やめろォォォォォォッ!!」
俺は全身の激痛を無視して、足元の岩盤を蹴り砕いて突進した。
『ゼロから100』の限界突破。
俺は怪物がレオナに刃を振り下ろす寸前に滑り込み、深淵の盾でその一撃を真上から受け止めた。
メシャァァァァッ!!!
「ガ、アァァァァァァァッ!!!!」
俺の左腕の骨が、盾越しに完全に砕け散る音がした。
『状態異常完全無効』すら意味をなさない、純粋な物理的破壊力。
俺は膝から崩れ落ち、地面に縫い付けられるように押さえ込まれた。
『……ホウ。マダ動クカ、人間』
怪物が冷酷な瞳で、足元で血を流す俺を見下ろす。
俺は砕けた左腕を庇いながら、右手だけで深淵の大剣を握り、怪物の脚を薙ぎ払おうとした。
だが、怪物は俺の剣を足の裏で軽く踏みつけ、完全に固定した。
そして、俺の胸ぐらを掴み、片手で俺の身体を宙へと軽々と吊り上げた。
「ク、ロ、ウ……さ、ん……っ」
レイアが掠れた声で手を伸ばすが、指先一つ動かせていない。
『期待外レダ。四龍ノ宝玉ヲ束ネ、我ノ第一ノ殻ヲ破ッタトイウカラ、少シハ楽シメルカト思ッタガ』
怪物の漆黒の刃が、ゆっくりと俺の心臓へと突き立てられようとする。
『無価値ナ命ヨ。塵ニ還レ』
15年間、どんな絶望的な状況でも生き抜いてきた。
だが今、俺の目の前にあるのは、知恵も、経験も、仲間の絆すらも一切通じない、圧倒的で純粋な「死」そのものだった。




