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第76話 大地の誇りと、食い違う連携

「……貴様が、四天王の一人か」


土龍の里。


俺の問いかけに、漆黒の重鎧を纏い、巨大な剣を肩に担いだ騎士――『大地の処刑人』ゴライアスは、血のような赤い瞳を細めて愉悦に満ちた声を上げた。


「ククク……よくぞこの深淵まで辿り着いた、矮小なる人間ども。偉大なる邪竜アジ=ダハーカ様の意志を継ぐ四天王が一人、このゴライアスが、貴様らの愚かな希望ごとここで圧殺してくれよう!」


ゴライアスが漆黒の巨剣を無造作に振り下ろした。


ただ素振りをされただけだというのに、俺たちの周囲の重力が急激に跳ね上がり、足元の硬い岩盤がメキメキと音を立てて陥没した。


「くっ……! なんて重さなの……立っているだけで、内臓が押し潰されそう……!」


シルヴィアが膝をつき、レイアとレオナも武器を杖代わりにして必死に耐えている。


「ふん、小賢しい重力魔法じゃな。わらわの結界で相殺してやるわい!」


タマモが黄金の狐火を散らし、空間の重圧を和らげる。


その隙に、セツナが神代級ダガー『嵐穿の虚空刃』を投擲しようと身構えた。


――その時だった。


『……おい、そこの獣の小娘。ちょこまかと動き回るな。目障りじゃ』


地鳴りのような、呆れた声。


俺たちの背後で、ゴライアスに踏みつけられていたはずの土龍の長・テラドーラが、面倒くさそうに首を上げたのだ。


「えっ……?」


セツナが驚いて動きを止める。


『それにそこの金髪の人間。お主、先程から剣の構えが低すぎる。もっと土を舐めるように重心を落とさんか。大地のマナーがなっとらん』


「はぁ!? い、いや、私は魔法剣士なので、これくらいが一番動きやすくて……!」


突然のダメ出しに、レイアが戸惑いながら言い返す。


「ちょっと爺さん! あんた、自分が四天王に踏まれて死にかけてる状況わかってんのか!?」


俺が怒鳴ると、テラドーラはフンと鼻息を漏らした。


『わしは死にかけとらん。この程度の鉄屑に踏まれたくらい、岩盤浴のマッサージにもならんわい。それより、お主らのその『汗の臭い』はどうにかならんのか。せっかくの大地の香りが台無しじゃ』


「ガハハハ! ならば私がその鉄屑をどかしてやる! 爺さん、そこに寝転がったまま見ていろ!」


レオナが豪快に笑い、ハルバードを振りかぶって跳躍しようとした。


だが。


『ならん。そこはわしが数千年前から決めている『昼寝の定位置』じゃ。余所者が勝手に土足で踏み入るな、獅子の小娘』


「な、なんだと!? 味方を助けようとしているのに、文句を言われる筋合いはないぞ!」


「ちょ、ちょっと二人とも、今は内輪揉めしている場合じゃ……!」


シルヴィアが必死に仲裁に入るが、テラドーラの「わがまま」と「こだわり」は止まらない。


足の踏み場から、呼吸のリズム、果ては俺たちの装備の材質に至るまで、戦闘中にも関わらず次々と文句をつけてくる。


「ククク……ハハハハハ!!」


その惨状を見て、ゴライアスが腹を抱えて笑い出した。


「傑作だな! 伝説の土龍も老いぼれてただの頑固爺か! 連携すらまともに取れん烏合の衆に、この俺を倒せるわけがなかろう!」


ゴライアスは巨剣を両手で握り直し、膨大な障気を刃に集束させた。


「まとめて塵となれ! 『崩星・重力断アビス・グラビティ』!!」


放たれたのは、空間そのものをすり潰すような超質量の斬撃波だった。


「レイア、シルヴィア、レオナ!!」


「「「はいっ!!」」」


三人が左手を翳し、『三位一体の風環』の魔力を共有する。


三人の全魔力をレイアの魔法剣に集束させた「受け流し(パリィ)」で、その超質量の斬撃を強引に上空へと逸らそうとする。


ガギィィィィンッ!!!


「ぐ、ぅぅっ……! 重い……っ!」


神代級の指輪の力をもってしても、四天王の全力の一撃は凄まじかった。レイアたちの足が岩盤に深く沈み込み、結界が悲鳴を上げる。


「セツナ!」


「はいっ!」


俺とセツナが、ゴライアスの死角を取るために左右に分かれて駆け出した。


だが。


『……おい、人間の小僧。そっちは少し風通しが悪い。右へ三歩ズレろ』


「こんな時に風水気にしてる場合か!!」


テラドーラが突然、巨大な尻尾を俺の進路にドンッと置いたのだ。


急ブレーキをかけた俺の鼻先を、ゴライアスの追撃の剣閃が掠めていく。


「あ、危ない……! 爺さん、本気で邪魔しないでくれ!!」


俺は文句を言いながらも、指示された通りに右へ三歩ズレた位置で体勢を立て直した。


その時だった。


俺の『サバイバーとしての感覚』が、足の裏から伝わる奇妙な振動を捉えた。


(……ん? なんだ、この微弱な魔力の脈動は)


俺は視線だけで、巨大な岩石の山と化しているテラドーラを観察した。


文句ばかり言っている頑固爺さん。踏みつけられても抵抗しない無気力な龍。


だが、その巨大な尻尾の先は、不自然なほど規則的に、地面の特定のポイントを『トントン』と叩き続けていたのだ。


(……龍脈、か)


大地の下に流れる、巨大な魔力の川。


俺は一瞬で、すべてを理解した。


この爺さん、ただのわがままで文句を言っているわけじゃない。


俺たちに立ち位置を細かく指示し、俺たちを「安全なポイント」へ移動させつつ……自身はゴライアスの足止め役を買って出て、大地の底から超特大のカウンター魔法を準備するための『時間稼ぎ』をしていたのだ!


ゴライアスに「ただの内輪揉めをしている愚か者たち」と油断させ、魔力探知の隙を突くための、極めて高度な盤外戦術フェイント


それを悟らせないための、あのナチュラルな暴言とわがまま。


(……食えない爺さんだ。なら、こっちも最高のノリで合わせてやるよ!)


俺はニヤリと笑い、わざと大声で叫んだ。


「あーもう! 爺さんの言うことなんて聞いてられるか! レイア、シルヴィア、レオナ! 陣形をバラせ! 好き勝手に攻撃してやれ!」


「えっ!? ク、クロウさん!? さっきは連携しろって……」


真面目なレイアが戸惑うが、シルヴィアとタマモは俺の意図にすぐに気づいたようだった。


「フハハ! 旦那様がそう言うなら仕方ないな! 私は正面からぶっ叩く!!」


レオナがハルバードを振り回し、単独でゴライアスへ突っ込む。


「愚かな……! 貴様らなど、ハエと変わらんわ!!」


完全に俺たちを舐めきったゴライアスは、防御を捨て、自身を踏み台にしているテラドーラの上で、大振りの攻撃を連発し始めた。


「そこだっ!!」


俺が叫んだ瞬間。


『……フン。騒がしい連中じゃ。これだから、地上の若造は好かん』


テラドーラが、ニヤリと、その岩のような口元を三日月型に歪ませた。


同時に、彼がトントンと叩き続けていた尻尾の先から、限界まで圧縮された大地の魔力――『龍脈の激流』が解放された。


「な、なんだと!?」


ゴライアスが足元の異変に気づいた時には、すでに遅かった。


テラドーラが寝転がっていた「昼寝の定位置」こそが、地下空洞の龍脈が最も集中する『大地のへそ』だったのだ。


『目障りな鉄屑め。……大地のマナーを、少しばかり教えてやろう』


ゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!


ゴライアスの足元の岩盤が爆発し、直径数十メートルに及ぶ巨大な『大地のアース・ファング』が下からせり上がってきた。


それは、凄まじい重力魔法を帯びた岩の牙。


「ぐわぁぁぁぁっ!!?」


テラドーラのカウンターを完全に無防備で食らったゴライアスは、重力魔法で自身の身体を押し潰されながら、空高く跳ね上げられた。


「レイア! セツナ! シルヴィア! 今だ!!」


「はいっ!!」


ゴライアスが空中で無防備になったその一瞬。


レイア、シルヴィア、レオナの三人が『三位一体』の魔力を再び共鳴させ、セツナが『嵐穿の虚空刃』で空間を切り裂いてゴライアスの退路を完全に塞ぐ。


「――シィィィッ!!」


そして、俺は『ゼロから100』への爆発的な踏み込みで大地を蹴った。


伝説級の大剣『深淵の剣盾』に、俺自身の全魔力を叩き込む。


「これで……終わりだ!!」


俺の剣閃が、空中に打ち上げられたゴライアスの漆黒の鎧を、袈裟懸けに完全に両断した。


「バ、バカな……アジ=ダハーカ様の、四天王である、この俺が……ただの老いぼれと、下等な人間ごときに……ッ」


ゴライアスは信じられないものを見るような目を向けたまま、二つに割れた鎧と共に、ただの障気の泥となって消え去った。


静寂が戻った土龍の里。


俺は剣を鞘に収め、ゆっくりとテラドーラの方を振り返った。


「……見事なカウンターだったよ、爺さん。最初から、あの罠に誘い込むために俺たちを動かしてたんだな」


俺の言葉に、レイアたちが「ええっ!? そうだったんですか!?」と目を丸くしている。


テラドーラは、のっそりと巨体を起こし、ドスンドスンと地響きを立てながら俺の前まで歩み寄ってきた。


『……フン。買い被るな、人間。わしはただ、昼寝の邪魔をする羽虫を追い払いたかっただけじゃ。お主らが勝手に騒いでいたから、つい手元が狂っただけのこと』


「そうか。手元が狂って、あんな精密な龍脈の制御ができるとは、恐れ入るね」


俺が肩をすくめて笑うと、テラドーラは「ふんっ」と鼻息を漏らし、その巨大な瞳で俺たちをじっと見下ろした。


『……だが。人間の小僧、お主、なかなか良い目をしておるな。わしの意図に気づき、瞬時にあの猿芝居に乗ってくるとは。……どうやら、ただの野蛮な生き物ではないらしい』


「俺は、15年間泥水を啜って生き抜いてきたサバイバーだからな。生き残るための『匂い』には敏感なんだよ。それに……」


俺はアイテムボックスから、タロウ号に積んであった『四倍濃縮出汁メンミ』を使った極上煮込みを取り出し、テラドーラの前に置いた。


「このお礼も兼ねて、一杯どうだ? 戦った後には、温かい飯が一番だろ」


テラドーラはしばらくその煮込みを見つめていたが、やがて、その岩のような顔を少しだけ和らげた。


『……フン。そこまで言うなら、食ってやらん事もない。大地のマナーとしてな』


テラドーラが美味そうに煮込みを頬張る姿を見て、レイア、シルヴィア、セツナ、レオナ、そしてタマモもようやく緊張を解き、ホッとしたように笑い合った。


やがて、特大の鍋を綺麗に空にしたテラドーラは、満足げに深々と息を吐き出した。


そして、その巨大な頭をゆっくりと俺の目の前まで下げると、顎の奥から、大地そのもののように力強く、深緑に輝く宝玉をコロンと吐き出した。


『……受け取れ、人間の小僧。いや、クロウと言ったな。お主らのその機転と器のデカさに免じて、わしら土龍一族の誇り、確かに預けたぞ』


「ああ。恩に着るよ、テラドーラ爺さん」


俺が『土龍の宝玉』を手に取った瞬間だった。


俺のアイテムボックスの中で眠っていた、火、水、風の三つの宝玉が共鳴するように宙へと飛び出し、土の宝玉と共に俺の頭上で円を描いて輝き始めたのだ。


『オォォ……。四龍ノ宝玉ガ、ヒトツニ……ッ』


生き残っていた土龍たちが、畏敬の念を込めて見上げる。

赤、蒼、翠、そして深緑。


四つの属性の力が完全に調和し、邪竜の障気を完全に打ち消す『清浄なる絶対結界』が、俺たち全員を優しく包み込んだ。


「……揃ったわね。これで、私たちもクロウと一緒に、邪竜の封印の最深部まで踏み込めるわ」


シルヴィアが、眩しそうに宝玉の光を見上げる。


「ええ! 私たち全員で、世界を救うサバイバルの総仕上げです!」


レイアが魔法剣を天に掲げ、セツナとレオナも力強く頷き返した。


土龍の里での四天王ゴライアスとの死闘。


それは、わがままで頑固な老龍と、サバイバーの機転が生んだ、奇跡の(そして少し不器用な)コンビネーションによる見事な勝利だった。


四つの宝玉は、ついにすべて俺の手の中にある。


いよいよ、邪竜アジ=ダハーカが眠る最深部への扉が開かれる時が迫っていた。

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