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第74話 雷風を纏う地竜と、新たなる翼

風龍の里に平穏な風が戻り、ゼファーたちとの和解が成った後。


俺は砕けた神殿の広場に立ち、安定した大気の流れを肌で感じていた。


「……よし。この魔力密度なら、もう弾かれることはないな」


「クロウさん、何をなさるんですか?」


レイアが不思議そうに首を傾げる。


「ああ。ここへ来る途中の暴風域で、タロウを置いてきただろ? 実はあの時、最悪の事態を考えて、あいつとタロウ号を空間魔法で一度バベルの拠点へ送り返しておいたんだ」


「ええっ!? そうだったんですか!?」


「ガハハ! さすがは旦那様、手回しが良いな!」


仲間たちが驚きの声を上げる中、俺は虚空に向けて手をかざした。


かつて無人島で「失うこと」の恐怖を誰よりも知った俺にとって、仲間や相棒の安全を確保するのは、呼吸をするのと同じくらい当たり前の生存戦略だ。


「――来たれ、タロウ。……『ゲート』、開放!」


空間が静かに揺らぎ、巨大な翠色の光の輪が広場に出現した。


そこから、懐かしい「ガウッ!」という力強い咆哮と共に、岩のように頑強な巨体を持つ暴君地竜・タロウが、キャンピングカーを牽引した姿で飛び出してきた。


「グルルゥッ!!」


タロウは俺の姿を見つけるなり、大きな尻尾をブンブンと振り回し、甘えるように俺の頬を舐め回した。


「ははは、元気そうだな、タロウ。……少しの間だけ、狭いバベルに閉じ込めて悪かったな」


タロウ号も無傷だ。バベルの自動メンテナンス機能によって、道中で付いた細かい傷や泥も綺麗に落ちており、まるで新車のような輝きを取り戻している。


『……ホウ。コレハ驚イタ。地ノ理ヲ司ル「地竜」ガ、ココマデ精悍ナ魂ヲ宿シテイルトハ』


歩み寄ってきたゼファーが、タロウの姿を見て感嘆の声を漏らした。


風龍たちにとって、地に根ざした地竜は本来、相容れない属性の存在だ。だが、タロウから溢れ出る圧倒的な生命力と、俺との間に結ばれた確固たる絆は、彼らの目にも「最高」の相棒として映ったのだろう。


『クロウ殿。貴殿ハ我ラノ恩人ダ。……ソノ恩義ニ報イルタメ、ソシテ邪竜トノ決戦ニ向カウ貴殿ラノ力トナルタメ、我ラ一族ノ秘術ヲコノ地竜ニ授ケサセテホシイ』


「秘術?」


『左様。……風龍ノ至宝「天風ノ結晶」ト、先程セツナ殿ガ手ニ入レタ大族長様ノ魔力……。ソレラヲコノ竜ノ鱗ニ刻メバ、地ヲ這ウ事シカ出来ヌ地竜ニ、空ヲ駆ケル「風」ヲ与エル事ガ出来ル』


ゼファーの提案に、俺はタロウの目を見た。


タロウは黄金の瞳を輝かせ、まるで「俺をもっと強くしてくれ」と言わんばかりに力強く咆哮した。


「……頼めるか、ゼファー」


『御意。……皆ノ衆、集マレ!! 恩人ノ相棒ニ、我ラガ誇リヲ刻ムゾ!!』


ゼファーの号令で、生き残りの風龍たちが一斉に空へと舞い上がった。


彼らが円陣を組み、古の風の祝詞を唱え始めると、里全体に満ちていた清浄な風が、目に見えるほどの翠色の奔流となってタロウの巨体を包み込んだ。


「……すごい。タロウの周囲の重力が、書き換えられていく……!」


シルヴィアが魔導書を片手に、その神秘的な光景を驚愕と共に注視している。


俺はアイテムボックスから、以前ドランの工房で予備に作っておいた、地竜専用の「強化魔導装甲」を取り出し、奔流の中へと投入した。


風龍たちの魔力によって、無骨な黒鉄の装甲が、風を切り裂くための流線型へと形を変え、翠銀の装甲へと再構築されていく。


さらにセツナが、預かったばかりの『嵐穿の虚空刃』を掲げた。


「元族長様……力を貸してください……っ!」


ダガーから溢れ出した神代の風が、タロウの背中の装甲へと吸い込まれ、そこにかつての風龍族長を彷彿とさせる、光り輝く『風の翼』の紋章を刻みつけた。


『――成ッタゾ!!』


ゼファーの叫びと共に、風の奔流が爆発的に弾けた。


そこから現れたのは、もはやこれまでの「地竜」という枠組みを超越した、新たなる進化の姿だった。


「グルゥゥォォォォォォッ!!!」


タロウの全身を覆う鱗は、岩のような堅牢さを保ちつつも、風の魔力を纏って翠色の光沢を放っている。


そして何より、その四肢には常に小さな旋風が渦巻き、巨体でありながら羽毛のように軽やかな身のこなしを可能にしていた。


俺は鑑定眼をタロウへと向けた。


その結果に、俺は思わず口元を緩めた。


「……最高だ。……個体名:暴君雷風竜ストーム・ティラント・タロウ。……スキルに『空歩スカイ・ウォーク』と『風の加護』が追加されている。……タロウ、お前、もう空を走れるようになったんだな」


「ガウッ!!」


タロウが力強く前脚を振り上げると、その足元の空間が風の足場となり、巨体がフワリと空中に浮き上がった。


牽引しているタロウ号までもが、風の結界に守られ、重力を無視して浮遊している。


「すごい……! これなら、どんな絶壁も、荒れ狂う嵐も関係ありませんね!」


レイアが歓喜の声を上げる。


「フハハ! 地面を走るだけじゃ物足りなかったからな。これで文字通り、どこへでも行けるぞ!」


レオナも満足げにタロウの新しい装甲を叩く。


「……ありがとう、ゼファー。最高の贈り物だ。これで邪竜への足が完全に整ったよ」


俺は、誇らしげに空を駆ける相棒と、それを頼もしそうに見つめる仲間たちの姿を見て、確かな勝利の予感を感じていた。


全員が、かつてないほどの高みに到達している。


地下の試練を越えた俺とセツナ。天空の嵐を征した三人の乙女。


そして今、空をも支配する力を得たタロウ。


『クロウ殿。……邪竜アジ=ダハーカハ、今モ尚、北ノ最果テデ「土」ノ封印ヲ喰ライ尽クソウトシテイル。……次ガ、最後ノ関門ダ』


ゼファーが真剣な面持ちで、北の地平線を指差した。


「ああ。土龍の里……そこを抜ければ、いよいよ決戦の地だな」


俺たちは、新たなる翼を得たタロウ号に乗り込み、里の風龍たちに見送られながら、霊峰のさらにその先――大地の深淵へと向かって、空を蹴るように走り出した。


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