第72話 三位一体の風環と、再会の空
雷神鳥との死闘を制し、ついに雷雲を割った彼女たちの前に立ち塞がったのは、天空迷宮の最深部――霊峰の頂を間近に臨む『虚空の祭壇』じゃった。
わらわは、肩で息をするレイア、シルヴィア、レオナの三人の背中を静かに見守っておった。
全身煤だらけで、衣服も所々裂けておる。じゃが、その瞳に宿る光は、帝都を出発した時とは比べものにならぬほど強く、澄んでおるわ。
「……最後ね。あの中に、この迷宮を縛り付けている『核』があるわ」
シルヴィアが震える手で弓を握り直し、祭壇の中央で渦巻く漆黒の竜巻を見据える。
そこには、邪竜の障気が凝縮し、形を成した迷宮の主――『嵐の暴君・ネビュラス』が鎮座しておった。
実体を持たぬ風の亡霊。これまでの魔物とは比較にならぬほどの魔力圧が、祭壇全体をミキサーのように削り取っておる。
「……レイアさん、レオナさん。……これが最後の試練です。クロウさんがいなくても、私たちが最高のパーティであることを……証明しましょう!」
レイアの凛とした声が響く。
三人は頷き合い、同時に地を蹴った。
戦闘は、まさに凄絶の一言じゃった。
暴君ネビュラスの放つ『真空の絶界』は、触れるものすべてを分子レベルで粉砕する死の嵐。クロウがいれば、その障気を無効化しながら突き進めたじゃろう。じゃが、彼女たちは自分たちの技術だけでそれに立ち向かわねばならん。
レイアが魔法剣で風の衝撃をパリィし、レオナがその隙間に身体をねじ込んでハルバードで風の装甲を砕く。そしてシルヴィアが、砕けた一点に針を通すような超精密な圧縮魔法を叩き込む。
(……くふふ、実に美しい連携じゃ。もはやわらわが手を貸す隙など、微塵もありはせぬな)
わらわは、かつての神話の時代に見た英雄たちの戦いを思い出しておった。
己の限界を超え、仲間のために命を預け、ただ一筋の勝利を信じて刃を振るう。
そして、ついにその時が来た。
「――今です!! 合わせて!!」
レイアの叫びと共に、三人の魔力が一つの奔流となった。
シルヴィアの放つ極大の光矢。それをレオナのハルバードが風の旋回で加速させ、さらにレイアが剣に纏わせた全魔力をその一撃に上乗せする。
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!
祭壇を揺るがす大爆発。
障気の核となっていたネビュラスが、断末魔の叫びと共に霧散し、天空を覆っていた漆黒の迷宮が、砂の城が崩れるように音を立てて消え去っていった。
◆
嵐が止み、霊峰の頂に静寂が戻る。
満身創痍の三人が膝を突く中、消え去ったネビュラスの跡地に、三筋の翠色の光が舞い降りた。
「……何かしら、これ」
シルヴィアが、空中に浮かぶ三つの小さな宝飾品を見つめる。
わらわは、その光に宿る異様なまでの神々しさに、思わず目を見開いた。
「……ほう。迷宮を自力で突破したことへの、世界からの『褒美』というわけか」
わらわは三人の元へ歩み寄り、その光を黄金の瞳でじっくりと観察した。
それは、細工の細かい翠銀で編まれた、三つの指輪じゃった。
「……お主たち、それを手に取ってみよ。お主たちが掴み取った『絆』が、形を成したもののようじゃぞ」
三人が恐る恐る指輪に触れた瞬間、わらわの脳裏にその秘められた情報の断片が流れ込んできた。
サバイバーであるクロウほどではないが、わらわとて数百年を生きた大妖怪。その物の『格』くらいは一目でわかる。
「……驚いたな。こいつは、伝説級すら凌駕する失われた神代の遺産、『神代級』の武具じゃ」
「神代級……!? お、御伽噺の中だけの存在じゃないんですか!?」
レイアが驚愕に目を丸くする。
「名は『三位一体の風環』。……効果は、お主たちの想像を絶するぞ。その指輪を嵌めた三人は、互いの『魔力』を完全に共有できるようになるのじゃ」
「魔力を、共有……?」
レオナが首を傾げる。
「そうじゃ。例えば、シルヴィアが魔力切れを起こしても、レイアやレオナの余っている魔力を自分のものとして一瞬で引き出せる。……それだけではない。三人の魔力を一点に集束させれば、本来の一人の限界を遥かに超えた、文字通り『三倍』の威力の魔法や技を放てるようになる。……まさに、三人が一人、一人が三人の、最高の連携を可能にする壊れ物よ」
三人は顔を見合わせ、震える手でそれぞれの指輪を左手にはめた。
その瞬間、彼女たちの全身から翠色の光が溢れ出し、互いの意識と魔力が心地よい脈動となって繋がっていくのがわかった。
「……すごい。シルヴィアさんの冷静な魔力と、レオナさんの熱い闘志が……私の中に流れ込んでくるみたい……」
レイアが、自分の胸に手を当てて驚きに声を震わせる。
その時じゃった。
祭壇の奥、風龍の里へと続く巨大な転移門が、眩い光を放ち始めた。
「――おーい!! みんな、無事か!?」
聞き慣れた、誰よりも落ち着くあの男の声。
光の中から、セツナを伴ったクロウが姿を現した。
地下迷宮の泥にまみれつつも、その瞳には仲間たちとの再会を確信した揺るぎない輝きが宿っておる。
「クロウさん!!」
「旦那様!!」
三人が、弾かれたようにクロウへと駆け寄っていく。
クロウは彼女たちの煤けた顔と、それでも清々しく笑う姿を見て、ホッと安堵の息を吐いた。
「……悪かったな、心配させた。でも、みんな怪我がなくて本当によかっ……て、おい」
クロウの言葉が、途中でピタリと止まった。
あやつの視線が、三人の左指で放たれている規格外の魔力の光――『三位一体の風環』に釘付けになっておる。
「……なんだ、その指輪。お前たちから、今まで感じたことのない異常な魔力密度を感じるんだが……まさか、俺がいない間に自力でダンジョンボスを倒して、ドロップ品を手に入れたのか!?」
クロウがサバイバーとしての鑑定眼を光らせ、本気で目を丸くしている。
すると、シルヴィアがふと、クロウの背後に立つセツナの姿を見て声を上げた。
「クロウの言う通り、神代級の指輪よ。……でも、驚くのはこっちのセリフよ。セツナ、あなたが持ってるその翠色のダガー……ただならぬ風の魔力を放っているじゃない。それ、どうしたの!?」
「えへへ……! ご主人様と一緒に地下で風龍の元族長さんを鎮魂したら、私専用の神代級のダガーを託されたんです!」
セツナが誇らしげに『嵐穿の虚空刃』を掲げてみせる。
「「「……えっ!? そっちも神代級!?」」」
レイアたち三人が絶叫し、クロウも「……お前たちも神代級なのか!?」と頭を抱えるようにして笑い出した。
互いが死線を越え、互いが奇跡の遺産を手にして、同じ場所へと辿り着いた。
その事実が、たまらなく可笑しく、そして頼もしかったのじゃろう。彼らは疲れも忘れ、互いの新しい装備を見せ合いながら、わちゃわちゃと子供のように笑い合っておった。
わらわは、その再会の光景を、一歩離れた場所で眩しそうに見つめておった。
(くふふ……。主よ。お主の望み通り、雛たちは自ら空を焼き、立派な戦士へと羽ばたいたぞ)
三位一体の絆を得た三人の乙女。
神代の牙を手に入れた暗殺者の少女。
それらを束ねる、不屈のサバイバー。
もはや、どのような障気も、どのような邪竜も、この連中の歩みを止めることはできまい。
わらわは三本の尻尾をご機嫌そうに揺らし、「わらわも混ぜよ!」と仲間たちの輪の中へとゆっくりと歩み寄っていった。
霊峰の頂、風龍の里。
そこには、バラバラだった世界の欠片を繋ぎ合わせるための、最後の舞台が整っておった。




