第60話 獅子の純情と、陽だまりの誓い ―― レオナ編
レイアの純真、シルヴィアの深い思慮、そしてセツナの健気な愛。
三者三様の想いを真正面から受け止め、それぞれの絆を確かなものにした怒涛の個別デート期間も、いよいよ四日目を迎えた。
今日、俺の隣を歩く約束をしているのは、帝都最強の獅子の猛姫――つい先日俺たちのパーティに加わったばかりの、レオナである。
「……ま、待たせたな。クロウ」
別荘のエントランスホール。大理石の階段をぎこちない足取りで下りてきた彼女の姿を見て、俺は思わず目を丸くした。
闘技場での彼女は、動きやすさを重視した軽装の鎧姿だった。だが今の彼女は、燃えるような真紅のシルクで作られた、タイトなロングドレスに身を包んでいる。
極限まで鍛え抜かれた無駄のない肢体と、女性らしい柔らかな曲線が完璧なバランスで共存しており、背中が大きく開いたデザインからは、彼女のしなやかなライオンの尻尾が恥ずかしそうにゆらゆらと揺れていた。
髪はシルヴィアの手によって上品なハーフアップにまとめられ、少しだけ紅を引いた唇が、彼女の大人びた魅力を何倍にも引き立てている。
「ど、どうだろうか……。レイアやシルヴィアに『初デートなんだから、これくらい着なさい!』と無理やり着せられたのだが……。やはり私のような筋肉質な女には、こういうヒラヒラした服は似合わないだろうか……?」
レオナは顔を真っ赤にして、落ち着かない様子で自身の腕を擦っている。百戦無敗の剣闘士が、今はまるで初めて舞踏会に出る少女のように震えていた。
俺はゆっくりと彼女の元へ歩み寄り、その手を取った。
「いや……すごく似合っている。息を呑むほど綺麗だ、レオナ」
「っ……! ほ、本当か……? お前、私をからかっていないだろうな……っ」
「からかってなんかない。そのまま飾っておきたいくらい美しいが……今日は俺に、帝都の街を案内してくれる約束だったよな?」
俺が優しく微笑みかけると、レオナはボフンッと音がしそうなほど顔を赤く染め上げ、俺の手をギュッと握り返してきた。
「あ、ああ! 任せておけ、私の『旦那様』! 帝都の美味い店なら、私がすべて案内してやろう!」
◆
俺たちが街へと繰り出すと、帝都の目抜き通りはかつてないほどの異様な空気に包まれた。
「お、おい見ろよ! あれ、闘技場の『無敗のレオナ』様じゃないか!?」
「うそだろ、あんなドレスを着て……しかも、男と腕を組んでるぞ!?」
「あの男……まさか、レオナ様を打ち負かしたっていう、王国のSランク冒険者か!?」
帝都の象徴とも言える最強の剣闘士が、見たこともないほどメス(女性)の顔をして男にエスコートされているのだ。周囲の市民や荒くれ者たちが、道を開けながら驚愕の視線を送ってくるのも無理はない。
「……む。なんだか見世物になっているようで、落ち着かないな」
レオナが鋭い視線で周囲を睨みつけると、見物人たちが「ひぃっ」と怯えて後ずさる。
「気にするな。皆、今日の君があまりにも綺麗だから驚いているだけだ。……ほら、こっちだ」
俺は『ゼロの脱力』から生み出される足捌きで、野次馬たちが無意識に避けてしまうような自然なプレッシャーを放ちながら、レオナの肩を抱き寄せて人混みを抜けていった。
「……お前という男は。本当に、どこまでもスマートで、強くて……ズルいオスだ」
レオナが俺の肩にコツンと頭を預け、嬉しそうに喉の奥で「ゴロゴロ」と獣特有の甘い音を鳴らす。
彼女が最初に案内してくれたのは、帝都の裏路地にある、剣闘士たちが足繁く通うという豪快な肉酒場だった。
テーブルに運ばれてきたのは、顔の大きさほどもある巨大な『火牛の骨付きステーキ』だ。
「さあ、食ってくれクロウ! ここの肉は帝都で一番美味いんだ! ……あ、いや、待てよ。レイアたちみたいに、ここでは私が、あーん、とかをして食べさせるべきなのか……?」
レオナはフォークとナイフを手に取ったまま、自分に似合わない『可愛らしい振る舞い』をしようと、ウンウンと唸って顔を赤くしている。
その不器用で真っ直ぐな姿が愛おしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「無理に他の奴らの真似をしなくていい。俺は、飾らない君の姿が好きだからな。……美味い肉は、熱いうちに豪快に食おう」
「ク、クロウ……。ああ、そうだな! お前がそう言ってくれるなら、遠慮はしないぞ!」
俺の言葉に、レオナはパァッと顔を輝かせ、骨付き肉にかぶりついた。
その見事な食べっぷりを見ながら、俺も肉を頬張る。
15年間、無人島で「ただ生き残るため」だけに泥臭く食事をしていた俺にとって、こうして『共に美味い飯を食い、笑い合える相手』がいることが、何よりの救いだった。
◆
午後。
街を散策し、いくつか買い物を楽しんだ後、俺たちは帝都の中央闘技場を見下ろせる、巨大な水道橋の上へとやってきた。
夕陽が、すり鉢状の闘技場と帝都の街並みを茜色に染め上げている。
「……私、ずっと戦うことしか知らなかったんだ」
水道橋の手すりに寄りかかり、夕陽を見つめながら、レオナがポツリと口を開いた。
「獣人の村で生まれ、強さだけがすべての世界で育った。闘技場に出てからも、自分より弱い男たちをただ力でねじ伏せ続ける毎日……。私は、自分のこの『強さ』だけが価値であり、自分を倒せるオスが現れれば、すべてが満たされると思っていた」
レオナは自分の大きな両手を見つめ、やがて、その手をギュッと握りしめた。
「でも、お前に負けて、お前たちの別荘に行って……私は初めて、自分がひどく『空っぽ』な女だと思い知らされたんだ」
彼女の声が、微かに震えている。
「レイアの真っ直ぐな献身、シルヴィアの包み込むような知性、セツナの命を懸けた忠誠……。彼女たちはみんな、戦う力だけじゃなく、お前を心から愛し、支えようとする『美しい心』を持っていた。……それに比べて、私はどうだ?」
レオナが、潤んだ金色の瞳で俺を見上げた。
「私は料理もできないし、気の利いた言葉一つかけられない。ただ斧を振り回すことしかできない、粗暴な戦闘狂だ。……クロウ。お前のような優しく、底知れないほど強い男の隣に、私のような無骨なメスが立っていても、本当にいいのだろうか……?」
それは、百戦無敗の剣闘士が初めて見せた、一人の不器用な少女としての痛切な『不安』だった。
俺は静かに彼女に近づき、その震える両手を、俺の大きな両手で包み込んだ。
「……勘違いするな、レオナ。俺は、君に『他の誰か』になってほしいなんて、一度も思ったことはない」
俺の真っ直ぐな言葉に、レオナが息を呑む。
「俺は、無人島という地獄で15年間、獣のように生きてきた男だ。そんな俺の刃を、あれほど純粋な闘気と力で正面から受け止め、俺の『本気(100の力)』を引き出してくれたのは、後にも先にも君だけだ」
俺は彼女の手に口づけを落とし、そして、彼女の頬を優しく撫でた。
「料理ができなくたっていい。不器用だっていい。……君のその、嘘偽りのない真っ直ぐな魂と、愛する者のために全力を尽くそうとする『獅子の誇り』こそが、俺には何よりも眩しく、愛おしいんだ。……俺は、そのままの君を愛している」
「っ……ぁ……」
俺の言葉を聞いた瞬間、レオナの瞳から、張り詰めていた糸が切れたように大粒の涙が溢れ出した。
「クロウ……っ、ああ、クロウ……っ!!」
彼女はドレスが汚れることも気にせず、俺の首に腕を回し、その豊かな胸に俺を強く抱きしめた。
獣人としての本能が爆発したように、彼女は俺の胸元に顔を擦り付け、ゴロゴロと深い音を鳴らしながら、子供のように泣きじゃくった。
「お前は、本当に……私の、唯一の王だ……! これからの私の命も、闘気も、すべてお前に捧げる! 私はお前の剣となり、盾となり、絶対に、お前を一人にはしない……っ!!」
「ああ。頼りにしているよ、俺の可愛い奥さん」
俺がそう囁くと、レオナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、これ以上ないほど幸福な、太陽のように眩しい笑顔を見せた。
そして、彼女の方から背伸びをし、俺の唇に、獣のように貪欲で、不器用で、ひどく熱い口づけを落とした。
茜色に染まる帝都の空の下。
俺は、力強くて泣き虫な獅子の猛姫の背中を、夕陽が沈みきるまで、ただ優しく抱きしめ続けていた。




