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第57話 蒼き約束のしるし ―― レイアとの甘い休息

「俺は誰かを1番として優先するつもりはない。……君たち全員が、俺にとっての『いちばん』だ」


広大な庭園での熾烈な模擬戦のあと。夕焼けに染まる別荘のリビングで放たれた俺の言葉は、帝都最強の獅子の猛姫をも、そしてこれまで隣を歩んできた仲間たちの心をも、静かに、だが力強く射抜いた。


誰か一人を選ぶのではなく、全員の想いを真正面から受け止め、そのすべてを背負う。それは、15年間という絶海の無人島での孤独を生き抜き、真の強さを手に入れたからこそ出せた、俺なりの『覚悟』の形だった。


その宣言から一夜明け。


俺が提案した個別デートのトップバッターを務めるのは、やはりこの世界で最初に出会い、共に死線を潜り抜けてきた仲間であるレイアだった。


「ク、クロウさん……。お、お待たせいたしました」


帝都の別荘のエントランス。大理石の階段をゆっくりと下りてきた彼女の姿を見て、俺は思わず小さく息を呑んだ。


彼女は今日のために、シルヴィアに見立ててもらったという、繊細なレースの刺繍が施された純白のワンピースに身を包んでいた。


普段の、動きやすさを重視した騎士然とした甲冑姿も凛々しくて美しいが、こうして年相応の少女としてドレスアップしたレイアは、目を奪われるほどに可憐だった。


淡い金糸のような髪が綺麗に編み込まれ、少しだけ引かれた紅が、彼女の白い肌によく映えている。


「……似合っているか、な……? なんだかスースーして、剣も帯びていないと落ち着かなくて……」


レイアがもじもじと指を絡ませながら、上目遣いで尋ねてくる。


俺は自然と口角を上げ、彼女の元へと歩み寄った。


「ああ、すごく綺麗だ。見惚れてしまったよ。……今日は修行も魔物討伐も休みだ。剣なんて必要ない。君のことは、俺が全力で守るからな」


「……っ! は、はいっ……! ありがとうございます……!」


レイアが耳まで真っ赤に染めて俯く。俺は彼女の細い手を取り、ゆっくりと帝都の街へと足を踏み出した。


覇帝国ガレリアの帝都の目抜き通りは、相変わらず武闘国家らしい活気と熱気に満ちていた。


すれ違うのは、分厚い筋肉を持った戦士や、巨大な獲物を担いだ傭兵たち。そんな荒々しい街並みの中で、純白のワンピースを着たレイアはひどく浮いており、すれ違う男たちの視線を否応なしに集めていた。


「おい、見ろよあの嬢ちゃん……すげえ美人だな」


「隣の男はなんだ? ひょろっとしてるが……」


そんな野次馬の視線や、休日の人混みの波が、レイアにぶつかりそうになる。


だが、俺は『ゼロから100』へと至る究極の脱力――その歩法を使い、人混みの流れを完全に読み切っていた。


「っと、危ない」


ドンッと大柄な傭兵がぶつかってきそうになった瞬間、俺はレイアの腰をそっと引き寄せ、流れるような足捌きで傭兵の軌道を『いなし』た。


魔法剣での受け流し(パリィ)を、体捌きに応用した技術だ。傭兵は何が起きたのかも分からず、俺たちの横を通り過ぎていく。


「あ……クロウ、さん……」


俺の胸の中にすっぽりと収まる形になったレイアが、甘い吐息を漏らす。


布越しに伝わる彼女の体温と、ふわりと香る花の香りに、俺の心臓も少しだけ跳ねた。15年間、獣の死臭と泥の匂いしか知らなかった俺にとって、この柔らかで平和な感触は、未だに夢のように感じられる時がある。


「怪我はないか? 人が多いから、はぐれないように手、繋いでおこうか」


「は、はい……! 離さないでくださいね……」


レイアは俺の大きな手を、両手で包み込むようにギュッと握りしめた。


俺たちがまず向かったのは、帝都で一番の人気を誇るスイーツの屋台だった。


常に死の気配を纏っていた俺たちにとって、こうした「何でもない休日の買い食い」こそが、何よりも贅沢な報酬だ。


「ここのクレープは、生地を寝かせる時間が完璧だな。焼く時の鉄板の温度も、均一に熱が通るように計算されている」


「ふふっ、クロウさん。スイーツ相手にまで、武器の査定をする時みたいな真剣な顔をしないでください」


俺が『力のオンオフ』で培った観察眼をフル稼働させてクレープを分析していると、レイアがコロコロと鈴を転がすように笑った。


俺は苦笑しながら、彼女の好きなイチゴと生クリームが山盛りにされたクレープを受け取り、彼女の口元へと運んだ。


「ほら、レイア。あーん、だ」


「えっ!? あ、あの、街中ですし、自分で……」


「今日は俺にエスコートさせてくれって言っただろう? ほら」


俺がいじ悪く微笑むと、レイアは周囲の視線を気にしてオロオロしながらも、やがて覚悟を決めたように目をギュッと瞑り、小さな口を開いた。


「あ、あーん……っ、もぐ。……ふにゃあ……」


口いっぱいに広がる甘さに、レイアの表情がとろけるように崩れる。


騎士としての張り詰めた表情ではない、ただの恋する少女としての無防備な顔。俺は指を伸ばし、彼女の口の端についた生クリームをすくい取って、自分の口へと放り込んだ。


「うん、確かに美味いな」


「ク、クロウさんっ!? そ、それ、間接……っ! もうっ、心臓が持ちません……!」


顔から火が出そうなほど赤面し、両手で顔を覆うレイア。

その愛らしい姿に、俺は声を出して笑い合った。


午後。


俺が彼女を連れて行ったのは、帝都の職人街の路地裏にある、古びた宝飾店だった。


派手な高級店ではない。だが、店先に並ぶ装飾品の数々は、どれも魔力に頼らない「純粋な彫金技術」の極みに達しているものばかりだった。今の俺には、そういう職人の『本物』の仕事がよくわかる。


「いらっしゃい。……ほう、客筋を見るに、同業かと思えば……アンタ、とんでもない『修羅』の匂いを纏ってるね。その後ろの嬢ちゃんもだ」


片目にルーペをつけた初老の店主が、俺のアビス・クローク(神話級の衣服)と、レイアの隠しきれない魔力の残滓を見て、ニヤリと笑った。


「わかるか。……今日は、この子に似合う、とびきりの宝石を探しに来たんだ。魔力付与はいらない。ただ純粋に、美しいものを」


俺の言葉に、店主は無言で店の奥へ入り、一つの小さな木箱を持ってきた。


中に収められていたのは、一切の濁りがない、深く澄み切った青色をした『サファイアのペンダント』だった。


「レイア。こっちを向いてくれ」


俺はサファイアのペンダントを手に取り、レイアの背後に回って、その細く白い首筋に銀のチェーンをかけた。


胸元で輝く蒼き宝石は、彼女の美しく強い瞳の色と、完璧に同じ色をしていた。


「あ……綺麗……。でも、クロウさん。こんな高価なもの……」


「俺は今まで、君にはユニーク級の防具や、魔法剣といった『戦うための道具』しか贈ってこなかったからな。……これは、ただ純粋に、一人の美しい女性である君を飾るためのものだ」


俺の言葉に、レイアは目元を潤ませ、胸元のサファイアを震える両手でそっと包み込んだ。


「クロウさん……私、バベルの地下で絶望していたあの時から、ずっとあなたの背中を追いかけてきました。ただの足手まといになりたくなくて、必死に剣を振ってきました」


「足手まといなんて思ったことは一度もない。君の器用さと剣術は、間違いなく世界最高峰だ」


俺がそう告げると、レイアは嬉しそうに涙をこぼし、振り返って俺の胸へと飛び込んできた。


「私、誓います。……これからもずっと、あなたの盾となり、剣となります。そして……あなたの愛する一人の女性として、生涯、あなたの隣に居続けさせてください」


夕暮れ時の広場。帝都の巨大な大時計が、ゆっくりと時を告げる鐘を鳴らす。


そのノスタルジックな音色の中で、俺は腕の中にある愛おしい温もりを、壊さないように、けれど決して離さないように、強く抱きしめ返した。


「ああ。俺の命に代えても、君を守り抜くよ。……愛してる、レイア」


俺が彼女の耳元でそう囁くと、レイアは背伸びをし、そっと俺の唇に、彼女の方から甘い誓いの口づけを落としたのだった。


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