表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
55/123

第55話 獣の理屈と、告げられた想い

帝都中央闘技場での熱狂的な一戦は、瞬く間に帝都中の噂となっていた。


百戦無敗を誇った獅子の猛姫レオナが、王国から来たSランク冒険者クロウの圧倒的な一撃の前に敗れ去り、あろうことか数万の観衆の面前で逆プロポーズを叩きつけたのだ。


闘技場の運営責任者であるダリウスから、当初の約束を遥かに上回る莫大な報奨金を受け取った俺たちは、喧騒から逃れるようにして闘技場を後にした。


だが、その帰路の道中、そして帝都の高台にある『名誉貴族の別荘』へ帰り着いてからも、俺たちのパーティにはひどく重く、そしてピリピリとした剣呑な空気が立ち込めていた。


「……で。どうして当然のような顔をして、お前までこの屋敷についてきているんだ?」


エントランスを抜け、広々としたリビングルーム。


俺が深海沈没木アビス・ウッドで作った特注のソファーに、我が物顔でどっかりと腰を下ろしたレオナに対し、俺は深い溜め息をつきながら尋ねた。


彼女は闘技場での軽装から、帝国の仕立て屋で作らせたであろう動きやすい私服に着替えているものの、その背後で揺れるライオンの尻尾は隠そうともしていない。


「決まっているだろう!」


レオナはふんす、と誇らしげに鼻を鳴らし、燃えるような金色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめ返した。


「お前は私を純粋な力と技で完全にねじ伏せた。私がこの生涯を懸けて探し求めていた、真に強きオス……私の『旦那様』だ。妻となったメスが、夫の家に共に住まうのは天地の理、当然のことだろう?」


「いや、だから俺は闘技場で勝っただけで、結婚を承諾した覚えは……」


「ちょっと待ちなさいよ、新入り」


俺の言葉を遮るように、腕を組んだレイアが鋭い声で前に出た。


その隣では、シルヴィアが絶対零度のような冷ややかな笑みを浮かべ、セツナも静かに腰の双剣の柄に手を置いている。


三人の瞳の奥には、縄張りを荒らされた猛獣のような、明らかな『威嚇』の色が宿っていた。


「闘技場で一度負けたからって、いきなり妻面づまづらして上がり込んでくるのはやめてもらえる? クロウさんは私たちのリーダーであり、大切な人よ。あなたみたいなポッと出の剣闘士に、やすやすと渡すわけないじゃない」


「そうよ。私たちはあなたよりずっと前から彼と一緒に旅をして、数え切れないほどの死線を共に潜り抜けてきたの。帝国の名誉貴族になったからって、いきなり隣に立とうだなんて、厚かましいにも程があるわ」


レイアとシルヴィアの、容赦のない牽制。


部屋の隅のクッションの上では、タマモが「やれやれ、人間の発情期はやかましいのう」と呟きながら、屋台で買ってきた串焼きを呑気に頬張っている。


だが、レオナは二人の鋭い視線を受けても全く怯むことなく、むしろ挑戦的な笑みを浮かべて立ち上がった。


「……ふむ。お前たちがクロウと共に戦ってきた、優秀な戦士であることは認めよう。だが、あえて聞くが、お前たちはクロウと正式に『結婚』しているのか? あるいは、つがいとしての明確な契りを結んでいるのか?」


「えっ……それは……」


「そ、それは……これから……」


痛いところを正確に突かれ、レイアとシルヴィアが言葉を詰まらせる。


レオナはニヤリと笑い、ゆっくりと三人の前を歩きながら、その野性的な持論を展開し始めた。


「していないのだろう? ならば、私に出し抜かれたと文句を言われる筋合いはない。……いいか、私は誇り高き獣人だ。私たちの世界、ひいては自然界においては、群れで最も強い『オス』の元には、優秀なメスが何人も集まるのが絶対の摂理なのだ」


レオナはビシッと俺を指差した。


「これほどまでに圧倒的な力と、洗練された技を持ち、その上いざという時の冷静な判断力すら兼ね備えている男。帝国の猛者たちを何年も見てきた私が断言するが、これほどの『極上のオス』は世界中を探しても二人といない! これだけの男だ、妻が複数いたところで、何らおかしくはないだろう!」


「「「…………っ」」」


獣の、あまりにも真っ直ぐで本能に忠実な理屈。


だが、それはある種の真理でもあった。レオナの淀みない言葉に、レイア、シルヴィア、セツナの三人は完全に押し黙ってしまった。


彼女たちの顔には『悔しいが、確かにその通りだ』という葛藤の色が浮かんでいる。


「……クロウさん」


やがて、重い沈黙を破ったのは、レイアだった。


彼女は俯いていた顔を上げ、耳まで真っ赤に染めながら、それでも逃げることなく、潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「私……ずっと、自分の気持ちを伝えるタイミングを探していました。バベルの地下迷宮で、絶望の淵にいた私を助け出してくれたあの日から。……クロウさんの背中を追いかけて、少しでも隣に並び立てるように必死に強くなろうとしてきました。……私はずっと、クロウさんのことが、好きです」


その真っ直ぐな告白に呼応するように、シルヴィアも一歩前へ出た。


「私もよ、クロウ。エルフの誇りにかけて、一生誰かに付き従うつもりなんてなかった。でも、あなたのその異常なまでの強さと……時折見せる、不器用だけど底抜けに温かい優しさに、完全に惹かれている自分がいるの。……もう、誰かに譲る気なんてないわ」


「ご主人様……」


最後に、セツナが獣の耳をペタンと伏せながら、俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。


「私は、ご主人様に命を救われました。暗い奴隷の檻の中から引きずり出してくれて、生きる意味を、温かいご飯を教えてくれた。……私も、ご主人様の一番になりたいです……!」


三人が三様、これ以上ないほど真っ直ぐな、魂からの言葉で、俺に想いをぶつけてきた。


俺は小さく息を吐き、静かに目を閉じた。


15年間。


絶海の無人島で、たった一人で魔物と殺し合い、泥水をすすり、生き延びることだけを考えてきた日々。あの極限のサバイバルの中で、俺の心は完全に人間らしさを失い、ただの獣になりかけていた。


だが、バベルへ渡り、彼女たちと出会い、共に食卓を囲み、笑い合う中で。俺の乾ききっていた心には、確かな温かさと『人を愛する』という感情が蘇っていたのだ。


目を開けた俺は、真剣な眼差しで俺を見つめるレイア、シルヴィア、セツナ、そしてレオナの四人をゆっくりと見渡した。


「……はぐらかすような真似はしない。俺も、お前たち全員のことが大切だし、心から愛している」


俺が真っ直ぐにそう告げると、レイアたちは一瞬呆然とし、やがて顔を真っ赤にしてパァッと花が咲いたような笑顔を見せた。


レオナも「フハハ! 逃げも隠れもせぬか、さすが私の見込んだ男だ!」と大笑いしている。


「レオナの言う通り、俺の力が許すなら……全員、俺が責任を持って幸せにする。誰か一人を選ぶなんて、そんな不器用な真似はしない」


「く、クロウさんっ……!」


「ばか、そんなストレートに言われると……っ」


レイアとシルヴィアが顔を覆って照れ隠しをする中、だが、レイアはすぐにハッとして、レオナに向かってビシッと指を突きつけた。


「隣を共有することは百歩譲って認めるとしても! 一緒にいる以上、『誰が一番(正妻)か』は、はっきりさせておくべきよ!」


「ふん、面白い。やはりそう来るか。私も獣の端くれ、口で語るよりも序列は『力』で決めるのが一番しっくりくる! いいだろう、私が帝国最強の剣闘士として、お前たちの実力を査定してやろう!」


レオナが好戦的に笑い、レイアたちも各々の武器(伝説級の武具)を手に取った。


想いが通じ合った直後だというのに、彼女たちの間にはバチバチとした闘気が火花を散らしている。


こうして。


俺への想いを原動力とした、乙女たち(物理最強)による熾烈な『序列決定戦(模擬戦)』が、別荘の広大な庭園で幕を開けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ