第52話 若き火竜の群れと、極めし武の証明
『――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!』
帝都の空を切り裂くように、けたたましい『魔物襲来の警報魔導具』の音が鳴り響いた。
修練場にいた俺たち全員が、一斉に上空を見上げる。
「……なっ!?」
カテリーナ皇帝が息を呑んだ。
帝都を覆う巨大な防壁の遥か上空。そこには、空を赤く染め上げるほどの巨大な炎の塊――数十、いや数百にも及ぶ『ファイアドラゴン(火竜)』の群れが、帝都を火の海に沈めんと押し寄せていたのだ。
「馬鹿な……! 正真正銘のドラゴンだと!? しかもあれほどの数が群れをなして……っ!」
先代騎士団長であるジークが、鋭い眼光で空を睨みつける。
「ジーク様、あれは……っ」
「うむ。見たところ、人語を解するほど何百年も生きた『古竜』は一匹もおらん。血の気の多い若造の竜たちが、人間の国を目障りに思い、徒党を組んで力試しに襲ってきたといったところか……。じゃが、いかに若造とはいえ、腐っても竜。これだけの数となれば、帝都は無事では済まんぞ!」
歴戦の老将の言葉に、部隊長のエリーゼや魔法師団長たちが蒼白になる。
カテリーナが即座に皇帝としての威厳ある声を張り上げ、皇宮内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中。
俺たち『四人』と一匹は、一切の動揺を見せず、ただ静かに各々の武器へ手をかけていた。
「……クロウ」
レイアが、自信に満ちた目で俺を見る。セツナも、シルヴィアも、誰も怯えてなどいない。
「ああ。……ちょうどいい相手が来てくれたな」
俺は『伝説級:深淵の剣盾』の柄を静かに握りしめる。
15年の泥臭い生存本能と、帝国の洗練された武の極致。その二つが完全に融合した、俺たちの真の実力を披露する時が来たのだ。
「カテリーナ陛下。私たちがこの1ヶ月の地獄の特訓で得た『武の極致』……その卒業試験を、どうか特等席でご覧ください」
「なっ……クロウ!? いくらお前たちでも、あれだけの数のドラゴンを相手にするのは無謀だ!」
驚愕する女皇帝と師匠たちを背に、俺は傍らで呑気にお菓子を食べていたタマモに視線を向けた。
「タマモ。お前も働け。ここで俺たちと一緒に帝都を守れば、皇帝陛下から直々に『帝国の公式な身分証(住民票)』がもらえるよう交渉してやる。そうすれば、もう幻術で耳や尻尾を隠さなくても、堂々と屋台で買い食いができるぞ」
「な、まことか!? あの美味い肉の串焼きを、尻尾を揺らしながら好きなだけ食えるのじゃな!?」
「ああ、約束する」
「ならば話は早い! わらわもやるのじゃーっ!!」
人間のルール(身分証)という最高のエサで、タマモの狐耳がピンと立ち上がり、膨大な魔力が膨れ上がる。
俺は軽く手を挙げ、仲間たちへと合図を送った。
「レイア、セツナ、シルヴィア、タマモ! 修行の成果を見せてやれ!」
「「「了解!!」」」
先陣を切ったのは、シルヴィアだった。
彼女は空を覆う火竜の群れを見上げ、『伝説級:星砕きの竜弓』を構えた。
『ゴルルルルルッ……!!』
上空の若き火竜の一体が、帝都の結界を焼き尽くすほどの極大のブレスを吐き出そうと、その顎に膨大な炎を圧縮し、忌まわしい咆哮を上げた、その瞬間。
「……ふふっ。大味な炎ね。魔法はもっと、『圧縮』して使うのよ」
シルヴィアの放った魔法矢。極限まで一点に魔力を圧縮し、殺傷力と貫通力のみを研ぎ澄ませた『極細の氷の針』。
音もなく空を切り裂いたその一閃は、火竜の分厚い鱗を紙切れのように貫通し、炎を吐き出す直前の喉の魔力器官と心臓を、寸分の狂いもなく撃ち抜いた。
『ギャ、ギャァァァァァァァァッ!?』
ブレスを不発に終わらせ、巨大な火竜が絶命して空から墜落していく。
「……素晴らしい圧縮と貫通力。完璧ですわ、シルヴィア」
地上で見ていた魔法師団長・カーミラが、恍惚とした吐息を漏らした。
『グルルォォォォォッ!!』
同胞を殺され激昂した別の火竜たちが、空を揺るがす咆哮を上げて急降下してくる。
「セツナちゃん、私が受けます!!」
「はいっ!!」
突っ込んでくる火竜の巨体と、戦艦をも真っ二つにするであろう尾の薙ぎ払い。
だが、レイアは一切退かなかった。『伝説級:冥竜の魔法剣』を構え、力で弾き返すのではなく、手首の柔らかなスナップで火竜の尾の側面に刃を滑らせた。
ズギュンッ!!
『……ッ!?』
火竜の放った規格外の運動エネルギーが、レイアの完璧な防御によって斜め上空へと『受け流され』、火竜自身の体勢が大きく崩れる。
「――隙だらけです」
体勢を崩した火竜の背後の死角。
そこには、獣の気配も、殺気も、魔力の揺らぎすらも完全に『ゼロ』に断ち切ったセツナが、音もなく空中に跳躍していた。
元暗殺者のメイド・ニーナ直伝の、究極の隠密歩法。
火竜がその存在に気づいたのは、セツナの『伝説級:血竜の暗殺短剣』が、最も柔らかい首の逆鱗の隙間に深々と突き刺さった後だった。
『ギャ……ァ……ッ!?』
断末魔の咆哮を上げる間もなく、二体目の火竜が地に堕ちる。
そこへ、群れの別動隊が上空から一斉に灼熱の炎の雨を降らせようとしてきた。
「火竜じゃと? ふふん、笑わせるな!」
タマモが一歩前に出た。小さな彼女の背後で、三本の立派な尻尾が大きく揺れる。
「炎の扱いで、この伝説の妖狐たるわらわに勝てるとでも思ったか! わらわの狐火の方が、千倍は熱いぞ!!」
タマモが小さな指を鳴らすと、上空の火竜たちを包み込むように、規格外の密度を誇る『黄金の狐火』が爆発的に燃え上がった。
火竜たちの放ったブレスごと、上空の酸素をすべて焼き尽くすほどの圧倒的な熱量。
『ギャガァァァァッ!?』
『ギィィィィッ!!』
炎を操る種族でありながら、タマモの圧倒的な熱量に焼かれるという未知の恐怖。格の違いを本能で悟り、火竜たちが恐慌状態に陥る。
そして、その混乱の只中。三体の火竜が、俺という脅威を排除すべく、三方向から同時に牙を剥いて殺到してきた。
『ギュルルルルルッ!!』
四方八方を塞がれた、完全な死地。
だが、今の俺は焦りもしない。
(……ゼロから、100)
俺は迫り来る火竜の群れを前に、スッと全身の筋肉の緊張を解いた。
肩の力を抜き、構えすら取らず、ただ自然体で静かに立ち尽くす。
火竜たちの巨大な顎が俺の身体を喰いちぎる、その直前の『一瞬』。
「……シッ!!」
俺の肉体が、生存本能という名の爆発的な連動を起こした。
脱力した状態から、瞬時に最高速度(100)へと到達する、究極の緩急。
誰の目にも見えない。俺の姿がブレたと思った次の瞬間には、俺の『伝説級:深淵の剣盾』が、三体の火竜の首を同時に、そして一切の余波を外に逃すことなく、綺麗に両断していた。
ズパァァァァァァァンッ!!!
巨大な三つの竜の首が、ドスンドスンと修練場の石畳に転がり落ちる。
「…………なっ」
カテリーナ皇帝が、そして帝国騎士団の精鋭たちが、声を出せずに硬直した。
それほどまでに、俺の剣は静かで、速く、無駄のない『武の極致』へと至っていた。
「カッカッカッ!! 見たかカテリーナ! あれがわしの教え子じゃ!! たった1ヶ月で、わしの生涯をかけた剣の理合を盗みおったわ!!」
ジークが腹を抱えて大笑いし、自身の木刀を天に突き上げている。
『ギ、ギィィィィィッ……!!』
上空でその圧倒的な実力差を見せつけられた若き火竜たちは、本能的な『死の恐怖』を完全に悟ったのだろう。
誇り高きドラゴンらしからぬ悲鳴を上げながら、残った群れは蜘蛛の子を散らすように、一目散に南の空へと逃げ帰っていった。
巣に帰った彼らは、長老クラスの古竜たちから「だから人間を侮るなと言ったのだ」と大目玉を食らうことになるだろう。
こうして、帝都を襲った未曾有の国難は、俺たちの『卒業試験』という形で、あっけなく幕を下ろしたのだった。
◆
その日の夜。
皇宮の謁見の間には、再び俺たち五人と、カテリーナ皇帝、そして四人の師匠たちが集まっていた。
「……クロウ。そしてアルカディアの英雄たちよ」
玉座の前に立つカテリーナは、いつになく真剣な表情で俺たちを見渡し、深く、深く頭を下げた。
「皇帝として、心から礼を言う。お前たちがいてくれなければ、帝都は甚大な被害を受けていただろう。まさか……たった一ヶ月で、私の師であるジークたちの技術を完全に己のものとし、あの火竜の群れを無傷で退けるとはな」
「私たちは、最高の師匠たちから生き残るための『技術』を教わっただけです。その恩返しができたのなら、何よりですよ」
俺が恭しく頭を下げると、カテリーナは顔を上げ、覇王としての力強い笑みを浮かべた。
「ふふっ。恩を売られたままにしておくのは、武闘国家の皇帝の顔に関わる。クロウ、レイア、シルヴィア、セツナ! お前たちの多大なる功績を讃え、我がガレリア帝国より『名誉貴族』の証と特権を授与する!!」
「名誉貴族……私たちが、ですか?」
レイアが驚いて目を丸くする。カテリーナは満足そうに頷いた。
「そうだ。この証があれば、帝国領内であればどこでも最高級の待遇が約束される。……さらに、帝都の一等地に、お前たち専用の『巨大な別荘』を一つ用意させた。バベルにあるというマイホームとやらには及ばんかもしれんが、帝都を訪れた際はいつでもそこを拠点とするがいい」
「別荘まで……! ありがとうございます、カテリーナ陛下。ありがたく頂戴します」
「……コホン!」
俺が感謝の意を伝えていると、隣でわざとらしく咳払いをした小さな影があった。タマモだ。
彼女は「わらわの分は?」と言わんばかりに、三本の尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「あ、ああ、そうでした。カテリーナ陛下。この妖狐の『タマモ』も、あの火竜の群れを狐火で退ける大きな活躍をしてくれました。彼女への報酬として、帝国で自由に暮らすための『公式な身分証(住民票)』を発行していただけないでしょうか」
「ほう。この幼い子が、あの伝説の狐火を……」
カテリーナは興味深そうにタマモを見つめると、豪快に笑い声を上げた。
「ハハハッ、よかろう! これほどの武功を立てたのだ、種族など関係ない! 帝国特級市民の『公式身分証』を与えよう! これがあれば、帝国内のどの街でも、その耳や尻尾を隠すことなく堂々と歩き回れるぞ!」
「まことか!! やったのじゃーっ!! これで屋台の肉串もホットドッグも食い放題じゃ!!」
カテリーナの側近から立派な装飾の施された身分証のカードを受け取ったタマモは、ピョンピョンと飛び跳ねて大喜びしている。そのポンコツで無邪気な姿に、カテリーナも師匠たちも、そして俺たちも、思わず温かな笑い声を漏らした。
(……よし。これで、バベルのマイホームと帝都の別荘、二つの最高の拠点ができたな。あとは俺の【時空間魔法】(転移)で繋げば、いつでも行き来できる)
帝国への厄介な指名依頼から始まったこの旅。
だが終わってみれば、俺たちは新たな力と、帝国の名誉貴族という立場、帝都の別荘、そしてタマモの身分証という、大きすぎる報酬を手に入れていた。
「さて……次はどのダンジョンへ行って、どんな美味い飯を食おうか」
俺が小さく呟くと、レイアたちが「ふふっ、楽しみですね!」と満面の笑みで頷き合う。
最高の武器、最高の技術、そして最高の仲間。
最高のパーティとなった俺たちの、規格外でゆるりとした世界旅行は、まだまだ始まったばかりだ。




